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召喚師さまの勇者の勇者  作者: 桜山うす(J.I.A)
第三章 もしも勇者の勇者が挫けてしまったら
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太陽召喚(ソル)

 僕がアツシと酒場で出会った、その日の明け方。

 惑星ランブルダンテに静寂が訪れる『凪』の時間帯。


 24時間つづいていた勇者たちの攻撃はいったん休止していて、終末ゴーレムがただひとり塔の周囲を歩いていた。


 ちょうど、この世界の『強化魔法』が弱まる期間になっていて、いま攻撃しても効率が悪いのだ。


 舞い上がっていた灰は地面に降り積もって、勇者の中で僕はただ一人、その灰を踏みしめた。

 戦場に躍り出る勇者の姿は、どこにもない。

 星3モンスターたちも、戦い疲れたように眠っている。

 風ひとつ吹いていない、静かな夜明けだった。


 視界にゴーレムの残り体力を表示させると、もう残り3分の1。

 緑から薄い黄色になりかけるところだった。


 予定では、こいつが倒せるまで残り100時間程度。


 どの召喚師たちも、次の一斉攻撃に備えて体勢を立て直しているところだろう。

 けれど、僕にはその必要はなかった。


 周囲に勇者たちのいないこの瞬間しか狙えなかった。


いらえよ」


 僕の出番は、この一発だ。

 僕の持てる召喚ポイントの全てを、この召喚に注ぎ込む。


いらえよ、九天に集いし八雲やくも御霊みたまよ。れは金科きんかの鍵を賜りし、璞玉はくぎょくの召喚師なり。が為に万乗ばんじょうの国の扉を開きつ待たん」


 薄闇の中、僕はひとり、召喚魔法陣を展開した。


 ゴウっという風の唸りとともに世界が真っ暗に塗りつぶされ、僕の意識は、またたくまに漆黒の第九天ナインスヘヴンへと落ちていく。


 ぽつぽつと灯る光の点のいくつかは、見分けがつく。

 向こうの世界で様々な形に揺らめく水、土、そして光の魂。


 僕はその中で、もっとも強い光の魂に『声』をかけた。


 召喚師は『声』をかける。

 一から十まで、それが全てだ。


の国が求めしは、まことの勇者にてそうろへば。いざゆうを示されよ、いざ武を競われよ、いざとこしえに……」


 僕の全召喚ポイントをつぎ込んだところで、すべての魂が僕の『声』に応じてくれるわけではない。

 けれども僕はそこにある光を、ありったけ召喚しようとした。


 そのために、全召喚ポイントをつぎ込んで、発動した召喚魔法。

 11連召喚に必要な7万SP……どころではない。

 300万SP超の、文字通り全召喚ポイントだ。

 結果、今までにない圧倒的な数の魂が僕の『声』に応じてくれた。


 それが多いのか少ないのか分からない。

 精霊にもテリトリーがあるというし、僕の目に届く範囲にいる魂が、すべてだとは思わない。

 けれど、これがいまの僕にできる、精いっぱいの召喚だった。


 光を召喚陣の内側にため込んで、僕は目を開いた。

 意識がこちらの世界に戻ってくると、すでに明けが近く、空が真っ赤になっている。

 終末ゴーレムは、ずいぶん先に歩いていた。


「来い……召喚『光』だ」


 僕は、光の精霊ルミナスとの契約によって、光の魂を見分けることができた。

 世界のうち、もっとも巨大な光を狙って召喚した。


 世界でもっとも巨大な光源は、もちろん『太陽』だ。

 惑星グランドステラ全域における、最大の光。


 これを手元に召喚すれば、どうなるか。

 うまく行けば『友釣り召喚』によって、光と共に太陽の爆発的なエネルギーも召喚されるはずだ。


 周囲が薄闇に戻って見えるほど眩い、異様な迫力を備えた召喚陣。

 その発動を控えたまま、終末ゴーレムの動きを観察する。


 終末ゴーレムは、相変わらずゆったりとした歩調で歩き続けている。

 僕はあらかじめ、ゴーレムの進路の先に『召喚ポーション』を仕込んであった。

