召喚師が勇者のためにできること
サクラハルの説明を聞いたツバキサラは、どうしてこの状況が生まれたのか、ようやく理解してくれたみたいだった。
僕も『裸召喚』なんて方法があるのは、はじめて知ったけれど、単語を聞いたとたんに意味がすっと頭に浮かび上がってきたので、どうやら一般の召喚師にもすでにインストールされている技術らしかった。
「アルンのものを召喚しやすくするためには、純アルン産の装備を身に着けている必要があったのだが、あいにく私は召喚されたとき、裸だったのだ……」
「そうか、そういえば、お風呂に入ってたっけ?」
「うむ、星7世界産の装備なら数あるが、惑星グランドステラの、しかも純アルン産の装備となると、市場をいくら探しても見つけられなかったのだ」
「だから『全裸召喚』をするよう、王女様に命じたわけですね……この変態召喚師さまは」
「いや、僕はひと言も言ってないんだけど……『全裸召喚』なんて単語もいまが初出だけど」
どうやら、僕のことを嫌っているらしいツバキサラは、じとっと僕をにらみつけている。
「ご安心を、ボクのメイド服は自分で作ったものなので、純アルン産だと思います」
「おお、そうか……! じゃあ、今度はその服を……」
「やれやれ、今度は王女様にメイド服を着させるつもりですか? この変態召喚師さまは」
「あのね、ツバキ、僕は君が思っているような変態召喚師じゃないよ?」
「だって入浴中の王女さまをボクの目の前で召喚したんですから、もう充分に変態でしょう」
どうやら、ツバキサラが僕に対して怒っているのは、そこのようだ。
そういえば、サクラハルを召喚した僕は、アルンの王城でいったいどんな風に噂されているんだろう。
「ツバキ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ……そっちの世界のことなんだけど」
アルン・デュン・ミリオンの、しかもサクラハルの王城から人間がやってきた事は、僕にとって僥倖だった。
サクラハルの方も、聞きたいことはたくさんあったみたいだ。
彼女は、せっつくように質問をぶつけた。
「王国は……アルン・デュン・ミリオンは、今どうなっている?」
ツバキサラは言いよどんだ。
正確には、言うべきか言わざるべきか、しばらく考える様子を見せた。
「……王女さま、ボクは王女さまを信用しているから率直に伝えます。王女さまのお姿が消えて以降、アルンは極めてよくない状態におかれています」
「そうか……予想はしていたが、そこまで深刻か」
「はい。アルンは4列強との和睦に失敗し、国際連盟からの圧力がさらに強まりました。陛下は無謀な再戦を目標に掲げてさらなる軍備拡張を進めております。家臣たちは分裂しかけており、つい先日もクーデターが起こりかけましたが、騎士団がそれを発見し未然に防ぎました」
サクラハルは、両手で顔を覆って、ソファに座り込んだ。
自分の国の話だとは思えないくらいに、荒れている。相当ショックだったようだ。
ツバキサラは、そんなサクラハルの手に手を重ねた。
「王女さま、差し出がましいようですが、王国をひとつにまとめられるのは貴方しかいません。一刻も早く、王国にお戻りください」
サクラハルが僕と勇者契約をしているのは、王国を救うという願いを叶えるためだ。
けれども、いまはもう、救うべき国そのものが消滅してしまいかねない窮地にあった。
勇者としての使命を果たしても、戻ったときにはもう手遅れ、ということになってしまうのではないか。
僕は、聞かずにはいられなかった。
「侍女のツバキも武装させられるくらい、緊迫した状況なんだよな?」
「これ(日本刀)は自前です、変態召喚師さま」
「つまりそれは……僕がサクラハルを召喚してしまったから、サクラハルの結婚がうまく行かなかったから、そうなった、ということなのか?」
ツバキサラは、黙りこくってしまった。
何も言っていないけれど、その目は、暗に『そうだ』とでも言いたげだった。
いくら有能な勇者が欲しくても、その世界で影響力の強い人物を召喚すると、それを引っこ抜かれた世界に大きな混乱が起きてしまう。
そのために召喚には様々なルールがある。それを補うために『召喚の対価』があるのだ。
けれども、サクラハルは首を振った。
「いや、私の政略結婚は、いくつもある和睦のための手段の1つでしかない。それに、列強が欲しているのは私などではなくて、精霊石の利権だ。私が召喚されたことと、和睦の失敗は、まったく関係がない」
