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召喚師さまの勇者の勇者  作者: 桜山うす(J.I.A)
第三章 もしも勇者の勇者が挫けてしまったら
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酒場の勇者たち

 僕は星1世界、マール大陸の始まりの街、ビューロをさまよっていた。

 家を買う時に、サクラハルに手を引かれて街路を歩きまわった町だ。


 この世界のものは、だいたいサクラハルの思い出とセットになって記憶していた。

 思えば僕はサクラハルが家から出ていくまで、1人で外を出歩いたことがなかった。


「あら、召喚師様。ごきげんよう」


「召喚師様でしたか……いつも有難うございます」


 召喚師の僕には、なぜか道行く人々から声がかけられた。

 星1世界では、普通の住民もみな召喚マトリクスと接続しているらしく、僕のステータスを見て職業がすぐに分かってしまうらしかった。


 召喚がタダ同然でできる、この世界ならではのインフラ設備なのだ。


 邪魔で仕方がないので、ステータスの自由に書き変えられるスペースに「話しかけないでください」という一言を書き加えておいた。

 ステータスはみんなしっかり読んでくれるらしく、これでずいぶん楽になった。


 ようやく1人になって落ち着いてくると、とめどなく思考があふれてくる。

 考えてしまうのはいつも通り、サクラハルの事だった。


 高校生勇者たちは、前線のことをあまり僕に話してくれなくなっていた。

 なので、僕は召喚師連盟を頼りに、彼らがどんな戦いをしているのかを独自に調べていた。


 彼らが凄惨な戦場に身を置いていて、あまり言いたくなかったのだと知ったのは、死者数の異様に多いクエストの経過報告を見てからだった。

 そのとき、僕はサクラハルのクエストの戦況報告を確認していた。


【前回】

 報酬 12万SP

 戦闘時間 4時間

 死亡回数 20回

 与ダメージ 0


【累計】

 報酬 360万SP

 戦闘時間 120時間

 死亡回数 1192回

 与ダメージ 2


 僕の知ることができた情報は、これだけだった。

 これだけだったけれど、僕はサクラハルがどんな過酷な戦いをしてきたのか、想像した。


 星2世界では無敵だったサクラハルがロストしていたのも、はじめて知った。

 あいにく、星3世界の光の精霊とは契約をしていないので、戦場を直接みることはできなかったけれど。


 僕が使っている召喚ポイントは、サクラハルが命を削って得てきた報酬だった。

 これを彼女の為に使わなくて、他にいったい何に使えと言うのか。


 いままで僕のために戦ってくれたサクラハルに対して、召喚師として自分にできる限りの事をしようとしていた。

 彼女の召喚の対価を叶えるためならば、多少の無茶もしようとした。

 それがぜんぶ悪い事だったとは思わない。


 サクラハルとの契約を解除することだけは、絶対にしないと決めた。


 星7世界以外からも、召喚を試みるべきだろうか。


 けれど、精霊を複数体も引いた世界で、勇者ユニットを効率的に集める裏技もあるのに、今になって召喚をやめる理由がない。


 僕は、酒場の隅の方で酔いつぶれていた。

 エクリサー・ハーフはアルコール度数6パーセントの回復薬だ。


 この世界に地球の法は届かない。

 この世界にも、「未成年の飲酒は禁止する」という法律がしっかりあるのだけど、「ただし、非モテ、童貞を除く。あるいは例えイケメンであったとしても、女の子と別れた日の深夜24時まではその限りではない」と謎の優しさを感じる但し書きがされていた。