 ちょっとアツシに頼んでみたら、引き受けてくれた。


 このアイデアを伝えたとき、アツシは「水爆じゃねーか!」とドン引きしていた。

 それと同時に、「可能性あるんじゃないか」とも考えてくれた。


 そう、僕が召喚魔法だけで、終末ゴーレムを倒せる、唯一の可能性。


 異世界召喚・レベル7、光系召喚術『太陽召喚ソル』。


 僕はそこに召喚陣を転送し、召喚陣を解放した。


 ゴーレムの足元で、びかっと眩い光が瞬いた。

 光の柱が地上から雲まで、一気に惑星ランブルダンテを貫いた。


 貫通した。

 昼のように、という表現を超えた、信じがたいまぶしさだ。


 太陽の光は、水素の核融合によって生じている。

 その有害な紫外線は、大気の層を透過するうちになくなっていくそうだ。


 僕が召喚した光は、死ぬほど有害に違いない。


 そのとき、光の中から大蛇みたいな怪物が現れた。


 太陽の表面には、無数の大蛇のようにのたうつ炎の柱、プロミネンスがある。


 星7世界の太陽のそれは、まるで火属性のドラゴンのようにうねり、甲高い咆哮を響かせながら、空高くアーチを描いた。

 終末ゴーレムの巨体を遥かに超える高さまで吹き上がり、そして滝のように真上から降り注ぎ、地面に波紋となって広がっていった。


 衝撃で地面が大きくくぼみ、ミサイルの直撃を受けたみたいに隣の岩盤が数百メートルの高さまで吹っ飛んでいった。


 巨大な岩石がNASAのスペースシャトルみたいに爆炎をふいてあらゆる方向に飛んでいった。


 さすが太陽だ。

 信じがたい破壊力だった。


 果たして、終末ゴーレムにこの攻撃は効いたのか。

 これでまったくの無傷だったら、僕にはもうどうしようもなかった。


 プロミネンスの滝を浴びた終末ゴーレムは、表面がぐずぐずに溶けだし、さらに地面に片膝をついて、ギシギシ全身を軋ませていた。


 効果は、あった。

 予想以上にあった。

 肩につけていた牛のお面もどこかに吹っ飛んでしまっているが、それを探しに行く様子はない。


 なぜなら終末ゴーレムの片足は、もうこの世にない。

 召喚ポーションの近くにあったせいで、召喚と同時に高熱で吹き飛んでしまったからだ。


 効いている。

 思った以上に、効きすぎている。

 どうやらこれは……『特攻』がある。


 隣り合う異世界同士は、不思議なつながりがある。

 星8世界の怪物は、星7世界の太陽に弱いのかもしれない。


 いままで誰も気づかなかったのか。

 現代の戦い方では顧みられなくなった、召喚戦争以前の古い召喚魔法の使い方だし。

 星8世界の召喚は禁止され、情報はほとんど開示されなくなった。


 むろん、ダメージ効率は最悪だ。

 その1発で、僕はすべての魔力を使い尽くしていた。

 もう戦うことすらできない。


 そして、夜明けと共に、『凪』が終わる。

 それまで待機していた勇者たちが、続々と終末ゴーレムに群がっていった。


 終末ゴーレムはまだ生きて、しぶとく動いている。


 ライフゲージはまだ10分の1ぐらい残っていた。

 いったいどれだけ丈夫にできているのか。


 けれども頭が取れて、さらに太陽に片足を吹っ飛ばされた状態では、勇者たちに反撃することができない。

 勇者の攻撃が止まることはなかった。

 勇者たちは、怒声を上げて終末ゴーレムに群がって、殴りつけていく。


 焦げ付いた体を勇者たちの剣が深くえぐり、魔法の閃光が徐々に細かく砕いていく。


 いつ終末ゴーレムが倒されたのか、僕には分からない。

 残り100時間と目されていた戦闘は、それから2、3時間も経たないうちに幕を閉じた。




 戦闘終了後、一文無しになった僕は、せめてクエスト参加報酬だけでも受け取るために、勇者サポートセンターに立ち寄った。


 受付にいるネコミミの女の子が僕を出迎えてくれた。

 リアルなネコミミは初めて見るので、ちょっと緊張した。


「召喚師アレクサの勇者、マツヒサさまですね。こちらがクエスト参加報酬になります」