「王女さま……しかし、陛下のお気持ちをよくお考えください……陛下には、もはや再戦以外に道が残されていないのです」
「国王陛下は、世継ぎの第一王子と第二王子を戦争で相次いで失っているのだ。いまさら私1人が舞い戻ったところで、心境は大して変わらんだろうよ。陛下も娘1人の意見で思いとどまるほど軽い気持ちで再戦を計ったわけではない。……気休めにしかならないことは、軽々に口にすべきではないぞ、ツバキ」
「でも……王女様……うぅ」
ツバキサラは、ぐっとこらえる様に唇をかんだ。
対するサクラハルは、僕を安心させるように微笑みを浮かべた。
「……不安にさせたな、マツヒサ。勇者契約はこれまで通り続行するぞ。最後まで、私の召喚師として、よろしくたのむ」
僕の勇者は、誰よりも強かった。
英雄にふさわしい、強い気風をもっている。
サクラハルをこの世界によんだ召喚師として、彼女を不安にさせることだけは、するべきではないと思った。
僕はサクラハルと、固い握手を交わした。
「こちらこそ、僕の勇者として、よろしく頼む」
ツバキサラは、涙でうるっとした目を、ハンカチでごしごし擦って、
「マツヒサさま、少しお話があります」
と僕を呼んだ。
部屋を少し出たところで、ツバキサラは小さな布の包みを取り出し、僕に差し出した。
ステータスを確認すると、精霊石と出た。
精霊石
クラス 星7アイテム
レアリティ HR
職業 火の精霊石
備考 火の精霊の力を宿した石です。人に火の精霊の祝福を与え、一時的に火を操る精霊の力を行使することができます。
「これが……精霊石? 初めて見た」
想像よりもはるかに大きい石だった。
どうやら野菜みたいな大きさに成長するものらしい。
星7世界のアイテムのなかでも、その価値は計り知れないだろう。
「刀は自前ですが、戦時中になってから、こういうものを常に持たされております。これは今、ここで使うためにあるものだと確信しております」
ツバキサラは、なにやら意志を固めていた。
すべては、王女サクラを戦火から守るため。
その為なら、彼女はなにひとつ惜しいものなどないのだ。
「アルンでは、対外的に、王女さまは病で臥せっておられることになっております。どうか、このまま王女さまをここに匿い続けてください。敵の目をしのぐのに、異世界ほど最良の隠れ場所もないでしょうから」
僕は、うん、と頷いた。
そのくらい、なんてことはない。
「約束する」
僕は、はっきりとそう答えた。
答えたはずなのに、ツバキサラは、僕の両目を不安げに見つめかえしてくる。
なんどか呼吸をはさむこと、しばし。
「あ、や、やっぱり……ボクを王女さまの傍にいさせてくださいませんか! ボクがいないとダメです!」
「不安なんだ……」
「不安ですとも。というか、私の安心できる要素が、マツヒサさまの一体どこにあるんです?」
「ですよねー」
「まずマツヒサさまは若すぎでしょう? 後先考えずにお金を使い果たして、一国の王女ともあろうお方の昨晩のお食事がお粥だなんて、あんまりではありませんか?」
「すみません、反論の余地がありません」
「王女さまは、贅沢ができなければ生きていけない体質なのですから、せめて毎回私にお食事を作らせてください!」
それは願ったりかなったりである。
紆余曲折あったけれど、ついに念願のコックをゲットした。
これで勉強のあいまに今日の献立を考えなくてすむ。
嬉しい申し出だった。けれど、僕は少し考えた。
「ツバキ、そうしたら君もこの世界に住むってこと? 召喚師と勇者契約を結ばないと、この世界では食べ物も食べられないんだけど……」
「ボクに勇者になれと言うのですね? なりましょうとも!」
ツバキサラは、そのくらいなんだ、という顔で言うのだった。
もとよりそのつもりだったらしい。
精霊に続いて、頼もしい勇者ユニットが現れた。
勇者ユニット:
1名 → 1名 + 第一王女専用侍女ツバキサラ
ツバキサラには、勇者にならなければこの世界に住むことはできない、なんて言ってしまったけれど、本当は召喚師が食べられる食料を必要なだけ召喚するか、きちんと市場で買ってあげるかすれば、勇者契約を結ぶ必要は特にないみたいだった。
けれど、家具が高額で売れたのと同様に、星7世界の食べ物も宝石みたいに高い。
どのみち経済力のない僕には、ツバキサラと勇者契約を結ぶしか、彼女をこの世界に住まわせる方法はないのだった。
さらに、勇者契約を結べば、召喚師連盟からの勇者支援制度が受けられる。
今はキャンペーン中なので、サクラハルと同様に1日1回ツバキサラにも無償でなにか召喚してあげられるのだ。
