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ウマとの遭遇

 

「…変態だ…!」


 ウマは目を見開いて、遠目に見えるそれをそう判断した。


 ごくごく普通の女性が通りを歩いている。

 この辺りでは一般的な、巻き服の女性だ。

 その背後に、黒づくめの不審者がぴたりと張り付いて歩いている。

 文字通り、ぴったりと張り付いて。


 不審者は男性で、女性の臀部を撫でながら、だらしない顔を晒してくっついている。

 真昼間の、通りでだ。


「え、衛兵さんを…あ、いや、しかし…」


 ウマは考えた。

 合意の上の行為なのかもしれない。

 よくよく考えれば、あんな変態行為をされたら普通の女性は悲鳴をあげたり逃げたりするだろう。

 涼しい顔をして受け入れているのだから、合意の上なのだ。


「…人間ってのは、よく分からないね…」


 ウマは皮肉げに一人ごちた。


 ウマは人間ではない。

 だからと言って馬というわけでもない。

 馬の半身に人間の上半身をもつ、異形だ。

 アスラ人と蔑まれる、人間以下の、獣以上。

 気味が悪いからと食用にされない程度の扱いを受けるイキモノだ。

 物好きな主人がまだ幼体の頃に拾い、労働と引き換えに飼育してくれたお陰で、この人間社会の中で人間モドキとして生きてこられた、それだけのイキモノだ。

 普段は荷車を引いて、何でも運ぶ。

 今日は仕事が無いので街の外で食える草を食ってきた。仕事がある日にしか餌は貰えない。


 そんなウマにとって、よく考えたら通りすがりの雌人間がどうなろうと、全く関係が無い。

 そのことに気づいて、ウマは寝屋に早く帰ろうと思った。


 だが、その女性が通りの建物の中に入ってしまうと、不審者は進路を変えた。

 一緒に建物の中に入らなかったのは何故だろうかと、ウマは首を捻った。

 肉体関係があるのなら、これから建物の中でお楽しみではないのだろうか?

