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召喚師さまの勇者の勇者  作者: 桜山うす(J.I.A)
第三章 もしも勇者の勇者が挫けてしまったら
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勇者の帰る家

「な、なんだ……これは。どうして、こんな数のウサちゃんがいるのだ……!?」


 サクラハルは、我が家を埋め尽くさんばかりにあふれている、大量のウサギ耳たちに戸惑っていた。


「あッ、あッ! ……サクラハル、殿ッ!」


 そのうちの1匹、ミザヤカンデの軍師ボタンタニが机の上を蹴散らかしながら飛び出してきて、サクラハルの前にあわただしく正座した。


「わ、わらわら、わらわらわら!」


「わらわら?」


「わらわは、このたび、マツヒサ殿の勇者ユニットに加わることになった、ミザヤカンデのボタンタニと申す者じゃ! ボタンと呼んでくだされ!」


「……なに、マツヒサの勇者ユニットだと?」


 彼女のステータスを見たサクラハルは、この時なぜか『カチン』ときた。

 自分の知らない間に、勝手に勇者ユニットが召喚されたのが気に障ったのかもしれない。

 無性に腹が立って、つい、咎めるような口調になってしまった。


「あなたが勇者だと? ふん、あんなダンホール領の『きなこもち』が美味いだけの山奥の田舎からぽっと出た勇者に、いったい何ができるというのだ?」


「おおおお!? まさか、素でダンホール領のきなこもちをご存知だった!? なんと素晴らしいお方なのじゃ……!」


 ボタンタニはびくびく震えながらも、サクラハルを天女のように崇めていた。

 きっと無自覚に人々の尊敬を集めるのは、王女の資質だろう。


「せ、戦闘には向かぬ! けれども、碁では誰にも負けぬ! 軍師として、戦場で主殿の隣につき、軍略を精いっぱいサポートするゆえ、なにとぞ、よしなに頼むのじゃ!」


 ぺこり、と頭を下げるボタンタニ。

 長いウサギ耳が、ぺたり、とテーブルの上に投げ出された。

 それを聞いたサクラハルは、頬を張られたように固まっていた。


「マツヒサの……隣……だと……」


 サクラハルは、妙なところにショックを受けていた。

 召喚師と一緒に戦うのは、彼女の夢だった。

 ひょっとすると、自分以外の別の勇者がそのポジションを得てしまうことを、内心で恐れていたのかもしれない。


「いや待て、それ以前に、まだ軍師など必要ないのでは……?」


 落ち着いて考えれば、軍略をサポートするもなにも、軍がまだ結成されていないのだ。

 ボタンタニ以外にも、部屋には30人近くのウサギ耳がいるが、どれも軍師や学者といった職業の勇者ばかりだ。

 これだけの数の軍師を揃えたところで、勇者ユニットが揃っていなければ意味がない。


 もしくは、部隊に必要な勇者ユニットを選別するのに、軍師の意見を参考にする狙いがあるのかもしれないが。


 だが、どちらも本当の狙いではない。

 ここに彼女がいるのは、もっと別の理由からだった。


 床に散らばった資料を見やると、どうやらアルン・デュン・ミリオンに関するありとあらゆる情報が記されている。


 人ならば、王宮から市街地、片鱗の農地や山奥に住まう人の全て。

 土地ならば、水路や小道、途方もない量に及ぶ建物の配置のすべて。


 そしてそれらひとつひとつに対して、何かを試算したような紙切れが散らばっている。

 ウサギ耳たちは複雑な計算式をまとめあげて、それを懸命に書き記しているみたいだった。


「マツヒサ……お前、ひょっとして……」


 そして、アルンの全域を見渡せる、光の窓。

 それらを見て、サクラハルはようやく気づいてしまった。


「ひょっとして、お前はアルンを救済しようとしているのか……?」


「ああ……そうだ」


「そんな……これだけの事を……私のためだけに?」


 僕が頷くと、サクラハルは恥ずかしそうに、悔しさをこらえるように、ぐっと顔をゆがめた。

 召喚師マツヒサは、最初のころと全く変わっていない。

 ひたむきにサクラハルという勇者に対して、立派な『召喚師』であろうとしている。


「計画を考えてもらったんだけど、これだけの事が必要らしいんだ」


「すまん、どうやら思い違いをしていた……どうやら、それが原因だったのだ」


 そして彼女は、自分の過ちに気づいてしまえば、それを気安く許せるような勇者ではなかった。

 ぼろっと涙がこぼれた事に、サクラハル本人は気付いていないみたいだった。


「……ようやく分かった、私の……みんな、私のせいだったのか」


「サクラ、僕は本気で君の夢を叶えたいんだ。だから――」


「いい加減にしろ!」


 サクラハルは、信じがたい剣幕でどなった。

 何事にも冷静な彼女が、はじめて感情を爆発させた気がした。


「お前は私の召喚師である前に、大召喚師アレクサの勇者ではないか! お前は私の願いよりもまず、自分のすべき戦いを見ろッ!」


 そしてその言葉は、召喚師マツヒサにとって思いもよらないものだった。

 最善を尽くそうとしていた相手に一喝されて、戸惑うしかない。


「お前は、いったい何のためにこの世界に召喚されたのだ! 悪の召喚師マイコフの野望を、打ち砕くためではなかったのか! それが今は、召喚の力を使って、何をしている、ただ私の願いを叶えることしか見ていないではないか! 同じ目標のために、他の勇者や召喚師がいま前線でどんな戦いをしているか、お前は見たことがあるか!」