 さすが星1世界、法律もグダグダだ。


 僕の精霊たちは、丸いテーブルの上によじ登って、お酒を飲んでいる僕の様子を正面から覗き込もうとしていた。


 光の精霊ルミナスと、水の精霊ウンディー。


 つい最近召喚に成功した新入りは、土の精霊ノームンだ。

 緑色の葉っぱみたいな髪の毛を生やして、胸にはオカリナ、ちいさな森ガールのような恰好をしていた。


 ノームン+

 クラス 星7精霊

 レアリティ アルティメット

 職業 土の大精霊

 補足 星7世界の『土』を司る精霊です。土の魂を見分けることができるため、契約すると自由に『土』を召喚することができるようになります。

 補足+ 主に、土に根付いた植物や建物などが声に応じてくれやすくなります。


 ノームンと契約して、僕は土が自由に召喚できるようになった。

 土の魂が見分けられるので、根っこの形に植物のシルエットが浮かぶのを見て、それを狙って召喚すれば、植物も狙って召喚できた。


 寂しかった家の周りに大小いろいろな花を植えてみたけれど、喜んでくれる勇者はいなかった。

 ツバキサラはサクラハル以外のものには一切興味がなかったし、ボタンタニは田舎の出身なので花は見慣れていた。


 星7召喚を続けて、とうとう新しい勇者ユニットを召喚することに成功した。


 グレート・ゴーレム

 クラス 星7ゴーレム

 レアリティ SRスーパーレア

 職業 惑星ドドナンテ 戦闘型土人形

 補足 『土』の精霊の力を宿した人形です。土の精霊によって魔法の行使が制限されていますが、召喚師が土の精霊と契約していれば、真の力を解放することができます。


 さっそく、僕はグレート・ゴーレムを育てまくった。

 100体近く融合させた。

 2回進化させて、真の力も解放させた。


 けれども、無数の精霊の加護を受けたサクラハルほどの力は持たなかった。

 SRのくせに、すごく弱かった。


 最初は強いんだけど、すぐに成長が頭打ちになる。

 強化バフがすごく効きづらいみたいだった。


 そういえば、召喚の声に応じてくれやすいのは、召喚の対価を必要としている、弱い勇者なのだ。


 グレート・ゴーレムを中心に、惑星ドドナンテの勇者のレパートリーを増やしていきたかったのだけれど、召喚コストが異様に高いくせに弱い勇者しかいない、いわゆる沼とか地雷源とか言われる惑星だというのを小耳にはさんで、やめることにした。


 ボタンタニは、別れるように進言してきたけれど、せっかく育てたので、グレート・ゴーレムはツバキサラと一緒に家の手伝いをさせる事にした。

 僕の勇者探しは、けっきょく振り出しに戻ってしまった。


「いっそ、僕自身が召喚師として、前線に立って戦えないだろうか? 魔法使いみたいに」


 などと、考えた。


 問題は今の僕に出来るんだろうか、ということだけど、光と水の魂が見分けられれば、雷雲や豪雨の形を探して、狙って召喚できるかもしれない。


 ツバキサラは賛成してくれた。


「いいお考えです。アルンの伝説の召喚師は、嵐や雷などの自然物を召喚して戦っていたと言いますから」


 けれど、ボタンタニは、それに対して待ったをかけた。


「マツヒサ殿、召喚魔法は戦闘には向きませぬ。嵐や雷を召喚するのならば、『魔法使い』という専門家が既におります」


「やっぱり、召喚魔法と違うのかな?」


「さようにござりまする。マツヒサ殿がいつも使われておいでの星7召喚の魔力があれば、『魔法使い』なら嵐や雷を呼ぶどころか、街ひとつ消し飛ばしております」


「そんなに無駄遣いしてるんだ……召喚魔法って……」


 僕がゆいいつ召喚できるのは、星7世界の自然物だけど、やっぱりコストが高すぎるらしい。


 星7世界の『魔法使い』は、火を召喚したければ火の精霊を通して力を借り、専用の火の世界から召喚するといった具合に、最もダメージ効率のいい魔力の運用方法を整理していた。


 精霊ならば、少ない魔力で無限の力が引き出せるのだ。


 星6勇者ならば、召喚魔法と比べてもダメージの増強に、成果の安定性に、習得の容易さまで考えた、もっと高度な魔術体系を編み出しているらしい。


 いまさら召喚師が魔法の専門家と同じことをしようとしたところで、足元にも及ばない。


「召喚師の戦いは、それではございませぬ。大量の『魔法使い』を召喚して、『魔法使い』の軍団を結成する事が、召喚師の戦いなのだと愚考いたします」


「『魔法使い』かぁ……『邪神』が引ければいいんだけどなぁ」


 ケットシーに聞くと、じつは魔法使いが崇拝する『邪神』と契約を結べば、魔法使いの魂を見分け、より効率よく召喚することができるらしい。


 さらに戦士の魂を司る『戦神』、武器や防具の魂を司る『鍛冶神』、精霊たちの魂を司る『精霊神』。


 召喚師が引き当てて喜ぶべきなのは、こういった精霊なのである。

 必要な戦力を必要なだけ召喚できるようになってこそ、本当の召喚師の戦いがはじまるのだ。


「ちなみに、そういった知り合いいないの? おんなじ精霊なんでしょ?」

 

