ガチャ最大の謎
目を閉じて、目の前が真っ暗でなにも見えなくなると、僕はいつも召喚魔法を使う時に飛び込んでいる九天の世界を思い出す。
今でこそ、そこは光り輝く魂たちで賑わっているけれど、僕はそれ以前の真っ暗な九天の世界の事を、なぜか知っていた。
召喚師になる前、僕が勇者としてこの世界に召喚されたときの記憶が、残っているのかもしれない。
懐かしいと思うと同時に、どこか心細くなった。
暗闇の向こうから、しゅるしゅるという衣擦れの音が聞こえてきた。
僕が暗闇に『声』をかける代わりに、サクラハルの弱々しい声が、聞こえてくる。
「ま、マツヒサ……いいぞ、やってくれ」
「ああ……いくよ」
僕は、ふたたび目隠しをした状態で、召喚魔法に挑んでいた。
7万SPをつぎ込んだ、11連召喚だ。
触媒にしているのは、もちろんサクラハル。
僕の希少な勇者ユニットであるサクラハルをサポートする仲間として、アルン・デュン・ミリオンの勇敢なる兵士たちを召喚するのが目的だ。
アルンの兵士ならば、周辺諸国と仲の悪いサクラハルの願いとぶつかり合うこともなく、戦闘に出しても即戦力になり、サクラハルともすぐに連携が取れるはずだ。
さらに、サクラハル以外の余計な触媒を廃するため、衣服を一切まとわずに行う『裸召喚』によって、召喚の精度を高めている。
これでサクラハルに関連する魂だけが、召喚に引き寄せられるはず。
だが、彼女の裸を見ることは、何人にも許されない所業だった。
召喚師の僕でさえも、目隠しをするよう厳しく命令された。
唯一、許されているのが、王女専属侍女のツバキサラだった。
ツバキサラは、すぐにバスローブをかけられるよう、魔法陣のすぐ外で待機していた。
万が一、アルンの兵士に裸を見られでもしたら、王女様の沽券にかかわるからだ。
ツバキサラの鼻息は、異様に荒かった。
「今です、召喚師様! 『全裸召喚』です! ちゃっちゃと召喚しちゃってください! ふー! すー! ふー! すー!」
「『全裸召喚』じゃなくて、『裸召喚』ね……いくぞ!」
微妙に名称を間違っているツバキサラに促され、僕は【召喚魔法・レベル7】を発動させた。
まずは、指先に全魔力を集中させ、駆動用の小さな召喚魔法を発動させる。
星2世界から星1世界のものを召喚するのに必要な魔力は、たったの0.02SP。
レベル底辺の僕の召喚魔力を呼び水にして、莫大な召喚魔力を召喚する。
かつて国家をあげて行われた1大プロジェクトだった召喚の儀式を、個人でも可能にした召喚師連盟の技術の粋。
7万SPを召喚し、途方もない召喚魔力が僕の手元で光り輝いていた。
「答えよ……」
再び、九天に飛び込み、声を響かせる。
水の精霊との契約により、僕は水の魂を見分けることが出来た。
なるべく人の形をした水の魂を探して、選択召喚を行えば、確定で人を引くことができる。
けれど、すべての魂を選択召喚することはできなかった。
この過程の僕の記憶は、たった数秒しか持たないのだ。
途中で僕の意識は飛んでしまった。
気が付くと、僕は召喚魔法を完了させていた。
目の前に展開された11個の魔法陣が、目隠しを通しても伝わるくらい、眩い黄金色の光を放っていた。
金色に光る魔法陣は、レアリティSR以上の確定演出だった。
SR以上の召喚陣を見ると……いずれも人の形をした影を生み出している。
それらは、今にも召喚陣の中で立ち上がろうとしていた。
どうやら僕は、ついに引いたようだ。
アルン・デュン・ミリオンの勇者を。
ようこそ、アルンの勇者たち。
「うにゃあぁぁぁぁ!」
ツバキサラが大声をあげて、触媒用の小さな魔法陣で縮こまっていたサクラハルを抱き上げた。
僕の呼び出した勇者たちは、もう召喚魔法陣の中で待機している状態だ。
ここまで連れてきてしまえば、もう触媒は必要ないだろう。
