第63話 一番目の姉
「た、ただいま……」
俺は自分の家なのに存在感を消しながら玄関ドアを開けた。
すると、
「あれ?」
初子姉ちゃんが来ているのは車庫にある車を見て既に承知済みだが、玄関にはもう一足靴がきれいに置かれていた。
初子姉ちゃん以外に誰か来ているのか?
テレビの音が聞こえたので俺はそっとリビングを覗き込む。
うーん、この角度だとよく見えないなぁ……。
「あんた何やってんの?」
その時背後から突然声をかけられた。
俺は予期していなかった声にびくっとしてしまう。
振り返り、
「は、初子姉ちゃん……」
俺の背後でけげんな表情を浮かべている初子姉ちゃんと久しぶりの再会を果たす。
「あ、いや、別に……こっちからテレビの音がしたからこっちの部屋にいるのかと」
どぎまぎしながらリビングを指差した。
「だからってそんなこそこそしなくてもいいでしょ。そこにいるのは珠理奈よ、あたしはトイレに入ってたの」
「あー……って珠理奈ちゃんも来てるの?」
「そうよ。電話で言ったでしょ」
「え、そうだったかな……」
いーや、絶対言ってない。
だが初子姉ちゃんは頑固だから言わないでおく。
「珠理奈ー、ちょっとこっち来てー!」
リビングに向かって呼びかけると「……はーい」と初子姉ちゃんの一人娘の珠理奈ちゃんがすたすたとやってくる。
しばらく会っていなかったからよくわからないが多分今は中学生くらいかな。
「……秀喜おじさん、お邪魔してます」
ぺこっと頭を下げる珠理奈ちゃん。
「あ、ああ、久しぶり」
うちの家系だな。珠理奈ちゃんは女子中学生にしてはかなり背が高くなっていた。
「秀喜、急でなんだけどこの子三日だけ預かってくれる?」
「……はっ? な、何それどういうこと?」
「珠理奈の中学校も新型インフルエンザの影響でしばらく休校になったのよ」
「新型インフル……?」
「あんたニュース見てないの?」
初子姉ちゃんは眉を寄せ俺をにらみつけてくる。
「あー、いや……」
そういえば最近はダンジョンに潜ってばかりでテレビを見ていなかったな。
「とにかくあたしはこれから出張だからこの子の面倒はみられないのよ。あんたニートなんだからこういう時ぐらい役に立ちなさいよね」
ニートに対してニートと平気で言ってしまえるのが初子姉ちゃんのいいところであり悪いところでもある。
「じゃああたしはもう行かないといけないから珠理奈のことよろしくねっ」
言うだけ言って初子姉ちゃんは家を飛び出していってしまった。
部屋に残された俺と珠理奈ちゃんの間に数十秒の沈黙の時が流れる。
「え、えーっと……珠理奈ちゃん、いくつになったんだっけ?」
ここは大人の俺が話しかけないとと思い声をかけてみた。
「……十四歳です。中学二年です」
「へー……しばらく会わないうちに背伸びたね」
「……お母さんたちに似たんだと思います」
「あー、そう……お、お腹すいた? かき氷食べる?」
「……いえ」
うーん……まいったぞ。
人とのコミュニケーションが圧倒的に足りていない俺に女子中学生と二人きりはしんどい。
というかこれではダンジョンにも行けやしないじゃないか。
俺がダンジョンのある庭の方を向くと、
「……いいですよ」
と珠理奈ちゃん。
「へ……?」
「……秀喜おじさん何か用事があるんでしょ。わたしは一人でも全然平気なので」
「あ、いや別に……」
「……そもそもお母さんが心配しすぎなんです。わたしは一人で留守番できるって言ったのに」
珠理奈ちゃんも窓の外を見ながら言う。
「……わたしは本当に一人で平気なので何か用事があるならわたしに構わず出かけていいですよ」
「ほ、本当に?」
「……はい。お母さんにはお互い黙っていれば大丈夫ですよ」
珠理奈ちゃんが俺と一緒にいたくないだけかもしれないがそう言ってくれるなら俺にとっては好都合だ。
俺は時計を見上げた。
時刻は午後四時。
「じゃあちょっとスーパーで何か買ってくるよ。家にはあまり食べられそうなものがないからさ」
「……だったらわたしもついていってもいいですか? お母さんからお金預かっているので」
そう言って小さいバッグから財布を取り出す珠理奈ちゃん。
「あー、そう。でもお金なら俺が出すよ」
ダンジョン探索で百万円以上稼いだからな。
「……いえ、わたしの分は大丈夫です。秀喜おじさんにあまりお金を使わせないようにってお母さんからきつく言われていますから」
「へ、へー……」
初子姉ちゃんは珠理奈ちゃんに俺のことをどう説明しているのだろう。
珠理奈ちゃんは俺のことをどう思っているのだろう。
働かない駄目なおじさんとか思っているのかなぁ、やっぱり。
「……あのう、前犬飼ってませんでしたっけ?」
「あーポチね。ポチは今友達に預けてるんだよ。実は俺もちょっと家を空ける用事があったから」
「……友達、ですか? ……それって女の人ですか?」
上目づかいで訊いてくる。
なんでそんなことを訊いてくるのだろう。
俺に友達なんて、ましてや女の友達なんているわけないと思っているのかな?
「うん、女の人だよ。中学の時の同級生」
「……ふーん、そうですか」
俺の答えが気に入らなかったのか珠理奈ちゃんはそっぽを向いてしまった。
それからスーパーまでの道中、助手席に座った珠理奈ちゃんは一言も発することはなかった。
女子中学生の考えていることはわからない。
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