ツバキサラ
こうして僕とサクラハルは、大召喚師さまのお屋敷を追い出されてしまった。
お屋敷でコレクションしている転移ゲートのひとつをくぐって、浮遊島ジェンヌから隣のマール浮遊大陸へと追い立てられるように移動する。
マール浮遊大陸は、大召喚師アレクサの生まれた土地だ。
実際に見た感じは、まさに人種のるつぼ、ハロウィン。大仮装パーティ。
大召喚師さまが言うには、最も召喚魔法が力を発揮するこの星1世界では、かつて無秩序な召喚が繰り返された結果、土地も海も星々も誰かの占有物となってしまい、現地人の自由になるものは『青空』しか残されなかったという。
それはさすがに問題だと考えた召喚師たちが、異世界から現地人の自由になる『公共の大地』を召喚し、公共の場所として開放するようになった。
マール浮遊大陸を生み出した召喚師マーガレットもそのひとりだ。
彼女の意志は弟子に受け継がれ、数多の生命や人々、文化を召喚して、今のマール大陸文明が生まれたのだという。
そんな街の一角。
ぱっと覗いて家具などを扱っていそうな店に立ち寄ってみた。
ニスを塗ったように鱗がてらてらと光ったトカゲ頭の商人と交渉する。
彼がパチパチとそろばんをはじいて出した金額に、僕たちはぎょっとした。
「諸々の経費をざっと差っ引いて、2580万SPってとこで……どうかね」
「えっ、桁ひとつ間違えてない?」
「すまんが、これがうちの限界だよ。さすがに2億SPはちょっと……」
「いやいや、値上げ交渉したんじゃないよ? 本当にあってる?」
ちなみに、今のサクラハルが1日に稼いでくる召喚ポイントがだいたい2~3万SP。
サクラハルの星7世界から1回召喚するのに必要なのが7000SPで、11連召喚には7万SPが要る。
なので、サクラハルさえいれば3~4回のクエストで11連ガチャをすることが可能になるのだけれど、その11連ガチャが300回できる金額だった。
「そんなに高く売れるの? 確かにSR武器とかも多いけれど……」
「……本当か? どれも祝福を受けていない武具ばかりだが?」
「ほらサクラ、その祝福ってやっぱり星7世界人にしかわからない感覚なんじゃないの?」
今すぐに使わない武器や防具は、サクラハルが祝福を受けているかいないかで大別していた。
受けていないものは、レア度に関係なくすべて売りに出すことになった。
サクラの価値基準は分かりづらい。
「お前さんも、召喚師なら星7世界のものが『召喚しにくい』ってことは知ってるだろ?」
「ああ……たしか、召喚しやすい世界から順に番号が振られているから、全8世界中、2番目に召喚しにくかったはず」
「だろ。それはつまり、それだけ空間が頑丈にできているってことだ。空間が頑丈だったら、中の物も頑丈にできているって理屈だ。この星1世界に持ってきた星7のアイテムは、最低10年はキズひとつ汚れひとつつかずに使えるって言われている。もうそれだけで最高級品あつかいなんだよ」
「へえぇ~」
召喚に関しては、星1世界人の方が体感的に理解しているらしい。
実際の教科書通りの考え方とは違うのかもしれないけれど、それでも店主の話は飲み込みやすかった。
「星6のアイテムもけっこう頑丈で、魔界シロアリも食えないし、イニシエマオウが踏んでも壊れないレベルだ。お前さんの星4製品もそこまでは行かないけどなかなか頑丈だし、なにより加工がしやすいからこの辺りじゃよく売り買いされてるよ。星2製品は、柔らかいけど、独特の魔法効果をもっているから、どっちかというと補材として重宝されているね。逆に星1のはどこ持ってってもダメだ、ありゃゴミだ」
などと、星1世界のアイテムは現地人でさえ顔をしかめてディスるありさまだった。
「だいたいダンボールで出来ている」とさえ言っていたけど、もし本当なら相当である。
さすが召喚世界、召喚魔法がないと、基本なにもできないんだな。
「というか、いいのかね若い召喚師さま。あんたが売ろうとしているアイテムは、星1世界じゃ買い手がつきにくいから、別の世界にもっていった方がもっと高く売れるんだが」
