召喚師にとっての勇者の世界の話
大召喚師アレクサの屋敷のお風呂は、とてつもなく広い。
床も天井も大理石でできていて、いちどに数十人の勇者が入ることがあるというが、あながち冗談でもなさそうだった。
「もう何回目のガチャか分からないけど、この大浴場を引き当てて以来、ずっと同じものを使っているのよ。お気に入りなの」
長い髪を頭上でまとめ、お湯に腰まで浸かっていた大召喚師アレクサは、サクラハルの長い髪をブラシで梳いてあげていた。
サクラハルの髪は、まるで髪の形をした炎や光のようにサラサラだった。
サクラハルは、身分の高い人との裸の付き合いに慣れないのか、湯船に体を沈めて体を隠し、妙に緊張していた。
「す、すまない、やはり、こういう事は、大召喚師さまにさせるべきではない……」
「なに恥ずかしがってるのよ。召喚師にとって、勇者はみんな自分の子供みたいなものだから。私にとっては、サクラちゃんは孫みたいなものよ」
「うぅ、そういうものなのか……?」
「そう。自分がこの世界に呼んで、思い通りに育ってくれなくて、けど自分がいなきゃ生きていけない。
私は召喚師をやって長いから、いろんな召喚師がいて意見が食い違うのもわかるし、マツヒサが最初の勇者を大事にしたがっている気持ちも、もちろんよく分かるわ。
召喚師にとって、最初に引き当てた勇者はね、その人の生涯にわたって特別な意味を持つんですって」
「そ、そうか……最初はみんな、そういうものなのか?」
大召喚師アレクサは、声を潜めてサクラハルに耳打ちするように言った。
「これはジンクスみたいなものだけど、あながち間違ってもいないみたい。私の最初の勇者も、それからの私の人生に大きな影響を与えてくれたから」
「どんな勇者だったのだ?」
「いま、貴方たちが戦っている悪の召喚師マイコフっているでしょ? あいつが私の最初の勇者だったのよ」
サクラハルにとっては、まったく予想外の事だった。
おどろいて、アレクサの方に振り返っていた。
「……つまり、あなたは」
アレクサは、いつも通りに微笑んでいる。
この召喚師は、ときおりびっくりするような事を平気で口にしてのけるのだ。
「……あなたは、自分の呼び出した『最初の勇者』と戦うために、新しい勇者を召喚しているということか?」
「そういう事ね。私が召喚総督の1人になった理由みたいなものかしら? 最初の勇者がマイコフじゃなかったら、私ももっと違った人生を送っていたかしらね」
本当に、とらえどころのない人物だった。
優しい笑顔をした彼女は、その奥にいったいどんな経験をしてきたのか。
今の戦争が優しく感じられる召喚戦争とは、いったいどんな戦争だったのか。
戦火を経験したサクラハルにも、彼女の深い闇は理解しがたかった。
まるで底が知れない。
アレクサは、おとぎ話をするように、大昔の事を語って聞かせた。
「私が召喚師になったのはね、召喚戦争の真っただ中、召喚師同士の戦争がいよいよ佳境に入った頃だったの。質より量の戦略が主流になって、とにかく『大量の勇者』を召喚する必要が出てきた。
そのためには、召喚師も大量に必要ということになって、弱小召喚師でも異世界召喚がつかえるように、今の召喚チケットみたいな制度が生まれたのよ。戦争っていろんなインフラを発達させるものらしいわ。
当時、魔法大学の研修生だった私もいきなり召喚師に抜擢されちゃった1人でね。右も左も分からなかったけど、とりあえずやってみた最初の召喚で、とある世界から最悪の勇者を召喚したの。それがマイコフ。
召喚されたばっかりなのに自信満々で嫌なやつでね、私たちが少しでも多くの召喚師を必要としている現状を知ったとたん、『自分も召喚師にしろ。1ヶ月でお前らの1000倍の成果を出して見せる』って言ってきた。腹が立つと思わない?」
「マツヒサも、そんな感じだったのか?」
「マツヒサの時の何倍も苦労したわ。
当時の私は精霊と契約してなかったから、星7精霊を呼んでぱぱっと願いを叶えてあげるなんてできなかったのよ。
一生懸命がんばって勉強して、召喚師のレベルを上げて、願い通りあいつを召喚師にしてやったんだけど、マイコフが最初に引いたのが、なんと闇の女神ヘルだったの。
星8女神のUよ。まったく、どうしてみんな簡単にしょっぱなからレアばっかり引き当てるのかしら? 私なんかあんなクズ男を引いたのにねぇ」
