第二世界 ビッグ・ワールド
星1世界のあちこちにゲートハウスと呼ばれる施設がある。
豪華な神殿の奥だったり、畑の脇にトタン屋根で覆われていたり、形はさまざまだけれど、どれも囲いの中に召喚陣が設置されていて、それぞれが噴水のように淡い光を放っている。
それは『転移ゲート』と呼ばれる召喚陣で、浮遊島ジェンヌにある無数のゲートのうちひとつに入った勇者は、星2世界、ビッグ・ワールドに飛んだ。
「ミミコ! 右回れ、右!」
「あいー!」
だだっぴろい草原で、銃を構えて戦うアツシは、魔法少女の格好をしたミミコを連れてバルーン・ラビット狩りをしていた。
バルーン・ラビットは女子に人気の可愛い系モンスターだったが、毛皮が高級素材として取引されていて、乱獲があとをたたない。
勇者としても、序盤に資金を稼ぐにはもってこいのモンスターでもある。
「ちくしょう、戦っても戦ってもレベルが上がらないなんて、聞いてないって!」
彼らのゲーム知識と違って、この世界では、戦っていればレベルが上がるわけではない。
レベルの上げ方はジョブによって違っていて、地道な鍛錬によって目覚ましくレベルがあがる魔法職のようなものもあれば、戦闘によってレベルのあがる『戦士職』もある。アツシの選んだ『機工士』は戦闘でも鍛錬でもレベルが上がらない。
どうやってレベルが上がるかというと、お金を稼げば稼ぐだけあがるのである。
ダンジョンに潜って財宝を手に入れ、アイテムの売り買いを繰り返すと経験値がたまっていくのだ。
どっちかというと、商人やトレジャーハンターのような生き方が向いていた。
なので、戦闘はむしろ避けていくことが推奨される。
なぜアツシがこのジョブを選んだかというと、友人の僕から言わせれば、きっと銃が使えるからだ。
銃、カッコいい。いじめ、カッコ悪い。
それ以上に説明が必要だろうか。
「ミミコ、絶対に当てろよ。いいか、もう俺に当てるのとかは絶対にやめろよ」
「当てるよう、なんかアツシに当ててもあんまり美味しくないのは薄々わかってきたよう」
「美味しいとか思ってたのかよ」
星2世界は、別名ビッグ・ワールド。
この世界には不思議な特色があって、この世界にいる生き物は体力が自動的に回復していくのだ。
勇者たちが安全に経験値を稼ぐにはもってこいだったが、それはモンスターも同様で、体力がずば抜けて高く、倒すのに時間がかかったりする。
銃は威力が高い代わりに銃弾のコストが高く、連発できない仕様となっているのだが、アツシは召喚師さまからもらったチート能力『剣製能力』をうまく使って、銃弾を自在に生み出せるようになっていた。
もはや低レベル帯では敵がいない。
この高原でも、次々とウサギを屠っていく……はずだった。
「いまだ撃てッ! ミミコ!」
アツシの銃弾が、ウサギのまるまる太った胴体に吸い込まれていった。
ぷしー、ぷしー、と空気が漏れ出したウサギは、ぐるぐる目を回して格好の的になっている。あと一息だ。
相棒のミミコが召喚の対価として手に入れたのは、『魔法行使能力』だった。
間髪入れずにロングスタッフを前に突き出し、目をつぶってがむしゃらに叫んだ。
「アルン、フレア、エルファイア!」
ぼばふんっ、と音を立てて、横に飛んだアツシが、次に縦に飛ぶ三次元的な吹っ飛び方をして、さらにスタントマンみたいに燃えながら草原をごろごろと転がっていった。
さらに、ここぞとばかりに周囲のバルーン・ラビットたちが反撃をしかけてきて、アツシは燃えながら四方八方から太ったウサギたちの体当たりを受けてぼこぼこにされていた。
アツシは倒れたままぴくりとも動かなかった。
どや顔でポーズを決めていたミミコは、ようやく事態に気づいた。
「きゃーッ! きゃー、アツシ、死なないで、死んじゃやだ、お願いーッ!」
どうしてこんなに連携がとれないのか、アツシもびっくりしていた。
遠くを見ると、高校生グループの大多数は数にものを言わせて、ピザ体型のヤギを囲んで大勢で攻撃している。
ピザ・ゴートは太りすぎてほとんど動かないが、他のモンスターをどんどん呼び寄せる厄介な敵で、出会ったら優先して倒さなくてはならない星2モンスターの代表格だった。
たまに魔法を使って、突然勇者たちを深い眠りに陥れることもあり、草原には眠りに落ちた勇者たちがばたばたと20人近く倒れていた。
誰か1人ぐらい眠った勇者たちを起こした方がいい気もするが、攻撃の手を休めるとピザの体力がたちまち回復するので、誰も手がはなせないのだ。