「えっ、そうなの? ……ああ、確かに、地球にこんなアイテム持っていったら、それこそ家が買えそうな値段じゃすまないよな……」
「加工がしにくいから用途も限られるし、買い手を見つけるのも大変だがね。ワシが愛しのベンツでもってっちまうよ?」
「じゃあ、お願いします……どうせ処分に困ってたものだし。いまはとりあえず、家を買う頭金があればいいんで」
「家なんて、贅沢さえ言わなければ買うのは簡単さ。なんてったって、ここは星1世界だ。そうそう、またなんか売りたかったらワシを召喚してくれ」
古家具屋のトカゲは、名刺の形に加工された『召喚ポーション』を1枚僕に渡した。
トカゲが首に下げている『召喚タグ』を標的にして、すぐに呼び出せるようにしたものらしい。
「おお、そういう使い方もできるんだ、これ」
「朝9時から夕方5時までやってる。サービスするよ」
ちなみに、星1世界人を異世界から召喚するのに必要な召喚ポイントは、なんとゼロだった。
魔力を消費するから、本当は1000SPかかるはずなんだけど、召喚士連盟が特別に無償にしてくれているのである。
その代わり、星1勇者も星1モンスターも、ダンボールの武具で事足りるような最低レベルの雑魚ばかり、カードゲームで言うところの、いわゆる数合わせのバニラという認識だった。
そんな星1世界の商人であるトカゲは、かっかっか、と笑うと、ベンツと言う名のトラックの荷台にさっそく家具を積み上げ、ロープで括り付けていた。
どうやら、召喚師が店に訪れたら商売を放り出して遊びにいくのは、この辺りではごく当たり前のことらしい。
星1世界人は、こんな感じでみんなどこかダメだった。
大召喚師さまも、この世界出身なんだよなぁ。
ともかく、僕とサクラハルは大金の入った勇者カードを持って、そのまま近くの不動産屋に行って、星2世界の物件を調べた。
星2世界、地球によく似た環境のトルクトイ無辺大地の一角。
広大な草原に、朽ち果てた石の家がひとつ。
誰かが地球から召喚したらしい、立派な桜の木が植えてあって、運命的なものを感じた。
僕はサクラハルと下見に行って、よし、ここにしようと即決した。
「家は、どの世界の家がいいかな? やっぱりサクラと同じ星7製がいい?」
「いや、マツヒサの星4製でいいんじゃないか? 丈夫だと言われても、そんなに長く使わないだろう」
「うちの世界の家なんて、モンスターが出てきたら、たぶんすぐ壊れちゃうよ。星5か、星6がいい」
「これからどんどん勇者を召喚すると、手狭になっていくだろうから、なるべく広い方がいい。値段の安い星5だな」
工事費も含めて1250万SP、二階建てのかなり広い家が手に入った。
別工事で、念願の地下室と、離れの家屋には召喚専用の部屋も作ってもらう。
リビングには、10人がかけられる長いソファも設置した。
今はサクラハルが1人でぐでーん、と寝そべって占領しているけれど、これからここに座る勇者ユニットは、どんどん増えていくことだろう。
「疲れた……マツヒサ、疲れたからなにか面白いものを召喚してくれ」
どうやら、サクラハルも1日歩きどおしで疲れた様子である。
こっちだって疲れているんだよ? という言葉も、お疲れさま、という言葉も飲み込んで、僕はさっそく召喚することにした。
「答へよ」
床に寝そべったサクラハルを中心にして、召喚魔法陣、レベル7を設置していく。
呼びかけた瞬間、今までとは違う、なにかヒヤッとした感触があった。
第九天は魂の世界なので、いままで温度なんか感じなかった。
さらに、なぜか子どもの笑い声のようなものが聞こえる。音ですら魂になるから、無音なはずなのに。
そう、それは予兆。
彼女が出現するときだけに現れる、確定演出だった。
僕はついに、ようやく、念願の『精霊』を引き当てたのだ。
「ふゃうっ!?」
ぺちょん、と背中に何かが座って、サクラハルは、びくっと体を海老ぞらせた。
召喚陣から現れたのは、半透明な体を持った、人形みたいな大きさの女の子だった。
ちっさい。
服はほとんど身に着けていない。
半透明な髪の毛はひどい癖っ毛で、頭の上でソフトクリームみたいになっていた。
