MVP勇者に選ばれる
召喚師連盟の規約によると、僕みたいに契約不履行が認められた召喚師は、一定期間、勇者契約が結べなくなるらしい。
したがって、僕はいちど全ての勇者との契約を清算した上で、全勇者ユニットに帰還してもらうことになった。
軍師ボタンタニは、仕方ない、と割り切った様子だった。
彼女の望んだ召喚の対価は、『ダンホール領の永続的な平和』だったのだけれど、『ダンホール領の特産きなこもち1年分』に変えられた。
こんな簡単な願いだったら、最低金額の7万SPで叶えてあげられた。
きっと僕の負担を軽くするよう考えてくれたのだ。
「あるじどの、召喚師の戦いは、どうやらわらわの知る戦いを凌駕するようじゃ。いくら碁に強いわらわでも、盤上にネコを投入されるような戦いでは勝てぬ」
軍師ボタンタニは、ばしっと扇を開いた。
「次は、ぜったいにわらわを召喚するのじゃぞ、いいか、ぜったいじゃぞ! そして次に召喚するときは、ダンホール領の永続的な平和を要求するのじゃ!」
海賊王ゴードンは、
「戦う覚悟を決めた男を止める権利は、誰も持たねぇ」
と言って、潔く僕を見送ってくれた。
彼と他の海賊たちがもらった召喚ポイントも、ごっそり僕にくれた。
【所持金】:312万SP → 6312万SP
これを使えば、召喚の対価をもっと強力なものにすることだってできたのだけど。
「いいのか?」
「いいさ。俺たちは今回手に入れた力で、俺の海を取り返してみせる。だからよ、いつかお前も召喚するばかりじゃなくて、たまには、こっちの世界に来てみないか。歓迎するぜ」
「ああ……いつかな」
ゴードンは苦笑いを浮かべた。
あ、こいつぜったい行かない言い方だな、という苦笑いだった。
「じゃあな……召喚師サマ」
僕は海賊王ゴードンと、がっちり手を結んだ。
サメ肌がひりひりしたけれど、いい奴だった。
「いやです! ボクが帰還すれば、いったい誰が王女さまのお身体を拭くというのです!?」
と、ツバキサラはめそめそ泣いていた。
考えてみれば、アルンはいま戦争で不安定な状況なのだから、彼女も異世界で保護しつづけていた方がいい気もしていた。
けれど、元の世界に戻ったとき、肝心の王城がボロボロではサクラハルを迎え入れることが出来ない。
ツバキサラは、仕方なく帰還することを決意したみたいだった。
「いいですか? この中で一番たくさん召喚されたのは、ボクなんですからね?」
「ああ、友釣り召喚しまくったからな。たくさん召喚の対価が欲しいの?」
「その通りです、たくさん要求します。ふふん、さすがボクの召喚師さま、物分かりがいいのは嫌いじゃありませんよ」
「じゃあ、どんな願いがいい?」
ツバキサラは、柔らかい指先で、ぎゅっと僕の手を包んだ。
「王女さまを幸せにしてください。たくさんです……たくさんですよ?」
僕は頷いた。
「約束する」
やっぱり、彼女は本当にサクラハルの事が好きなのだ。
しかし、心配性なツバキサラ。
その後、彼女の怒涛の願いは、留まることを知らなかった。
「あ、お風呂場は毎日、ラズベリーの香りを焚きしめてください。ご飯は塩分控えめで、アレルギーはとくにありませんが、カニとかエビはお嫌いですからお気をつけて。あと、ネズミとかトカゲの類はぜったいに近づけないでください。王女さまによる、王女さまのための、王女さまの召喚を行ってください。それから……」
もうとっくに許容量オーバーだったけれど、僕は彼女が願いを出し尽くすまで、彼女の願いを聞いていたのだった。
勇者契約の清算を終え、身軽になった僕は、考えた。
6312万SPを振り絞って、終末ゴーレムを倒す、究極の召喚魔法を。
やはり、終末ゴーレムの体力がギリギリまで減った頃、一撃で倒せる瞬間を狙うしかない。
けれど、そんなタイミングを狙っているのは、他の勇者も同じだった。
たとえ攻撃力の上がらない凪のタイミングと偶然重なっても、攻撃の手を休める事はない。
そのまま一気に押し切って、仕留めようとする。
累計戦闘時間、243時間。
終末ゴーレムはふらつき、何度も倒れながら立ち上がり、機能を失う寸前の両手を振り回して、必殺の一撃で勇者たちを追い払っていた。
その足元に、無数の勇者たちが群がっている。
執拗に攻撃を重ねて、あと2、3時間もあれば倒せそうな頃合いだった。
いま、ここで太陽を召喚すれば、終末ゴーレムは倒せる。