普段はまとめ役となるはずの委員長は、まだ最初の街でアイテムの相場をチェックしているらしい。
連携が取れていないのは、みんな同じみたいだった。
ミミコは、泣きながらロングスタッフを振り回してウサギたちを追い払った。
黒こげのアツシは言葉もなくうずくまっていたのだが、ミミコが「えーい!」と言って、この星2世界の薬草と果実をすり合わせた特性ジュースをぶっかけることで復活する。
みんなはポーション・フィズと呼んでいた、微炭酸の回復薬である。
星2世界には、回復薬の類がとてつもなく多い。
ただの水でさえ他の世界の水よりも数段強い浄化作用を持っているという。
アツシは、まだ呼吸も辛そうにぐったりしていたが、辛うじて言葉を紡ぐことができた。
「ミミコ、お前、本当に俺に当てるのだけはバツグンに上手いよな……」
「うん、だって、アツシの背中だったら、いつも見てるから……あっ、そ、そういう意味じゃなくて……! み、見慣れてるって、ことかな! お、幼馴染みとして……! と、統計学的に……!」
「暗殺者かよ……そんなの統計学じゃなくても分かってるっつうの……」
アツシは、顔をふっと暗くして言った。
「マツヒサも、ここにいればよかったのにな」
「う……うん……そうだね……けど、私はアツシがいれば充分かなっていうか、いまは2人だけの時間を大切にしたいっていうか」
「ああ、そうだな、マツヒサのためにも、俺たちが先に経験を積んでおかないとな……本当にお前はマツヒサの事が好きだよな」
「そ……そう! そうなの! 自分でも困っちゃう! ごめんねアツシ! あははは!」
アツシはどうもミミコの気持ちに気づいてあげられないみたいだった。
笑ってごまかすミミコが悲しい。
ちなみに、彼女は召喚の対価に「魔法少女」なるものになりたいと願っていた、クラスでもアツシとちょっとフィーリングの似通った子だった。
彼らは、異世界召喚の存在すら知らなかった僕とは対照的に、どんな職業がこの世界に適正かを事前学習によってよく知っていたのだ。みんなズルい。
けれども、僕のスキルと同様、実際に使うことには、ずいぶん手こずっていた。
特にミミコの魔法は地味に威力があるせいで、失敗した時の悪影響も半端ない。
ちなみに、僕はポーションがどんな味なのか知らないが、アツシは「初恋の味がする」と言っていた。
「具体的には、ガンダム・ビルドファイターズのフミナ先輩の味だ」
僕は食べたことがないのでよく分からない。
「うっしゃあ」と言って、膝をばしっと叩いて気合を入れなおし、アツシは立ち上がった。
右手にぼんやりと光をともらせ、『剣製能力』を発動する。
機工士のハンドガンは、銃弾のコストがかかりすぎる、そのくせお金をかけないと成長しない、という欠点さえ克服すれば、最強の初期装備だ。
あとはひたすらお金を稼ぐだけだったのだ。
少数パーティにこだわっているのも、分け前を少しでも多くするためである。
「よし、もうひと稼ぎするか。お前はもう攻撃はよせ、回復に専念してろ!」
そのときミミコは、草むらにかがみこんで、緑色の液体が入ったポーションの瓶の蓋を開けようと悪戦苦闘していた。
急にアツシに置いて行かれそうになって、「ふえぇっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「あッ!? ま、待って、ごめん、間違えて水筒の水かけちゃった! まだポーションかけてないよ!?」
「くっそ、ただのプラシーボ効果かよ!」
気のせいだけで回復しかかっていたアツシは、すぐ先でしおしおと勢いを無くし、草むらに体を横たえた。
急に激痛がぶり返したのか、ぐおお、と悶えている。
痛みにもだえるアツシに駆け寄って、ミミコは今度こそポーションの蓋を開けようと「むぐー」と悪戦苦闘していた。
その丸っこい目には、うっすらと涙が滲んでいた。
「頑張って、アツシ、もうちょっとだから! ほら、マツヒサがいなくても、私がここにいるから! ずっと私が傍にいるからぁ!」
「……お、俺なんかに構うな……お前は、マツヒサの所へ行け……頼むから……お、俺の分も……生きろ……」
どうやらアツシは、ミミコを僕に押し付けようとしているらしかった。
やっぱり、このチームには僕がいないとダメかもしれない。
そのとき――。
ブオオオオオオオォォォン………!