「王女さまは無事にお着換えしました! 召喚師さま! 目隠しを取ってください!」
「よし……来い!」
目隠しを取ると、どうやらSR以上の確定演出は、全部で5つもあった。
新たな5人の勇者が、この世界に現れる。
一体どんな勇者が出るのか、今からワクワクが止まらなかった。
この日の為に、交渉の仕方も、散々練習したんだ。
……やがて、11連召喚が次々と完了していった。
石鹸、シャンプー、桶、アヒルのおもちゃ。
最初の4発は、みんなハズレだった。
だが、大丈夫、星7世界のアイテムなので、いずれも高値で売れる。
『裸のサクラハル』にとって、一番関連の深い魂が呼び寄せられたのだ。
必然的に、お風呂セットになるのは仕方がないだろう。
そんなのは放っておいていい。
今回は、SR勇者がいる。
そのSR確定召喚陣から飛び出してきた勇者を見て、僕は驚いた。
なんと、ツバキサラ+だった。
ツバキサラ+
クラス 星7世界人
レアリティ SR+
職業 アルン・デュン・ミリオン王国 第一王女サクラハル専属侍女
加護 光の大精霊 ルミナス
補足 サクラハルの事が大好きです。一緒にユニットを構成することで、潜在能力が25パーセント上昇します。
new!! 補足+ サクラハルが生まれる10日前に専属メイドとして任命されました。サクラハルの危機を察知すると、サクラハルのダメージを代わりに25パーセント受けます。
ツバキサラ+だった。
ツバキサラとどう違うんだろう。
特殊能力が増えているのか。
というか、ツバキサラはすでに僕が召喚しているはずなのに、一体どういう事だろう?
おなじ勇者を同時に2人以上引く、なんてことがありうるのだろうか。
そういえば、九天はどの世界ともつながっているという。
けれど、その世界が8つしかない、なんて僕は聞いていない。
星7世界にも、並行世界みたいなものがあって、そこから同じ勇者を引いているのかもしれない。
原理とかはよく分からない、僕は、むりやりそう結論付けた。
さらに、11連召喚は続いた。
残るは、あと6召喚。
星7世界のアイテムが、ぞくぞくと召喚されてくる。
バスタオル、アヒルのおもちゃ。
そして、ツバキサラ+と、ツバキサラと、ツバキサラだった。
3回連続ツバキサラを引いた。
なんで。
どうしてこうなった。
だが、最後に確定演出がある。
虹色に輝く、SR以上の確定演出。
サクラハルが召喚されたときのような、美しい光が舞い踊った。
そうして現れたのは、やはり黒髪の侍女。
ツバキサラ++だった。
ツバキサラ++
クラス 星7世界人
レアリティ SR++
職業 アルン・デュン・ミリオン王国 第一王女サクラハル専属侍女
加護 光の大精霊 ルミナス
補足 サクラハルの事が大好きです。一緒にユニットを構成することで、潜在能力が30パーセント上昇します。
補足+ サクラハルが生まれる10日前に専属メイドとして任命されました。サクラハルの危機を察知すると、サクラハルのダメージを代わりに50パーセント受けます。
new!! 補足++ 加護なしとして最底辺の生活を送ってきましたが、サクラハルが光の大精霊を友達として紹介してくれてから、ルミナスの加護を得て、サクラハルに一生仕えることを心に決めました。光属性の装備を身に着けると敏捷が10%上昇します。
刻んで来た。
いったい何人いるの。
5名のツバキサラを引き当て、総勢6名となったツバキサラ。
まったく同じ顔が6つも並んでいる。
いったいどうなるのか、とハラハラして見ていたら。
6人のツバキサラは、カッと光り輝き、しゅしゅしゅしゅん、という音と共に1体に合体してしまった。
ツバキサラ レベル4 → レベル20(進化可能)
融合した。
ウソだろ。
一体どういうこと。
どうやら同じ勇者を召喚すると、融合素材にできるらしい。
けど、並行世界のツバキサラは、一体どうなったんだ?
