第44話 二番目の姉
「早紀姉ちゃん……き、来てたんだ……」
俺は庭先でククリを抱えながら口にした。
手には錆びた剣を持ち、翼の生えた天使の靴と迷彩服と皮の帽子を身に着けて。
「ひーくんその恰好はなんなの? お庭で何してたの?」
二人いる姉の内の二番目の姉が目を丸くして玄関の前に立っている。隣には四歳になる息子の紘介を連れていた。
「さ、早紀姉ちゃんこそどうしたの……今日来るなんて言ってたっけ?」
「ううん。幼稚園の帰りにこうちゃんがひーくんおじちゃん家に行きたいって言うから来ちゃったんだけど……邪魔しちゃった?」
「いや、邪魔なんかじゃないよ。ちょっと驚いただけ」
本当はかなり驚いている。心臓がばくばくいっている。
「ひーくんおじちゃん、それなにっ!」
紘介が駆け寄ってきて俺が持っていた錆びた剣を指差す。
「あ、あーこれは剣だよ」
「かっけー! ぼくにももたせてっ!」
「いいけど結構重いから気をつけろよ」
「うんっ」
錆びた剣を渡すと紘介は重たそうに両手で持ち「えいっ」と振り下ろした。
何が楽しいのか紘介は夢中になって剣を振り回す。
「ひーくん、その剣危なくないの? 大丈夫?」
「あ、ああ大丈夫だよ」
錆びているから力のない子どもが振り回したくらいでは怪我はしないだろう。
「早紀姉ちゃん、サバゲーって知ってる?」
「サバゲー?」
「サバイバルゲーム。こういう迷彩服を着て武器を持って戦うゲームなんだ。大人もはまっている人が沢山いるんだよ」
「ふ~ん、聞いたことあるかも」
「さっきまで庭でその練習をしていたんだよ」
「な~んだ、そうだったの」
早紀姉ちゃんは安心したように手を合わせた。
一番目の姉と違い早紀姉ちゃんは勘が鈍いからなんとかごまかせそうだ。
「ひーくん、そのお人形さんもサバゲー? で使うの?」
興味深そうに俺が抱えているククリを見てくる。
げっ、意外と抜け目がない。
「あ、あー、えっとこれは……フィギュアっていって精巧に作られているものなんだ。人形とはちょっと違うかな。練習相手がいないから雰囲気を出すために仮想の敵として使ってたんだよ」
だいぶ苦しい言い訳だが、
「へ~、なんかいろいろあるんだね~」
信じてくれたようだった。
「じゃあ俺ちょっと着替えてくるから。紘介その剣返してくれ」
半ば取り上げるように紘介から剣を返してもらうとその場を退散して自室へと向かう。
ドアの鍵を内側からかけてククリをベッドの上にそっと置いた。
「……もう動いてもいいですよね」
ククリは目線を俺に向けるとぺたんとベッドの上に座り込む。
「ああ、気を利かしてくれて助かった」
「はぁ~、びっくりしましたよ。マツイさん以外の人に会うなんて予想外です」
「悪かった。俺もまさか早紀姉ちゃんが来てるなんて考えもしてなかったからさ」
「あの人マツイさんのお姉さんなんですね。きれいな人ですね」
「そうか?」
俺は姉弟だから客観的に見れないのでよくわからないが。
迷彩服を脱いで、
「とりあえず早紀姉ちゃんたちは夕方くらいになれば帰ると思うからさ。俺は一旦顔出してくるからちょっとここで待っててくれ」
トレーナーとジーパンに履き替える。
「わかりました」
「すぐ戻ってくるから」
布の袋を床に下ろし部屋のドアを閉めてから一階に戻るとキッチンから声がした。
声のした方に向かうと早紀姉ちゃんと紘介が冷凍庫を開け中を覗き込んでいた。
「ほらね、やっぱりないでしょ」
「えー、たべたいたべたいっ。ぜったいたべたいっ」
俺は二人の後ろから声をかける。
「どうかした?」
「あ、ひーくん。あのね、こうちゃんが――」
「アイスたべたい! ひーくんおじちゃんちアイスないのっ?」
紘介がどたどたと裸足で近寄ってくる。
「アイス? アイスはないなぁ。今は秋だし」
そもそも下痢になりやすい体質の俺はアイスをあまり食べないからな。
「アイスたべたいっ! アイスたべたいっ!」
「こうちゃん無茶言わないの。ないんだからしょうがないでしょう。お菓子で我慢しようね」
「ひーくんおじちゃんアイスかってきてっ! アイスっ! アイスっ!」
紘介は俺の足元にひっつき俺を見上げながら何度もジャンプする。
「買ってくるのか? 俺が? まあいいけどさ……」
ここからアイスを買いに行くとするならスーパーか。コンビニは家の近くにはないし。
「いいよひーくん。こうちゃんにもたまには我慢を覚えさせないと……こうちゃん、お菓子食べよう、お菓子」
「やだっ! アイスがいいっ!」
駄々をこね一歩も引かない紘介。
だが早紀姉ちゃんも譲る気はないらしく、
「だーめ、アイスはおうちに帰ってから」
いつになく毅然とした態度をとっている。
まいったな……このままだといずれ紘介は泣き出すかもしれないぞ。
子どもの泣き声なんて聞きたくもないしいっそアイスを食べにさっさと家に帰ってくれないかな、なんて思っていると、
「あっ!」
俺はあることをひらめいた。
「どうかしたの? ひーくん」
俺は早紀姉ちゃんの見守る中べそをかき始めていた紘介に顔を向けた。
「なあ紘介、かき氷でもいいか?」
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