もう一つの究極召喚
一度攻略法の分かった僕は、それから僕は終末ゴーレムを狩りまくった。
狩って、狩って、狩りまくった。
手に入れた召喚ポイントをすべて光の大量召喚につぎ込んでいくので、『太陽召喚』の威力がどんどん高まっていく。
召喚師のレベルはスキルの鍛錬で上昇していくので、同じ魔法を繰り返すたびに僕のレベルもどんどん上がって、第九天の認知できる範囲も格段に広がっていった。
魂たちは、それぞれ離れた輪の中に入っていて、隣り合った輪と輪の間には凄まじい距離があるのを感じる。
どうやら、この輪が惑星らしい。
それぞれの惑星ごとに異なる太陽があるらしくて、惑星グランドステラ以外の他の惑星の太陽からも光を召喚して、合体させることもできた。
プロミネンスの大蛇の数も1匹から2匹、3匹と増え、太陽召喚の威力は2倍、3倍と増えていく。
しかし、どれだけ威力が上がっても。
太陽召喚だけでは、終末ゴーレムを倒せなかった。
ライフゲージはゼロに近づいているのだけど、どうしても、最後のとどめを刺すことができない。
太陽召喚は、威力が大きすぎた。
勇者たちが攻撃の手を休める凪の瞬間を狙わなければ、確実に他の勇者を巻き添えにして、貢献度でマイナスを取ってしまう。
この凪の瞬間が、都合のいいタイミングで来てくれない。
完全に運任せだ。
けれど、僕が最後の一撃で倒せば、倒しさえすれば、2億5000万SPだ。
ようやくサクラハルの願いにも届く。
1億SPの太陽召喚を使えば、もっと簡単に狩りができる。
より完璧な形で願いを実現させるために、この狩りをやめるつもりはなかった。
僕はまだ、アルン・デュン・ミリオンを救済する方策を、諦めてはいなかった。
レベルがあがったタイミングで、別の精霊でも宇宙規模の召喚ができないか、試してみた。
今度は、土の精霊ノームンの力を利用し、アルンの上空にある流れ星を召喚するのだ。
『隕石召喚』だ。
隕石というものは、ほぼ休みなく、流れ星になって空から地上に落ちてきているのだ。
こういった隕石は、大気との摩擦で数秒もたたずに燃え尽きてしまう。
たとえ数百メートルの巨大さがあっても、地上に到達する前に消えてしまうのだ。
ならば、極めて高速で体積が減っていく土の魂を見つけたら、それは大体『隕石』ではなかろうか。
ただ、タイミングがかなりシビアだ。
すでに大気圏突入して、小さくなりはじめている隕石しか見つけることができないので、『声』をかけるタイミング次第で、ダメージもゼロから大までまちまちとなった。
太陽光の場合は、太陽から惑星までの宇宙空間を数分間も飛び続けているので、集めるのもけっこう簡単だった。
なので、召喚門を開く前に、大量に呼び集めておいて、一気に召喚し、威力を倍増させることもできた。
けれど、隕石はぜんぜん勝手が違って、どんどんこちらの世界に呼びだし続けなければ、溜めている間に消滅してしまう。
お陰で、安定した破壊力が期待できない。
けどその代わり、太陽召喚よりも低コストで済むという利点があった。
隕石の場合は、隕石群のほんの一部分さえ召喚に成功すれば、残りの大部分が一緒にくっついてくるという特性があった。
もとは一つの隕石が割れたものだったからか、強く結びつきあっているのだ。
僕は、この性能の違いに活路を見いだせないか、と考え、ボタンタニに相談した。
「1000万SPある。僕はいつも通り、凪のタイミングで隕石召喚を使う。もうすぐ倒せる状態にまで追い込んだら、余った資金で、戦闘用の勇者ユニットを召喚しようと思うんだ。他の大勢の勇者が集まってくるけれど、いつも残り数時間で倒せるから、僕の勇者ユニットがとどめをさせるかもしれない。だいたい何人くらい必要だろうか。ボタン、僕は戦術にまったく疎いから、君の助言を乞いたいんだけど」
軍師ボタンタニは、ウサギ耳をぺたんと垂れて、むーん、と何やら熟考していた。
ぷにぷにのほっぺたを膨らませて、お昼寝しているようにも見えるが、彼女は軍略に関してはずば抜けて敏い。
碁で勝負をしよう、と誘いをかけて、彼女に勝てた勇者を見たことがない。
「1000人程度で囲えば確実ではありましょうが……問題がございます」
ボタンタニは、冷静な瞳でこういうのだった。