サクラハルの上で足をぶらぶらさせ、くりっとした黒い目で僕の事を見て、にんまり微笑んでいる。
「う、ウンディー!? まさか、お前が来たのか!?」
サクラハルは、自分の背中に乗っている女の子の正体を、どうやら知っているらしかった。
さすが7精霊の加護を受けた王女だ、自分の国の精霊の事は、だいたい知り尽くしているらしい。
ウンディー
クラス 星7精霊
レアリティ U
職業 水の大精霊
ひと言 惑星グランドステラのあらゆる『水』を司る大精霊です。召喚師は契約をすることで『水』の魂を見分け、『声』をかける対象を水に限定した選択召喚を行うことが可能となります。
補記:また、体のほとんどが水で出来た『生物』が召喚されやすくなります。
視線を合わせて、ステータスの方もしっかりと確認した。
水の大精霊。
レアリティも最高級のU。
それは、世界に1体しか存在しない、ということ。
なにかすごいのを引いてしまったみたいだ。
精霊たちは、普通の召喚には滅多に応じてくれないのだ。
なんせ呼ばれたところで、異世界に行きたいと思ってくれるきっかけがまずない。
願い事があったら、自分で叶えられる支配的な力を持っているのだ。
けれども、精霊の加護を受けたSR勇者を何度も何度も召喚していると、どうやら精霊の方が召喚師に興味をしめして、遊びに来てくれるらしい。
サクラハルは、嬉しそうにウンディーと遊びながらも、不思議そうに首をかしげていた。
「けれど、どうしてウンディーが来てくれたのだ? 水の精霊の加護を受けた勇者など、私の他にも召喚したのか?」
「うーん……何か忘れているような気がするんだけど、なんだったけな、思い出せない……」
海賊王ゴードンが水の精霊の加護を受けたSR勇者だったということは、すでに僕の記憶にはなかった。
まあ、ともかく僕が初めて引き当てた精霊だ。
握手ぐらいしたかったけど、なんせ半透明の水でできた女の子である。
手で触っていいんだろうか、これ。
下手に触ると壊れてしまいそうで、ちょっと怖い。
僕は、サクラハルがケットシーをはじめて見たときみたいにじれていた。
そんな様子をサクラハルに見られていた。
やばい、によによされてる。
つま先に太陽を浴びた砂浜みたいな、あたたかい波が伝わってくる。
精霊は、僕ににっこりと微笑んでいた。
召喚師は、精霊の言いたいことを、どうやら魂で感じるらしい。
向こうから僕との契約を望んでいる。
願ってもない申し出に、僕は嬉しくなった。
「ああ、こちらこそ、よろしく、ウンディー」
ウンディーがぷるぷる、と身を震わせて僕の身体に飛び込んでくる。
水っぽい体に顔をふさがれて、僕は呼吸が止まった。
なのに、苦しさはぜんぜん感じない、ただびっくりしただけだ。
全身に水の膜が広がって、ウンディーの身体の中で、見えないエラを閉じたり開いたりして、呼吸をしているような気分になる。まるで生物として進化したみたいだった。
精霊と契約を交わし、僕の召喚師のレベルが、格段にあがっていく。
そのまま召喚魔法を発動しようとすると、いままでは記憶もあやふやなまま、一瞬で通過していた第九天の世界。
その様子を、はっきりと感じることができた。
そこは無音、無光、無距離、無上下の世界。
夜間飛行をしているような完全な暗闇に、ぽつぽつと浮かぶ光の粒。
たぶんそれらが、ウンディーの司る『水の魂』だろう。
大きさは分からないけれど、それらの『形』がわかる。
河の形に流れている水から、ペットボトルや泉の形にじっと佇む水。
人や動物の形をして動き回るのも水だった。
僕はその中からなるべく冷たい、けれども冷たすぎない水を選んだ。
そして、そっと『声』をかけて、呼び寄せてみる。
「……召喚、『水』だッ!」
やり方は、すでに僕の脳にインストールされている。
僕は片手を前に突き出すと、超小型の召喚陣を生み出し、そこからホースのように大量の水を噴出させ、ばしゃーっと、サクラハルに浴びせかけた。
「きゃーッ!?」
不意打ちを食らったサクラハルは、ごろごろ転がってソファの影に隠れ、おびえるプレーリードッグみたいにひょっこり顔をのぞかせた。
