第15話 日常と非日常
「あ、あー高木さん……久しぶり」
声が裏返る。
油断していた。
平日の昼間だしマスクしているし知り合いに会うはずがないと。
ニートが避けたい出来事ランキング第一位の地元の同級生との遭遇がまさかこんなところで起こるなんて。
しかも最悪なことに相手はちょっと好きだった真面目系女子の高木さん。
絶対に、ぜえったいにニートだということは知られたくない。
「ゴジラくん今どんな仕事してるの?」
はい、終わったー。
ニートが訊かれたくない質問ランキング第二位のセリフが高木さんの口から飛び出た。
ちなみにランキング第一位は「彼女いる?」もしくは「彼女いたことある?」だ。
「え、えーっと仕事はね……」
していないなんて言ったら高木さんはどんな反応をするだろう。
笑い飛ばしてくれるだろうか、それとも親身になって心配してくれるだろうか、はたまたまずいこと訊いちゃったと固まってしまうだろうか。
正直どれも嫌だ。
ニートは仕事をしていないくせにプライドは人一倍高いのだ。
好きだった相手に面と向かってニートだとバレるくらいなら死んだ方がましだ。いやこれは結構マジで。
「な、何してると思う?」
うわー、何言ってるんだ俺のバカ。
合コンでの「何歳なの?」「いくつに見える?」みたいな質問返しをしてしまった。
俺はおそるおそる高木さんの顔を盗み見る。
高木さんは、
「え~、なんだろう?」
嫌な顔一つせず真剣に考えているようだった。
「ゴジラくん頭よかったから税理士さんとか?」
「あ、あーちょっと違う、かな」
何がちょっと違うだ。全然違うだろ、ニートだろ俺。
「司法書士とか行政書士とかかな?」
「う、うーん……」
「そういえばゴジラくん剣道すごかったよね。それ関係?」
意外にも俺の職業に興味があるのか高木さんは前のめりになって訊いてくる。
そのおかげで顔が近い。
「ま、まあ……それより高木さんは何してるの?」
「わたし? わたしはねぇ……なんだと思う?」
高木さんもまさかの質問返し。
「えっと、そうだなぁ……」
高木さんは確か外国語大学に行ってたはずだから……。
「翻訳家とか?」
「ぶー、はずれ。でもわたしが外語大に行ってたこと覚えてくれてたんだね」
「あーまあ記憶の片隅にね」
「え~、何それ、ぎりぎりじゃん」
高木さんは頬を膨らませた。……可愛い。
会話が長く続いているのは嬉しい反面、いつボロが出てニートだとバレてもおかしくない状況なので早くこの場を去りたい気持ちもある。
俺はどっちつかずの気持ちのまま、
「俺たち二十六歳だし、高木さんもう結婚してるとか?」
自分で言って軽く落ち込んだ。
「結婚? ないない。相手もいないもん」
「そ、そうなんだ」
一転気分が高揚する。
「あ、あのさもし――」
「安いよ安いよ、大安売りだよー! 今なら国産米がなんと十キロ二千円! 今日限りの大安売りだよー!」
俺が勇気を振り絞ってラインのIDを訊こうとした矢先店員さんの威勢のいい声が割って入ってきた。
すると高木さんは、
「あっごめん、わたしこのお米買いたいんだ。ゴジラくんまた今度ねっ」
言うとお米売り場にさっと行ってしまった。
俺は高木さんの後ろ姿からなんとなく目が離せないでいた。
一袋十キロのお米を持ち上げようとする高木さん。
でも体の小さな高木さんには十キロは重たすぎるのかなかなか持ち上げられないでいる。
手伝ってあげようかな。そう思い一歩踏み出そうとした時高木さんがこっちを振り向いた。
不意に目が合って緊張する俺に高木さんは申し訳なさそうに手招きをした。
何?
俺は口パクで訊ねながら高木さんのもとに駆け寄る。
「ごめんね呼んじゃって、このお米重たくてわたし一人じゃ持ち上げられないの。このカートに乗せるの手伝ってくれないかなぁ?」
「全然いいよ。別に俺一人でも大丈夫だし」
見栄を張りたい気持ちもあって二つ返事でオーケーする。
「ほんとっ? ありがとう」
「この米でいいんだよね」
「うん。二袋欲しいんだけど」
「わかった」
言いながら俺は米を持ち上げようとして固まる。
待てよ。
十キロの米なんて五年もひきニートしている俺が持てるのか?
俺はいつも五キロの米しか買っていないから十キロは未知の重さだ。
しかも俺は今全身筋肉痛。
しかし一人で持てると高木さんに言い切ってしまった手前今さら「やっぱり無理だ」なんてとても言えない。
自然に、かつ涼しい顔で持ち上げなければ格好がつかない。
他人からすればどうでもいいことかもしれないが俺にとっては男らしいところを見せるチャンスなんだ。
覚悟を決め一か八か俺は米の袋を掴んだ。
……。
……。
……。
……あれ?
思っていたよりもだいぶ軽いぞ。
体中がきしむがそれはあくまで筋肉痛によるもので米の重さとは関係ない。
むしろそれを差し引けば驚くほど十キロの米が軽く感じる。
これなら――
「よいしょっと」
「えっ、ゴジラくん大丈夫っ?」
高木さんが見守る中、俺は二袋合計二十キロの米を片手で持ち上げていた。
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