召喚の対価
「たっだいまー。順調にやっているか? 新人召喚師―!」
僕とサクラハルが海賊船の宝物を仕分けしていると、大召喚師アレクサが翼をばさばさ広げて、ご機嫌で自分の屋敷に戻ってきた。
「大召喚師さま」
ステラは急いで彼女を出迎えた。
海賊船にあった女もののブラウスとスカートを身に着けたステラは、王女らしい優美な仕草でアレクサに深々と一礼した。
着ている物は古びているけれど、全身に気品が漂って見えるのはさすがは王女さまだ。
自分の勇者だからひいき目に見えているわけじゃないぞ、たぶん。
「おー、ステラちゃん、しばらく見ない間に可愛くなっちゃって。なにこの服、マツヒサの趣味なの?」
「しゅ、趣味ちゃうわ! 好きな物が召喚出来たら苦労しませんって!」
「けど、やっぱりウチの勇者が一番かわいい、みたいな顔してるじゃない? 趣味なんでしょ?」
「はわわわわ……!」
なんでこの人歯に衣着せないの。
だって本当に可愛い。
自分の勇者って、こんなものなんだろうか。
「ステラちゃん、マツヒサはちゃんとしてくれてる?」
「召喚師さま、というかまだ、具体的に何をしたらいいか、私たちはさっぱりなのだが……?」
不安げなステラの頬を撫でて、アレクサはいつもの快活な笑みを浮かべていた。
「だいじょーぶ、この世界の事がすぐに理解できる勇者なんて、ほぼ皆無だから。他のみんなも、慣れるまで星1世界をかるーく冒険してもらっているところよ」
と、アレクサ。
それもそうだ、僕だって、分からない単語が出てくるたびにステータスをいちいち目で追っているのだ。
アツシも覚えたてのスキルを使ってみて、『実はこんな機能がありました』みたいに後から情報が補足されている状態みたいだった。
これで、まともに戦えるわけがない。
「星1世界で命を落とすとか、まずあり得ないから心配しないで。それよりも、庭の海賊船ってマツヒサが召喚したの?」
「はい、僕たちには使えそうにないので、大召喚師様にあげようかと思うんですけど」
「ふふふ、じゃあ、あれがマツヒサの最初の戦利品ってことね? ありがたく受け取っておくわ」
などと言いつつ、大召喚師アレクサは、両手に持った様々な異世界アイテムをよいしょっと床に置いた。
古代の金貨から、小さな薬草まで、地球では絶対に見ないようなアイテムばかりだ。
なにかと聞くと、
「じゃーん! 勇者のみんなから最初の戦利品をプレゼントされたの! どう? どう? こういうのって、召喚師冥利につきるわ。羨ましいでしょー?」
と、僕に自慢し始めたのだった。
ほんとうにこの人はみんなのおかーさんだよな。
僕もサクラハルから戦利品をプレゼントされたら、嬉しいんだろうか。
当のサクラハルは、おおお、と目をキラキラ輝かせていた。
彼女はアルンの伝説に語られる、勇者と召喚師の関係にずっと憧れていたのだ。
「わ、私も、あなたに最初の戦利品をプレゼントした方がいいのか?」
「いいえ、こういうのは気持ちだから、無理しなくていいのよ? それに私じゃなくてマツヒサでしょ? あなたの召喚師は」
「あ」
忘れてた、みたいな顔をしてこっち見ないでください、サクラハルさん。
すごい傷つくんだな、はじめて知った。
アツシとラインでやり取りをしている限りでは、他の高校生グループの冒険は順調に進んでいるらしかった。
初日はまだチュートリアルの段階みたいだけど、ずいぶん差をつけられてしまったような気がする。
僕はまだスライムに相当する星1モンスターすら見たことがない。
「僕もはやく冒険に行った方がいいと思うんですけど」
「まだ大丈夫よ。それよりもマツヒサ、召喚師連盟には様々な規約があるからね。召喚師はそれらを把握して、遵守しながら行動することが求められるの。ちゃんと覚えなさい?」
「あ、はい……ケットシーが分厚い六法全書みたいな本を持ってきましたけど……あれ、本当にぜんぶ覚えるんですね」
僕はげっそりした。
ケットシーが持ってきたのは、召喚師連盟が全召喚師に定めた規約の全文である。
本屋どころか、図書館でさえこんなサイズの本は見たことがない。
ギネスに挑戦しているんじゃないかと思うくらいの分厚さだった。
「青春を対価にしなきゃ無理な奴だ……」
「そうよー、これが基本だからね?」
辞書みたいな細かな文章が全部で4000ページ。
内容を覚えるどころか、最後のページにまでたどり着けるかどうかさえ不安だった。
冒険しながらこれを覚えるって、かなりムリな気がする。
となると、とうぶん、冒険は勇者ユニットにしてもらうことになるだろう。
大召喚師アレクサは、さっそく僕にテストをした。
「では質問1です。あなたは召喚した勇者にちゃんと必要最低限の生活をさせていますか?」
「えーと、必要最低限の生活は……サクラハル、してる……よね?」
「はい、しています」
サクラハルは口の端を釣り上げ、ふっと皮肉げに笑った。
「……まあ、本当に必要最低限ですけど?」
い、衣食住だけは辛うじて確保しているからな!
あと色々アイテムも手に入れたし!