トロンボーンを吹き鳴らすような重低音が、アツシの耳元の草をびりびりと震わせた。
本隊も、はっと表情をこわばらせる。
彼らの囲んでいたピザ・ゴートが、どこからか取り出した角笛を吹き始めたのだ。
2回、3回。
ピザ・ゴートは超レアモンスターを呼ぶときに、普段とは色違いの金の角笛を使う事がある。
その角笛は、まさしく金色だった。
アツシはその音を聞いて戦慄し、がばっと身を起こした。
「く、来る……!」
「へっ、来るって、何が来るの!?」
「マルウェア・ウルフだ……ッ! あいつはマジでやばい、急いで逃げろ!」
その声を聞きつけたかのように、草原を漆黒の影が、すさまじい速度で駆けていた。
その足に跳ね飛ばされそうになったミミコをかばって、アツシは大きく飛び下がって距離を取る。
アイドリング中のバイクみたいに、どるるる、と獰猛な唸り声をあげるモンスターにアツシが視線を合わせると、その凶悪なステータスが浮かび上がった。
マルウェア・ウルフ
星3モンスター
R
アンデッド系 ジップの魔女作 ウェア・ウルフ族
オオカミの毛皮をつなぎ合わせ、魂を封じ込めて作られたウェア・ウルフに、ひときわ邪悪な魂が紛れ込んで生まれます。
星3世界の魔物。
それはこの世界にいるはずのない、もうひとつ隣の異世界の怪物。
悪の召喚師マイコフのもたらした災厄のひとつだった。
そいつは想像以上におぞましい姿をした、全身に銀のチャックを鈍く光らせた漆黒のオオカミだった。
首は3本、足が昆虫のように無数にあって、8本ではきかない。
足の動きは素早すぎて見えない。けれど、何本かはサルの腕のように剣を握りしめている。
眠っている勇者に近づくと、一瞬で背中に無数の剣を突き立てた。
まるで針山のようになった勇者の身体から魂のようなものが放出されると、マルウェア・ウルフは銀のチャックを開き、それを体内に取り込んでしまう。
「う、うそ……」
ミミコは恐怖にすくんで動けなくなってしまった。
ミミコだけではない、そこには、あまりに理不尽な力によって同級生の命が失われる光景に取り乱してしまう者たちばかりだった。
「な、なんだあの化け物……!」「逃げろ! マジでヤバいやつが来た!」
すぐに状況を把握して、眠っている他の仲間を助けようと動き出せる者はいない。
けれども、アツシは別だった。
「ミミコ……俺の後ろにいろ!」
アツシはとにかく、この幼馴染を守らねばととっさに思ったのだ。
出来る事なら、こんなセリフは言いたくなかった。
こんな状況では、まるで不吉なフラグみたいだった。
けれども、どんなセリフだろうと言わざるを得ない状況と言うのはある。
彼は力を振り絞って、ミミコに手を伸ばした。
「いいか、俺が合図したら逃げろ! なにがあっても振り返るな!」
「逃げるな」
そんな戦いの最中に、僕の勇者が現れた。
美しい金髪を風になびかせ、装備は頼りない薄手のブラウスに粗末なスカート。
しかし、所持している剣は、同級生たちのどの剣よりも眩く光っていた。
「逃げるな、戦士ならば、戦え。君たちにも、アルンの精霊の加護が授けられているのだから」
そう、高校生勇者たちはみんな召喚の対価として、戦うためのチート能力をひとつずつもらっていた。
僕たちの大召喚師アレクサは、異世界で最大の魔法生物である星7精霊とだいたい友達だったため、
「彼らに加護をあげて欲しいんだけど?」
と、ゆるーくお願いしただけで、みんなに魔法能力を与え、その願いをかなえてしまったのだ。
普通の召喚師は必死にお金を稼がないといけないのに、けっこうずるいと思う。
