召喚師は異世界の事情を知らない
僕の勇者サクラハルは王女様で、僕は平凡な高校生だった。
王女さまに食べてもらえるような豪華な食事を作る能力はない。
クラスの誰かに手伝ってもらおうと思ったのだけれど、ビデオを観終わった他の勇者たちはみんなどこかに出払っていて、屋敷はもぬけの殻だった。
僕たちを置いてみんないったいどこに行ってしまったのか。
11連ガチャで召喚した中には未知の食材もあって戸惑ったのだけれど、ステータスを見る限りでは、特に毒などはなさそうだった。
ちなみに毒があるアイテムは、はっきり『毒』と書いてある。なので中毒になる心配はないだろう。
父親いわく、「料理とは素材を食べやすくするためにダメージを与えること」だ。
包丁で刻んでシールドを破壊し、熱で装甲を柔らかくして、塊では食べにくい砂糖や塩をかきまわして分散させ、歯で最後の一撃を与えて、胃腸で命を吸収できるまで弱らせてやるのだ。
どんな世界のどんな未知の食材だって、ぜったいに変わらない基本原理だろうと思う。
野菜をひとつひとつ洗って、王女の小さな口のサイズを思い浮かべながら、食べやすくなるよう刻んでいるときに、ケットシーがやってきた。
ケットシーは、僕が料理をさせられている事に関しては特に何も言わなかった。
高貴な身分の勇者を召喚した新米召喚師にはよくあることだそうだ。
ソーセージを投げてやると、バケツみたいに口を開いてばくっと食べた。
「ケットシー、なんか食料ばっかり出てきたんだけど、どういうこと?」
「もぐもぐ、よくあることにゃ。召喚師の召喚を拒む魂はたいてい生き物で、命を失うことを恐れるからにゃ。逆に食料になった状態だと、はやく食べられて次の生き物に生まれ変わりたい、と願うようになるにゃ」
「へー、食べ物が願っているとか、そんな事があるんだ?」
「もぐもぐ、こんなので驚いてちゃだめにゃ。あらゆる物が召喚できる召喚師は、召喚するあらゆる対象と対話できなきゃお話にならないにゃん。神と対話することもあるにゃ」
「つまり僕はさっき、この食材たちと対話を成立させてたってことか……ぜんぜん分からなかったけど。大召喚師さまはみんなにあわせた装備を召喚してくれたけど、あれも運任せのガチャだったわけじゃないでしょ?」
ケットシーは、ちっちっち、と短い指をふった。
「アレクサは世界に16人しかいない召喚総督の1人にゃ。武器や防具の魂を司る『鍛冶の神ヴァルカン』と契約を結んでいて、星5世界の装備の魂を見分けながら声をかけることができるにゃ。こういうのを『選択召喚』というにゃ」
「すげぇ、僕もその契約を結びたいんだけど……ひょっとして、まずガチャで神様を引きあてなきゃダメなの?」
「よくわかってるにゃん。まあ、声をかけるまでは誰でもできるけれど、そこから交渉を成立させるのは、召喚師としてのレベルが高くなきゃ無理だけどにゃ」
「ああ……じゃあ、僕じゃ無理だよね。召喚した勇者にまともに装備すらあげられないって、召喚師としてレベルが低すぎるんじゃないかと思うんだ……よっと」
野菜炒めをフライパンからお皿に盛って、とりあえず料理は完成した。
果たしてこれで満足してくれるかどうか。
にゅふふー、とケットシーは笑った。
「心配ご無用、次に召喚するときは勇者を『触媒』にすればいいにゃ」
「『触媒』? ……ああ、いまなんとなく分かった」
召喚師として必要な情報は、全部頭のなかに入っている。
ただ、必要な場面で呼び出せないだけだ。
テストの時にどうしても思い出せなかった単語を『ああ、それそれ、たしか勉強したよね』って後になって思い出す感覚だった。
できればテスト中に思い出してほしいよ。
「わかりやすく言うと、召喚のときに召喚陣に組み込む強化アイテム、ってところだよね?」
「そうにゃ。勇者を触媒にすれば、その勇者が長年使っていたアイテムが『声』に反応してくれやすくなるのにゃ。あと住んでいた地域にあるもの、住民、性質が近いものなんかも近づいてきてくれるにゃ。そこから交渉が成功するかどうかはやっぱりレベルに依存するけれど、まったく関係のないハズレを引く確率がぐっと抑えられるにゃ」