「あるじどの……そなたは、サクラハルどの1人の願いを叶えるために1000人の勇者を召喚したとして、その1000人の願いを叶えるために、次は一体何人の勇者を召喚せねばならぬとお考えか?」
「う……た、単純に考えれば際限なく増えていくかもだけどさ……僕も、いずれ精霊だってたくさん召喚できるようになるだろうし、そうしたら大召喚師さまみたいに、自力で願いをかなえてあげることだって、できるようになるはずだよ?」
「しかし、あるじどのは、勇者として大召喚さまに召喚されたはず。その勇者としてのお務めを果たした後は、元の世界に帰るのでは?」
そう指摘されて、僕は黙ってしまった。
やはり、僕は後先を考えていなかった。
召喚師として、完璧でありたい。
サクラハルの願いを叶えてあげたい。
けれど、そのためには、召喚師として長い長い戦いを続けていく覚悟をしなければならないのだ。
その覚悟は、まだ僕にはなかった。
「さしあたって、人数は100人くらいに抑えて、なんとか1つの召喚の対価で、複数の願いを同時に叶えることができればいいんじゃないかな、と。もちろん、そのために勇者も出来るだけ選ぶつもりだけど」
「そうやって勇者を選んでいるうちに、最初の1ヶ月はまったく勇者が集まらなかったそうではありませんか? サクラハルどのに関しては、残り2週間しか期間がありませぬ」
「そうだよね……」
今から新たな勇者ユニットを結成して攻めるのは、現実的ではなかった。
3人の勇者と契約を結んでいる今、14日の間に貰える召喚チケットは、42枚。
多少の資金は上乗せできるとはいえ、42回のガチャで、終末ゴーレムを倒すほどの勇者パーティを結成できるだろうか。
けれども、なぜボタンタニが最初の1ヶ月のことを知っているんだろう。
ツバキサラも知らなかったはずなのに。
女の子の情報伝達力って怖い。
僕が悩んでいると、どこからともなく不気味な声が聞こえてきた。
「よぅ……召喚師サマ。悩んでいるなら、海の王のこの俺様が、力を貸してやろうか?」
この声は……!
僕は思わずびくっと飛び跳ね、身構えた。
ボタンタニが、びびくぅっとウサギ耳を吊り上げて、ツバキサラが素早く日本刀を抜いて構えた。
「な、何者だ! 一体どこから入った!?」
寄せては返す、潮のさざめき。
そう、そこにいたのは、全身にサメの入れ墨を彫った、僕には見覚えのある大男。
惑星グランドステラの海の支配者、海賊王ゴードンだった。
彼は、本当にどこからともなくふらりと現れた。
今日は召喚魔法を使ってもいないのに。
おそらく、数日前から僕の何らかの召喚に紛れこんでいて、そのまま出てくるタイミングが訪れるまで、どこかに息をひそめていたのだろう。
勇者契約しなければ食料を手に入れることが出来ないこの世界で潜伏するために、腰にはアジの干物みたいな携帯用食料までぶら下げて、準備を万全に整えていたようだ。
もうやだ、この勇者。
「俺がひと声かけりゃ、海の男どもを300人集められる。どいつもこいつも腕っぷしに自信のある連中ばかりだ。そいつらを連れてきてやってもいいぜ?」
ハズレなしの、300人の勇者ユニット召喚。
ツバキサラの『友釣り召喚』を利用すれば、一度に30人ずつ、10回程度の召喚で全員を引き当てることができる。
この作戦に、ようやく希望が見え始めた。
けれど、肝心のツバキサラは、断固としてそれを聞き入れたくない様子だった。
日本刀を振り上げて、気迫のこもった声で怒鳴る。
「……おのれ、精霊の友たる召喚師さまが、貴様のような賊徒どもと軽々しく与すると思うか! そこになおれ!」
ツバキサラが一喝すると、ゴードンの姿は、忽然と消えた。
いや、どうやら天井付近を飛んでいる。
あたかも水槽を泳ぎ回るマグロの魚影のような速度で室内を横断してきたゴードンは、ツバキサラの腰から抜き放たれようとする剣の柄にぴたり、と手をあてがった。
「おっと、そこまでだ綺麗なお嬢ちゃん」
「なッ……なにッ!?」
「水弾を超高速で弾き飛ばす俺の魔法を使いこなせば、120パーセントが水で出来ている人体だって軽く弾き飛ばすことも可能だ……壁のしみになりたくなければ、大人しくするんだな?」
くっそ、一瞬すごいと思ってしまった。
きっとゴードンの身体は120パーセントが水で出来ているんだろう。
けど、ツバキサラとお前を一緒にするな?