けれど、高校生勇者たちとおなじ星7精霊の加護ならば、王女サクラハルは生まれたときから受けている。
しかも7種類もだ。
その加護の厚さは、彼女の七色の眼光にあらわれていた。
あらゆる色がせめぎあって火花を散らすような、その眼光の圧倒的な迫力に、アツシは思わず息をのんだ。
対するマルウェア・ウルフは狡猾で、どんな大群が相手でも死を恐れなかった。
群れが混乱している間に食えるだけ食っておき、ようやく群れが侵入者を攻撃するときにひたすら逃げてわが身1つを守りきるのだ。
1人、また1人と眠っている勇者たちは襲われていく。
55名の魂は食いでがある、漆黒の身体は、チャックが締まりきらないぐらいにぶくぶく膨らんでいた。
丘を蹴ってこちらに迫ってきたマルウェア・ウルフは、サクラハルの鋭い眼光の前で一瞬、2足歩行になった。
大きく胸をのけぞらせると、全身の銀のチャックが、ジイイッ、と一斉に音を立てて開き、なんと中から剣を持った無数の黒い『腕』がぞろぞろと生えてきた。
それはこの怪物が今まで体内に収めてきた、冒険者たちの腕に他ならなかった。
中にはさっき食べたばかりの高校生勇者のものも含まれている。
サクラハルの美しい顔が、不意に深い悲しみに歪んだ。
「魂を呑み込んで強くなるとは、なんという醜悪な怪物だ。私の世界なら、生命の大精霊『ルピナス』が許しておらぬぞ」
サクラハルはそう呟くと、火と風の精霊の力を同時に解放した。
空中に踊り出したのは、火の精霊サラマンと、風の精霊ジーニー。
トカゲと馬が溶け合うように踊った。
彼女を中心にして熱い風が吹き、草原は騒がしく波立っていく。
アツシは、風に頬を撫でられた瞬間、圧倒的な安堵感と鳥肌が立つような興奮を覚えた。
「なにこれ、すごい……!」
「あ、あの構え……! あれは、まさか……!」
サクラハルは、剣を垂直に立てた腕をまっすぐ相手に伸ばし、袖をぐいっと引っ張った。
その構えを見たとき、アツシは
「イチロー……イチローだ……!」
「イチローだって!?」
「そうか、イチロー!」
「イチローの生まれ変わりか……!」
そう、彼女こそ、異世界召喚によって呼ばれ、戦う運命を持った勇者だった。
高校生勇者たちは、みなそのような予感に打ち震えた。
ちなみにイチローは引退したがまだ生きている。
間合いをはかっていたマルウェア・ウルフは、無数の足を利用し、クモが跳躍するような瞬発的な速さで移動した。
動物的な勘で相手の視野の外に出ようとしていたのだ。
そこから再突進し、8本の乱れ飛ぶ剣撃を放った。
しかし、届かない。
サクラハルは、完全にその剣の動きを見切って、たった2本の足でほぼ同じ距離を移動し、さきほどと全く同じ間合いを保ち続けていた。
「ふん、隙が多すぎる……武の精霊タカハラムの加護の前に、ただの獣の攻撃など効かぬ!」
サクラハルの背後に、錆びついた鎧武者の影が浮かび上がった。
無数の腕を持ち、それぞれに武器を持っているそれは、彼女に加護を授けた精霊の一柱。
タカハラム
星7精霊
SR
武の精霊
戦争を司る精霊です。勇者ユニットに加護を与え、戦闘能力を一時的に向上させる各種スキルを習得させます。
サクラハルは、そのままマルウェア・ウルフの目の前まで走っていった。
目の前をかすめる剣の切っ先に、自分の目が七色の光をどんどん増して映るのを見ながら、嵐のような剣をすべて紙一重でさらりとかわした。
彼女を守護する精霊の力を感じたマルウェア・ウルフが、本能的に攻撃から逃走へと切り替えようとする。
けれども、イチローの構えをしたサクラハルはその隙を逃さなかった。