きっと彼女たちにも、それぞれの思いや、過去や、個性なんかがあったはずじゃないのか?
だって、僕の呼び声に、しっかりと答えてくれたんだ。
九天の世界で。
それが、この世界に生まれた途端、融合素材としてあっけなく消費され……。
一瞬にして、消えてしまった。
跡形もなく、痕跡すら残さず。
僕は、召喚魔法の恐ろしさに、ぞっとした。
残ったのは、5人を血肉として、生存競争を生き残った唯一のツバキサラ。
身体がふっくらと膨らんで、若干パワーアップしているのが、僕にも感じられる。
果たして、彼女は一体どのツバキサラなのか。
ごくり、と喉を鳴らして、僕はツバキサラの次の言葉を待った。
ひょっとして、僕の事を覚えていないかもしれないのだ。
ツバキサラは、空中に浮かぶステータスをじーっと見つめて、ぱっと表情を明るくした。
「あ、進化可能だそうですよ、召喚師さま! さっそく進化しちゃいましょう!」
あえて目をそらしていたのに。
ちょっと待ってくれ。
そんなに軽々しく進化なんてしちゃダメだ。
進化って、どういう意味かわかってるの?
自然淘汰、適者生存。
つまり、6人の中で生き残った、最強のツバキサラが……。
僕にもよく分からない。
進化しますか? Yes/No
の選択肢が出現して、ツバキサラはさっそくYesを押した。
びかぁあああ!
眩い光が、ツバキサラの全身から噴き出した。
ツバキサラの体は、融合したときと同様に白く融解し、形を変えていった。
漆黒の髪は、じゃっかん青みがかった光をまとい、瞳の中に月のような星がキラリとひとつ浮かんだ。
頭上からは、ぴょこんっ、ぴょここん、とネコミミが飛び出し、お尻からはぷりんっ、と尻尾が飛び出した。
ツバキサラが進化して現れたのは……ツバキサラ△だった。
ツバキサラ△
クラス 星7世界人 + 星7世界ネコ
レアリティ SR△
職業 アルン・デュン・ミリオン王国 第一王女サクラハル専属侍女 + 隠密特殊部隊「ゴコーリン」109番隊隊長
加護 光の大精霊 ルミナス + 猫の大精霊 エストニケ
補足 サクラハルの事が大好きです。一緒にユニットを構成することで、潜在能力が40パーセント上昇しますにゃん。
補足+ サクラハルが生まれる10日前に専属メイドとして任命されました。サクラハルの危機を察知すると、サクラハルのダメージを代わりに80パーセント受けますにゃん。
補足++ 加護なしとして最底辺の生活を送ってきましたが、サクラハルが光の大精霊を友達として紹介してくれてから、ルミナスの加護を得て、サクラハルに一生仕えることを心に決めました。光属性の装備を身に着けると敏捷が20%上昇しますにゃん。
new!! 補足△ 侍女とは表向きの顔、夜にしかあらわれない、ネコミミ尻尾を生やした彼女の正体とは……王国の極秘任務を請け負う、隠密特殊部隊「ゴコーリン」109番隊隊長ですにゃん!
別物……。
僕は、ツバキサラ△のネコミミと尻尾を見て、思った。
一体どこにネコが混じる要素あったの……?
むしろ、隠密性、さがってない……?