「そんなにひどい勇者だったのか……」
「あなたも見たでしょ、犯行声明のビデオの通りよ。いつも自信たっぷりでね、自分の事しか考えていない、最低な奴なの。けれど、あいつは召喚師として必要なすべてを兼ね備えていた。
言葉の通り、1ヶ月であいつの勇者パーティは他の召喚師の成果を1000倍上回った。いまの召喚師連盟の成立にも大きく貢献して、私と一緒に召喚総督にまでのしあがった。
けれど、最初に闇の女神と契約を結んだせいで、他の属性の精霊がぜんぜん寄り付いてくれなくなっちゃってね。サクラちゃんは、こういう精霊の問題に詳しいでしょう?」
「ああ……神クラスの精霊は、みな自分の属性のテリトリーを持っているものだからな。他の属性の精霊がテリトリーに入ると弱体化してしまうから、意識してお互いに近寄らなくなるのだ」
「そう。それで、パーティがみんな闇の女神の関係者みたいに偏っちゃって、自分の勇者パーティなのに、ヘラちゃんに乗っ取られそうになったのよ。さすがに女神ともなると、召喚師の召喚ラミネートとかなくても平気で生きていけるから、こっちの言う事きかせる方法がないのよね」
「なるほど、最初に強すぎる勇者を引いても、問題はあるのだな……」
「で、けっきょくマイコフは私のところに『なんとかしてくれ』って泣きついてきたわけよ。私ってば男に甘えたい方なのに、甘えたい男が寄ってくるタイプなのよなんでかしらね?」
「けっきょく、どうなったのだ?」
「私は、女神との契約を解除しちゃえば? って薦めたわ。だって、もう一度引き直すだけだもの。これから召喚師としての長い人生、何度でも新しい勇者を召喚するんだから。
けれど、マイコフったら、『あんな超レアなんて何億つぎこんでも二度と引ける気がしないから、契約を切るぐらいなら俺が死ぬー』って死にそうな顔して言うのよ。まあ、あいつの初めてだから、入れ込むのは仕方ないかもしれないわね」
「そうしたら……本当にもう一度引けるのか?」
「ん-、どっちとも言えない。じつは、精霊が召喚されるかどうかは、精霊の気分次第なところあるの。けれど普通は、一度契約を結んだ精霊は、同じ召喚師の呼びかけに、割と応じてくれるのよ。
そういうことも説明したんだけど、『あのヘルちゃんに限ってそんなことねーって俺の事なんて虫けら以下のごみクズみたいに見てるからぜったい切って二度と来てくれねーって』って、おいおい泣きはじめちゃった。あははは」
アレクサは、思い出し笑いをして無邪気に笑っていた。
その美しい笑顔に、サクラハルは思わず見とれてしまう。
いったいどんな気持ちで、彼女はかつての自分の勇者と相争っているのか、想像もつかなかった。
「そのうち、召喚師連盟にいるのに嫌気がさしちゃったみたいでね……ふらりと消えちゃった。この私にひと言も言わずによ? しかも気が付いたら、私たちの敵になってた。そういう勇者だったの」
今は敵となった相手の事を話しているのに。
アレクサの笑顔は、まるで遠くへ行った子供の思い出を語る母親のように見えた。
ひょっとすると彼女は、まだマイコフの事を自分の勇者だと思っているのかもしれない。
いつか戻ってきてくれる事を、信じているのではないか。
「自分の勇者ってね、不思議なのよ。歪んだ育ち方をしたら、自分がなにか悪いんじゃないかって、必要以上に心配になったりするし。無事に戻ってきてくれると、それだけで勇気を与えられたりするの。
……だから、サクラちゃんが私のマツヒサに対してそういう気持ちになってくれたのは、すごく嬉しかったわ」
「けれど……実際に私は、今回の戦闘では役に立たないのだ……」
「勇者にとって大事なのは、与えられたクエストが上手くこなせるかどうか、じゃないの。どれだけ勇気を与えられるかよ?」
「勇気を?」
「そうよ。あなたは私の勇者のために、こんなに頑張ってくれてるのよ、役に立たない訳がないじゃない。
……たしかに、その召喚師カンドリューが言うみたいに、戦略のことばかり考えて、最初は安い世界から徐々に召喚を積み重ねていく事に利点はあるかもしれない。
けれど、勇者は物じゃないの、人間なのよ。それは召喚師も同じ。召喚というのは生き方なの。みんな人それぞれの生き方があるの。だから、そんなことは勇者のサクラちゃんが気にすることじゃないのよ?」
