第12話 写し鏡の門
『んなことよりそのバンダナ譲ってくれねぇか?』
俺の腰に巻いた風切りのバンダナを指差し言ってくるベアさん。
「駄目ですよ、また全裸になっちゃうじゃないですか」
『かてぇこと言うなよ、こいつでどうだ?』
ベアさんは三本指を立ててみせた。
「え……三百円ですか?」
『何バカ言ってんだ、三万だよ、三万っ』
「えっ!? 三万円で買ってくれるんですか? こんなものを?」
『ああ。結構レアなアイテムだからな』
「へ、へー……」
俺は唐突な申し出に一度断った手前悩む。
こんな布切れ一枚を三万円で買い取ってくれるのかこの人、っていうかこのモンスター。
持ち帰っても使い道なんてないし俺は隣の鏡のある部屋に行けばすぐにでも家に帰れるからな。
……三万円のためだ、あと少しの間だけまた全裸になるくらい我慢するか。
「わかりました」
俺は意を決して腰に巻いているバンダナを脱ぎ取った。
そして、
「これ売ります」
ベアさんに渡す。
『おお、サンキューマツイ。じゃあこれ三万円な』
言うとベアさんは本当に日本円の一万円札を三枚俺に手渡してきた。
マジだ。
このダンジョン本当に通貨が円なんだ。
「ふふっ……」
生まれて初めて自分でお金を稼いだ。
嬉しさのあまり自然と笑みがこぼれる。
俺は口を押えた。気を抜くと高笑いをしてしまいそうだからだ。
『どうしたマツイ? 腹でも痛むのか?』
「……い、いえ。なんでもないです」
『そうか? お前変な奴だな』
移動販売なんかしているモンスターに言われたくはないが嬉しいから今は無視だ。
『またなククリ』
「はーい、ベアさんまたあとで」
ククリはベアさんに手を振ると茶室の小窓くらいの大きさの通路の前に近寄っていった。
「マツイさん、お先にどうぞ」
「いやククリ、お前が先に行ってくれるか」
「? 別にいいですけど」
ククリは目をぱちくりさせたあと俺の望み通り先に狭い通路を通っていく。
俺はその後ろについていくようにはいはいしながら鏡のある部屋へと向かった。
全裸はいはい。こんな情けない恰好ククリに後ろから見られることだけはなんとしてでも避けたいからな。
狭い通路を通り抜けると鏡のある部屋にたどり着いた。
先に部屋に入っていたククリが、
「この写し鏡の門を通れば元いた場所に帰れますよ」
鏡を見てから俺に視線を移した。
「そうか……いろいろありがとうククリ。世話になったな」
「いえ、頼りない案内役ですいませんでした」
「そんなことないさ。な? ポチ」
「わんっ」
俺に同意するかのようにポチは一つ吠える。
「マツイさん……本当にもうここには来ないんですか?」
寂しそうな顔を浮かべながらククリが訊いてきた。
「うーん、そうだなぁ……」
正直右手に握りしめた三万円の札の感触はとても気分がいいし誇らしい。
ここでなら働かなくともゲーム感覚でお金を稼げるかもしれない。
しかし……。
俺はヒューマノイドスライムのことを思い出していた。
下手すればあそこで死んでいたかもしれないんだよな、俺。
「……悪い。やっぱりもうここには来ないと思う」
俺はククリの目を見てそう答えた。
「……そうですよね。わかりました」
ククリは小さくうなずくと胸元から冊子のようなものを取り出した。
「これ初めての方に渡すはずだったんですけど忘れてました。一応ダンジョン攻略の解説本です、暇な時にでも見てください。そして私のことを思い出してくださると嬉しいです」
「ああ、わかったよ」
俺は指の第一関節と第二関節を足したくらいの大きさの解説本を受け取るとそれに視線を落とした。
本の表紙には手書きでダンジョンのすすめと書かれていた。
「では……さようなら」
無理して笑っているようなククリの笑顔を見てなんとなく胸がきゅうっと締め付けられる感じがしたが俺はその思いを振り払い鏡の前に立つ。
映る自分の全裸姿は幾分たくましくなっている気がするが一、二時間ほどで体格が変わるわけがない。きっと気のせいだろう。
「じゃあな、ククリ。元気でな」
「わんわんっ」
「マツイさんもポチさんもお元気で」
俺は右手に三万円の札を左手にはダンジョンのすすめをそして足元にはポチを従えて写し鏡の門を通り抜けたのだった。
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