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召喚師さまの勇者の勇者  作者: 桜山うす(J.I.A)
第一章 もしも勇者が勇者を召喚したら
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海賊王ゴードン

 あまりの事態に僕は固まってしまったけれど、サクラハルは相手が海賊王と見るや、緊張した面持ちで、僕の袖をぐいぐい引っ張った。


(マツヒサ、彼が欲しい。どうにか仲間に引き込めないか?)


(ええっ。か、海賊王だよ? そんなことして大丈夫なの?)


(分からないが、海賊と手を結ぶことができれば、アルンにとって有益かもしれない)


(まさか! 海賊を雇って船や港を襲わせるとか、そんなことするの?)


(まさか? そんなことはさせないさ。ただ、アルン・デュン・ミリオンには海がないんだ、海外貿易で港を保有している国にかなり不当な税金を払わされている)


(ふむ、それで?)


(そこで海賊王にちょっと乱暴な交渉をしてもらって、アルンから不当に稼いだ税金を船や港から取り返してもらえないかと考えただけだ。ほら、クリーンだろう?)


(言い方を変えただけだ! 言い方しか変わってないよそれ!)


(ほら、お前は召喚師なんだろう? 頑張って勇者と交渉するんだ。荒事は勇者の仕事、勇者との交渉が召喚師の仕事だ)


 めちゃくちゃ言って、僕の背中をぐいぐい押すサクラハル。


 ひょっとして、アルン・デュン・ミリオンって悪の帝国かなんかだったんじゃないだろうか? という気がいまさらしてきた。


 くそう、騙された。

 勇者の住んでいる世界の事情なんて、召喚師にはこれっぽっちも分からないんだよ。


 やがて、海賊王ゴードンは僕の前にそそり立った。

 デカい。

 身長180センチはある。

 しかも筋骨隆々で、全身が青い。


 体中にサメを模した青い入れ墨を彫ってあった。

 その入れ墨が魔法か何かでうようよ泳いでいる。

 まるで歩く生け簀みたいな奴だ。


「ん? あんたがここの船長か?」


 しかし、まだ寝ぼけているみたいだ。

 交渉するなら、いまのうちか?

 上手く話をつけられないだろうか。


「ぼ……僕は、き、君の召喚師だ」


「ほーう、召喚師」


「僕が君を異世界イージーワールドに召喚した」


「異世界……ふぅーん。言われてみりゃあ、なんか雰囲気が違うな……変わった船だ」


「船じゃない。ここは、悪の召喚師マイコフによって危機に瀕している世界、イージーワールドだ。僕は君に勇者として、悪と戦う契約を結んでほしいんだ。そうすれば、召喚の対価として、願いをひとつ……あぐっ」


 最後まで言い終わる前に、ゴードンの右腕から水滴が飛んできた。

 僕は吹っ飛ばされて、レタスの山の中に突っ込んでいった。

 鍋がひっくり返ってぐわんっ、と音が鳴った。

 びっくりした。

 僕の目には、ゴードンは濡れた手を軽く振って、水滴を飛ばしただけに見えたのに。


 ぼたたっ。


「……ぐっ……う……!」


 自分の胸元を触ると、血がいっぱい飛び散っている。

 後から痛みがジンジンときて分かった、どうやら額が切れて出血しているらしい。


「弱っ」


 ステラがびっくりしたみたいな顔をして思わず引いていた。

 ちょっとまて、引くな。

 さっき荒事は勇者の仕事とか言ったばかりじゃないか。

 召喚師にフィジカルなつよさを求めちゃダメだ。


「なげぇよ、もっと大事なことを簡潔にまとめろ。要するに、俺と敵対する意思はない、俺と仲間になりてぇって言いたいんだろ? んで、俺がボスか、お前がボスか、お前の要求はどっちなんだ?」


