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召喚師さまの勇者の勇者  作者: 桜山うす(J.I.A)
第一章 もしも勇者が勇者を召喚したら
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海賊船ベリーランド号

「異世界は、まったく違う法則で動いている別世界にゃ。空気の材質も違えば、土も水も金属やオイルでできているようなものにゃ。そんな世界の生き物を消化して栄養まで吸収しちゃう、グローバルな胃腸を持った怪人はまずいないにゃ」


「た、確かに……けど、僕、異世界から召喚した食べ物を食べてるけど?」


「それは、ユーが召喚師と勇者契約を結んだから、その特別なボーナス効果にゃ。ありがたく受け取っとくのにゃ」


「えっ、僕、そんなオプション頼んでないんだけど?」


「後から料金を請求されるとかないから気にしなくていいにゃ。ユーの世界で言えば宇宙服? みたいなものだから、召喚師の必要経費になっているにゃ」


 空気、気圧、重力、たとえどんなものを召喚しても、これらは召喚師が常に召喚しつづけてあげないと、召喚した物がすぐに壊れてしまう3大要素と言われている。


 僕が使っている公式召喚魔法の召喚陣は、実はそれらを召喚師の代わりに常に召喚し続けてくれている、ありがたい機能が標準で備わっているのだ。


 さらに召喚が完了したあとも『召喚ラミネート』という薄い膜に変形して体を包み込んでくれるという。

 よく見ると、僕やステラの体をうっすらと黄色い光の膜が覆っているみたいだけれど、たぶんこれだろう。


「ユーのそれは超豪華版、『ロイヤル召喚ラミネート』というにゃ。かつて王宮の召喚師が勇者を召喚するときに使っていたことから、この名で呼ばれているにゃ」


「へー、昔から、けっこう勇者のことを手厚く保護していたんだな、当然か」


「そうでもないにゃ。昔は勇者なんて回復魔法で死なないようにしとけばよかったにゃ。けれど封建社会の末期になると、自分の勇者を貴族たちのパーティに出席させて王様の権威を忘れさせないようにする必要がでてきたにゃ。そのときに勇者だけお酒が飲めない食べられないではカッコ悪いのにゃ」


