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召喚師さまの勇者の勇者  作者: 桜山うす(J.I.A)
第一章 もしも勇者が勇者を召喚したら
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悪の召喚師

 僕たち56名の高校生勇者は、冷蔵庫で静かに時を待つ卵パックみたいに体育座りで並んで、漆喰の壁に映し出されるビデオを見ていた。


 聞くところによると、僕たち勇者がこの世界に召喚された理由を解説するために、召喚師連盟が制作したドキュメンタリー番組らしい。


 わざわざ番組制作のプロを異世界から召喚したらしく、役者のレアリティもHRクラスが次々と出てきて、交通安全の啓発ビデオみたいにクオリティがたかかった。


 僕らの間には、冷凍食品ばかり食べている子供の息のにおい、新しい鎧と剣のかちゃかちゃいう音や、革の服の独特のにおいが充満していた。


 みな大召喚師アレクサが僕たちのために召喚してくれた装備一式で、どれも高度な異世界テクノロジーの塊で出来ている。

 未来の技術で中世ファンタジーのコスプレを作ってみました、しかも全力で、みたいな、そんな感じ。


「ガチャは宇宙だ」


 ビデオに現れたその男、悪の召喚師マイコフは言った。

 屈強な戦士職を選んだ生徒がびくっと震えたほど凶悪な目つきの男だった。

 黒いレザージャケットが似合っていて、髪型はツーブロック。

 金髪の頭頂部に、サイドは白髪。


 人道を外れた方法により、常識では考えられないほど強大な魔力を内包した彼は、その身にまとう空間が安定していない。

 歩くとときおり古いビデオ映像のようにちらちらと像がブレる。

 これはビデオが悪いのではない、空間そのものがゆがんでいるのだ。


 彼が全世界に向けて発信したという犯行声明ビデオの映像の中で、マイコフはオーケストラを見渡せる指揮台に立っていて、彼がタクトをふるうと、オーケストラが一斉に勇猛なワーグナーを奏でた。


「お前たちはこう思ったことはないか! いったいなぜ、自分がこの世界にいるのかと!」


 凄まじい大音量に、びりびりと壁が響いていた。

 マイコフはタクトを振りながら、年の割にかなりしわがれた不気味な声で言った。


「あいにく俺様は運命論には否定的な立場で、そこには確率の問題しかないと考えている。世界がこの俺様を引き当て、俺様がこの世界を引き当てた。……そう、そいつは、確率0・03パーセントのプレミア付きレジェンドをノーマルガチャで引き当てるよりも稀な、まさに奇跡のめぐりあわせだ!」


 マイコフが指揮者台からあっさり離れても、オーケストラの演奏はまだ続いていた。

 どうやら彼が演奏を指揮しているのではない。

 召喚によってどこかのコンサート会場の『空気の振動』と『可視光』を呼び寄せているのだ。


『空気の振動』を召喚すれば、音を。

『可視光』を召喚すれば、映像を映し出すことができる。


 それは召喚を極めたもののみに許された、最先端の召喚技術だった。


 像がバチバチとブレるマイコフが奏者の間を我が物顔で歩いていくと、さらにオーケストラのメンバーは、マイコフの自由な編集によって、次々と入れ替わっていく。

 ティンパニ、マラカス、コーラス、ギタリスト、そのぐちゃぐちゃな召喚のコラージュによって、まったく新しい音楽を生み出そうとしていた。


 この混沌こそが、召喚魔法の真髄だといわんばかりに。

 この音楽だけで、こいつの召喚師としてのレベルが桁外れであることを理解するには十分だった。


「だが、俺様は偶然引き当てた最初の世界で納得などしていない! お前たちが生まれた時から享受しているこの世界は、結局のところ無料ガチャの1発目でたまたま引き当てた運の賜物に過ぎない! お前たちはそれを後生大事にしている哀れな無課金ユーザーどもだ……!」


「……こいつ、さっきから何の話をしているんだ?」


 しかし、言っていることは訳がわからなかった。

 せめてガチャ以外のたとえを使ってほしい。


「諸君、本当にその世界に満足しているのか? その家族でいいのか? その社会でほんとうに死ぬまで生きていくのか? 本当はこうあるべき、という己の理想を、胸の中に抱いていながらも、諦めていることはないのか、『しょせんは無課金だから』と……。

 リセマラをしろなんて言ってねぇ、つまり、いったい何が言いたいかというと、お前ら俺に課金しろ!」


 画面の下、マイコフの胸辺りに、蔦が這うような複雑な呪文が表示された。

 眉根をよせて視線を合わせてみると、どうやら召喚言語というこの世界の公共語を使っているらしい。


「地球では銀行の口座番号に相当する呪文です」


 という詳細が出てきた。


「現在、この口座は凍結されています」


 どうやら、悪の召喚師は活動資金を集めるために、この犯行予告を世界中に流していたらしい。

 うっかりこの呪文を唱えた召喚師は、マイコフの口座に召喚魔力をごっそり吸い取られてしまう、というカラクリだった。


「めちゃくちゃ怪しい」「いったい誰が振り込むの、こんなの」


 僕もそう思ったけれど、横に表示されている「現在の課金者合計」という数字がどんどん膨れあがっていくところを見ると、当時のイージーワールドには振り込んでしまった困った人達が大勢いたみたいだ。


