勇者の勇者が門限を破った日
そして、サクラハルは復活した。
そこは、いつも高校生勇者たちが復活しているという大召喚師アレクサの屋敷ではなかった。
そこら中に『強化魔法』が入り乱れて、若干暑い感覚から、まだ星3世界のどこかだとわかる。
惑星ランブルダンテのどこかに設置された小屋の真ん中に、突っ立った状態で復活したらしかった。
精霊たちが落ち着いているみたいなので、周囲に危険はなさそうだった。
おそるおそる、目を見開いて確認すると、パグみたいなチワワみたいな目の大きな子供がわらわらといて、じっとサクラハルを覗き込んでいる。
ステータスを見ると、どれも『星6勇者』と出た。
【星6勇者】
魔法技術の最も発達した世界の勇者たちです。特に『時間遡行』は、この世界の勇者にしか使いこなせないと言われる魔法で、戦場ではもっとも有効な蘇生魔法として重宝されています。
「……そうか、お前たちが『ルピナス』の裏切り者だな?」
生命の管理者、『ルピナス』の監視の目を潜り抜けて、自在に勇者を蘇生できる勇者たち。
サクラハルは、星6勇者たちの小さな手と握手をした。
どうやら、サクラハルも彼らの蘇生魔法によって復活したらしかった。
今回の作戦においては、参加している勇者が、いちいち自分の召喚師の手で復活させられるのを待つ必要はない。
現場となる惑星ランブルダンテに、蘇生魔法を担当している召喚師が常駐しているのだ。
蘇生にかかる費用も、もちろん召喚師連盟持ちとなる。
「そいつら、かわいいでしょ。私が召喚した勇者よ」
小屋の隅っこに腰かけていた、三角帽子の召喚師が言った。
召喚師というより、魔女といった雰囲気をまとっている。
ステータスを見ると、名前は召喚師マリオン。
マリオン
クラス 星1世界人
レアリティ SR
職業 ナブラ浮遊大陸連邦 第9位召喚師
補足 星6世界の『時空神クロノス』と契約を結んでおり、『時空魔法』の使い手の魂を見分けた選択召喚ができます。現在1万ユニット近くの蘇生魔法勇者と勇者契約を結んでいます。
ひと言 恋人は間に合ってます
清貧なアレクサとは正反対で、着飾った色気のある召喚師だった。
どうやら暑いので薄着になっているらしい。
サクラハルは、小屋にこの召喚師と星6勇者、そして自分しかいない事に気づいた。
「他の勇者は……?」
「先に戦場に戻ったわ。あなたの半分の時間で復活したもの。魔法が効きやすいと蘇生も早いのよね」
「あの戦場に……戻ったのか?」
みんな戦場に戻った、と聞いて、サクラハルは身震いをした。
一体なぜ、彼らはあんな怪物に立ち向かえるのだろう。
戦ったところで、絶望しかないというのに。
「……勝てるのか、本当にあの怪物に」
「なに気弱になってんの? 召喚師連盟が勝てないって判断してたら、とっくにこの惑星から退却してるって」
「では、なにか倒す秘策でもあるのか?」
「だから今みんなで殴ってるじゃない?」
「……あれのどこが秘策なのだ?」
「体力が1ずつ削れてるでしょ? 今のペースでダメージを積み重ねていけば、あと256時間で倒せる計算よ」
サクラハルは、言葉の暴力で殴られたみたいに、一瞬気が遠くなって足元がふらついた。
「に、にひゃくごじゅうろく時間……」
星6勇者が大丈夫か、という代わりに四方からヒールの光をサクラハルにかけてくれて、なんとか気を持ち直した。
勇者を延々と突撃させて、12日間かけてようやく1体を倒す、恐ろしい作戦だった。
一体、何回死ななければならないのか。
召喚師マリオンは、けらけらと笑っていた。
「あはは、終末ゴーレムなんてただ固いだけだから、割と戦いやすい方よ。昔はもっとヤバい怪物がいてさー。逃げるわ暴れるわ、おまけに火まで噴いてたんだから」
この世界では、割とスタンダードな戦い方らしい。
戦いに慣れている召喚師も、星6勇者も、なんとかサクラハルを元気づけようとしているみたいだった。
けれども、サクラハルの気分はよくならず、ずっと塞がったままだった。
そう、他の誰も知らないことだったが……これがサクラハルの初めてのロストだった。
「すまない、ロストしてしまった……マツヒサ」
自分の勇者が初めて死んだことを、召喚師マツヒサは知らない。
それが何故か歯がゆかった。
できれば、他の高校生勇者たちのように、初めて死んで目が覚めたとき、自分の召喚師がそばにいてくれたら、とサクラハルは思った。
そうすれば、自分はこの召喚師によって、この世界に召喚された勇者なのだ、と思い出すことができただろう。
今までのは悪い夢だったのだと、区切りをつけることができただろう。
そして、自分は王国を救うという崇高な目的のためにこの召喚師と契約したのだと思い出して、再び奮い立つことができただろう。
けれど、サクラハルが初めてロストした時、そこに自分の召喚師はいなかった。
彼女は、死ぬような経験などこれまでしたことはなかった。