目に若干入ったのか、顔をごしごしと擦っていた。
「ふ……ふふふ……!」
「ま……マツヒサ!? いったい何をするんだ!」
「あはははは! これは気持ちいい、最高だ! これこそ僕の望んでいた力だ!」
僕は、はじめて使えるようになったまともな魔法の楽しさに、うち震えていた。
自由自在に水が打てる。これまでの鬱屈した勉強生活でたまっていたフラストレーションが、一気に爆発した。
「お前は魔法を覚えたての子供か!? やめろ、いかげんにしないと、召喚ポイントがガンガン減ってるぞ!」
「構うものか! 召喚、『南極の水』だ!」
「うひゃあぁぁ! それもう、ほとんど氷水じゃないか!」
豹変した僕に怯えて新居を逃げ回るサクラハルを、僕は後ろから水鉄砲で追撃した。
ウンディーが、きゃっきゃとはしゃいで両手をぱちぱち叩いている。
ずぶ濡れになったサクラハルは、怒るのも馬鹿らしくなったのか、濡れた髪をかき分けて、満面の笑みを浮かべていたのだった。
「無礼者め! あとで覚えていろ!」
けっきょくその日、僕は召喚ポイントが尽きるまで、ただひたすら水ばかり召喚し続けていた。
水を出すのに夢中で、ご飯やその他の生活雑貨を買うお金はすっかりなくなってしまっていた。
残り1000万SPもあったはずなのに、なくなるのはあっという間だ。
広い家に2人、僕とサクラハルは向かい合って、非常食のお粥をもそもそと食べていた。
「まったく、なんて召喚師だ、お前は。こんな召喚師の話は、アルンのどんな本にもなかったぞ」
「ごめん」
ご飯は買えなくなったし、新居のフローリングは水浸しになったし、いったいなんであんな馬鹿な事をやったんだろう? と今さら思わなくもない。
「やれやれ、とんだ入居初日だったな」
「ふふっ……くくく」
けれど、サクラハルはお粥を食べながら、にやにやと突然思い出し笑いをしはじめるのだった。
彼女もまた、召喚師の僕の成長を喜んでくれていたのだ。
「レベルアップおめでとう、マツヒサ」
「ああ、ありがとう」
それは僕が初めて召喚師として成長した日だった。
次に召喚するものの事を考えると、僕もつい期待を膨らませてしまう。
そして、深夜の12時。
なにもせずに待つことも召喚師の立派なお仕事だ。
待ちくたびれた僕たちの前に、「うにゃーん」というネコっぽい生き物の声と共に、基本召喚チケットが届けられた。
「にゃにゃーん! レベルアップおめでとうにゃ、マツヒサー!」
「待ってたよ、ケットシー!」
「とうっ!」
サクラハルは、風の精霊のアシストをうけた華麗なジャンプで、ケットシーごと基本召喚チケットを僕から奪い去った。
呆気にとられる僕とは対照的に、サクラハルの目は真剣そのものだった。
なにやら思いつめた様子で、しかし、片手ではやっぱりケットシーのぶっといお腹をもふもふしながら、なにやら不思議な提案をしたのだった。
「マツヒサ……目を閉じたまま、あるいは目隠しをしたままで、召喚は可能なのか?」
「えっ」
僕の勇者は、いきなり何を言い出すんだろう。
そんな召喚魔法を聞いたことがない僕は、問い返した。
「なにそれ?」
「し、質問に答えるのだ、可能なのかと聞いている!」
詳しく聞こうとすると、なぜかムキになるサクラハル。
おかしな質問をするな、と、僕は首を傾げた。
「召喚陣の描写がオートでできるのかってことだよね。たぶん、スキルがインストールされている以上、できない事はないと思う。実際にやってみない事にはわからないけど……」
「今すぐやってみるのだ。ほら、これをつかえ!」
サクラハルが髪を拭いていたタオルを押しつけてきたので、言われた通り僕はそれで目を覆って、後頭部のあたりで軽く結んだ。
サクラハルの髪の甘いにおいがして、不覚にもドキドキした。
いま、僕の目の前は物理的に真っ暗なわけだが。
サクラハルの位置がわからないので、彼女を触媒にしようとしても、正確に召喚陣で囲めないかもしれない。
「ねぇ、サクラ、いまどこにいるの?」
「……ちゃんとここにいる」
「なんだか声が震えてない?」
「……う、うるさい! い、いまは、その、準備中だからな! 話しかけるな!」