6000万SPもあれば、きっと十分だろう。
けれども他の勇者たちを大勢巻き添えにして、ペナルティを食らってしまう。
隕石を落としても同じだ。
それで、僕はいままでこのタイミングには、戦闘に参加できないでいた。
いままでの召喚魔法は、被害の及ぶ範囲が広すぎるのだ。
ならば、この召喚ならどうだ。
「答えよ」
僕は、『召喚ポーション』を埋めたあたりに終末ゴーレムの影が重なる瞬間を待って、大量の『水』を召喚した。
果てしなく広い、広い。
惑星グランドステラの海と同じ形に広がった、水の魂。
その底の方、最も奥深いところを狙って、僕は『声』をかけた。
光も通さない、真っ暗な深海で、海底火山にあぶられ、ぼこぼこと沸騰している水。
惑星グランドステラの広大な大海洋。
その海の最深部は、なんと10万メートルもあった。
地球の深海が2万メートルなので、それを遥かに超える深さだ。
僕がなけなしの全財産をはたいて召喚したのは、そこをたゆたう、超深海の水だった。
「……来い、召喚、『水』だッ!」
サクラハルといた頃、新居で撃ちまくっていた、水鉄砲の魔法。
それと全く同じ魔法陣を書きながら、最強の召喚魔法を用意する。
ずどんっ、という大砲を彷彿とさせる音がして、透明な水柱が地面から一気に吹き上がった。
海底10万メートルの水にかかっている水圧は、1万気圧。
その状態の海水が、地上にいきなり呼び出され、1平方センチメートルに10トンの、破壊力抜群の水鉄砲になった。
大気が一刀両断されるような断裂音が響き、100メートル級の長さを持つジェットカッターと化した水鉄砲が、終末ゴーレムに真下から襲い掛かった。
バリバリ音を立てて、水圧を受け止めたゴーレムの胴体が鳴動し、破片が飛び散ってゆく。
凄まじい破壊力。
これも『特攻』を持っている。
残りわずかだった終末ゴーレムのライフゲージが、ガリガリ削れていく。
それと並行して、僕の召喚ポイントもみるみるなくなっていった。
残り1550万召喚ポイント、僕は迷うことなく、さらに水鉄砲を放った。
僕の召喚魔法は、与えられるダメージと消費する魔力の割合を考えれば、効率が悪すぎて、あり得ない攻撃方法だと考えられていた。
けれども、なぜか終末ゴーレムには異様に効いた。
『特攻』を持っていた。
どうやらそれは、太陽と深海が、いずれも神クラスの精霊のテリトリーだったからだ。
他の属性のテリトリーに入った精霊は、弱体化してしまう。
それは、どうやら星8の邪神にとっても同じだったらしいのである。
マイコフは闇属性しか召喚できない。
闇の女神の眷属だった終末ゴーレムは、光と水の精霊のテリトリーが直接ぶつけられたお陰で、弱体化していたのだ。
それがこの異様な『特攻』の正体だった。
競り勝ったのは、僕の方だ。
ガキン、と音がして、終末ゴーレムの胴体が真っ二つに縦に割れた。
終末ゴーレムは、目の力を失い、真下から吹き上げる水の刃が、その固い岩の体を空高く押し上げていく。
大量の水刃も、勢い余って空高く舞い昇っていった。
やがて、はるか上空まで真っ直ぐに噴きあがった海水は、何事もなかったかのようにただの水しぶきとなり、地上で戦う勇者たちの頭上に降り注いだ。
こうして被害を受けたのは、直接水鉄砲を食らった終末ゴーレムだけとなった。
召喚に不可能はない。
「不可能はない……不可能はない……! 不可能はないんだ!」
『深海召喚』、成功だ。
「……待っていてくれ、サクラハル」
そして僕は、破格の2億5000万召喚ポイントを手に入れ、僕の夢へ、叶わなかった僕の勇者の夢の実現へと一歩近づいたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「にゃーんと! 今日は先日MVP勇者に選ばれた、勇者マツヒサさんにインタビューをお願いしたにゃー! 」
終末ゴーレムを倒してから、勇者サポートセンターに行くと、なぜかカメラクルーが準備していて、僕はいきなりテレビに出演することになった。
「勇者マツヒサさんは、魔法も異能も特に持たない星4世界人! けれども今や、新人召喚師にして終末ゴーレム攻略法を発見した気鋭の召喚師ですにゃー! 発見されたその攻略法は、今後九天のいたるところで実践され、今後の戦況を大きく変えてくれるものと期待されていますにゃ!」
召喚戦争でとっくに使われなくなった、古い召喚魔法。
