地雷勇者
サクラハルがアツシやミミコたちと話し合っていると、酒場の奥から激しい言い争いの声が聞こえてきた。
「うるせえ、引っ込んでろ、雑魚召喚師が!」
がしゃん、と誰かが乱暴にテーブルを倒したような音がひびいて、見ると、いのりん委員長が床に腰をついていた。
「うおっ、ケンカか!?」
「だいじょーぶ!? いのりん!」
2人が立ち上がったときには、サクラハルはすでにいのりん委員長と大男の間に立っていた。
彼女の前に、戦士のような大柄な男が立っている。
「おい、何を話しているのか知らないが、そこまでにしろ」
「サクラちゃん!」
サクラハルは、思わず剣に手をかけてしまうような喧嘩っぱやい勇者ではない。
すかさずステータスを見ると、相手はどうやら召喚師のようだ。
カンドリュー
クラス 星1世界人
レアリティ SR
職業 イルソニア召喚魔法大学協会 主任召喚師
補足 特に精霊と契約を結んではいません。見かけによらず戦闘力がないので、前線で戦わないタイプの召喚師です。
星1世界人……サクラハルは、ほぞをかんだ。
彼女が下手に手を出すと、殴っただけで死んでしまう相手だ。
この召喚世界では、普通に傷害罪だ。
自分の召喚師に迷惑がかかってしまう。
「うるせえ、勇者が口をはさむな! これは召喚師同士の話し合いだ、俺はそこの召喚師に言ってるんだよ!」
「マスター、お酒を飲みすぎです」
その召喚師と一緒にいたのは、さきほど戦場で見かけた星5勇者だった。
たしか、アーサー王だ。
高校生勇者たちは、ぎょっとした。
見目麗しいアーサー王は、凛々しい目で召喚師をめっとたしなめるが、召喚師は手をひらひらと振るだけで聞いていなかった。
さらに同じテーブルには、11人の円卓の騎士も勢ぞろいしている。
この召喚師が戦場にいた記憶はないが、どうやらこのチームの召喚師らしい。
「召喚師がいなきゃまわらないようなパーティ作ってんじゃねぇ! 召喚師に遊びで前線に出てこられても迷惑なんだよ!」
「な……遊びなんかじゃない……!」
「お前の勇者のために言ってるんだ、バフ効果も回復も人一倍吸うくせに、お前をかばうばっかりで肝心の終末ゴーレムへの攻撃を1回も成功させられていねぇ! お前は自分の存在が勇者の足を引っ張ってるって自覚はねぇのかよ!」
いのりん委員長は、何か言いたげに歯噛みをしていた。
確かに、この戦場では効率の悪い戦い方だったかもしれない。
この戦場に来るまで、いのりん委員長は高校生勇者たちの中でも中心的な役割を担っていた。
常に全体を見回し、司令塔として活躍し、勇者たちの生還率が高くなったのは、間違いなく彼女のお陰だ。
そう、『生還率』は高くなった。
だが、この戦場は生還率など度外視して、モンスターに突撃してダメージを兼ねていく異常なものである。
そんな戦略に対して、慎重ないのりん委員長のチームがまともに機能するはずがなかった。
けれども、サクラハルはカンドリューに真正面から反論した。
「私の友人を侮らないでもらおう。他の勇者たちが攻撃を成功させているのは、彼女が中心となってチームを導き、生存率を高めているからだ。彼女は我々にはなくてはならない勇者だ、前線から退くなど考えられない」
「サクラちゃん、素敵……!」
いのりん委員長が、ぽっと顔を赤らめていた。
カンドリューも、サクラハルを値踏みするように見ていた。
「へー、星7勇者のSRか、すげぇ……」
その顔が、にやり、と意地汚く歪む。
「けれど、すごいのはそれだけだ。サクラちゃんの召喚師はひょっとして、君の為に、召喚コストの高い星7世界の召喚ばかりしているんじゃないか?」
「う……」
カンドリューが言った事は、図星だった。
最初に引き当てたサクラハルを触媒にして、様々なものを集めていた。
だが、すべて星7世界のものしか召喚していない。
考えれば、勇者ユニットがぜんぜん結成できない時点で、星7世界を諦めて他の世界を中心としたチーム編成に切り替えていてもよかったはずだ。
けれど、マツヒサは何故か、そうしなかった。
最初にSRのサクラハルを引いたせいだろうか。
サクラハルにつりあう勇者を仲間にしたかったからだろうか。