「おおお、そんな方法があったのか、サンキュー、ケットシー!」
僕は、もふもふのケットシーを片腕で(もう片手はフライパンを握っていた)ぎゅっと抱きしめて、でっぷりしたお腹にぐりぐり顔を押し付けた。
ケットシーはにゅふにゅふ笑ってくすぐったがった。実は女の子だったと知っていたら、多分できなかっただろう。
「にゅふー、がんばるにゃ、新人召喚師! ちなみにマイコフは最初の1発で闇の女神ヘルを引き当てたから、闇属性のアイテムとモンスターは選択召喚し放題のチート野郎だったにゃ。けど気にすることはないにゃ、チート野郎なんかに負けちゃダメにゃ!」
「が、がんばります……!」
すでにスタートダッシュで負けてしまった気がするのだけど、僕は気を取り直して、料理作りを再開したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「0・1点だな」
僕が心を込めて作った野菜炒めを食べて、サクラハルは地面スレスレの低評価を下した。
そりゃまあ、王女様だからね。
分かっていたさ……僕の料理で満足させられる訳がないってのは。
「メメノス(?)の使いすぎだ。パナ(油)とサクレ(砂糖)も使いすぎている。私の侍女を召喚してくれれば、同じ食材でもっといい料理が作られるだろう」
「あ、そうか、自分が料理できなくても、料理人を召喚するっていう手もあるんだな。それが召喚師の料理の仕方か……ところでメメノスってなに?」
「メメノス(?)はメメノス(?)だ。知らないのか?」
召喚言語が翻訳してくれないところを見ると、どうやら地球の言語では「メメノス」に対応する概念を言い表せないらしい。
果たして僕は野菜炒めに一体何を入れてしまったんだろう?
「けれど、侍女か……サクラハルを触媒にしたら、引き当てやすくなるのかな?」
「なんでもいい、次は料理のできる人を召喚してくれ」
そう言って、0・1点の適当な野菜炒めを我慢してぱりぱり食べていくサクラハル。
『次は料理のできる人を』……。
つまり、僕が召喚師として認められているという事だ。
そう思うと、僕は胸が熱くなって、もう一度同じことを言わずにいられなかった。
「ありがとう、僕の召喚に応じてくれて」
僕が頭を下げると、サクラハルは表情を曇らせた。
「そうかしこまられても困る……あなたは多分、知らないだけだ、私の国の事を」
そういえば、僕はなにも知らない。
ここに来るまでの彼女の事を、なにひとつ。
この食材にしたってそうだ。
僕はいったい、どんな世界からこの食べ物たちを召喚したのだろう。
「ああ、知らない。できたら教えてくれないか」
知ったところで、召喚師の僕が一生足を踏み入れることのない異世界だ。
海外から輸入したエビを食べているからと言って、エビの漁場を知ることは一生ないだろう。
けれども、これから苦楽を共にする仲間の事を知るのだから、きっと無駄にはならないはずだ。
そして、サクラハルは彼女の世界の事を語り始めたのだった。
彼女の祖国アルン・デュン・ミリオンのことを。
そこは広大な惑星グランドステラの小さな国で、聞く限りでは中世から産業革命期ぐらいの文明が栄えていた。
急速に発達した機械を駆動するのに必要となった『精霊石』の採掘が急がれているなか、昔から『精霊石』を大量に産出していたことで豊かになった経済大国、それがアルン・デュン・ミリオン王国だ。
地球で言うと、石油資源をもったアラブが近いかもしれない。
もとは、生まれたばかりの子供に精霊の加護を与える儀式に使われていた精霊石。
けれど、精霊の力を宿した石は石油よりももっと重大な力を持っていた。
機械の発達に伴い、軍事、医療、流通、生産、あらゆる場面で魔法的な力を発揮する奇跡の石になったのだ。
アルンはその力を利用して、徐々に国土を拡大し、世界大戦にまで参加した。
だが、精霊石の利権に目のくらんだ国際連盟に裏切られ、手痛い敗北を喫した。
そしてそれ以降、危機に瀕している。
「……大戦に負けて以降、アルン・デュン・ミリオンは支配下にあった列強に分裂され、方々から圧力を受けて、精霊石の利益を奪われ続けているのだ。
