第105話 快眠枕とスライム
「げっ。初子姉ちゃん……ど、どうしたの?」
「その反応気に入らないわね。あたしが来たら何かまずいことでもあるの?」
スーツ姿で腕を組み仁王立ちしている初子姉ちゃんは背の高さもあって迫力がある。
「な、ないけど……」
よく見ると初子姉ちゃんの後ろには目線を下に向けた珠理奈ちゃんの姿もあった。
「秀喜、あんた珠理奈と何しようとしてたの?」
「は? 何って、どういうこと……?」
「珠理奈と会う約束してたんでしょっ」
語気を強める初子姉ちゃん。
「えっ、珠理奈ちゃんがそう言ったの?」
話しちゃったのかな、珠理奈ちゃん。
初子姉ちゃんの後ろにいる珠理奈ちゃんに視線を移すと珠理奈ちゃんは初子姉ちゃんには見えないように無言で首を横に振る。
「珠理奈に訊いても何も話さないからあんたに訊いてるのよっ」
「ええーっと、よくわからないんだけど」
「あたし珠理奈のスマホにGPSつけてるから珠理奈の居場所は手に取るようにはっきりわかるのよ。さっき確認したらいつもは学校が終わったらまっすぐ家に帰るのに今日はそうじゃなかったから職場から車を飛ばしてきたってわけ」
「え、初子姉ちゃん珠理奈ちゃんにGPSつけてるの?」
過保護だとは思っていたがそこまでだったとは。ちょっと引くわー。
「当たり前でしょ、女子中学生なんて大人の餌食にされやすいんだからっ。珠理奈はぼーっとしてるところがあるからあたしが守らないといけないのよ」
「はあ……」
珠理奈ちゃんは充分しっかりしてると思うけど。
「初子姉ちゃん、し、仕事は大丈夫なの? 抜け出してきちゃって」
「ニートのあんたに仕事のことをとやかく言われたくないわね。それよりあたしに隠れて珠理奈とこそこそ会おうとしてた理由を訊いてるのよ。答え次第じゃ警察に電話するからねっ」
スマホに指をかけながら言う。
初子姉ちゃんはよりにもよって実の弟を性犯罪者か何かと勘違いしているようだった。
「ち、ちょっと、なんか誤解してない? 俺パチンコでたまたま大勝ちしてすごい高級な枕を手に入れたから珠理奈ちゃんにプレゼントしようとしただけだよ」
もちろん嘘だが。
「枕~? お年玉もあげないくせに?」
疑いの目を向けてくる初子姉ちゃん。
「そ、それは今関係ないだろ。いい? その枕で寝ると十分で八時間分の睡眠効果が得られるんだってさ」
「何よそれ、うさんくさいわね~」
「中学生だと受験勉強も大変だろうなって思って珠理奈ちゃんに連絡したら欲しいって言うから……」
「そうなの? 珠理奈」
初子姉ちゃんは後ろを振り返った。
珠理奈ちゃん。ここは話を合わせてくれ。
目で合図を送ると、
「……うん。最近よく眠れてなかったから」
珠理奈ちゃんはうまく話に乗ってくれた。
やっぱりしっかりしてる。
「ふ~んそうだったの……わかったわ、珠理奈の言うことなら信じるわ」
弟の俺のことも信じてくれ。
「で、その枕ってどこにあるの? さっさと渡しなさい」
「わかってるよ」
初子姉ちゃんは横柄な態度を崩さない。
これでは結婚生活が長続きしないはずだ。
俺は自室に向かうと快眠枕を手に持って初子姉ちゃんのもとに戻る。
「はい、これ」
「これが高級枕? そうは見えないけど」
「いいから珠理奈ちゃんに渡してよ」
「はいはい。はい珠理奈」
「……どうもありがとうございます」
枕を受け取った珠理奈ちゃんは大事そうに枕を抱えると頭のてっぺんが見えるくらいのお辞儀をした。
「じゃあ用は済んだんだし帰りましょ珠理奈」
「……うん」
初子姉ちゃんに背中を押され帰っていこうとする珠理奈ちゃんに俺は、
「珠理奈ちゃん、十分で八時間分の睡眠効果ってアレ本当だからねっ」
と念を押しておいた。
勘の鋭い珠理奈ちゃんならこれでさっきの枕がダンジョンから持ち帰ったアイテムだと気付いてくれるだろう。
二分後、珠理奈ちゃんが自転車で帰ったのを確認してからようやく初子姉ちゃんも車で帰っていった。
「はぁ~……疲れた」
俺はリビングへと戻るとポチとスライムのいるソファに腰かける。
スライムをそっと撫でながら、
「スライム、どうやらお前ずっとうちにいることになりそうだぞ」
『ピキー?』
つぶやく。
あの分だとスライムを渡すのは難しそうだし珠理奈ちゃんも快眠枕をもらって満足そうな顔をしていたからスライムはこのまま俺が飼うことになりそうだ。
「お前の名前決めないとな……」
『ピキー』
高木さんから電話がかかってくるまでの約二時間、俺は無い知恵を絞ってスライムの名前を真剣に考えるのだった。
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