「か、カッコ悪いから……そんな理由だったのか……」


 そういえば、異世界で生きていける、というのは、普通に考えるととても不思議な話なのだった。

 スマホの電波もそれと同じで、勇者が不自由なく生活できるために、地球から召喚し続けているエネルギーのひとつなのだろう。


 とにかく、これまで行く先々の島で珍しい食材を食べていたゴードンは、その熟達したサバイバルの経験があだとなった。


 同じ勢いで星1世界の野鳥を食べようとして、物理の法則すら超越した不味さにあえなく轟沈。

 同じ宇宙の遠い星の方がまだ適応できる可能性があった。

 異世界をなめてはいけない。


「た……のむ……水……水を……それかもう……帰せ……俺の海に……海水を……飲む……海水……飲ませて……お願い……」


 そこまで不味いとか、僕の想像をはるかに超えていた。

 今にも死にそうな様子で懇願してくるゴードン。

 なんだか可哀想になってきた。


「二度とうちの勇者に手を出さないと誓うか?」


「誓う……」


「アルン・デュン・ミリオンには……」


「誓う……なんでも、誓うから」


 もうこっちの話は聞いていないみたいだったので、これ以上話しても意味はないだろう。

 こんな風に誓わせたところでどれほど効果があるのかも疑問だ。


 僕は、ゴードンから海賊刀と黒マントを取り上げ、裸にひんむいた彼の『召喚ラミネート』に魔力を注ぎ、再び召喚陣の形に広げてやった。


れ」


 呪文を唱えて強制帰還魔法を発動させてやった。

 ぐったりしたゴードンが、召喚陣から立ち昇る光の飛沫の向こうにゆっくり消えていくと、ようやく肩の荷が下りた。


 ふう、と息をつくと、ゴードンが消えていく一部始終に目を見張っていたサクラハルと目があった。


 そのとき、僕ははっと気づいた。

 彼女は召喚師の僕が何もしなければ、この異世界で死んでしまうのだ。


 人一人を異世界に召喚することと、その命に責任を持つことは同じだ。

 悪の召喚師マイコフは、その当たり前の責務を放棄しようと考えている。


 召喚魔法の発展のため。

 召喚師の未来のため。


 けれども僕は召喚師であるまえに、勇者だ。

 僕は間違っても、そんな世界に召喚されたくはない。


「その装備はどうするんだ?」


 サクラハルは、僕の持っている海賊刀と黒マントを指さして言った。


「もしも私が使うのなら、いささか大きすぎる気がするのだが」


 たしかに、身長180センチのゴードンの武具は、サクラハルには大きすぎるだろう。

 べつに似合わないこともなさそうだけど。

 だが、これを手に入れた目的は別にあった。


「いや、これを『触媒』にして次のアイテムを召喚するんだ。武器を触媒にすれば、武器が召喚されやすくなる。武器じゃなくても、作った職人が同じとか、あるいは同じ店で一緒に買ったアイテムが召喚される確率が高くなる。そう言う事だろ? ケットシー」


「よくわかってるにゃん、マツヒサ!」


 そう、たとえ外れでも、無駄な召喚などひとつもない。

 それを繰り返していけば、遠回りにはなっても、いずれ必要なアイテムをすべて揃えることができるはずだ。

 こんな僕の呼び声に応じてくれたのだ、けっして無駄にしてはならない。


「なるほど……」


 サクラハルは、しきりに頷いていた。


「では、さっそく召喚してみてくれ」


 先ほどもらったハイパーレア2体目記念チケットで、僕は召喚を行った。

 しかし、ゴードンの武器を触媒にして引き当てたのは、なんと海賊船ベリーランド号だった。


 海賊船ベリーランド号

 星7乗り物

 クラス 大型海上移送機

 海賊王ゴードンの船です。水の精霊ネプチの力を利用して時速80ノットで航行が可能。

 関連ワード

 設計士クタリ

 海賊王ゴードン


 どうやら、一緒に世界周航をしてきたアイテム同士が引かれあったらしい。


 海もない浮遊島ジェンヌに、海賊船が打ち上げられてしまった。

 黒地にドクロマークの描かれた帆が、風もないのにはためいていた。


 僕は「なにか浮きになるものぐらい渡してやるべきだったかな……?」と、船に姿の見えない海賊王の身の上を案じるのだった。


 サクラハルは苦笑して、


「まったく、お前は持っているな、マツヒサ」


 と、僕の召喚師としての腕前を、ようやく認めてくれたのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 一方そのころ、浮遊島ジェンヌのお隣にあるマール浮遊大陸に高校生勇者たちは来ていた。