至近距離からゴードンの顔を見上げる形になったツバキサラは、ゴードンの厚い胸板にあごがくっついてしまって、一瞬弱々しい表情を見せた。
「ふあっ……」
対するゴードンの方も同様で、「そういや昔こんな犬飼ったことあったっけ?」みたいな何かを思い出そうとするようなぼんやりした顔でツバキサラを見ていた。
2人は一瞬見つめ合ったのち、火花を散らすように素早くかい離した。
「お、お、落ち着け、ボク! 相手は下賤な海賊ぶぜいじゃないか。けれど、ボクの事を、綺麗なお嬢ちゃんって言ったぞ。あいつ。め、目が腐っているのか?」
ツバキサラは真っ赤になった顔を手で挟んで、縮こまってしまっている。
ゴードンの方も、シャツの心臓辺りを鷲掴みにして、忌々し気にツバキサラをにらんでいた。
「な、なんだ、この胸の高鳴りは! 落ち着けマイハート。震えるほどデスノート。はっ、さては……妖術!? 妖術か! 小癪なぁ!」
「よ、妖術なんかじゃない! お前こそ妖術を使ったんだろう!」
「この俺様が妖術だと!? ふざけるな!」
星7世界人は、妖術というワードにけっこう敏感みたいだった。
けれど僕には勇者たちで遊んでいる余裕がない。
とにかく、SR勇者である海賊王ゴードンの戦闘能力は、本物だ。
1人でも仲間の必要な僕は、簡潔に要件をまとめた。
「君と勇者契約を結ぶ。一体何が願いだ、言ってみろゴードン」
にやり、とゴードンは勝ち誇ったような笑みを浮かべ。
ツバキサラは不服そうな顔をして、すごすごと引き下がった。
「なんて事はねぇ、俺たち海賊団の1人1人が、『自分達の海を取り返せるぐらいに強くなりたい』って願いを叶えてもらうんだ。もちろん、海の支配者となった以前の願いは継続したままでな。どうだい、悪い話じゃねぇと思うんだが」
悪くない話だ、と僕は思っていた。
それならば、300名の勇者ユニットを強化した状態で召喚することができるし、その後の召喚の対価に苦慮することもない。
問題が一気に解決してしまった。
割と頭のいい奴なのかもしれない。
僕はそれに一縷の望みを託し、ゴードンと勇者契約を結んだ。
「海賊王ゴードン、そしてその仲間たちのぶんも、よろしく頼む」
「ふっ、そうこなくっちゃな。俺とお前とで、最強のコンビの結成だ……!」
勇者ユニット:3名 → 3名 + 海賊王ゴードン
こうして、僕はゴードンの仲間だった300名の海賊と勇者契約を結び、計304名の巨大勇者パーティを結成した。
――けれど、結論から言うと、この試みは滅茶苦茶な大失敗に終わってしまった。
隕石召喚の威力がランダムだったのは知っていたけれど、こういう時に限って、僕の引き運の悪さが出た。
ゴーレムに衝突するまえに空中で隕石が燃え尽きるものが6割ちかくあって、せっかくボタンタニが計算してくれた半分もダメージが出せなかった。
ゴーレムの片足を吹き飛ばすことすらできず、体力も半分以上残っていた。
こんな状態で、300人程度の勇者ユニットを投入してもまったく意味がなかった。
倒せるめどがまったく立たない。
推定時間が残り200時間超のまま、あえなく僕の4時間は終了し、僕の所持金は、参加報酬のみの最低額12万ポイントにまで落ち込んだ。
さらに戦闘に参加した300名の勇者ユニットもそれぞれ12万SPを手に入れたけれど、彼らの願いを叶えるために、1人につき21万SPを使うから、マイナス2700万SP。
おまけに、100人単位の勇者ユニットはクランとか呼ばれて、メイン・クエストに参加するたびに特別な積み立て金を支払わなければならかった。
勇者ユニット1人あたり、2万SPがクエスト報酬から自動的に差っ引かれるので、さらにマイナス600万SP。
海賊たちに、もう一回メイン・クエストに参加してもらって、ようやくマイナス300万SPに戻った。
もう太陽召喚を発動させるどころではなくなってしまった。
ひょっとすると、僕が何もしなくても、海賊たちに戦い続けてもらったら、割と簡単に資金を集めることができるんじゃないかと考えたけれど、そういう事はなかった。
破損した武具の補修に、慰労費に、戦略的な願いの切り替え、勇者ギルドへの積立金、召喚師はなかなかお金がたまらない。
勇者の得るクエスト報酬は本来勇者のものなので、強制的に徴収していると勇者ギルドに通報されて僕が逮捕されてしまう恐れがあった。
僕もふたたび戦場に出て、『太陽召喚』でちまちま稼がなければならなかった。
【勇者ユニット】:304名 → 303名
戦いに忙殺されて、ふと気が付くと、勇者ユニットの数が1人減っていた。
あまりに過酷な戦闘を繰り返したせいで、ついに脱走者が現れたのか、と思ったけれど、ゴードンの海賊たちはみんないる。
どうやら、いなくなったのはサクラハルだった。
約束の期限はとっくに過ぎ去っていた。
僕とサクラハルの勇者契約は終わった。
ネコのケットシーが「まあ、仕方ないにゃーん」と言って、事務手続きを淡々と進め、サクラハルは誰か他の召喚師に引き取られることになった。
僕が最初に受けた、たったひとつの召喚の対価をあげることもできないまま。
僕の最初の勇者は、もう僕の勇者ではなくなってしまった。
さらに、僕みたいに契約不履行があった召喚師は、一度すべての勇者契約を解除しなくてはならない。
僕の勇者ユニットは、全員元の世界に強制帰還されることになった。
何が悪かったかなんて、考えたくない。
そんな言い訳をしても虚しいだけだ。
やはり、僕がひとりで終末ゴーレムを倒さなければならない。