 精霊たちに聞いてみたけれど、ふるふる、と揃って首をふった。

 下唇を突き出して、わざとしょぼくれた顔をしてみせると、精霊たちも眉根を寄せて下唇を突き出して、子供みたいなしょぼくれた顔をかえした。

 かわいかった。

 僕はカウンターにつっぷした。


 そんな折、何者かがそっと僕の肩に手を置いた。

 アツシだった。


「よう、どうしたのマツヒサ。しょぼくれた顔してるじゃないか」


「アツシ……なんでこんなところにいるの?」


「まあ、奇遇って奴だろ? この広い世界でばったり会うなんて、神様はきっとBL展開をこよなく愛している女神さまだな、そうは思わないか?」


「なにそれ、よくわからないんだけど」


 お互いにこの世界に召喚されて1年も経っていない、新米勇者だ。

 行動範囲はどうしても召喚ゲートに近いところが中心になってくるので、こうしてばったり出くわすのも、そう珍しいことではない。


「星1世界に戻ってこないと、お酒は飲めないからな」


「やっぱ、どの世界に行っても未成年はお酒飲んじゃダメなんだ、不思議だな」


「それを言ったら、地球でもアメリカにヨーロッパにインドに、世界中で未成年はお酒飲んじゃダメって法律があるんだぜ。きっと真理か何かなんだよ」


「インドもあるんだ?」


「たしか、ワインで18歳以上、ビールで21歳以上、それ以外の焼酎とか日本酒は25歳以上って知り合いのインド人が言ってたの聞いたことがある」


 きっと、お酒を飲みたくなるぐらい、嫌なことがあったんだろう。

 同期として、言わなければならない事はたくさんあった。

 僕はまず頭を下げた。


「……ごめん」


「なんだ?」


「みんなが前線で苦しい思いをしているのに、僕はまだ前線で戦ってすらいない」


「なんだよ、そんなくだらない事で悩んでどうするんだ? みんな就職してお前ひとりだけ大学に進学するみたいなもんだろ。気にする方がおかしい」


「そういう考えは初めて聞いた……」


「そういうのは人それぞれ、生き方の違いじゃないのか。勇者たちも全員が戦いでレベルあがる訳じゃないから、職人系だったら何日間もこもりっぱなしで、前線にはたまにしか出ない奴とかいるよ。聞いたよ、まだ召喚師の勉強してるんだって?」


「誰から聞いたんだ?」


「サクラちゃん。つーか、お前のサクラちゃん、かなり強いからさ、いつも助かってるんだぜ。今度はいつ来てくれるの?」


 アツシから期待を寄せられて、僕は、口つぐんだ。

 サクラハルは、あれから僕の所に戻っていない。


 これからは、どうにかしてサクラハル抜きで生きて行かなければならないと、試行錯誤しているところだ。


「……他のジョブって、どんな感じなの?」


「なに、お前、召喚師やめるの?」


「いや、聞いてみたいだけ」


「どのジョブもそれなりに苦労はあるよ」


 召喚師のために、悪の召喚師マイコフと戦っている勇者たち。

 けれども、4時間のメインクエスト『終末ゴーレム戦』に参加しさえすれば、あとの時間はかなり自由に過ごせる、という事だった。


 あとの時間は、勇者ギルドに集まってくる色んなクエストをこなしてお金を稼いだり、好きな事をして過ごすことができる。


 カジノで遊んで破産したやつ、ミニゲームに熱中してミニゲームを極めたやつ、未知の惑星を冒険しているやつ、僕達の同期にも色んな奴がいる。


 それは、召喚師にはできない、贅沢で自由な生き方だった。


「俺はもう1回メインクエストに挑戦してる」


「えっ、なんで?」


「メインクエストはいちばん稼ぎがいいんだよ。1日2回が上限だけど」


 お金を稼がなければレベルが上がらない職業を選んだアツシは、どうやったら最も効率よくお金を稼げるか、でしかこの世界を見ていなかった。


「それに召喚師になったら、『召喚の対価』なんて工面しなきゃならないんだろ? あれ、面倒くさそうだよなぁ。大召喚師さまは、魔法みたいにぱぱっとやってくれたけど、あれってお前もできるの?」


「できないから、勉強してレベルあげてたんだ。というか、大召喚師さまはだいぶん自己流みたいでさ。……大召喚師様みたいに、自力でできるのなら、こういうのやりましたよって事後報告だけで済むけど、僕みたいな新人は、連盟にお願いして代わりにやってもらってるよ」


「えっ、割と簡単そうじゃん?」


「うん。お金はがっつり取られるから、自力でやらなきゃ足りなくなるみたいだけど。あと、レシピもコンサルに任せれば適当なのを作ってくれるんだけど、そいつらが本当に適当すぎてダメでさ……」