王女の私は政略結婚の道具にされて、列強の有力者の間をたらい回しにされていたところだった。相手がどこの老人でも縁談の話がある度に、犬のように尻尾を振って駆けつけていった。今はとにかくアルンの味方となってくれる国がひとつでも必要だったのだ」
「それで」
僕は、思った以上に過酷なステラの身の上に同情していた。
ステータスによると、僕とほぼ同い年だというのに。
「僕の異世界召喚みたいなうさんくさい呼び掛けにも応じちゃったのか。君の国の味方になってもらうために」
いずれにしろ、この異世界よりも遠い、もうひとつの異世界の話だ。
僕にはどうすることもできない。
「ごめん、僕は君の味方にははれないだろうけど」
「……いいや、そんな事は、最初から期待してはいなかったさ」
サクラハルは、首を振った。
「あなたの『声』を聞いた時に、これは物語にある異世界召喚なのだと、はっきりと理解したのだ。私に求められているのは、勇者になって異世界を救うことだと。……そんな大それたことが、私にできるはずがないだろう? 私はか弱い一国の王女にすぎないのだぞ」
「か弱いの……? ステータスを見る限りでは、攻撃力が僕の10倍はあるけど」
「か弱いのだ。心のどこかで、とにかく辛い現状から脱したかったから、あなたの呼びかけを逃げる口実にしたかった、それだけだろう」
サクラハルは、ひょっとすると、僕に負担をかけまいとしているのかもしれなかった。
ふう、と、あらためて僕を見て、ため息をつくサクラ。
なにか残念なものを見るような、物足りなさそうなまなざしを僕に向けていた。
「じつは、アルンと召喚魔法の関わりは結構古くてな。私の王国にも、大昔にイージーワールドに召喚されて、勇者として戦ったという英雄の伝説が記録されているのだ」
「へー、さすが魔法世界だな。地球にはそんな人、いないな……」
「うむ、聞くところによると、その英雄は戦いに勝利したとき、召喚師に不老不死になる願いを叶えてもらったらしい。アルンの山奥で今も生きているという」
「あれ、急に地球にもいそうな気がしてきたな……そういう人……」
山奥に住んでいる不老不死の仙人とか。
不老不死というワードでどうして異世界と近親感がわくんだろう。
「伝説の召喚師は召喚魔法のみならず、イージーワールドのあらゆる魔法に長けた大魔法使いだったらしい。数々の魔法を駆使して英雄のパートナーとして前線で共に戦ったというのだが……」
時代は変わった。
いまや、僕みたいな新人が一流の召喚師並みの召喚ができてしまうような時代である。
彼女が憧れていた異世界召喚とは、おおきくかけ離れてしまったようだ。
「けれど、貴方が私を救ってくれたというのは事実だ。救ってくれた以上は何でもしよう」
「な、なんでもって……」
「さあ、教えてくれ。一体何をすればいい?」
真剣な表情で詰め寄られて、僕はしどろもどろになった。
というか、まだ何をしたらいいのか、そこ辺のところが僕にもよく分かっていないのだ。
「えーと、そういえば、召喚師連盟が制作した勇者向けのビデオがあったな……観る?」
「ビデオとはなんだ? ふむ、とりあえず観ようか」
細かいところは『ステータス』の解説に任せた方が間違いはないだろう。
観よう、観よう、とビデオを探しに向かった、そのとき。
「うがぁーッ! よく寝たぜーッ! 野郎ども今日も宴を始めやがれーッ!」
威勢のいい声と共に、さっきの料理で手を触れていなかったワイン樽がどかっと跳ね上がった。
僕はぎょっと目をむいた。
なんと、山積みになった樽の間から、見知らぬ男がのっそりと起き上がってきたのだ。
「ああ? ここは……どこだ? 俺の船じゃねぇな? いったい誰の船だ?」
寝起きで機嫌は最悪。
無精ひげは伸び放題。
バンダナに包まれた頭をぼりぼりむしりながら、凶悪な目付きで辺りを見回していた。
触れていい要素、一つもなしだ。
視線を合わせると、ステータスが浮かび上がる。
海賊王ゴードン
星7世界人
レアリティ SR
ジョブ 海賊王
か、海賊王……!
しまった、食品ばかりだと思っていたら、変なのが混じってしまってた……!