サクラハルは、何も言い返すことができなかった。
「おいおい、馬鹿かそいつは! 星7勇者なんて地雷だぜ!」
「じ、地雷だと?」
「ああ、地雷さ! 精霊の加護を受けた超人級はほんの一握り、あとは大して強くもないのに維持費ばっかりかかる雑魚しかいない! 星7召喚がそもそも高価すぎて、ひたすら金を食う沼だ! 普通は、まともなチームを結成する前に破産するぜ!」
召喚コストは、1つ上のランクの世界から召喚をするごとに、1桁ずつ増えていく。
星1世界は、0.001SPだが、無償で立て替えてもらえるため、実質ゼロでできる。
星2世界は、0.02SP。
星3世界は、0.3SP。
星4世界は、4SP。
星5世界は、50SP。
星6世界は、600SP。
星7世界で、7000SPだ。
星7世界の召喚を1回するために、星4世界の召喚が1000回できる計算だった。
本来ならば、それだけで破産しかねない。
マツヒサは、召喚したアイテムを売って、家を買ったこともあるのだが、そういえば、あの頃マツヒサは勇者をサクラハル以外、まったく召喚できていなかった。
それに今はキャンペーン中で、1日1回の基本召喚チケットを配布されている。
もしも普通に星7勇者を召喚できていても、それはそれでまた別の苦労があったのだろう。
「マスター、お酒を飲みすぎです」
「いいか、勇者ユニットなんて最初は弱くて当然なんだ、星2がタンク、星3がアタッカー、星4がオールラウンダーのチームでいい。とにかく弱小チームを結成して、悩みながら地道にクエストを攻略して稼ぎ続けていく。解散と再結成を繰返して、少しずつ強いチームを作り上げていくんだ、それが基本だろ! そうすりゃ見ろ、俺のアーサー王と円卓の騎士みたいに、いつか星5勇者の可愛いSRチームが結成できるんだ!」
「か、可愛いだなんて、そんな……」
アーサー王は恥じらって、もじもじ膝をすり合わせていた。
高校生勇者たちの召喚師に対する敵意が、いやおうなしに増していった。
召喚師カンドリューが得意になっていると、サクラハルは目に涙をためていた。
「……お前も私の知っている召喚師ではないのだな」
「ん? 今なにか言ったか?」
サクラハルは、すうっと深く息を吸い込んだ。
もう一度言いたかったが、本当に言いたいことはぐっと呑み込んでしまう。
相手の言った事は、恐らく正論だろうし、召喚師の事は、この世界に来て日の浅い勇者であるサクラハルにはあまりよく分からない。
なにより、自分の隣に召喚師がいないことが、急に寂しくなった。
どうして自分の隣には、召喚師がいないのだろう。
「これ以上話し合っても無駄だ。門限があるので帰らせてもらう、さらばだ」
これ以上やりあうと、涙が見られそうだった。
サクラハルは、さっと踵を返した。
「まって、サクラちゃん!」
いのりん委員長は、サクラハルの後を追った。
サクラハルは、そのままスウィングドアから出て行きそうになって、カウンター脇の勇者カード読み取り装置の前まで慌てて戻ってきた。
どうやらハンドバッグから勇者カードを探すのにもたついているらしい。
いのりん委員長が追い付いて、一緒に探してあげていた。
そこに、さらに召喚師カンドリューの声がかけられた。
「おい、雑魚召喚師! これだけは言っておくぞ、星1、星7は地雷だからな、ぜったいに使うなよ!」
「黙れ不埒もの! 地雷で悪かったな! バーカ!」
「バーカ!」
サクラハルは子供っぽい罵声を残して、酒場から出ていった。
酒場から出ていったサクラハルの後を、いのりん委員長が追ってきた。
「サクラちゃん、あんな奴の言う事を真に受けないで。しょせん星1世界人なんだから、その程度よ……というか、巻き込んじゃってごめん、私が下手に殴ったら死ぬから、手を出さなかったのよ」
星1世界人は、星4世界人のみのりん委員長よりも、遥かに弱かった。
だが、そのぶん他の者に頼るのが上手なのだ。
彼らは常に自分に足りないものを把握していて、適切な人材を呼び集め、使役するのに長じていた。
「いや、カンドリューの言う事が正しいかどうかは問題ではない。私は勇者として、大きな思い違いをしていた」
「どういう事?」