 海賊同士の交渉とは、常にこういう簡潔さが求められるものらしかった。

 つまるところ、相手の掲げる理想や目標なんかのお題目なんて、さらさら聞くつもりがないってことだ。


 聞いたところで、最終的に自分の生き方を変えるつもりは一ミリも持たないのだろう。

 レタスの山から無理やり起き上がった僕は、当然、こう答えるしかなかった。


「ぼ、僕がボスだ!」


 ははは、と快活に笑ったゴードン。

 腰から1メートル半もある海賊刀カトラスが、ズギャリッと引き抜かれる。


「却下だ……!」


 気が付いたらゴードンのムキムキの胸板が僕の目の前にあった。

 入れ墨のサメのすべてが進行方向を変えて、どっと群れを成して僕に襲い掛かってくる気がした。

 速い。デカいくせに速い。

 ゴードンの一撃は、とても地球人の目に映るようなものではなかった。

 奔流、海流、魚類の群れ、そういった次元のものだ。


「おっと……やめておけ、彼は私の召喚師でもあるのだ」


 ゴードンは大きく振りかぶった腕を制止させ、僕に海賊刀の刃を向けたまま立ち止まっている。

 海賊刀の根元を見ると、ステラの細い銀の剣が絶妙なタイミングで刃先を押さえていて、力の拮抗でぴたり、と制止していたのである。


「それに彼を殺してしまえば、お前も元の世界に戻られなくなるぞ?」


 サクラハルは、この状況でそんなカマかけをしていた。

 僕が死んだら勇者はどうなるのか、そんなことは、まだ僕自身にもわからないのに。


 ぐう、悔しい。

 僕だったら絶対こんな出まかせは口をついて出ない。

 やっぱりか弱い王女なんかじゃない、彼女は勇者だ。

 サクラハルのあまりのかっこよさに惚れそうになる。


 ゴードンは水中を移動するみたいに、ふわり、と浮かんで距離を取った。


「テメェ……見た事あるぞ、世界大戦の頃、世界中に精霊石を売り歩いてた、ケチな武器商人の娘だな?」


「一国の主をケチな武器商人よばわりするとは、甚だ品性にかける男だ。本来ならば、二度とその口が開かぬよう首を飛ばしているところだが、今はそうも言っていられん」


「ほう、お得意の交渉か? いいじゃねぇか、列強のブタどもに媚び売ったみたいに、今度は俺にもケツ向けて振ってみろよ。こんなしけた船は捨ててよぉ、この俺様のニューベリー号に来いよ!」


「下種め、つまらない言い争いはしたくないので簡潔に言うぞ。召喚師マツヒサの要求を呑め。もし勇者になるのならば、元の世界でも我がアルン・デュン・ミリオンの軍門に下らせ、相応の官職を約束してやろう」


「それも、却下だ!」


 ゴードンは、深海色のマントをひるがえして大きく飛びあがった。

 足元のワイン樽がすぽぽぽぽーん、と音を立てて中身を噴き出し、噴水を生み出した。


 ワインは空中で飴細工みたいに形を変えると、水の刃、銛、ノコギリ、金槌、メイス、モーニングスター、三叉の矛、様々な形の武器となり、入り乱れて降ってきた。


「勇者契約だの、官職だの、そういうのは興味ねぇんだよ。代わりにお前ら、俺と奴隷契約を結ばないか? お前が奴隷、俺がご主人様だっ! ひははっ、一生楽しい世界周遊をさせてやるぜ!」


 ゴードンの体に刻まれたサメの刺青が方々に散らばって、それらの武器をガッチリ口にくわえると、2本足で立つ魚人に生まれ変わった。


 それぞれの魚人のステータスは、どれも同一のものだった。


 ネプチ

 星7精霊

 レアリティ UCアンコモン

 水の精霊

 水を操る力を持った精霊です。また、他のユニットに水の加護を与え、水を操るスキルを習得させることができます。


 こいつ、水の精霊なんて従えているのか。

 相手の人数が一気に増え、形成はまたたくまにこちらの不利になってしまった。


 ダメだ、完全に交渉決裂だ。

 サクラハルは肩をすくめて、僕の方を見た。

 どうして僕の方を見るんだ? ゴードンのこんなむちゃくちゃな要望、どう考えたって飲めるわけがないじゃないか。

 こんな奴の奴隷にされるんだぞ?


 と思ったけれど、僕を見て恥ずかしそうな顔をしているサクラハルを見たとき、ようやく彼女の考えに気付いた。


 そうだ、それを決めるのはサクラハルじゃない。

 僕じゃないか。

 荒事は勇者の仕事、交渉まで勇者に任せていたら、召喚師はいったい何をすればいいんだ。


 サクラハルは僕にゴードンに対して言って欲しいのだ。

 こんな要求飲めるかと突っぱねて欲しいんだ。

 そうでなければ、僕の勇者であるサクラハルが恥ずかしいじゃないか。


 震えたけれど、これ以上、勇者の影にこそこそと隠れているのはやめだ。

 正直ゴードンにはムカついていたので、ひとこと言ってやった。


「お、お、お前のような海賊にッ! うちの勇者は、わたさないからなッ!」


 びしっと、指さして言ってやった。

 僕の召喚師としての、せいいっぱいの口上だった。

 けれど、サクラハルは、違う違う、とじゃっかん焦って首を振っていた。

 えっ、違うの。


「……すまない、いま、あんまり動くと服が脱げそうなポジなんだ。助けを呼んでくれないか?」


「わりと切羽詰まってた!」


 うっかりしていた。

 サクラハルは今、裸の上にバスローブしか羽織っていない。

 