たとえそれがハズレても、売れば食料に変えることができる。
ともあれ、ツバキの装備を充実させるために、僕はさっそく召喚をしてあげた。
まずは、レベル1召喚でトカゲの商人を召喚して、精霊石を買ってもらう。
精霊石を見たトカゲは、「ようやくいっぱしの召喚師さまってところだな」と、かっかっと笑っていた。
精霊石1個で、11万SP。
めっちゃ高い。
これで、11連ガチャに必要な7万SPがたまった。
ツバキサラとの勇者契約が完了したと同時に、ケットシーがにゃーん、と言って持ってきてくれた基本召喚チケットをあわせ、星7召喚が12連可能。
「答えよ、九天に集いし八雲の御霊よ、理は古き神の名に依るべし……」
さっそく召喚魔法を発動させた。
ツバキサラは、国産の装備しか身に着けていなかったので、王城にあった彼女にゆかりのあるアイテムが、まるごとごっそり召喚できた。
ツバキを中心に左右に無数の円が生まれ、王宮の豪華な食器棚、火の点いたかまど、彼女が愛用していたエプロンドレスの入ったクローゼット、縫いかけのぬいぐるみに裁縫道具、天蓋付きベッド、テーブル一式、数種類の絨毯、食料品類、何が入っているのか大きなタル、数種類のお茶が楽しめるティーセット、掃除用具一式。
なるほど、彼女にゆかりのあるものばかりだった。
また失敗したか……と残念に思ったとき。
最後に白い服を着た小さな女の子が出てきた。
だぼだぼの服を身に着けて、麺類の親戚みたいなウェイビーな癖っ毛。
金色に輝く体をもったその子に、視線を合わせると、
ルミナス
クラス 星7精霊
レアリティ U
職業 光の大精霊
ひと言 惑星グランドステラのあらゆる『光』を司る精霊です。契約をすることで『光』の魂を見分け、『声』をかける対象を光に限定した選択召喚を行うことが可能となります。
補足 また、光を多く発する金属や宝石類のアイテムなどが召喚しやすくなります。
二体目の大精霊だ。
どうやら大精霊を引いたおかげで、仲のいい大精霊を引きやすくなっていたらしい。
ガチャって、上振れするときはするもんだな。
『ルミナス』は、僕の方に羽毛のようにふわっと飛んできて、短い手を伸ばしてきた。
握手を求められているのだろう、僕はそのちっこい指先をつまんだ。
「こちらこそ、はじめまして。よろしく、ルミナス」
大精霊と仲良くする姿が珍しいのか、ツバキサラは目を丸くしていた。
「いまようやく確信しました……やはり、あなたは本物の召喚師さまなのですね……」
「ようやく分かってくれた?」
どうやら星7世界では、大精霊と話ができるものは王侯貴族になれる、ぐらいの高貴な存在だったらしい。
召喚魔法こそ、数ある魔法の頂点なのだ。
今の僕は、それがまるで電気みたいに普通に使えている。
あらためて、この召喚世界が実現したシステムのすごさを思い知った。
ツバキサラは、王侯貴族を前にしたみたいに、その場にぺたんと膝をついて、滅茶苦茶不服そうに歯ぎしりしつつ、憎悪と悪意のこもった目で僕を睨みつけながら言った。
「くっ……このたびは、ご、ご、ご無礼の数々……大変、失礼いたしました……ぎりぎり」
「めちゃくちゃ不服そうだ!?」
一方その頃、サクラハルはまだ仲間で埋まっていない、10人掛けのソファの一番端に座って窓の外の風景を眺めていた。
トルクトイ無辺大地の季節は秋。
草原には一本ぽつんと桜の木が立っていて、嵐の予感に揺れていた。
けれども、そのときのサクラハルは、窓の外の何を見ているわけでもなかった。
たぶん、故郷の事を案じていたのだろう。
心配にならない訳がなかった。
召喚師の僕は、サクラハルの国の事を何も知らない。
大丈夫とも、任せて欲しいとも。
勇者の残してきた世界に対して、無責任なことはなにひとつ言えない立場だ。
召喚師は、勇者の世界に過度に干渉してはならなかった。
僕とサクラハルの間には、勇者契約による結びつきしか存在しない。
ただ、ぼんやりと彼女と同じ風景を見つめているしかなかった。
声をかけるのを躊躇っていると、恐れを知らない光の大精霊ルミナスが、ふわっと飛んで行って、サクラハルの肩にむぎゅっとしがみついた。
「ルミナス……えっ、ルミナス!? どうしてこの世界に……」
ぱちくりと目を見開くサクラハルは、その次に僕を見た。
やったの? という顔をしていた。
僕は力強くうなずいた。
ああ、やったんだ。
そして、ルミナスの力を使って、余った召喚ポイントで光の召喚魔法を発動した。