 サクラハルは、最前線で他の召喚師たちを見てきた。

 むろん、何の変哲もない高校生たちを立派な勇者にまで育てあげた大召喚師アレクサも、偉大なる召喚師だろう。

 だが、前線で大量の勇者を蘇生させる召喚師マリオンも。

 英霊の軍団を操り、戦いの後は自分の勇者たちと共に酒を飲みかわす召喚師カンドリューも。

 常に前線で他の勇者たちの指揮を執るスタイルを崩さないいのりん委員長も。

 皆、同じ目標に向かって、自分の召喚を使っている。

 だが、マツヒサは、違う。


「……お前は、たった1人の勇者の願いを叶えることに必死で……そのくせ、たった1人の勇者の戦いさえ、まともに見られていないではないか?」


 多少強い勇者が1人いたところで、最前線ではまったく意味がなかった。

 まともに戦果も挙げられない、たった1人の勇者のために。

 いったいどれほどの召喚ポイントを無為に使ってしまったというのか。


 消耗品のように繰り返し死に至るあの戦いを、傍で見ていて欲しかったか、と言われれば、むしろ逆だっただろう。


 ひ弱な王女サクラハルは、敵を前に怯えていた。

 勝てないと諦め、家に帰りたいと何度も思っていた。


 どちらかというと、見られたくない気持ちの方が大きい。

 けれども、マツヒサなら、彼女の強い意志を取り戻してくれる魔法のような措置をしてくれるのではないかと思っていた。


 それは、自分をこの世界に産み落とした親に対する甘えのようなものだった。

 マツヒサにそんな力が備わっているわけがない、というのは分かっている。


 けっきょく、自分が変わるしかなかった。

 足りないのは、自分の強さだ。


「……私のような使えない勇者に、いつまでもこだわり続けているから……私の願いなど、さっさと諦めないから、だから、お前はどんどんダメになっていくんだ、そうだろうマツヒサ……これでは、私の願いが叶ったところで、お前がこの世界に召喚された意味がないではないか……!」


「サクラ、僕は君を召喚したことを後悔していない……君は僕にとって、もったいないぐらい優秀な勇者だ。だから君の夢を諦めるつもりも、理由もどこにもない」


「それが間違っていると言っているのだ! お前は今の戦いを知らなすぎる、私のような勇者など、とうに時代遅れになっているのだ!」


「ど……どういう事……?」


「自分で調べるがいい、もう私を呼ぶな……お前が分からないのなら、私から出ていく!」


 サクラハルは、首から提げていた勇者カードを僕に投げつけた。

 中から二枚の『召喚ポーション』が飛び出して、固く握りしめられていたのか、潰れて歪んでいた。

 サクラハルは息を荒くして、しばらく言いよどんでいた。


「さらばだ、勇者に門限は不要だ、見送りも不要だ」


 そしてサクラハルは、ふっと僕に背中を向けた。

 僕の方を振り返ることなく、僕の家から出ていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 家出をしたといっても、ほとんど家から離れたことのないサクラハルが行ける場所なんて限られている。


 宿屋に泊まるのも相変わらず嫌がっていた。

 なので、星1世界の浮遊島ジェンヌ、大召喚師アレクサの屋敷に舞い戻っていた。


「うぇっ、大召喚師さま、すまない、私の、ひっぐ、せいでぇぇぇ、うえぇぇ」


 大召喚師アレクサによると、このとき玄関に現れたサクラハルは顔を真っ赤にして、生まれたての赤ん坊みたいにぐじゅぐじゅに泣いていたらしい。

 えんえん声をあげて泣いていたそうだ。

 そんなに泣いているサクラハルを僕は想像できなかった。


「なに? 何があったの? 勇者カードないじゃない、ひょっとして、マツヒサに変な要求された?」


「違うのだ、マツヒサが、私のせいでダメな召喚師に、なって、しまった、うぐぅ、ひっく」


「えっ、どうしてサクラちゃんが私にそれを謝るの? えっ、だって変な要求されたのよね?」


 色々と言葉の行き違いはあったものの、勇者として僕が成長できないのは自分のせいである、というサクラハルの訴えは、どうにか通じた。


 彼女の言いたいことをおおよそ理解した大召喚師アレクサは、サクラハルの柔らかな髪をなでて、汗でぬれた肩を優しくさすった。


「とりあえず、疲れたでしょ? ひさしぶりにウチのお風呂使っていきなさいよ」

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