 どこぞのお嬢様学校ではないので、学校から遠く離れた異国の地でうろつく経験など、めったにない。


 平日の昼間ということもあって、まわりの大人たちの視線がどうしても気になってしまう。

 けれど、この世界で彼らを補導する警官はいないのだった。


 高校生勇者たちより背の低いグラスホッパーや、うっかりしていると蹴飛ばしてしまいそうなこびと族もいて、堂々としていれば誰も彼らの年齢など気にしないのだと気づいた。


「いのりん、どのアイテムを買うか決めた?」


「待って、いまステータスを見比べているところ」


「そんなに変わんないって」


「違うのよ」


 いのりん委員長が、むーん、と唸って何時間も見比べているのは、つぎはぎだらけのオオカミ、ウェア・ウルフのマスコットだった。


 マスコットの愛らしさに見とれているわけではない。

 彼女はそのステータスを吟味しているのだ。


 ウェア・ウルフのマスコット

 星1装備

 レアリティ コモン

 クラス アクセサリー

 ひと言 星1モンスター、ウェア・ウルフのマスコットです。装備していると判定時に魔力を微上昇させる効果があります。

 上昇値 +1~5


 ウェア・ウルフは最弱と言われる星1モンスターの中でも強い方のモンスターだった。

 オオカミというよりイヌに近く、こいつに襲われて命を落としたという話は、現地人でも笑い話になるくらい聞いたことがなかった。


 むしろ倒すと心が痛む、という話だったが、アツシは経験値稼ぎのために、すでに100匹くらい狩っていた。

 アツシのそういうところが女子陣には不評だった。


「上昇値がね、微妙に違うのよ。こっちのは+1~7ってなってる」


「本当だ。じゃあ、高い方がいいのかな?」


「そいつは好みの問題だよ」


 トカゲ頭の店員が、にゅっと店の奥から顔を突き出してきた。

 いのりん委員長たちのことをビギナー勇者と見たのか教えてくれた。


「上昇値の詳細を開いてみな。基本+1、ボーナス+4、ラック15%って内訳になっているだろ」


「本当だ、これはどういう事です?」


「これは、最低でも上昇値+1は保証されている、だけど最大で+4までボーナスが入ることがあって、その確率は15%ですよってことだ」


 どっちのマスコットも、100回使えば合計で+160になる計算である。

 ただし、1回1回の効果のバラツキが違うとのことだった。


「ほんとうだ、だから値段は同じなんですね……いのりん的には、どっちがいい?」


「性能にばらつきがあるのは生理的に嫌だわ……」


「じゃあ、こっちのラック極振りの方がお嬢ちゃん好みかな。基本+1、ボーナス+1、ラック60%。これなら鍛冶師の彼氏に頼んで鍛えてもらえば、すぐにラック100%まであげられるから、毎回安定した効果が出せるようになるよ」


「おお、こっちにしようよ、いのりん。あと鍛冶師の彼氏さがそうよ」


 いのりん委員長は、さっきの話のメモを取るのに忙しくしていた。

 さらに、店先の商品のステータスをより詳細にメモしてまわっていた。


「まって、買うとは言っていない。いま市場のアイテムの値段と能力をぜんぶ調べているところだから」


「お嬢ちゃん、冒険者より主婦に向いてるよ……」


 ここカルナルは、人口3000万の大都市で、店舗はゆうに3000を超える。

 掘り出し物の店を見つける前にまずメモがなくなりそうだ。


 召喚師の恩恵にあずかっているこのマール浮遊大陸なら、召喚師の勇者達がハズレを買ってしまうことはほぼない。

 なので、アツシたちは買い物など適当にすませてさっさと前線に向かっていた。


 そんなアツシからのメッセージが、いのりん委員長のもとにも届いた。

 見ると、マツヒサから届いたメッセージを誰それ構わず拡散しているらしかった。


「サクラちゃん速報、マツヒサが海賊船を召喚したらしい」


 添付されていた動画を見ると、サクラハルがダボダボの船長服と海賊刀を身につけて、海賊船のへさきに立っていた。

 かと思うと、いきなりがしっと足を踏み出し、海賊刀を空に突き出し、船長っぽいポーズを取った。


「ありったけの食い物と宝を寄越せぇ! そうすれば命だけは助けてやる! 本当だよ! うっへっへぇ!」


 などと声高に叫んで、気分よさそうにかちゃっと海賊刀をおさめた。


 サクラハルは僕の前だと油断して、たまにこういう面白いことをするんだ。

 スマホを知らない時代の人なので、気前よく撮らせてくれた。


「いいなぁ、楽しそう……」


「間違ってる……」


 いのりん委員長は、手をぷるぷる震わせていた。


「間違ってるわ、こんな冒険」


「いのりんの冒険の仕方が間違っているんだよ」


「そんな事はない、情報収集だって立派な冒険よ」


「鍛冶師の彼氏を見つけるのだって冒険じゃない?」


 いのりん委員長は、もう一度サクラハルの動画を見ながら、ため息をついたのだった。

 隣に誰かがいるというのは、それだけで羨ましいものだ。


「私も召喚師になればよかったなぁ……?」


「鍛冶師の彼氏を召喚するのね?」


「だから、いい加減そこから離れて……」


 そう言いかけた委員長は、ぴたり、と口を閉ざした。

 鍛冶師を召喚すれば、アイテムは店先で買うより安く済むのではないか、と思ったのだ。


「……そうね、それいいかも知れない」

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