壁にぽっかりと丸い召喚陣が現れ、そこからうっすらと光が漏れ始めた。
『可視光召喚』。
前にマイコフが使っていたのを見たことがある、召喚技術だ。
『光』を選択召喚することができれば、異世界の風景を映し出し、様子を見ることができる。
ルミナスが司っている、すべての光たちの魂。
惑星グランドステラを満たしている光、その一部を僕は召喚した。
見たこともない町並みが、ホームシアターみたいに壁に映し出され、サクラハルは息をのんだ。
「ああ、アルンだ……なにも変わっていないな」
いろいろな不安を抱えながらも、街はいつも通りの平穏な姿をしていた。
行き交う人々に、竜に引かせる馬車、町角の店では大きなパンが売られている。
僕はサクラハルの隣に座って、一緒にその街を眺めた。
「これが君の国?」
「ああ、綺麗だろう?」
「綺麗だな。住めたらすごく楽しそうだ」
サクラハルの機嫌が、ちょっとよくなったのが分かる。
彼女の膝の上で、ルミナスがニコニコ微笑んでいた。
「あそこにある、人がたくさん集まっている建物はなに?」
「劇場だ。祝日になると、前にある公園が人でうまるほど長蛇の列ができる。その隣にあるのが美術館だ。これは面白いので1度いってみた方がいい」
「有名な絵があるの?」
「ああ、私の肖像画が15枚ある。生まれた時から毎年、誕生日に1枚ずつ書いていったものでな」
「絶妙に見てみたい。今なら見られるかも。けど、さすがに入場料を払わないと、怒られるかな?」
「私は一向に構わんが、大臣が毎年維持費で頭を悩ませてハゲが進行しているので、内緒でこっそり見よう」
「あー、こほん、こほん」
ツバキサラが邪魔をしに入った。
彼女は、サクラハルと一緒に肩を並べている僕を、ものすごいジト目で睨んでいた。
サクラハルは、さすが王女さま。
彼女の方を見もせずに、声だけで厄介払いした。
「お茶でも淹れてきてくれないか、ツバキ」
「すでに淹れてきております、王女さま」
ツバキサラも、さすがは王女専属侍女だった。
さっきティーセットが召喚されてからものの数分も経っていないのに、すでにカップで紅茶が湯気を立てている。
さすが初期装備に召喚されるだけのことはあって、使いこなしているのがうかがえた。
ツバキサラは、カチャカチャとテーブルにお茶をセットしながら、わざと僕の方にお尻をぶつけてきた。
「よいしょ、あー、よいしょっとぉ」
僕とサクラハルの間に身を潜り込ませ、距離を開けさせようとしている。
あわよくばセクハラだと騒ぎ立て、雰囲気をぶち壊しにするつもりだ。
僕は、サクラハルの隣に人1人ぶんくらい座れるスペースを作って、ちょっと離れた位置に座ることにした。
「つ、ツバキ……一緒に見る?」
「いいえ、いいえ。私のような卑賤の者に、そのような情けをどうかかけないでください。それよりも、召喚師さま。調子に乗ってそんな大魔法をずっと使い続けていいのですか? またお粥を食べることになるかもしれませんよ?」
「私はツバキのお粥なら食べてみたいぞ」
「ですよねー! ボクもお粥がいいかなーと思ってたんですよー!」
ころっと笑顔になるツバキサラ。
手のひら返しも一瞬だった。
速すぎて僕には何も見えなかった。
サクラハルは、立ち上がった。
もっと故郷の風景を見つめていたそうだったけれど、彼女は目を細めてちょっと王国をながめると、満足げに言うのだった。
「ツバキ、私のお茶はあとで寝室にもってきてくれ。せっかくで悪いが」
「かしこまりました、王女さま」
「マツヒサ、お金の事なら一切気にするな。お前は召喚師なのだから、お前がしたいように召喚するといい。……けれど、いまはまだ、アルンの姿を見ない方が頑張れると思うのだ」
サクラハルの微笑みは、胸を締め付けられるような悲しさだった。
僕は、サクラハルを励ますことができたのだろうか。
けっきょく、余計な事をして決意を揺るがしてしまったような気がする。
彼女のために何もしてあげられない、非力な自分がもどかしかった。
そう思って、僕はお茶を啜っていた。
あれ、これ変わったハーブだな、と思った。
次の瞬間。
不意に目まいを覚え、僕はソファから転げ落ち、いつの間にか敷いてあった絨毯の上でのたうちまわった。
「ぐふッ……おおおッ!?」
にがい。まずい。
なんだこのまずさ。
僕の体のロイヤル召喚ラミネートが、あらゆる消毒液によって食べた物を消化して、適切な栄養素を補給してくれているはず。
にもかかわらず、この胃から込みあげる不快感。
止まらない汗。
これは……もしや『毒』?