死ねば人生はそれまで、というのが常識の世界で生まれ育ったのだ。
注射針を刺すような一瞬の恐怖と苦痛に、大事な物を無理やり奪われる感覚。
その感覚は一瞬で消え去り、まるで生まれ変わったような気分になって復活した。
この戦場では、召喚マトリクスによって、気分さえ作り替えられる。
それからサクラハルは勇者として、何度も繰り返し戦場に赴かされた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
さすがに256時間も連続で地獄を味わい続けるわけではなかった。
サクラハルたち高校生グループに割り当てられたノルマは、1日4時間。
濃密すぎる4時間であった。
適度に休息を挟まなくては、精神が病んで元に戻らなくなってしまうという。
まともな人間に続けられる戦いではないな、とサクラハルは思った。
次に招集が来たとき、応じるかどうかで悩んでしまった。
ほかのクエストをやっていた方が、性に合っている。
星3世界の勇者サポートセンターに向かうと、なぜかそこにもケットシーという名の受け付けがいた。
「お疲れ様ですにゃん♪」
と言って微笑んでくれた。
「お疲れだ」
と言って、彼女のネコミミをもふもふするのがサクラハルの日課になった。
疲れた心にネコは最高の清涼剤だ。
とても癒される。
クエスト報酬の12万召喚ポイントを勇者カードにチャージしたサクラハルは、そのままふらふらと帰路についた。
惑星ランブルダンテは、星が綺麗だったが風が砂っぽい。
今日はもう買い物をする気分ではなかった。
早く家に帰ってツバキサラのご飯を食べて、大理石のお風呂に入って、ふかふかのベッドで消耗した精神を取り戻したい。
「アルンに帰りたい……」
帰ったところで、アルンにはもうそんな平穏は残されていない。
それは分かっているのだが、ついつい故郷を懐かしんでしまう。
「いや、私はアルンの平穏を取り戻すために、勇者として戦っているのだ、なにを弱気になっている」
そんな事を呟きながら、転移ゲートへと向かう道中。
彼女は顔なじみの高校生勇者たちに呼び止められた。
「サクラちゃーん!」
「これから飲みにいかない? 行くでしょ? 行こうよぅ!」
呼びかけられて振り返ると、委員長をはじめ、すっかり顔なじみの女勇者たちがいた。
すでに帰宅モードだったサクラハルは、ぎくっとした。
「も、申し出はありがたいが、私には門限があるのだ」
「門限があるのだ。サクラちゃん尊いわぁ」
「勇者に門限なんて必要ないって、勇者に必要なのは勇気! そう、勇気さえあればいいの!」
「わ、私は未成年で……お酒も飲めないぞ?」
「だいじょうぶ、無理にお酒飲ませる奴なんていないから。いたら委員長にぶっ飛ばされるからねー」
「無理にじゃなくても、お酒はダメよ?」
そんな感じで、まともに拒否もできないまま手を引っ張られて、とある酒場の前まで来てしまうのだった。
スウィングドアを開くと、店内は明るく、巨大な異星人もやってくるため、広々とした間取りになっている。
緊張しながらも、新しい世界が広がるのはまんざらでもないサクラハルだった。
奥の方に冒険者の集団が固まってわいわい騒いでいる……と思ったら、みんな見知った顔だった。
「あれ、サクラちゃん! どうしたの?」
「うむ、みんな冒険者の風格になったのだな。一瞬ほかの集団と見分けがつかなかったぞ」
「あはは、それ、ぜったい男子に言っちゃダメよ? あいつら調子に乗るから」
アツシとミミコがぶんぶん手を振ってきたので、サクラハルはそこに座ることにした。
カウンターの隅っこの、他のメンバーとちょっと距離を置いた場所だった。
「サクラちゃん、最近どう? マツヒサの方は順調なの?」
「うむ、順調だ、なにも問題はない」
「あれ、そんなことないって顔に書いてあるよ?」
「えっ」
そんなはずはない、と慌てて顔を確認しようとするサクラハル。
アツシはツボに入ってむせた。
「あー、サクラちゃんかわいいな。せめて俺たちの前だったら好きな事ぶちまけなよ。学校は遠いけどさ、俺たち同じ勇者だろ?」
「……うむ。そ、そうだな……この世界の英雄召喚について、悩んでいた」
「ふむ、英雄召喚か」
サクラハルは、根っから真面目なタイプだった。
こういった話題は他のグループには敬遠されるのが常だったが、アツシとミミコはふんふん、と真面目に聞いてくれていた。
「私がおとぎ話で聞いていた英雄召喚と、ずいぶん違っているのだ……」
「サクラちゃんの世界の英雄召喚って、どんなの?」
「うむ。普通、英雄召喚というのは、1人の隠された力を持った英雄が呼び出されて、その者だけが持つ特異な能力で、召喚師の国を救うといった物語だったはずだが……」
「あー、それそれ、私も思った! 異世界召喚のお約束ってやつ? 『召喚の対価』ってのが一応あるけど、なんだかこの世界だとありがたみが薄いのよねー」
「うむ、その通りだ。それがあってこその異世界召喚だ」
