太陽召喚(ソル)
僕がアツシと酒場で出会った、その日の明け方。
惑星ランブルダンテに静寂が訪れる『凪』の時間帯。
24時間つづいていた勇者たちの攻撃はいったん休止していて、終末ゴーレムがただひとり塔の周囲を歩いていた。
ちょうど、この世界の『強化魔法』が弱まる期間になっていて、いま攻撃しても効率が悪いのだ。
舞い上がっていた灰は地面に降り積もって、勇者の中で僕はただ一人、その灰を踏みしめた。
戦場に躍り出る勇者の姿は、どこにもない。
星3モンスターたちも、戦い疲れたように眠っている。
風ひとつ吹いていない、静かな夜明けだった。
視界にゴーレムの残り体力を表示させると、もう残り3分の1。
緑から薄い黄色になりかけるところだった。
予定では、こいつが倒せるまで残り100時間程度。
どの召喚師たちも、次の一斉攻撃に備えて体勢を立て直しているところだろう。
けれど、僕にはその必要はなかった。
周囲に勇者たちのいないこの瞬間しか狙えなかった。
「答えよ」
僕の出番は、この一発だ。
僕の持てる召喚ポイントの全てを、この召喚に注ぎ込む。
「答えよ、九天に集いし八雲の御霊よ。吾れは金科の鍵を賜りし、璞玉の召喚師なり。汝が為に万乗の国の扉を開きつ待たん」
薄闇の中、僕はひとり、召喚魔法陣を展開した。
ゴウっという風の唸りとともに世界が真っ暗に塗りつぶされ、僕の意識は、またたくまに漆黒の第九天へと落ちていく。
ぽつぽつと灯る光の点のいくつかは、見分けがつく。
向こうの世界で様々な形に揺らめく水、土、そして光の魂。
僕はその中で、もっとも強い光の魂に『声』をかけた。
召喚師は『声』をかける。
一から十まで、それが全てだ。
「此の国が求めしは、真の勇者にて候へば。いざ勇を示されよ、いざ武を競われよ、いざ常しえに……」
僕の全召喚ポイントをつぎ込んだところで、すべての魂が僕の『声』に応じてくれるわけではない。
けれども僕はそこにある光を、ありったけ召喚しようとした。
そのために、全召喚ポイントをつぎ込んで、発動した召喚魔法。
11連召喚に必要な7万SP……どころではない。
300万SP超の、文字通り全召喚ポイントだ。
結果、今までにない圧倒的な数の魂が僕の『声』に応じてくれた。
それが多いのか少ないのか分からない。
精霊にもテリトリーがあるというし、僕の目に届く範囲にいる魂が、すべてだとは思わない。
けれど、これがいまの僕にできる、精いっぱいの召喚だった。
光を召喚陣の内側にため込んで、僕は目を開いた。
意識がこちらの世界に戻ってくると、すでに明けが近く、空が真っ赤になっている。
終末ゴーレムは、ずいぶん先に歩いていた。
「来い……召喚『光』だ」
僕は、光の精霊ルミナスとの契約によって、光の魂を見分けることができた。
世界のうち、もっとも巨大な光を狙って召喚した。
世界でもっとも巨大な光源は、もちろん『太陽』だ。
惑星グランドステラ全域における、最大の光。
これを手元に召喚すれば、どうなるか。
うまく行けば『友釣り召喚』によって、光と共に太陽の爆発的なエネルギーも召喚されるはずだ。
周囲が薄闇に戻って見えるほど眩い、異様な迫力を備えた召喚陣。
その発動を控えたまま、終末ゴーレムの動きを観察する。
終末ゴーレムは、相変わらずゆったりとした歩調で歩き続けている。
僕はあらかじめ、ゴーレムの進路の先に『召喚ポーション』を仕込んであった。
ちょっとアツシに頼んでみたら、引き受けてくれた。
このアイデアを伝えたとき、アツシは「水爆じゃねーか!」とドン引きしていた。
それと同時に、「可能性あるんじゃないか」とも考えてくれた。
そう、僕が召喚魔法だけで、終末ゴーレムを倒せる、唯一の可能性。