「つ、ツバキ……! この紅茶……ちょっと濃すぎじゃないか……!」
ツバキサラは、まるで僕の反応を楽しむように、口元に妖艶な笑みをたたえていた。
彼女はエプロンドレスの大きな胸の盛り上がりから、不思議な色の液体が入ったガラス瓶を取り出した。
「そうそう、王宮の侍女は、戦時中はこういうものも、常にもたされておりますの」
麻痺毒
クラス 星7アイテム
レアリティ C
職業 アルン王国特殊部隊専用麻痺毒
ひと言 オーガマッシュルーム由来の天然毒素シシオキシンを中心とした神経系の毒の混合物です。飲んだ者を一定時間、ラック×経過秒数の確率で行動不能にさせます。
追記 半数致死量50mg。猛毒注意。
まさか、そんなものまで。
というか、えっ、何それ。
一体何をさせるつもりで持たせているの、それ。
アルン・デュン・ミリオンって、闇が深すぎない?
助けを呼ぼうとしたけれど、舌がしびれて声が出なかった。
這って逃げ出すことすらできない。
戦々恐々とする僕の隣に膝をついて、ツバキサラは、そっと囁いた。
「召喚師さま、ひとつ言い忘れていたことがございました。王女さまを裸にひんむいて召喚を行う事は、もう金輪際おやめなさってくださいまし」
「ぐ……いや……僕は……してない……」
ツバキサラは、僕の瞼を指でカリカリとひっかいた。
彼女の吐息が、僕の耳をくすぐるように撫でていく。
「いいですか? 裸の王女さまを唯一目にしていいのは、ボクだけなのです。王女さまの第一侍女として、常にボクは一緒にいました。毎年の誕生月の洗礼の時も、お着替えの時も、お風呂の時も、肖像画を描く時も、これまで王女さまに近づいてきた不逞の輩は、とてもスマートな方法で、確実にこのボクが排除してきました。あなたもレモネード王子と同じ目にあいたくはないでしょう? その両目で、もっと光を見ていたいでしょう?」
「れ、レモネード……王子!? あのサクラハルファンの……!? か……彼に……一体なに、が……! うひっ!」
ツバキサラの舌が、僕の瞼をべろりと舐めていた。
彼女のサクラハルへの愛情は、もはや狂気のレベルだ。
僕がもだえるのを見ると、ツバキサラはますます嬉々として笑った。
「ボクがあなたの勇者になった以上、いつでも寝首をかけることを忘れないでください。……ふふふ、これは警告です。分かりましたね? ボクの召喚師さま」
「おい、マツヒサ。やっぱりもう一度さっきの窓を出してくれ。ちょっと見てみたいところが……」
そのとき、サクラハルが戻ってきた。
ツバキサラは忍者のような動きで跳び跳ね、リビングへの入り口のドアを閉じ、床に倒れる僕をサクラハルの視界から隠した。
あ、敏捷の高さ……!
道理でSR勇者になる訳だ……こいつ、ただの侍女じゃない!
しかも、大して焦った様子もなく、平然とした顔で応対している。
「王女さま、マツヒサさまは、大変お疲れのご様子です。今日のところはお休みして、また明日ご相談をうかがえませんでしょうか?」
「部屋のぬいぐるみを机に置きっぱなしだった気がするのだ。あれを確認しないと、眠ることができない」
「ご安心ください、イヌマロならさっき召喚された私の荷物に紛れ込んでいました。あれがないと眠れないのでしょう?」
「そうか……さすがツバキだな、私のことをよく分かっている」
ダメだ、ツバキサラが抜け目なさすぎる。
このままでは、サクラハルが行ってしまう。
なんとか、なんとかしないと……!