 どうにかして服を持ってきてあげないと、大変なことになってしまう。

 僕が服を探してあわててドアの方に駆け寄ると、こっちの事情などお構いなしに、海賊王ゴードンは僕の方にぐんぐん迫ってきた。


「おいおい、船長どこへ行く! 負けた方の船長はサメの餌って、相場は決まってんだろうがよぉ!」


 サメの精霊たちが、空中を泳ぐように身体をうねらせ、一斉に僕の方に飛びかかってきた。

 ゴードンと同様の凄まじいスピードだ。


「いけネプチ、くっちまえ!」


 やられる。

 僕がワインの武器でズタボロにされる直前、僕とゴードンの間にサクラハルが割り込んだ。

 彼女は瞳と髪の色を真っ赤な炎の色に変えて、精霊に呼び掛けていた。


「あばけ、サラマニ!」


 サクラハルの身体からふわっと炎の翼が広がった。

 翼を持った細長いトカゲがしゅるり、と姿を現す。

 彼女もまた精霊をその身体に宿しているのだ。


 サラマニ

 星7精霊

 SRスーパーレア

 火の精霊

 火を操る力を持った精霊です。また、他のユニットに火の加護を与え、火を操るスキルを習得させることができます。


 新たに現れた精霊から熱波が広がって、サメの魚人たちの身体を蒸発させた。

 武器になっていたワインの滴も、彼女に触れる前にすべて蒸発してしまった。

 星7世界人ってすごい。


 さらに、自前の海賊刀を槍のように構えて突進してくるゴードンの勢いを利用して、サクラハルは力を受け流すように身をかわす。


 ただでさえ流れるように美しい一連の動きのあらゆる箇所で、全力で7色の精霊たちが支援するのが見えた。

 ゴードンは柔道選手に投げ飛ばされたみたいにひっくり返り、空中に飛び上がった。


 けれども、星7世界人の戦いとしてはありふれたものだったようだ。

 ゴードンは、へらへら笑っている。


「へっへっ、お前も『加護持ち』かよ、さすが金持ちだぜ、その精霊、ぜんぶ俺に寄越し……おぉぉぉぉぉー!?」


 ネコのように身をひねって着地しようとするも、風にどんどん運ばれて着地できない。


 今度は体の透き通った馬がサクラハルの体にまとわりついていた。

 どうやら風の力をサクラハルに与えているのだ。


 ジーニー

 星7精霊

 SRスーパーレア

 風の精霊

 風を操る力を持った精霊です。また、他のユニットに風の加護を与え、風を操るスキルを習得させることができます。


 ゴードンを押し飛ばす風圧はぐんぐん加速し、数メートルほど吹っ飛んで行った。


「ちょっ、待て、どこまで、飛ばして、なにぃぃぃ!?」


 僕が身を避けると、変に身をよじったゴードンがドアを突き破って飛び出していった。


「閉めろ!」


 サクラハルが飛んできて、僕と彼女はドアを思い切り閉めた。

 カギもかけた。

 相当頑丈な素材で出来ているのか、ゴードンや魚人たちがドアをガンガン打ち破ろうとしても、びくともしなかった。


「おいっ! ふざけんな! 正々堂々と勝負しやがれ! 人として! 人として恥ずかしくないのかぁ!」


 うるさい声が聞こえてきたが、サクラハルは耳を両手でふさいで聞かないふりをしていた。

 僕もそれに倣った。


 サクラハルは僕の方をみて、なんだかにまにま笑っていた。

 なんだよ?