「はぁぁぁぁッ!」
マルウェア・ウルフの外殻を構成していた漆黒の毛皮を、次々と切り裂いていく。黒い毛が床屋の床のように地面にばさっと散らばった。
すべての銀のチャックは二度と閉まらぬように捻じ曲げられ、中に閉じ込められていた魂は、ゆうゆうと無限の空に飛び出してゆき、やがて驚異のモンスターはあれほど暴れていたのが嘘だったように力を失い、ぺたり、と中身のないただの毛皮に戻ってしまったのだ。
攻撃が終わった時、サクラハルは剣を構えた1頭の雌豹のように身をかがめて、ゆっくり剣を鞘に納めた。
圧倒的な戦闘能力。
そして美しさ。
サクラハルは、いまだ虹色の光を宿すツメを持った手でドロップした毛皮を拾うと、それをアツシとミミコの前に差し出した。
「受け取るがいい」
「サクラちゃん……」
「私の世界では、死んだ者の魂は大精霊『ルピナス』の化身となり、悠久の旅に出るという。その旅の末に、次に生まれる者に力と祝福を授けるのだ。……お前たちも仲間の事は忘れず、今よりももっと、強くなることだ」
マルウェア・ウルフとの戦闘で生き残ったのは、たったの26名だった。
半数以上が犠牲になり、意気消沈する高校生勇者たちに、悼むような眼差しを送り、サクラハルは去っていったのだった。
勇者たちは、熱い眼差しで彼女の後姿を見送っていた。
……というような話を、後日、僕はアツシから直接聞かされたのだった。
アツシは、サクラハルからもらった黒い毛皮をわざわざ僕のところに返しに来てくれたのだ。
彼女の剣によってカットされた部分もちゃんと確認できて、冗談ではないことが分かった。
「30人も死んだって……ウソだろ? まだ3日目だぞ?」
「本当だよ。というかさ、サクラちゃんってまだ一度も死んでないわけ?」
「えっ……どういうこと?」
「マツヒサは知らんだろうけど、俺らなんて、全員1回は死んでるんだけど?」
勇者は「この世界で死んだら自分はどうなるんですか?」なんてふつうは誰も聞かないのだけど、どうやらアツシたちは事前にその辺の事をちゃんと聞いていたらしい。
大召喚師アレクサいわく、「大丈夫、大丈夫。心配しなくても、ちゃんと生き返らせるわよー。復活の魔法があるんだから」だそうだ。
この召喚世界にいるかぎり、召喚師に不可能はない、というのは本当だったらしい。
『死者蘇生』が使える世界の魔法使いやアイテムを召喚すれば、一度死んだ人間を復活させることも可能なのだった。
「けれど、めちゃくちゃ高価らしいから、あんまり死ねないんだ……というか、死ぬほど痛い思いをするの普通に嫌だし」
「そりゃ嫌だろうな……ちなみに、どのくらい高価なの?」
「日本円で200万円くらいするって言ってた」
「高すぎ」
召喚師連盟でもその辺は自己責任で、という事になっていて、補助金を出してくれないから、みんな独自の保険制度を作ってなんとかしているという。
星1に移住した蘇生専門の神官なんかもいるので、一般人でも新車を1台買うぐらい思いきれば手が出せるようにはなっていた。
そういえば僕は、もし自分の勇者が死んだときはどうしたらいいのか、まったく考えていなかった。
のんきなことだった。
万が一の時に、僕はサクラハルを復活させられるのだろうか。
いのりん委員長あたりなら、借金してでもしろと言うだろうし、僕は当然するしかないのだけど、将来のことを考えると不安になってくる。
アツシが帰った直後、そのまま召喚師連盟まで走っていって、とりあえず保険加入は済ませておいた。
無事に帰ってくるだろうか、とそわそわしながら待っていると、サクラハルは無事に戻ってきたのだった。