僕は、なけなしのSPを使って、召喚陣を書きちらし、もう一度『可視光召喚』を発動させた。
天井にアルンの様子を映し出させる。
映し出されたのは、サクラハルの部屋だ。
それとまったく同じ召喚陣を、ドアの向こうにも書いてやった。
見えない場所にも書けることは、すでに実証ずみだ。
「あら、召喚師さま……げ」
「ツバキ……あれはどういう事だ?」
サクラハルの部屋には、大きな鏡があった。
その鏡の中央には、絨毯の上に横たわっている、今の僕の姿が映し出されている。
これも可視光召喚の技術の応用だった。
一度召喚した光に、僕の姿を照らさせて、もとの世界に強制帰還させる。
そうすることで、向こうの世界に僕の姿を映した光を送りこむことができるのだ。
その光を鏡に映して、僕の窮状をサクラハルに訴えた。
果たして、僕の試みは成功した。
サクラハルは部屋の様子を見て、すかさず飛び込んできた。
「大丈夫か、マツヒサ!」
サクラハルに助け起こされ、少し呼吸が楽になった。
背後にいるツバキサラは、青ざめた顔でサクラハルを見ていた。
「ツバキ、どういう事だ」
「え、えっと……これは、その、召喚師様に、王女さまを大事にしていただけるよう、警告を……あっ、王女さま!? 王女さまぁぁぁぁ!」
ツバキサラの悲鳴があがって、僕の意識は、そこで途絶えた。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日、何事もなかったかのように朝が始まった。
本当に何事もなかったかのように、僕はベッドで目覚めた。
僕が目覚めるまで待っていたらしい、ツバキサラは、気のせいか頬がマンガみたいに真っ赤に腫れあがっていた。
「おはようございます。お食事の準備ができています」
と僕に礼をして、部屋から出ていった。
昨晩、2人の間に一体何があったのだろうか。
毒の効果がまだ残っていて、なんだか頭がズキズキしていた。
よろよろと出ていくと、キッチンで優雅に朝食を摂っているサクラハルを目撃した。
「おはよう、サクラハル」
「うむ、おはようだ」
2人の勇者が何事もなかったかのように振る舞っているので、召喚師の僕も何事もなかったかのように振る舞わなければならない気がした。
召喚師は、勇者の世界に直接干渉してはならないのだ。
召還師連盟の規約にも、そう書かれている。
僕は、そのままサクラハルの隣に座って、同じ食事を食べた。
ちょっと席が近すぎる気がしたけれど、ツバキサラはびくびくしながら僕から目をそらしただけだった。
なんだか可哀想な気がした。
「アルンの鳥の卵だ、食べてみろ」
「ほうほう。……あ、美味しい。へー、アルンの卵ってこんなにふわっふわになるんだ」
「すごいだろう。生まれる雛はちょっと不細工だが、卵は美味だ」
「けどアルンの鳥だから……鳥も2歳を過ぎたらヒト型になるんじゃないの? どうなの?」
ツバキサラが作ってくれた朝食は、思いのほか美味しくて、サクラハルもご満悦のようすだ。会話もはずんだ。
けれども、作った当の本人が心なしかしょげているのが、今朝から気になって仕方なかった。
僕が眠っている間に、2人の勇者の間に一体どんな協定があったのかは知らない。
知らない方がいい気がした。
ただひとつわかることは、サクラハルが上機嫌なので、もう僕が心配することはなにもない、ということなのだ。
「……ツバキ、そんなところにいないで、一緒に食べよう」
「い、いえ、ボクは、そのような身分ではございませんので……」
僕が呼びかけると、ツバキサラは、昨晩の態度がうそみたいに恐縮してしまった。ふるふる、と首を振って拒否してくる。
僕はツバキサラに言ってやった。
「一体なにを言ってるんだ? 君は異世界勇者なんだぞ、元の世界の身分なんて持ち込まないでくれ。ここでは君もサクラも僕の勇者なんだから。さあ、一緒に食べよう」
ツバキサラは、突然ふわっと花のような笑みを浮かべた。
笑うと一瞬、どきっとするくらい可愛いのに気づいた。
それから、めちゃくちゃ緊張した様子で、サクラハルの隣におそるおそる腰かけようとしている。
サクラハルはそんな彼女の様子が面白いのか、しきりに笑っていた。
それ以降、僕とツバキサラは割と仲良くなれたような気がする。
相変わらず見下されてる感がすごいのだけれど、少なくとも、もうお茶に毒を仕込まれることはなくなったのだった。
第二章(終わり)