 自力で叶えるにしても、人に任せるにしても、どのみち大量の召喚ポイントが必要になってくる。


 僕がお金を手に入れる手段は、サクラハルが勇者として稼いでくる召喚ポイントに、召喚した異世界アイテムを売却して手に入れる召喚ポイントのみ。


 サクラハルが家から出ていった今は、もう後者しか残っていない。

 家具を売った時は、たまたま運が良かったけれど、異世界アイテムの相場は大きく変動するので、いずれ破産してしまいそうだ。


「……じつは、サクラと勇者契約を交わしてから、もうすぐ半年なんだ」


「早いなー、もうそんなに時間経ってるのか。じゃあ、そろそろ願いを叶えなきゃならないの?」


「彼女の願いを叶える方法はなんとなく分かりかけてきて、魔法のレシピを提出するのはなんとか間に合いそうなんだけど。……けれど、計算して出てきた必要な魔力がすごい事になってて、まだ全然、召喚ポイントが足りていない。しかも僕は勇者だから、銀行も召喚ポイントを貸してくれないんだ、いずれ元の世界に戻るかもしれないから」


「ダメじゃん。えっ、それって間に合わなかったらどうなるの?」


「サクラは、僕の勇者じゃなくなって、別の召喚師に預けられることになる。それだけ」


 そこで、サクラハルが元の世界に強制帰還させられる、ということにはならないのが唯一の救いだった。

 戦争中のアルンに無理やり戻されるなんて、そんな血も涙もないことになっては、困る。


 サクラハルは勇者ではなくなってしまう。

 だけど、別の召喚師がサクラハルを勇者として再契約してくれるのなら、サクラハルもベテラン召喚師の元で、勇者として本来の力を存分に発揮できるはずだ。


 僕もサクラハルを重荷に感じることなく、仕切り直して成長できる。

 割とその方が、サクラハルにとっては幸福なことなのかもしれない、僕はそう考えはじめていた。


「マツヒサ、もし召喚師やめるんだったらさ、剣士か魔法使いになれよ。剣士だったら俺が剣をいくらでも作ってやれるし、魔法使いだったらミミコが捨てるのもったいないとかいって、要らない魔術素材いっぱいダブつかせてんだよ。……いや、ここはむしろ魔法使いになって、お前があいつを引っ張ってやれよ! それいいじゃん、お前ら2人が学校でどんな最強カップルだったか、異世界の連中にも見せつけてやれよ!」


「いや、それはミミコに悪いから遠慮しとくよ……うーん、どうしてミミコの気持ちが伝わらないんだろうなぁ、アツシは」


「……うーん、どうしてミミコの気持ちが伝わんないかなぁ、マツヒサは」


「じゃあ、剣士で」


「おう、この世に1本しかないオーダーメイドを作ってやる。1本1万SPでいいよ」


「たっか。なにそれ、ぼったくるの?」


「いいじゃん、幼馴染みのよしみだ。あ、そうだ」


 将来の事を話し合っているうちに、アツシは急になにか閃いたらしい。

 うんうん、としきりに頷いて、それから僕の肩をばしん、と叩いた。


「いい方法があったぞ!」


「いい方法って?」


「召喚ポイントを短期間で倍増できる方法だよ!」


 さすが、お金をいかに設けるかという目線でこの世界を見ているアツシだ。

 僕にはまったく思いつきもしなかった、画期的なアイデアを出してくれた。


「もし、お前が剣士か魔法使いになったらさ、お前もメインクエストに参加しろよ。そして終末ゴーレムを、ぶっ倒すんだ!」


「た……たお……す? 何を?」


「終末ゴーレムだ!」


 アツシは、自信たっぷりに頷いた。

 顔には全然でていないが、こいつ酔っぱらってきたんじゃないか、と僕は考えた。


 メインクエストでは、勇者の貢献度に応じて様々な報酬が用意されている。

 特にクリア条件のボスを倒した勇者には、通常の2万倍もの報奨が与えられることになっているという。


「なんと、2億5000万召喚ポイントだ! 家だって服だって買ってやれるから、それでサクラちゃんのご機嫌をとってやるんだ! そうしたら他の召喚師に取られちゃったサクラちゃんも『まあ、やっぱりマツヒサがいいわ、もう一度抱いて』ってなるだろ! これしかない!」


「アツシ、ひょっとして僕の話きいてないよね?」


 アツシはそのまま立ち上がって歌いだした。

 明らかに酔っぱらっている、テンションもおかしい。


「やる前から諦めるな、お前はまだ全力を出し切っていない、そうだろう! 俺たちもダメージなんて基本0で、全然与えられていないようなもんだからな! わははは!」


 絶望がいや増してしまった。

 メインの戦力だったサクラハルでも、1000回以上突撃して総ダメージが2という状況なのに、いったいどうやって僕なんかにゴーレムを倒せと言うのだろうか。


 残された3人の精霊たちが、机の上でぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。

 アツシは妙に子供受けがいい。


 せめて、この精霊たちがもっといいものの魂を司ってくれていたら……。


「…………」


 陽気にはしゃぐ精霊たちの姿をみた瞬間、僕の中で何かがはじける音がした。


 そうだ……ひょっとして僕はまだ、自分の全力を出し切っていないんじゃないか?

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