 いや、こんなの絶対振り込んじゃダメだって。

 なんで振り込んじゃうの。


「かつて、召喚総督にまで上り詰めた俺様の経験則から言わせてもらえば……成功する方法はたったひとつ、当たりが出るまで引きつづけることだ!」


 調子に乗ったマイコフは詐欺の王道、成功法則まで語りはじめた。


「異世界召喚とは、本来そういう力だったはずだ。どんなクズ勇者を引き当てるか誰にも予想はつかない。それでも国家の威信をかけて行った、玉砕覚悟の大ばくち。

 そうして星の数ほどの勇者たちがこの世界に召喚され、常識では計り知れない圧倒的な能力を発揮し、神とさえ対話し、異世界改革をこの世界にもたらした。

 勇敢な勇者と、それにもまして危険を顧みぬ勇敢な召喚の数々によって、この召喚世界はここまで発展してきたのだ。

 古き良きその時代、召喚によって得られる恩恵の可能性は、まさに無限大だった。ところが……おっと、魔力が足りなくなってきたな。続きが聞きたければ、俺に課金しろ!」


 いいところで画面がふっと薄暗くなると、マイコフの口座番号(やはり凍結されている)が次々と画面に浮かび上がって、課金をせがんだ。

 しつこい。

 課金の勢いが再びあがって、画面の明るさはもとにもどった。

 どうしてみんな騙されるんだろう。


「ところが、そうして発達したすばらしき召喚世界の頂点に立った召喚師連盟は、召喚の可能性を制限するただの検閲機関に成り下がっちまった。

 連中は次々と余計な召喚のルールを勝手に生み出した。『召喚の対価』の義務化に、召喚した勇者の最低限の生活を保障する『勇者保護制度』、さらに最強の異世界『星8世界ワールドエンドからの勇者召喚の禁止』。

 これらは強い勇者を召喚師が維持することを困難にし、弱い勇者の召喚が促進されるルールだ。連中はこれによって勇者の際限ない弱体化という悲劇を招いた。

 俺は連中の無能さに失望した。そして同時に、こいつらを打ち滅ぼさなければ、召喚世界はいずれ行き詰まるであろうことに気付いたのだ」


 マイコフは、ばばっとマントを翻した。


「さあ、全世界の召喚師よ、俺に課金しろ。そして俺について来い。時代がこの俺を引き当て、お前たちはこの時代を引き当てたのだ……! その幸運を、いまこそ享受させてやる……!」


 そこで、犯行声明ビデオは終わった。

 僕たちは、一斉に肩の荷がおりたみたいに息をついた。長かった。

 アレクサはビデオを止めて、僕たちに直接話しかけた。


「今のが私たちの敵、悪の召喚師マイコフが私たちに送ってきた犯行声明です。さあ、何か質問はある?」


 アレクサは、相変わらず優しいおかーさんっぽい表情で僕たち56人の勇者をにこにこ見渡していた。

 ビデオはまだ続いていたみたいだけれども、型にはまらないのがアレクサのやり方なのだろう。


 真剣に聞いているのは半数の生徒だけで、あとはビデオの途中から居眠りをしたり、気分が悪くなってトイレに行ったり、部屋に閉じこもったきり出てこなくなった僕の勇者サクラハルをなんとかなだめようと、僕の代わりに交渉してくれていたりで、この56人で本当に大丈夫なんだろうか、と僕は心配せざるをえなかった。


「よくわかんなかったけど、要するに、俺たちはこのマイコフをぶっ飛ばせばいいわけね?」


 僕の友人のアツシが手を上げた。

 小中高と一緒になった幼馴染だ。

 どちらかというと西洋人っぽい顔立ちをしていた彼だが、中世ファンタジーに出てきそうなバスタードソードと青銅の鎧を身につけると、さらにそれっぽさが増した。

 似合いすぎている。女の子にもてそうだ。


「エクセレント。私たち召喚師連盟が目指しているゴールは、おおむねそういうところよ」


 アレクサは、満足げに言った。


「けれども、貴方たちにそこまで大変なことは頼まないわ。マイコフが呼び散らかした災厄は、ここに記されているすべての異世界に及んでいて、解決まで何万年もかかるといわれているの……あなた達には、このうちの一つ、第三世界のとある惑星を取り戻す作戦に参加してもらうことになるわ」