「あ、ありがとう、ケット……ケットシー?」


「ケットシーとお呼びくださいにゃん!」


 誰かを彷彿とさせる名前である。

 ステータスもちょっと似ている気がする。

 九天は広いのだから、同じ名前ということもあるだろう。


 更新された僕の勇者カードのステータスを見てみると、残金370万SPと表示された。

 先ほどは0SPだったのだが、+370万SPの増収である。

 元より増えていた。


「あれ? 間違ってない?」


「間違ってませんにゃ?」


「だって、クエスト参加報酬は一律12万SPって聞いていたんだけど……?」


「ふむふむ、それに加えて、マツヒサさまには、クエスト貢献度に準じて与えられるボーナスポイントが加算されています。与ダメージ、部位破壊、勝利時短、それぞれの分野で120万SPずつ加算されていますにゃん。また、先ほどの戦闘で獲得した『ドロップアイテム』もお預かりしてございますので、ご入用の場合は、ケットシーまでご連絡くださいにゃ」


「どっちのケットシー?」


「どっちでもいいですにゃん!」


「じゃあ、君で。どれどれ、ドロップアイテムって……ああ、なんかあった」


 自分の手のひらをじっと見て、ステータスを表示させると出てきた。


【獲得アイテム履歴】 なし→『終末ゴーレムの破片』


 終末ゴーレムの破片

 クラス 星8アイテム

 レアリティ レア

 職業 ドロップ素材

 補足 終末ゴーレムの破片です。邪神の香りをつねに漂わせています。売買すると法律で罰せられるので注意。


 どうやら、星8世界のレア素材らしい。

 今は星8世界のアイテム召喚は全面禁止されているので、市場でも絶対に手に入らないものだった。


「これを触媒にすれば、アイテム召喚でとても役に立ちますにゃん!」


「でも、星8世界からの召喚は禁止されてるんじゃなかった? 僕の召喚魔法もレベル8以上の召喚はできなくなってるし、触媒としての使い道がないんじゃないの?」


 たしか、星8勇者が強すぎて世界を崩壊させかねないというのと、あと召喚コストが高すぎて養いきれない、というので禁止にされたはずだ。

 通常召喚で8万SP、十連召喚で80万SP。

 召喚ラミネートで1ヶ月保護しようとするだけで、国の経済が傾く、まさに最終兵器だったらしい。


 するとケットシーは、にゅふふ、と邪悪に笑った。


「ご心配なく! 異世界のアイテムは、『すぐ隣の世界』に非常に少ない確率ですが、偶然にも落ちてきたりしていますにゃん! なのでぇー? たとえば星7世界のアイテムを召喚するときに触媒として使えばぁー? あるいはぁー?……」


「星8アイテムが引ける……かも……おおおおお……!?」


 そうか、星7世界に落ちていた星8世界のアイテムを拾うだけなら、違法にならないんだ。

 なるほど、さすが星1世界の法、いろんなところで抜け道だらけだ。


 先ほど終末ゴーレムに太陽召喚がよく効いたのも、すぐ隣の世界だったのが関係しているのかもしれない。

 今後は、異世界召喚・レベル7をもっと研究していく必要がありそうだ。


「サンキュー、ケットシー!」


「どういたしましてにゃん♪」


 にゅふふー、と笑いながら両手を広げて、僕の何かを待っていたけれど、まさかネコのケットシーみたいに抱きしめてもふもふすることはできなかったので、とりあえず、手を挙げてみると、ぱしん、と手を叩き合わせてくれた。


「いぇいにゃん!」


「い、いぇいにゃん……」


 この日以降、ネコのケットシーも肉球でハイタッチしてくれるようになった。

 召喚世界の生き物って、いったいどうなってるんだろう?


 受付けケットシーは、にこりと笑った。


「サクラハルさまをお大事になさってくださいね、召喚師さま!」


 それは僕にとって、とても大事な一言だった。

 このまま前に進む勇気を与えてくれた。

 ようやく僕は、自分は間違っていないのだと気づいたのだ。

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