 何かはわからないけれど、なんか嬉しい。


 そんなとき、「うにゃにゃーん」というのんきな声が響いて、風船ネコが現れた。


「どーやら2体連続でハイパーレアを引き当てたみたいだにゃん。さすがアレクサの召喚師は持ってるにゃあ。今回も記念にゴールド召喚チケットをあげるにゃ!」


「ケットシー! 記念とかいいから助けて、ちょっとその2体目に襲われてるんだけど……!」


 ケットシーの可愛さにあてられたサクラハルが、目を輝かせて、はわわ、はわわわ、と言ってもじもじしはじめた。

 さっきの戦闘で乱れた着衣を慌てて整え、髪の毛を手櫛でくしくし整えていた。


 ちょっとまって、そのくらいの敬意を僕にも払ってくれていいんじゃないのか。

 僕はネコ以下なのか。


 ケットシーはネコが顔を洗う仕草で(手が短いので額に届いてない様子だ)顔をぐしぐしして、にんまり笑った。


「んにゅー? 強制帰還もかけられないのかにゃ?」


「強制帰還……? あ……」


 僕はがっくりとうなだれた。

 だから、こういう「実は知ってました」みたいなの、やめて欲しい……。


 召喚スキルが与えられたのと同時に、そういうスキルも備わっている事に気づく。

 読んで字のごとく、召喚したものを強制的に元の世界へ帰還させる魔法だ。


「まあ、召喚チケットのスーパーデラックスな魔力ももう消えちゃっただろうから、ユーのなけなしの魔力で消えた召喚陣を復元して、しばらくその中に入っててもらうしかないにゃ。必要な魔力はそのうち召喚陣に集まってくるにゃ」


「中に入れっていうの? ゴードンに? そういう交渉ができないときはどうするの?」


「それはないにゃ。ぜーったいにできるから、安心するにゃ。ほれ、これだけたくさんの食糧を召喚してるし。籠城戦の準備は万端にゃ」


 食料? 籠城戦?

 と首を傾げたけれど、とりあえずなんか食ってるにゃ。と言われて、僕とサクラハルは部屋の片隅に座り込んで、ぽりぽり野菜スティックやサケの燻製をつまんでいた。


 イージーワールドの時間はゆっくりと流れていった。

 召喚師って暇な時間が多いんだな。


 サクラハルがネコの肉球をぷにぷにして遊んでいる間、僕はスマホを確認していた。

 異世界だもの、電波なんて届かないだろうな。


 すっかり通信機能を失って役に立たなくなっているもの……というのが定番だったけれど、なんか電波が来てるみたいだった。

 さすが召喚世界、地球の電波まで召喚しているというのだろうか。


「アツシ、いまどこ?」


 ためしにラインを送ってみると、ちゃんと返事が帰ってきた。


「みんなと一緒だよ、チュートリアル受けてる」


 やばい、チュートリアル中に連絡してしまった。

 ガチムチの教官にスマホを取り上げられたりしないか心配だ。

 クラスメートたちとのゆいいつの連絡手段なのに。


「お前、ちゃんと召喚師やってる? 自分の勇者と話できるようになった?」


「はわっ」


 サクラハルは、膝の上にケットシーが乗っかってきたので大いにうろたえていた。


 僕に助けを求めようとしたのかこっちを向いたけれど、僕ごときに助けを呼ぶのはなんか気まずいのか、ぐっと我慢して、下を向いて押し黙ってしまった。

 可愛い。


 僕はそんなサクラハルの様子をスマホで撮影して、アツシに送ってあげた。


 アツシは何を思ったのか、無言でその画像をクラス中に拡散した。


「うらやま」「お前マジで」「ステラちゃんをよこせ」という怨嗟の声がどんどん集まってきた。


 そして僕は次々とクラスのみんなからブロックされていった。

 しまった。

 クラスメート達とのゆいいつの連絡手段が断たれた。


 まあいい、僕には勇者がいる。

 彼女さえいれば、なんとかなるような気がしていた。


 サクラハルは、膝の上でまどろむケットシーを壊してしまわないか不安でたまらない、といった切ない表情を浮かべている。

 いつか僕がネコを召喚できるようになったら面白いことになりそうだ、と思った。


 ぐあー、という悲鳴がどこからか聞こえてきた。


「予想外に早かったにゃん」


 部屋の外にふよふよとケットシーは出ていった。


 僕たちも恐る恐る後からついていってみると、庭先にゴードンが倒れていて、ケットシーがお腹の上に乗っかってサメ肌で爪をといでいた。


 辺りに散らばった鳥の羽根を見るに、どうやら、浮遊島ジェンヌに生息していた野鳥を捕まえて、野趣あふれるサバイバル料理を作っていたらしい。

 屋敷のどこからくすねてきたのか、鍋を火にかけた状態でスタンバっていた。


「勇者が召喚師から離れて自力で生きていけるわけがないにゃ。異世界なめちゃいかんにゃ」


 と、ケットシー。

 ……ひょっとしたら、僕はとんでもなく重大な責任を負っているのかもしれない。

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