誰が呼び出されても恥ずかしかったらしい、サクラハルは、手で顔を覆いながら、恐る恐る訪ねた。
「ツバキサラ、もうすんだか? 誰が出てきた?」
「また私です、王女様! あと、お風呂アヒルのタメゾウもいます!」
「はぁ、またか? お前は一体、何人いるんだ? (ぷきゅー、ぷきゅー!)」
「王女様への愛の数だけいます! えへへ!」
アヒルのぬいぐるみを、ぷきゅー、ぷきゅー、と鳴らすサクラハルを眺めながら、しっぽをぶんぶん振るツバキサラ△。
真の姿が晒されっぱなしになっているけど、隠密として大丈夫なんだろうか。
まさか、確定演出が全部ツバキサラだったとは思わなかった。
同じ勇者を重複して召喚できる……というこの世界の柔軟さも不思議だった。
けれど、こうなると、サクラハルの『裸召喚』には、ある特性があるのだと考えた方がいいだろう。
「ひょっとすると……裸のサクラハルを触媒にしたら、100パーセントの確率でツバキサラが引けちゃうってことかな?」
僕が疑問をこぼすと、
「あったり前でしょう!?」
進化したツバキサラ△は、ぐーん、と胸を張って言った。
「裸の状態のサクラさまに近づくことが許されるのは、アルンで唯一このボクだけなんですから! 他の兵士が近づけるわけがありません!」
なるほど。
超納得してしまった、そりゃあ他の勇者が引けないわけだ。
「じゃあ、せっかくツバキサラを引いたんだし、一応『召喚の対価』を聞いておこうか?」
「『召喚の対価』ですか?」
「うん、なんでも言ってよ」
サクラハルの時のように、うっかり忘れてしまうような事があったら困るので、僕は召喚をした相手にはすぐに尋ねることにしていた。
大召喚師さまのやり方を真似たかったのだけど、ツバキサラの願いは、いつも決まってひとつだった。
彼女はしばらく思案したあと、すっと答えを出した。
「では、王女さまをこのままこの世界に匿ってあげてください。……そして、一刻も早く王女さまの願いを叶えてさしあげてください」
「……本当に、他の願いはいいの?」
「はい……だって、他に何をもらっても、きっとボクは素直に喜べないのだと思います……王女さまに幸せになってもらいたい、王女様にずっと笑顔でいてもらいたい。それがボクの願いです。やっぱり、ボクは変なのでしょうか?」
ツバキサラの願いは、とても簡単なものだった。
けれども、結局のところ、その簡単な願いこそが、一番難しい願いだったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
色々あって、僕が召喚されてから4カ月。
トルクトイ無辺大地と地球とは時間の進み方がちがうのだけど、どうやら桜の咲く季節が巡ってきたらしい。
サクラハルと他の高校生勇者たちは、クエストをこなすために最前線に向かっていった。
いまから僕が勇者として前線に向かったとしても、もう追いつくことはできないだろう。
だったら、僕はひたすら召喚師としての勉強を続けるしかない。
新居の庭の桜が咲いたその日も、僕は辞典を片手に勉強していた。
「うーん」
「よーう、どうしたにゃ、マツヒサ。なにか悩みごとかにゃ?」
ぽんっと、ケットシーが様子を見に来る。
その背中に桜の花びらが1枚のっかっていた。
春だなぁ、と感じながら、花びらを取ってやった。
「うん……『召喚の対価』について、ちょっとね……」
「なにか難しいお願いでもされたにゃ?」
「そういう事」
「そんなの、書類にぱぱっと内容だけ書いて、召喚師連盟にさーっと提出したら、あとは勝手にコンサルがなんとかしてくれるにゃ?」
「至れり尽くせりだなぁ、この世界。けど……それじゃダメなんだよ」
「にゅふ? ダメかにゃ?」
召喚師は、勇者に『召喚の対価』を支払わなければならない。
たとえば、魔王を倒す役割をもった勇者を召喚したせいで、その世界が滅んでしまうような事があれば、勇者と同等の力を持ったその仲間たちは、もう召喚できなくなってしまう。
星一世界では、かつて行き過ぎた召喚戦争で、多くの貴重な文明を滅ぼしてしまった。
だからこそ『召喚の対価』は、制度として絶対に必要なのだ。
召喚師は、その結末をしっかりと考えたうえで、勇者にとって最適な願いを叶えなければならない。
「海賊王ゴードンのようにはしたくないにゃ?」
「うん、そうだね……あれは酷かったな」
「にゅふふ、いい召喚師であり続けることは難しいにゃ♪ そんなユーにアドバイスを送るにゃ! 1人で悩んでできない事は、大勢で悩めばいいにゃ! きっといいアイデアが浮かぶにゃ♪」
ぽんっと、ケットシーは煙とともに消えた。
僕は窓の外を眺めて、ぼんやりと、ケットシーの言葉を繰り返した。
「大勢で、か……」
そう言えば、みんなは今ごろどこにいるのだろう。