「なんで!?」
「目隠しをはずしたら、絶対に承知しないからな! い、い、一生口をきいてあげないからな!」
「ねぇ、ちょっと待ってよ、いったん落ち着こう。なんなの、これ!?」
「と、取るな! やめろ! いまは取るな! 死んでも目隠しを守れッ!」
「一体何が起こってるの!?」
「も、もう、なんでもいいから、早く召喚しろ! こ、これは想像以上にきつい! 私も、そんなに長くは持たない!」
もう僕には訳がわからなかった。
とにかく、サクラハルの声を頼りに、彼女の位置をだいたい把握した僕は、いつもどおり光の粒を乱舞させ、魔法陣を描写させていった。
ちゃんと上手く書けているかどうか、自信がない。
ひょっとすると、正円を書くつもりがずれているかもしれなくて、気になったが、目隠しを取ろうとするとすかさずサクラハルから
「い、いま取ろうとしたなッ!」
「だって、1日1回しかないのに、失敗したら困るじゃないか!」
「大丈夫だ、私を誰だと思っている! 私はお前の勇者なんだぞ! お前が失ったぶんは私がまた稼いでくるから大丈夫だ! とにかく取るな! 今はそのことだけに集中しろ!」
という泣きそうな声が飛んできて、気になりながらも、そのまま召喚魔法・レベル7を発動するのだった。
すべての感覚がふっと途切れ、無数の魂が浮かぶ第九天の世界にやってきた。
……おや?
気のせいだろうか、ひとつの魂が、やけに強烈な殺気をはなっているような気がする。
いや、それは気のせいなんかじゃなかった。
『水』の魂の形から、それは人であることは分かった。
その光の粒は、どんどん大きくなってくる。
凄まじい勢いで、僕に猛然と迫ってくるのだった。
危ない――。
と、僕は召喚陣ごしに身の危険を感じた。
「サクラさまぁぁぁぁぁっ!」
その勇者の魂は、こっちが声をかける前に、向こうからやってきた。
召喚陣の中心からぬっと黒い塊が飛び出し、カラスの羽のような漆黒のショートヘアを宙にひらめかせた。
メイドのようなエプロンとドレスに黒タイツ。
その手に持っているのは、日本刀。
僕に向けられた目には、殺意しか籠っていない。
片足が僕の胸にのしかかってきて、思わず僕はひっくりかえった。
黒ブーツを履いた両足は、僕をまたぎ、日本刀の切っ先を僕の太ももに向けて、今にも切り刻みそうな勢いでにらみつけてくる。
「……この変態召喚師め。ボクの王女さまにいったい何をなさっているんです?」
ツバキサラ
クラス 星7世界人
レアリティ SR
職業 アルン・デュン・ミリオン王国 第一王女サクラハル専属侍女
加護 光の大精霊 ルミナス
補足 サクラハルの事が大好きです。一緒にユニットを構成することで、潜在能力が20パーセント上昇します。
ようやくの思いで引き当てた、念願の、アルン・デュン・ミリオンの人間。
兵士じゃない、侍女。
第一王女サクラ専属。
だけど、どうして僕はレア勇者の召喚に成功するたびに、勇者に殺されそうになってるんだろう。
「ツバキ! 来てくれたのか……!」
「王女さま、ご無事で……!」
すぐ隣の小さな円に立っていたサクラハルを見たとたん、ツバキサラは表情を一変させ、泣きそうな顔でサクラハルに駆け寄った。
彼女は、裸のサクラハルを僕から隠すようにケープを着せ、抱きしめた。
僕は、熱くなった顔をさっと背けた。
なんか、知らないけど裸だった……。
えっ……なんで裸?
サクラハルが触媒としての性能を最大限に引き出すために、一切の装備を解除して召喚にのぞんでいたのだと知るのは、もうちょっと後のことだ。
「王女さま、変態召喚師のもとでさぞつらい思いをなさっておいででしたでしょう。ボクが来たからには、もう安心ですからね。さあ、王宮に帰りましょう!」
「待って、僕の勇者を連れて行かないで、ツバキさん」
新たな勇者に唯一の勇者が連れて行かれそうになって、僕はあせった。
けれども、ぐすん、ぐすん、と泣きじゃくるサクラハルと、サクラハルの頭を撫でて慰める侍女の姿はかなり絵になっていて、僕が口を挟めるような空気は、そこになかったのだった。