 女神アレクサは、プロジェクターも使わずに壁に大きな図を映し出した。

 マイコフが使っているのと似たような『可視光召喚』の魔法だろう。


 召喚世界では、無数にある異世界は、召喚のしやすさによっておおむね8つに区分されていた。


 もっとも召喚のしやすい星1世界(イージーワールド)から、もっとも広い星2世界(ビッグワールド)、もっとも熱い星3世界(灼天)、なにもかもが平均値な星4世界(ミッドガル)、地球はこの世界の惑星のひとつだ。

 地球よりも、召喚のしにくい世界がつづく。

 簡単な魔法が存在する星5世界(レジェンドスカイ)、高度な魔法が存在する星6世界(アカシック)、魔法秩序を保つ精霊が存在する星7世界(魔法世界)、そしてなにもかも最強で最も召喚が困難な星8世界(ワールドエンド)。


 それらを繋ぐ中間世界の『第九天(ナインスヘヴン)』を含め、すべての世界をひっくるめて、召喚師は『九天』と呼ぶ。


 ……しかし、そんな複雑な世界の設定を聞いている生徒は、やはりごく少数なのだった。


 僕もあまり暗記が得意な方ではないから、その度にステータスのお世話になりそうだ。


「私たちがいるのは星1世界、もっとも柔らかい宇宙、イージーワールドよ。ここで召喚魔法を使えば、あらゆる異世界からあらゆる物を召喚することができる。まさに召喚師の理想郷なの。この理想郷の覇権をめぐって、召喚師連盟は悪の召喚師マイコフと日々戦っているの……ここまで分かってもらえるかしら?」


「分かったけど、私たちに戦いなんてできるの?」


「大丈夫、そのために有り余る異世界の資材を駆使してなんとかするのが私たち召喚師のお仕事よ。当面は戦闘経験を積むための簡単なクエストを私が用意しているから。じゃあ、ここからは質問タイムにしましょうか。なにかあったら遠慮なく言ってね?」


 サクラハルの閉じこもった部屋から、飾り気のない黒髪の女子生徒が出てきた。

 高天原いのり、通称いのりん。

 唯一のおしゃれポイントと言えば、腕に風紀委員の腕章をつけているぐらい。

 まだアレクサから装備も受け取っていなかったので、鹿にひっぱられてよれた学生服に身を包んでいた。

 身を挺して他の生徒たちを鹿から守っていたのだ、僕たちの中で一番勇者っぽい女の子だった。

 彼女は僕にものすごくきつい目つきを送った。


「とりあえずあなたと話してもらうように、話はつけておいたわ……で」


 なにか僕にひとこと言いかけて、僕の着ている召喚師のローブを上から下までじっくりと眺めている。

 とたんに校則違反をとがめる委員長の顔になった。


「なに、そのサイケデリックな服」


「あ、ありがとう……大召喚師さまがみんなに装備くれてるから、いのりんも……」


「装備? 私も着替えなきゃダメなの?」


「着替えないと制服汚れちゃうよ?」


 修学旅行でこのありさまだったら、たぶん着替えておいた方がいいだろう。

 いのりんは、ふんっと言って、僕の胸をびしっと指さした。


「つーか、どうして私があんたの為にあんたの勇者と話しをつけなきゃなんないのよ? 召喚師になりたいって言ったの、あんたでしょう?」


「いや、さすがにあれは無理だって……」


「呼び出すだけ呼び出しといて、まともにネゴシエーションもできないなんて、あんたそんなんでこの先どうやってやっていくつもりなの? 将来不安しかないんだけど。私はもー金輪際関わらないから。もー次はないからね?」


 などと言いながら、みんなのところに戻っていった。

 まあ、確かにそうだ。

 これから勇者と召喚師として、長い付き合いをしなくちゃならないんだろうし。

 こんな風に、話し合うだけでいちいち仲間に頼ってはいられない。


 僕も大召喚師さまから詳しい説明を受けなければならないんだろうけれど、自分が召喚した勇者をこのままほったらかしにしておくのは、もっとまずい気がした。


 ドアを開くと、一回り小さな部屋のソファに腰かけている美少女がいた。

 くすんだ金髪、ピンク色にほんのり上気した膝がしら、見れば見るほど綺麗だった。


 思わず、心臓がどきん、と鳴った。

 僕なんかが話しかけていい対象じゃないんじゃなかろうか、ひょっとして画面に映っている2次元の女の子なんかじゃないのか、なんて気おくれしてしまった。


「あの……」


「入れ」


 本来は不敬罪だが、異世界までは法も届かないので仕方ない、と割り切った風な、苦り切った口調だった。

 さっきまで、ここが異世界だという事さえ疑っていたような態度だったことを考えれば、素晴らしい進歩だった。


 交渉してくれた委員長には、感謝せねばなるまい。

 本来それは、僕の仕事なんだ。

 僕は、こそこそと向かいのソファに腰かけて、小さくなって、とりあえず頭をさげた。

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