邪神を大量に召喚するマイコフとの戦いで、その価値が再認識されることとなった。
にゃーにゃーうるさいアナウンサーの女の子の軽い紹介に続いて、僕のヒーローインタビューが続いた。
「一時期、僕は勇者として何もできないのではないかと悩んでいた時期がありました。召喚師にならなければよかったと思う事も何度もありました。けれどもここまで戦い続けることができたのは、サクラハルが、僕の勇者になってくれたお陰です」
「おぉー! 愛の力ですねー!」
「あ、愛かどうかは分かりませんが、彼女は僕の召喚に応じてくれて、僕に戦う勇気を与えてくれました。僕にとっては、今でも彼女こそが最高の勇者です」
変なアドリブを入れられたせいで、最後はちょっと恥ずかしい事を言ってしまった。
僕がインタビューを受けたのは、星1世界で最大の放送局EZWチャンネルだった。
この映像は、召喚マトリクスの通信機能を通じて全勇者、全国民に対して配信された。
大召喚師アレクサは、お屋敷でこの放送を見ていた。
「あらあら、サクラちゃんに見せてあげられないのが残念ねぇ」
勇者でも国民でもないサクラハルは、ステータスも見ることができない状態に戻っていた。
なので、この映像を見ることはできないはずだった。
「帰ってきたら、教えてあげなくちゃ」
僕との勇者契約が切れた後、サクラハルは大召喚師アレクサの屋敷に住み込みをする傍ら、お使いのような軽いクエストをこなして生活していた。
勇者として戦う事もなければ、戦争中のアルンに帰ることもできないため、大召喚師さまが善意で引き取ってくれたのだ。
召喚世界は、かつてあまねく世界から受け入れた移民たちによって築き上げられた世界だ。
こうした亡命者には寛容なところがあった。
一方で、アツシたち高校生勇者が僕のインタビューを見たのは、冒険者の酒場で集まっているときだった。
酒場のテレビに映し出されている僕のインタビュー映像を見て、勇者たちはみんなわいわい騒いでいた。
「いやいや、そこは愛でしょ?」
「マツヒサがMVP勇者って……マジかよ?」
「えー、いのりん委員長はどうなるの?」
「きゃー! サクラちゃん! どうしたのその顔、すっごい嬉しそう!」
偶然にも同じ酒場に居合わせていたサクラハルは、顔が二度と元に戻らなくなるくらい赤面していたという。
まさか、見られていたとは思わなかった。
そして――意外な人物にも、その映像は見られていたのである。
宇宙の片隅、闇のエネルギーが充実する屋内にも、同じインタビュー映像が浮かび上がっていた。
ネオンサインが壁を照らし、終末ジャッカルのまだら模様の毛皮のソファをゆったりと撫でているその男は、顔にバチバチと不気味なノイズを走らせながら、ひざを打って大いに笑っていた。
「くっひゃひゃひゃ……いや、そりゃ愛に決まってるだろ? いったい他に何があるっていうんだ、スーパールーキー」
黒いジャケットをまとったその足に、美しい銀色の髪の少女がしなだれかかっていた。
彼女が身にまとっているのは、皮膚から少々浮かんでいる、非現実的なボディ・ペイントのみ。
ひょっとすると衣服という概念すら持ちあわせていない生き物なのかもしれない。
ぷくー、と頬を膨らませ、不満げにその男の目を見つめ返している。
自分の召喚したモンスターたちが倒されているというのに、彼女には、その男の楽しそうな表情がありありと見えるのだ。
「眩しいのは嫌いか? ヘル」
ヘル+
クラス 星8神
レアリティ U
職業 闇の女神
補足 星8世界の闇のテリトリーを支配する女神です。契約を結ぶと、闇属性の魂を見分けることができるようになります。
補足+ 底なしの食欲を持っています。召喚ラミネートを維持するために、昼と夜が入れ替わる12時間おきに彼女の故郷の惑星の半分を召喚しつくす莫大な召喚コストを必要とします。
男がそっと顎元を撫でると、ふいっと顔を背けてしまう。
闇の女神ヘルを従えたその男は、口元に不気味な笑みをたたえていた。
しかし、顔中にバチバチと走るノイズのせいで、いったいどんな表情をしているのか。
その心境をうかがい知るものは、どこにもいない。
「くくく……心配しなくても、すべての希望はいずれ絶望に転化する……連中の召喚には不可能があり、そして俺の召喚にこそ、不可能はないのだ……!」
そう言って、悪意をこめた笑みを口元に浮かべていたのだった。