もっとサクラハルのためになるアイテムや、仲間になってくれる勇者ユニットを召喚してあげたい。
けれど、今のところ僕にできる召喚は、1日1回の基本召喚チケットだけだ。
あとは冒険を通じて、なんとか稼がないといけない。
このままでは、ネコやコックを引き当てるのも当分先になりそうだ。
「では質問2です。マツヒサは、『召喚の対価』をサクラちゃんにちゃんと与えていますか?」
……。
…………?
あ、そういえば、『召喚の対価』なんてものがあったっけ……。
サクラハルが「なにそれ、はじめて聞く」みたいな顔をしているのを見ると、アレクサは急に怒り出した。
「もー、ダメじゃないのマツヒサ! 『召喚の対価』は、勇者契約で一番重要なところよ?」
「マツヒサ、なんだその『召喚の対価』というのは?」
「ごめんなさい……」
そうだ、すっかり忘れていた。
勇者として戦う契約を結んだ人には、必ずその対価を与えることが取り決められていた。
「昔の勇者召喚は、その辺の契約関係が適当だったのよ。お礼に不老不死にしてもらった、みたいな話もあるけれど、感謝の気持ちをあらわしただけで、別に義務だった訳ではないの」
とにかく、召喚師連盟はそれを義務化した。
けれども、その義務というのが……すごく難しかった。
「勇者の願いを契約内容の変更に関わらない範囲で、なんでも1つ叶えなければならないの」
「なんでも……ひとつ」
勇者契約を結んだ相手には、その成果に関わらず、願いを叶えなければならない。
問題があるような気がしないでもないけれど、召喚師連盟が決めたルールで、マイコフが邪魔だから撤廃すべきだと言っているものだ。
だから、きっと守らないといけないものなんだろう。
「なんでも……本当に、なんでも叶えてくれるというのか?」
「そうよ、イージーワールドにいる召喚師は、そのくらいできてしまうのよ。逆に言うと、召喚師がこの世界に居続けるための対価を支払おうとすれば、それで丁度釣り合いがとれるってところかしら?」
地球では、想像もできないような対価だった。
けれども、あらゆる世界からあらゆる勇者を召喚できてしまう召喚世界では、やろうと思えば不可能なことはないのだ。
そういえば、僕が召喚スキルを手に入れたのも、この『召喚の対価』として「召喚師になりたい」と願ったからなのだった。
僕は、あの時のアレクサがどうやっていたかを思い出す。
アレクサは、召喚された直後の僕らに「ようこそ勇者たちよ、さあ、つまらない前置きはかっとばして、とりあえず願い事を言ってみて?」と言って、片っ端から僕らの願いを叶えていった。
……なんだか、今思うとずいぶん問題のある導入の仕方だったんじゃないかと思えてくる。
「ちなみに、『契約内容の変更に関わらない範囲で』、というのも重要よ。試験問題にはよく出題されるから覚えておきなさい」
「どういう問題が出るの?」
「ダメな願い事の具体例を挙げなさい、とかね。『複数の願いを叶えられるようにしたい』や、『勇者になるけど対価はなにも受け取らない』とか、こういうのは契約内容の変更になるから叶えられないということ。あとは、召喚師連盟の規約に違反するような願いもひっかかっちゃうけど、まー、相当変な願いごとじゃなかったら問題はないわよ?」
「つまり……文字通り、なんでも願いを叶えてもらえるのか?」
「もちろん。召喚魔法に不可能はないんだから。思い切って言ってごらんなさい?」
サクラハルは、なんでもプレゼントしてくれるサンタクロースのお話をはじめて聞いた子供のように、目をキラキラさせていた。
僕はそのキラキラを直視できなかった。
いったい何をお願いされるのか内心ひやひやしていた。
そのサンタの正体は僕なのだから。
頼むから無茶なお願いだけはしないでくれ。
ポケットマネーで足りるようなお願いだったらいいな。
サクラハルは、僕に向き直って、改まって言った。
「では、マツヒサ……あ、改めて、私は勇者として、お前のために戦うことを誓う。……私は、その対価として、私の祖国、アルン・デュン・ミリオンを、どうか救ってほしいのだ……できるか?」
上目づかいで、サクラハルはおずおずと僕に頼み込んだ。
そのとき、僕はそれまでとんでもない思い違いをしていたことを思い知った。
誰かに救ってもらいたいのは、みんな同じなんだ。
彼女は、国を背負っている王女さまだ。
じゃあ、サクラハルがこの世界に召喚されているあいだ、いったい彼女の国はどうなってしまうのだろう?
彼女が勇者の役割を終えて帰還するときに、国が滅んでいてはならない。
勇者と異世界を同時に保護するためにも、この召喚の対価という報酬は絶対に必要なのだ。
けれど、どうすれば僕にそんなことができるのだろうか。
見も知らぬ異世界の国を救う方法なんて、僕には見当もつかなかった。
助けを求めて視線を送ると、大召喚師アレクサは、「じゃ、頑張ってね」と言って、部屋から出ていくところだった。
どうやら、ここから先の交渉は、僕ひとりでやらなきゃいけないらしい。
目をキラキラさせるサクラハルと向き合って、僕は肩を落とした。
「とりあえず……なんか食べながら話そうか?」
最初に食料を召喚しておいて正解だった。
これは、長期戦を覚悟しなくてはならないだろう。
第一章(終わり)