「私はずっと、貴方のように前線で一緒に戦ってくれる召喚師に憧れていたのだ。アルンに、そのようなおとぎ話があったからな。……けれど、私はマツヒサと一緒に戦えなかった。マツヒサは弱すぎて、私の足を引っ張るだけだったからだ……そうではなかったのだ、戦場に召喚師がいてくれる事ほど、勇者にとって心の支えになる物はないのだ。そのことに、今になって、ようやく気付いたのだ……」
勇者との力量差がありすぎて、召喚師が前線に出る意味がない。
その点は、カンドリューと同じだった。
けれども、カンドリューは戦闘が終わった後、自分の勇者たちと酒場で酒を飲みかわしている。
騒ぎは起こすが、自分の勇者をべた褒めして、彼らへの信頼を周りに示していた、それは紛れもない、召喚師としての資質だった。
一緒に戦えなくても、本当は、それだけでよかったのではないか。
「だが、マツヒサは一緒に酒を飲んではくれない。私が家に帰っても、勉強ばかりしているのだ。勇者の願いを適正に叶えるために。たぶん、それがマツヒサという召喚師なのだろうが……不安になるのだ、本当にこれで良かったのか。私がマツヒサの負担になってはいないか」
なにか言いたげにしていたいのりん委員長は、首をぶんぶん振って、心を鬼にした。
「サクラちゃん……もし、マツヒサの所が嫌になったら、私の勇者になる?」
「ああ、貴方の所になら、喜んで行こう」
サクラハルは、そういって精一杯微笑み返したのだった。
いのりん委員長は、彼女の首に腕を回して、抱きしめていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいま……」
なんとか門限以内に戻ってきても、その日は誰もサクラハルを出迎える者はいなかった。
いつもならニコニコしたツバキサラが真っ先に飛んでくるのだが、玄関の明かりすらついていない。
「誰もいないのか?」
「あ……王女さま!」
そのとき、ツバキサラは客人用のティーカップを出してきて、数十人分のお茶を運んでいるところだった。
納得した。
どうやら客人が来ていたらしい。
「ツバキ、なにか手伝えることはないか」
「いえっ、王女さまはリビングでお休みになっていてください! ただいまお風呂を沸かし直してまいりますので……!」
「私の事はいい、お前は客人の相手をしていろ。風呂はマツヒサに沸かさせよう、適材適所だ」
「それは良いお考え……いえ、何をおっしゃっているんです! 王女さまの身の回りの世話をするのは、ボクしかいないんですから!」
いつもはサクラハルが何か注文をすると、すでに用意しているような優秀な侍女だったが、1人でこなせる仕事には限界がある。
ここは王城とは勝手が違うのだ。
ツバキサラ以外の侍女もいない。
「そうか、いずれお前の部下たちもここに召喚してもらわねばな。……やれやれ、本当に私は大して強くないのに、金ばかりかかる勇者だ……マツヒサはどうしている?」
「書斎におります……い、今は会議中でして……」
「なに、マツヒサが会議だと? 召喚師連盟から誰か来ているのか? ネコちゃんか? それはぜひ私も顔を出さねばな」
「いいえ、ネコちゃんではありません、ウサちゃんですが……あっ、お待ちください!」
久しぶりにケットシーに癒されようとするサクラハルを、両手がふさがったツバキサラは必至に止めようとしていた。
けれども、サクラハルは彼女をスルーして、そのまま書斎のドアを開いてしまった。
ドアの正面にある壁に、プロジェクターのようにどこかの光景が映し出されている。
彼女は、そこで僕が『可視光召喚』を行って、アルンの風景を見ているのを見つけた。
前回と同様にルミナスの力を借り、光の窓を開いているのだ。
見ているのは、アルン・デュン・ミリオン王国。
その様子を隅から隅まで観察し、僕は紙にびっしり書かれた項目を、ひとつひとつチェックしていた。
「なんだマツヒサ、また無駄遣いをして……いる……のか?」
僕に声をかけようとしたサクラハルは、部屋の隅でなにかが蠢いているのを見つけた。
広いテーブルには、いつの間にか星7世界から拉致された数十名のウサギ耳の賢人たちがぴょこぴょこ群れていて、喧々諤々と激しい議論を交わしているのだった。