「お帰り、サクラハル」
「うん、ただいまだ」
普通に帰ってきてくれて、ほっとした。
こういう時に強い勇者でよかったと思う。
いつも通り僕の作ったまずいシチューをサクラハルと2人で食べているときに、アツシから聞いた話を、今度はサクラハルからも聞かされた。
「マツヒサと同じ世界から来た仲間たちだったのだろう? すまないことをした、私がもっと早く駆けつければよかったのだが……」
サクラハルは、しょんぼりしていた。
どうやら勇者が復活できることを、彼女は本当にまだ知らないみたいだった。
きっと星7世界には、そういう魔法はないのだろう。
「サクラハル、死者を蘇らせる魔法ってないの?」
「そういう魔法は、生命の大精霊『ルピナス』が禁止していて、使えないのだ。すべての死者には旅に出る義務があってだな……」
「そうか……」
魔法が発達しすぎたせいで、逆に使用が制限されているのだ。
星7世界ならではだった。
ちなみに、大召喚師アレクサはその大精霊『ルピナス』とお友達だったので、ちょっとお願いして全員生き返らせてもらう、なんて反則技を使っていたらしい。
……サクラハルには教えられないな。
「というわけで、最初の戦利品は彼らにあげてしまったのだ……すまない、マツヒサ」
「戦利品? ……ああ、そうか。マルウェア・ウルフの」
「毛皮だ。本当は、お前にあげようと思っていたのだが」
「いや、そんな事気にしなくても」
心配しなくとも、結局それ僕が貰っているからな。
保険加入の事は、とうぶん黙っている事にした。
◇◆◇◆◇◆◇
ウェアハウス・ウルフの毛皮で作ったバッグは収納量が桁外れで、その日拾ったアイテムはだいたい収納できた。
だけど、持ちきれないような大きなものには、『召喚タグ』と呼ばれるチケットの半券のようなものを取りつけておく。
この召喚タグは召喚魔法の標的にするものだ。
これを取り付けておけば、異世界召喚によっていつでも相手を呼び出すことができる。
星2迷宮の遺物に召喚タグを取りつけて、勇者ギルドにその半券となる『召喚ポーション』を渡し、彼らのクエストは無事に完了した。
「はぁー、うまく行かないなぁ」
ミミコは、入手したアイテムをウルフのバッグごと勇者ギルドに全てあずけ、クエスト報酬で物資補給をしたついでに寄った街、ルーシェダの酒場でカウンターにあごを乗せ、不機嫌そうに小さく唸った。
魔法使いは人気の高い職業だったのだけど、遊ぶ暇がないので駆け出しの頃は大変みたいだった。
「みんな戦闘でどんどんレベル上がっていくの羨ましい、私なんて終わった後に1人でちまちまスキルの鍛錬しなきゃ追いつかないのに……なによー、お前はやる気がないだけだから、もうちょっと頑張れよって言うんでしょ?」
すぐ隣でポーション・フィズを飲んでいるアツシに、当たり散らす。
「ふんだ、頑張ってるのは当たり前じゃない、けどできないんだからしょうがないじゃない。マツヒサは言ってたよ、ミミコはやる気がないんじゃなくて、無計画で人よりミスが多いから、それを補うだけで力を使い果たして常にバテちゃってて、常に能力が発揮できない状態に陥っているだけなんだって。そうそれ、そんな感じなのよ、肝心な時に杖は落とすし、瓶のふたは開けられないし、好きな人の手は握れないし、はっ、そうか、握力を鍛えればいいのね?」
「いや、すげぇ強いよな、と思って」
以前、バスケ部が握力を高めるのにやっていたのを見たらしい、手をぐーぱーさせる体操をやりはじめるミミコをスルーして、アツシの視線の先には、サクラハルがいた。