「……そういうものか」
「そういうものよ。だから、全部マツヒサに任せときなさい。あいつの選んだ道だもの、そんなもの、自分でとことんまで悩んで苦しめばいいのよ」
けっきょく、僕の自業自得、ということで話が一件落着した。
けれど、サクラハルはまだいい足りないことがあるみたいだった。
サクラハルは、浴室の天井にある照明に手をかざした。
その指先にはめているのは、トルコ石の指輪だ。
かつては、北の国の王妃のコレクションだった、という指輪。
燃える火のような赤い石を眺めて、小さく言った。
「……この指輪は、国王陛下が北征の土産にくれたものだ」
「国王陛下って、あなたのお父さんよね?」
「ああ、そうだ。父は最初の征服地となった北を旅するのが好きだった。小さい頃の私を連れて、よく北のなにもない領土を馬で旅していたものだ」
「あんまり楽しくなかったんじゃない?」
「ああ……町は戦火から復興しはじめていたけれども、私の目に映るのは、生気のない目をした人々や、戦争の隠し切れない生々しい傷跡ばかりで、みな征服者の父を恨んでいるように見えた。
私は父の膝の上で、震えてばかりいた……いまでも、その土地の料理の味は、血の味がするみたいでひと口も食べられないのだ。これはマツヒサには、言っていない事だが」
「あらやだ、マツヒサも聞いたことが無い情報をゲットしちゃった! なんだか悪い気がするわねぇ」
アレクサは、妙に嬉しそうだった。
勇者の過去の話は、本来ならば召喚師にとってまったく関係のないことだ。
なぜなら、特に話す必要もなければ、知る必要もない。
それを聞くことができるというのは、よほど親密になった証でもある。
サクラハルも、大召喚師に対しては心を開いたようだった。
「父は、東西南北の4列強を支配して、小国だったアルンを世界的な大国にのしあげた。それで終わればよかった。
父はそのまま世界大戦に参戦して、大敗してしまった。アルンが兵力を失った隙をついて南北が独立し、東西は連合と結託して、戦争は終わった。
追い詰められていく父の背中を見ながら、どうすればアルン・デュン・ミリオンを救えるのか、私はずっとそればかり考えていた。けれども、答えはでなかった。
私には何もできないし、何が出来るかさえわからない。笑えることに、けっきょく、アルンにどうなって欲しいのかさえ、わからないのだ。もとの強国に戻してもらいたくもないし、いまのような弱国のままでいるのも嫌なのだ。
馬上の父の膝の上で震えていたときと、私は何一つ変わっていない。……ひょっとすると、私はどこにもない答えを探して、そんな難題をマツヒサにぶつけてしまっているような気さえするのだ」
アレクサは、サクラハルの髪を優しくなでていた。
勇者の話を親身になって聞いてくれるアレクサのような召喚師は少ない。
げんにサクラハルの話は、アレクサにとって、これから関わり合いになる予定もない、遠い遠い異世界の話にすぎない。
サクラハルがこの世界にいるのは一時の間だけ、その後の関わりは一切なくなる。
しかも、自分が召喚した勇者ではない。契約上の義務も持たない、他人の勇者だ。
マイコフが、召喚総督にまで上り詰めることができたのも、ひとえにアレクサという献身的な召喚師の支えがあったおかげだろう。
「……すまない、大召喚師さま、私は勇者として失格だ。私には勇気がなかったのだ。……どうしても、自分の召喚師を信じて戦うことができないのだ……。
マツヒサが、どうやってアルン・デュン・ミリオンを救ってくれるのか。私には、不思議でならない。私にも、不可能だとさえ思っているのに……」
サクラハルは、膝に顔をうずめて、そう言った。
けれど、大召喚師アレクサは、自信ありげな笑みを浮かべて、彼女の背中を叩いた。
「そんな悩める勇者さまに、とある召喚師の箴言を送りましょう。『召喚に不可能はない』んですって」
と、言うのだった。
サクラハルは、しばらく首をかしげた。
「それはいったい誰の……ひょっとして、マイコフ?」
「あたり。ぽいでしょ」
アレクサは、満面の笑みを浮かべていた。
「信じなさい。私の勇者は、信じられないような奴らばかりなのよ?」