 ウマには伴侶がいないので、実際の感覚は無いのだが、人間のそういった情緒も少しは分かるのだ。

 雌馬も雌人間も、ウマには伴侶となり得ない。


 不審者はその女性に見切りをつけると、通りの反対側、逆方向に歩く違う女性に歩み寄った。

 今度は両手を女性の胸に当て、揉みしだきながら歩いている。

 紛う事なき変態の所業だった。


 だが、女性は全く抵抗しない。

 何も気づいていないようだった。


 ウマは、目をゴシゴシと擦った。

 こんな明るいうちから夢でも観ているのだろうか。

 あるいはさっき腹一杯に食べた野草に、幻覚でも見せる草が混じっていたか。

 はたまた…


「…お化け?」


 幻覚が見られる草が混じってたなら、ひょっとしたら小遣い稼ぎになるかもしれない。

 お化けじゃなかったら、探しに行こう。

 そう決めて、ウマは不審者に近づいていった。


 好物の果物でも買えるといいな…という、ほんのささやかな願い。

 それが、ウマの人生を大きく狂わすことになるとは、まだ彼は気付いていなかった。



「ふへへへへ…ここけ、ここがええのんけ…」

「…もし?」

「澄ました顔して、洪水ちゃうのんけ…」

「ちょっとよろしいですかね?」

「よろしいんやな?おまえはん、よろしいんやな?」

「え、わたしに何か…」

「うっお…!?」

「え…?」

「あ…」


 ウマが声をかけると、変態行為に遭っている女性が振り返った。

 不審者が胸を揉みしだいているままに振り返った女性の服は、驚いている不審者の手にひっかかり、勢いよくはだけられた。

 巻き服ははだけやすく、下着なんてものをつけるのは金持ちだけだ。

 形の良い乳房が白昼の通りで晒されて、馬上と言えるウマの視界に飛び込んできた。


「あいや、ボクが声をかけたのは、そちらの」

『キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

『おわあああああああああああああああ!!!』

「………男性の………方で………」

『誰か!!誰かーーー!!』

『俺か!?俺かーーー!?』

『アスラよ!サマーンのとこの、馬のアスラがー!』

『誰が馬並みかーーー!!』

「あ、あのー…」

『衛兵さんを!誰か、衛兵さんを呼んでくださいましーーーー!!』

『衛生兵!衛生兵ーーー!!』

『やかましいわオッサン!!!!』


 ピタリと、喧騒が止んだ。

 ウマは身体が大きく、肺活量も人間の比ではない。

 然るにその怒鳴り声たるや、泣いた子を気絶させる程のものであった。


「あ………あ………いや………」

「あ、違うんです」


 女性は地面にへたり込んだ。

 茶色く乾いていた地面に、黒いシミが広がっていく。

 はだけられた胸元を隠すこともなく、乳房が晒されたままだ。


「いや………やめて………殺さないで………」

「違いますよ?ボク何も」


 ウマは血の気が引いていくのを感じた。

 周りを見回すと、先程の喧騒を聞きつけた人々が集まってきているのが見えた。


「あのむしろ、ボクはですね、貴女を助ける方向のですね、ええと、ホラ、変態の人が…」

「い、いやぁ…あああ………」


 女性はポロポロと涙を流し、泣きだしていた。


「お、おい!アイツ、アスラだぞ!」

「女を襲ってるのか!」

「助けろ!ヤスベのカミさんじゃねえか!」

「おい武器はねえか!なんでもいい!棒でもクワでも持ってこい!」

「シメちまえ!」

「………いや………その………」


 集まりだす男達。

 浅黒い肌に精悍な肉体を持つ、労働者達がその女性を守るように、またウマを取り囲むように肉の壁を形成し始めていた。

 もはやウマの思考は停止していた。


 ウマは知っている。

 ウマの理屈は人間には通じない。

 正しいことを言っても、ウマの口から出た言葉は絶対に通じない。

 何故なら、ウマは人間じゃないから。

 人間じゃないということが、正しくないということなのだ。

 悪いことをしたウマは、殺処分されるのだ。

 正しいと思うことをしても、人間がそれを悪いことだと言えば、ウマは殺処分されるのだ。


 ウマは諦めた。

 だからもう喋らないし、考えない。

 何が悪かったのか分からないが、ウマが人間じゃないのが悪かったのだろう。


「………あーあ………ふふっ」


 諦めたら、なんだか笑えた。




「おいニイちゃん」

「………?」


 それは、元凶の不審者だった。

 ウマに話しかけているようだった。


「…これ、撮影だよな?なにも本当にリンチしてくるわけじゃないよな?」

「…リンチって?」

「集団でする、暴行だよ。私刑とか」

「ああ、ちょっと違うかな。屠殺だよ。ボクは人間じゃないからね」

「………やべぇな」

「まあ、ヤバいね」

「逃げようや」

「ああ………はは。どこにさ。ってか、オッサンのせいなんだけど………」

「俺のこと、後ろに乗っけてくれる?」

「好きにしなよ………」

「ちょっと、馬を屈めさせられる?」

「はいよ」


 ウマが前脚を折って屈んでやると、黒づくめの不審者が背中にまたがってきた。

 ウマの肩に手を乗せてきたので、立ち上がる。


「おお…た、高え…!!」


 ウマの周りには既に人だかりが出来、みな手に手に武器を抱えている。

 リンチと言ったか、暴行はすぐにも始まるだろう。

 よしんば無理矢理囲みを突破したとしても、もう主人の所有する馬房には帰れない。

 アスラ人なんてそう数がいるわけでもない。

 まして馬のアスラ人なんてウマ以外にいるのかどうか。

 町の外に逃げたところで、すぐに手が回るだろう。

 なら、走り回るだけ損じゃないか。


「おい、あんたらどけよ」


 何を悠長なことを言っているのだろうか、このオッサンは…

 ウマは嘆息した。

 どけと言ってどくようなら、最初から囲みはしない。

 この男はきっとリンチはされないんだろう。

 ウマが粗相をしただけなのだから。だから余裕のある態度をとれるのだ。



「大丈夫か、ヤスベの」

「は、はい…みっともないところをお見せして…」

「もう心配ねえ、おい誰か!送ってってやれ!」

「すいません…」

「大丈夫だよ、奥さん…」


 男達が女性を助け起こし、口々に慰めている。

 ウマの包囲が解け、道が開ける。

 今なら逃げられそうだ。

 が、しかし…


「全く、いやだねえ…」

「ああ…んー…なんだっけか」

「分かんねえけど、奥さんも可哀想によ、あんなに泣いてな…」


 ウマの周りからは人が完全に離れていった。

 あの女性を連れて、人混みは遠ざかる。

 今ならば、間違いなく逃げられるだろう。

 が、しかし…


「………帰っちまったな、エキストラのみなさん」

「………え?」


 通りは閑散としてしまった。

 目の前には、女性の漏らした液体の溜まりだけがある。


「んー…とりあえず、散歩でもどうだいニイちゃん」

「いや、散歩って」

「それとも次の撮影あんのかい?」


 とりあえずウマは、男を乗せたまま歩き出してみた。


「おお、いいねえ。馬に乗ったな初めてだぜ。ははは…走れー、走れー、小太郎ー♫ってな。古いか」


「………やっぱ、変な草食ったのかな………」


 なんだかもう、わけが分からなくなったウマは、希望どうりに思い切り走ってやり、見事に落馬させてやることに成功したのだった。



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