幼馴染のマツヒサが召喚した、異色の星7勇者。
彼女はマルウェア・ウルフを討伐してから他の高校生勇者たちに慕われてるようになった。
いまも大勢の女子に囲まれ、質問攻めにあっていた。
「サクラちゃん、そのネイル見せて。すごい、どこで塗ってるの?」
「これは……生まれつきだ。精霊の祝福をうけると色がつく」
「うそー、キレー!」
「そしてお美しい……」
「こらこら、彼女には門限があるんだから、早く帰らせてあげなさい」
いのりん委員長が手を打ち鳴らして、女子グループを散らしていた。
召喚師のローブに身を包んだいのりん委員長は、背後に剣士を連れていた。
2メートル近い巨大な剣の持ち主。
鎧に身を包んで姿かたちは見えないが、その強さはステータスから推し量ることができた。
ベオック
星4勇者
R
クラス 剣士
ひと言 惑星マイステールのとある古代遺跡に封印されている剣士です。あらゆる剣を使いこなします。
星4勇者は、等級こそ星7勇者に劣るが、召喚に必要とする魔力が少なく、さらに同じ星4勇者の高校生勇者たちと育成アイテムを共用できるという利点があった。
おまけに、戦士職は装備費がかからない。
委員長にとって好都合だったのは、戦士の装備とあわせてあまりにゴツい外観となったため、みんな恐れて彼女に逆らわなくなったという事だった。
「うひー、委員長、マジ怖いです」
「みんな、ちょっと集まって。これからここに居るメンバーで作戦会議を開きたいの」
「えー、委員長、今日はそういうの……いえ、やります! やりますから!」
「ありがとう」
このパーティには、誰かまとめ役が必要だ。
みんなも今回の大敗で、それを痛感していたところだった。
いのりん委員長の言葉を、聞くともなしに聞いていた。
「作戦会議を開きます。目標は、星2迷宮の突破。そして、みんなの死亡回数を最小限に抑えること。みんなももう死ぬのは嫌よね?」
高校生勇者たちは、こくり、と頷いた。
夢を現実にする世界では、悪夢もまた現実になってしまう。
気を失うほどの苦痛、吐き気を催す血の臭い、そんなものを何度も経験したくはない。
「じゃあ、みんなのジョブとスキルを把握したいから、教えてちょうだい」
「サクラハルだ」
みんなの中で、サクラハルが、真っ先に手を挙げた。
「ジョブは第一王女、特技は剣だ」
「わかってる」
「サクラちゃん、マジ天使」
「サクラちゃん参加してくれるんだったら俺も」
こうして高校生グループは、徐々にだけどうまく回り始めるようになった。
サクラハルは、やはり他の高校生勇者たちから見ると、圧倒的に強かった。
メンバーの中でも中心的なポジションを割り当てられていた。
精霊の加護によってようやくモンスターと戦う力を得た彼らに対し、生まれた時からツメの1枚1枚に至るまで精霊の祝福を受けている。
「んー、やっぱり勇者だよな、サクラちゃんは」
勇者とは、こういう人材でなくてはならない、とアツシは思うのだけれど、それでも、彼女のやってきた星7世界では、それがごく普通なのだという。
アツシは、それがずっと疑問だった。
当然といえば、当然の疑問。
「なんで俺たちみたいな高校生がわざわざこの世界に召喚されなきゃならなかったんだろ?」
「なに言ってるの、当たり前じゃないの、私のアツシは世界で一番かっこ……ひゃああッ! ……そうじゃないでしょ、私ってば何言ってるのよ! もー、私だってぜったい強くなってやるんだからー!」
ミミコは、ポーション・フィズを一気飲みするのだった。
「ねぇ、俺の話聞いてる? そしてお前じゃぜったいに勝てないよ?」