異世界召喚・レベル7、光系召喚術『太陽召喚』。
僕はそこに召喚陣を転送し、召喚陣を解放した。
ゴーレムの足元で、びかっと眩い光が瞬いた。
光の柱が地上から雲まで、一気に惑星ランブルダンテを貫いた。
貫通した。
昼のように、という表現を超えた、信じがたいまぶしさだ。
太陽の光は、水素の核融合によって生じている。
その有害な紫外線は、大気の層を透過するうちになくなっていくそうだ。
僕が召喚した光は、死ぬほど有害に違いない。
そのとき、光の中から大蛇みたいな怪物が現れた。
太陽の表面には、無数の大蛇のようにのたうつ炎の柱、プロミネンスがある。
星7世界の太陽のそれは、まるで火属性のドラゴンのようにうねり、甲高い咆哮を響かせながら、空高くアーチを描いた。
終末ゴーレムの巨体を遥かに超える高さまで吹き上がり、そして滝のように真上から降り注ぎ、地面に波紋となって広がっていった。
衝撃で地面が大きくくぼみ、ミサイルの直撃を受けたみたいに隣の岩盤が数百メートルの高さまで吹っ飛んでいった。
巨大な岩石がNASAのスペースシャトルみたいに爆炎をふいてあらゆる方向に飛んでいった。
さすが太陽だ。
信じがたい破壊力だった。
果たして、終末ゴーレムにこの攻撃は効いたのか。
これでまったくの無傷だったら、僕にはもうどうしようもなかった。
プロミネンスの滝を浴びた終末ゴーレムは、表面がぐずぐずに溶けだし、さらに地面に片膝をついて、ギシギシ全身を軋ませていた。
効果は、あった。
予想以上にあった。
肩につけていた牛のお面もどこかに吹っ飛んでしまっているが、それを探しに行く様子はない。
なぜなら終末ゴーレムの片足は、もうこの世にない。
召喚ポーションの近くにあったせいで、召喚と同時に高熱で吹き飛んでしまったからだ。
効いている。
思った以上に、効きすぎている。
どうやらこれは……『特攻』がある。
隣り合う異世界同士は、不思議なつながりがある。
星8世界の怪物は、星7世界の太陽に弱いのかもしれない。
いままで誰も気づかなかったのか。
現代の戦い方では顧みられなくなった、召喚戦争以前の古い召喚魔法の使い方だし。
星8世界の召喚は禁止され、情報はほとんど開示されなくなった。
むろん、ダメージ効率は最悪だ。
その1発で、僕はすべての魔力を使い尽くしていた。
もう戦うことすらできない。
そして、夜明けと共に、『凪』が終わる。
それまで待機していた勇者たちが、続々と終末ゴーレムに群がっていった。
終末ゴーレムはまだ生きて、しぶとく動いている。
ライフゲージはまだ10分の1ぐらい残っていた。
いったいどれだけ丈夫にできているのか。
けれども頭が取れて、さらに太陽に片足を吹っ飛ばされた状態では、勇者たちに反撃することができない。
勇者の攻撃が止まることはなかった。
勇者たちは、怒声を上げて終末ゴーレムに群がって、殴りつけていく。
焦げ付いた体を勇者たちの剣が深くえぐり、魔法の閃光が徐々に細かく砕いていく。
いつ終末ゴーレムが倒されたのか、僕には分からない。
残り100時間と目されていた戦闘は、それから2、3時間も経たないうちに幕を閉じた。
戦闘終了後、一文無しになった僕は、せめてクエスト参加報酬だけでも受け取るために、勇者サポートセンターに立ち寄った。
受付にいるネコミミの女の子が僕を出迎えてくれた。
リアルなネコミミは初めて見るので、ちょっと緊張した。
「召喚師アレクサの勇者、マツヒサさまですね。こちらがクエスト参加報酬になります」
「あ、ありがとう、ケット……ケットシー?」
「ケットシーとお呼びくださいにゃん!」
誰かを彷彿とさせる名前である。