「召喚もの好きだったら、いいの教えたげる!」
「それは助かる」
「ミミコ、サクラちゃんが言いたいのは、そういう事じゃねぇよ」
騒がしいミミコのフードを引っ張って、アツシはやけに真剣に呟いた。
「たぶん、この世界がこんなになったのは、『召喚戦争』ってのが原因だろうな」
「それなら、聞いたことがあるぞ。その戦争があったから、今では色々な召喚の決まりごとが決まったという。あまりに複雑な決まり事なので、マツヒサが頑張って勉強しているのだ」
「じゃあ、こういうのは聞いたことあるか? 『1対1の戦いが基本となる剣や槍の戦争では、兵士の質と量は等価となる。けれど、1対多数の戦いが基本となるマシンガンの戦争になると、兵士の質よりも量の方が圧倒的に重要になってしまう』……ランチェスターの法則って奴」
「ふむ……聞いたことはないな」
「平たく言うと、強い武器を使った戦争では、強い勇者が1人いるよりも、弱い勇者が大勢いた方が勝てるってこと。この世界では『召喚の対価』って名目でみんなに持たされているチート能力が、1対多数のマシンガンになるんだろう。実際に、これのお陰で俺たちは、1人につき多数の魔物を倒すことができている……きっとその技術も、『召喚戦争』で発達したんだ」
「つまり『召喚戦争』の時から、今と同じように『召喚の対価』が与えられていたということか?」
「そうだ、『召喚の対価』を戦う前から勇者に与えるの、不思議だと思ったんだ。しかも何度でも変更が可能だなんて。けれど、これで納得がいく。もともと勇者に与えていた『武器』が、どんどん進歩してチート能力になって、最終的に『願い事をなんでも叶える』って契約と一括りに与えられるようになって、今の形になったんだ。
この『召喚の対価』のお陰で、たったひとりの英雄を召喚するよりも、無名の弱者をより安く、より大量に召喚して、その代わり強力なチート能力を沢山配る『量の戦い』になったんだ。……そう考えたら、俺たち高校生ぐらいが勇者に仕立てるのは一番妥当なんじゃないかって理由は、いくらでも思いつく」
「アツシ、まるでお前の世界にも、そういう事があったかのようだな?」
「ああ……あったよ、うん。学校で習うやつ。世界史が苦手な奴でも知ってるよ、なあミミコ?」
日本では学徒動員という名で呼ばれている。
おそらく、何の変哲もないアツシたち高校生グループが召喚された、最大の理由だろう。
まだ社会人ではない彼らなら、社会から引き抜いたところで影響も少ない。
しかも従順で、体力があり、願い事もさほどコストがかからない。
彼らは必然があって、この世界に呼ばれたのだ。
ミミコは、ぼそっと呟いた。
「けれど、『量の戦い』はいずれ終わるわ……きっとこの先、サクラちゃんみたいな、強い勇者が必要とされる時代がめぐってくる……。だって第四次世界大戦は、石と棒の戦争になるんでしょう?」
「ミミコ……お前たまーに異次元に住んでるんじゃないかってくらいアホになるのなんで?」
「えっ、なにその突然のデレ。やだ、私、無自覚にアツシのツボでもついちゃった?」
「デレてもいねぇし。お前俺の右ストレートが届く位置にいなくて本当についてたな?」
サクラハルには、2人の会話の端々に出てくる単語の意味はわからなかったが、なんとなく推察できたので、そのまま意味は聞かないでおいた。
要するにサクラハルのような、召喚コストのかかるたった1人の英雄の存在は、現代の戦争には必要とされていなかったのである。
それなのに、自分が召喚されて、いままで主力として大事に育てられていたのは――つまるところ、マツヒサが、初心者だからだ。
育てるべき勇者と、そうでない勇者を見分けられない、初心者にありがちな失敗をやらかしたのだ。
いのりん委員長のように、手の届く範囲の勇者を召喚していれば。
いまごろきっと、マツヒサも前線で戦っていたに違いない。
「そうだ、マツヒサどうしてんの? 順調?」
「最近、ようやく精霊と契約した。水と光が召喚できるようになった」
「おおお、やるじゃん……けど、微妙なところ召喚できるようになったな。なんというか」
「火力がなさそう……サポート系っぽい?」
「言うな」
サクラハルは、むっとふくれっ面になった。
だが、マツヒサがサポート係というのも悪くはない、と思うサクラハル。
「召喚師としての実力もかなり上達したのだ。水は生き物を、光は道具をたくさん召喚できるようになるのだ。それに、使える勇者ユニットも増えたのだぞ?」
「へー、何人くらい?」
「私と、もう1人。ツバキサラという私の侍女だ。いままでマツヒサがやっていた私の身の回りの世話は、全部ツバキサラがしてくれるようになったのだ」
「…………」
「…………」
「マツヒサは、ツバキサラをもう10回ぐらいは召喚していてな……む、なんだ? その目は」
僕の事に関して、微妙な反応をされるとムキになるサクラハル。
恥ずかしいからやめてほしい。