ステータスもちょっと似ている気がする。
九天は広いのだから、同じ名前ということもあるだろう。
更新された僕の勇者カードのステータスを見てみると、残金370万SPと表示された。
先ほどは0SPだったのだが、+370万SPの増収である。
元より増えていた。
「あれ? 間違ってない?」
「間違ってませんにゃ?」
「だって、クエスト参加報酬は一律12万SPって聞いていたんだけど……?」
「ふむふむ、それに加えて、マツヒサさまには、クエスト貢献度に準じて与えられるボーナスポイントが加算されています。与ダメージ、部位破壊、勝利時短、それぞれの分野で120万SPずつ加算されていますにゃん。また、先ほどの戦闘で獲得した『ドロップアイテム』もお預かりしてございますので、ご入用の場合は、ケットシーまでご連絡くださいにゃ」
「どっちのケットシー?」
「どっちでもいいですにゃん!」
「じゃあ、君で。どれどれ、ドロップアイテムって……ああ、なんかあった」
自分の手のひらをじっと見て、ステータスを表示させると出てきた。
【獲得アイテム履歴】 なし→『終末ゴーレムの破片』
終末ゴーレムの破片
クラス 星8アイテム
レアリティ R
職業 ドロップ素材
補足 終末ゴーレムの破片です。邪神の香りをつねに漂わせています。売買すると法律で罰せられるので注意。
どうやら、星8世界のレア素材らしい。
今は星8世界のアイテム召喚は全面禁止されているので、市場でも絶対に手に入らないものだった。
「これを触媒にすれば、アイテム召喚でとても役に立ちますにゃん!」
「でも、星8世界からの召喚は禁止されてるんじゃなかった? 僕の召喚魔法もレベル8以上の召喚はできなくなってるし、触媒としての使い道がないんじゃないの?」
たしか、星8勇者が強すぎて世界を崩壊させかねないというのと、あと召喚コストが高すぎて養いきれない、というので禁止にされたはずだ。
通常召喚で8万SP、十連召喚で80万SP。
召喚ラミネートで1ヶ月保護しようとするだけで、国の経済が傾く、まさに最終兵器だったらしい。
するとケットシーは、にゅふふ、と邪悪に笑った。
「ご心配なく! 異世界のアイテムは、『すぐ隣の世界』に非常に少ない確率ですが、偶然にも落ちてきたりしていますにゃん! なのでぇー? たとえば星7世界のアイテムを召喚するときに触媒として使えばぁー? あるいはぁー?……」
「星8アイテムが引ける……かも……おおおおお……!?」
そうか、星7世界に落ちていた星8世界のアイテムを拾うだけなら、違法にならないんだ。
なるほど、さすが星1世界の法、いろんなところで抜け道だらけだ。
先ほど終末ゴーレムに太陽召喚がよく効いたのも、すぐ隣の世界だったのが関係しているのかもしれない。
今後は、異世界召喚・レベル7をもっと研究していく必要がありそうだ。
「サンキュー、ケットシー!」
「どういたしましてにゃん♪」
にゅふふー、と笑いながら両手を広げて、僕の何かを待っていたけれど、まさかネコのケットシーみたいに抱きしめてもふもふすることはできなかったので、とりあえず、手を挙げてみると、ぱしん、と手を叩き合わせてくれた。
「いぇいにゃん!」
「い、いぇいにゃん……」
この日以降、ネコのケットシーも肉球でハイタッチしてくれるようになった。
召喚世界の生き物って、いったいどうなってるんだろう?
受付けケットシーは、にこりと笑った。
「サクラハルさまをお大事になさってくださいね、召喚師さま!」
それは僕にとって、とても大事な一言だった。
このまま前に進む勇気を与えてくれた。
ようやく僕は、自分は間違っていないのだと気づいたのだ。




