ほつれ糸の先にあるもの
男女の幼なじみ……と聞いてあなたはどのようなイメージを思い浮かべますか?
ラブコメ?うらやましい!……なーんて考えが頭をよぎる人が大半だったり?
いやいや、とんでもない!当たり前のように人前でオナラするし、いつも同じジャージだし……。
私は空気なの!?って思うのよ。
家が隣同士で産院からの仲……というベタな立ち位置だから、「気兼ねなく一緒にいれる人」と言えば聞こえはいいかもしれないけど、今年高校生になった現在たまには女として見てほしいのであって……。
これまたベタだけど好きになってしまったのだから仕方ない。
でも素直になれないんだなぁ、これが。
ドスンッ!とお尻のあたりに衝撃が走る。
11月のとある夕方、家までの帰り道のこと。
バスを降りる直前ちょっと気になった記事があり、滅多にやらない歩きスマホをしていたものだからバチが当たったのかもしれない。
犯人は……もちろんアイツ。
時間差で痛みが込み上げスマホを持ったままお尻を抑え、相手を睨みつける。
「なにすんのよ!」
「悪いことしていたから注意してやったんだよ。」
「だったら、口で言えばいいじゃない!」
「足が滑ったの。えへっ♪」
「全然かわいくねーよ!」
「はいはい。あ、文仁!早く来いよ!」
彼は声を荒らげる私をスルーし、20mほど後方でこちら側に駆け足をしている男友だちを呼び寄せた。
「常長さんゴメンね。やめろって言ったんだけど先に行っちまうだもん。」
「磯貝くんが謝る必要全くないって。全部コイツが悪いんだから。」
「だよな。ほら村井、早く謝れよ。」
「大丈夫だって。この脂肪たっぷりのケツに蹴りの1発2発入れたってどうってことねーよ。」
「ちょっとこれでも女なんだけど!?それに一応標準体型だし!」
「お前のことを女として意識したことなんて1度もねーよ。」
ズキッと心が痛む。
だからつい……。
「そんなんだとずっと彼女できないよ!」
幼稚園から今まで同じ場所で学んでバスケ一筋だったコイツに女の「お」の字も見かけなかった。
勢いで言ってしまったけれど絶対大丈夫という根拠のない自信に満ち溢れていた。
「あ、そうだ……。」
「うわっ!」
康太が何か言いかけたときコトッ!という音と共に磯貝くんが声を張り上げた。
スマホを道路に落としたらしい。
「ちょっと、大丈夫!?」
反射的に声をかける。
彼は慌てることなく地面へと手を伸ばしスマホを拾った。
「悪い悪い、時間見ようとしたら手が滑った。」
「もう、気をつけてよー。」
ホッと胸をなで下ろす。
あれ?何か忘れているような……。
まぁ、いいか。
「やっべ。」
磯貝くんがスマホを見るなりつぶやいた。
「ちょっと約束してたんだった。悪いけどここで。」
「はいよ。1組の越方だよな?お熱いことで。」
康太がそう言うと彼は照れた様子で頭をワシャワシャ掻いた。
なんとなく顔を思い浮かべる。
「じゃ、またな。」
「おお、進展あったらLINEくれよ。」
「何言ってんだバカ。」
康太の冗談に半ば呆れつつも笑顔で駅の方向へ走り出した。
ほとんど場所を動かなかったことに今更ながら気づいた私は歩を進めた。
家が隣同士なので自然と肩を並べる。
「磯貝くん、いつの間に彼女できたんだね。」
「ああ、先週付き合い始めたんだと。」
「ふーん……。あ、思い出した!女に蹴り入れるヤツに彼女できないよ?」
私はハッとして一気にまくし立てた。
「あー……うん……。そのことなんだけど……。」
「なに?男なんだからハッキリ言いなさい!」
煮え切らない表情に私は康太の背中を軽く手のひらで叩く。
「いてっ!こういうときだけ男男言うんじゃねーよ……。」
これくらいの悪態は慣れっこだ。
気にもとめず次の言葉を待つ。
「さっき学校出るとき告られた。」
「……え?」
視界から外れたのに気づき数歩後ろで立ちすくんでいる私に振り向いて目線を合わせた。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。」
心情を察してほしくなくて頭を振り平然を装い、彼の元へ急ぐ。
「誰?」
「2年の先輩。でも結構美人だったな。」
「ふーん……。で?付き合うの?」
『断った』
そう言ってほしかった。
でも素直になれないから強がってしまう。
「そりゃ、向こうが好意をもって言ってくれたんだから付き合うに決まってるだろ。」
最悪だ。
もうこの際気持ちを伝えてしまおうか。
でも、キレイごと無しに対等に話せる関係を壊したくなかったから言葉を飲み込む。
「そっか、おめでとう!」
大袈裟に拍手を送る。
康太は少し驚いたようだったが満更でもなさそうだ。
「これで俺と文仁に彼女ができたことだし、次はお前だな。早く付き合わねーと乗り遅れるぞ。」
「うるさいわね!わかってるってば!」
それぞれの家が近づき私はマトモに彼の顔が見れなくなりつい小走りになる。
「それじゃ、また明日!」
「おう!じゃあな、里莉。」
ドアを開けていつも通りにあいさつをする。
チラッと横目で見ると康太も家に入ったようだ。
私を呼ぶときは「お前」なのに久しぶりに名前で読んでくれた。
そういうところがずるい……。
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彼女は確かに美人だった。
おおざっぱで掃除や料理が苦手な私と正反対の完璧な人。
学校に行く度嫌でも目にする。
磯貝くん越方さんとの4人でダブルデートもしたらしい。
『康太の幸せなら……。』と自分に言い聞かせたが片思い相手の惚気を面白おかしく思う奴なんていない。
『早く別れてしまえ』なんて黒い考えが渦巻くのも事実。
だから『秒読みで別れそう』と康太からLINEの通知が来たときは自分の中の悪魔に感謝をした。
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「え?どうしたの?」
『性格が合わないかもって言われちまってさ。』
「んー、愚痴はたくさん聞いてきたけど今回は違う感じだね。」
『だろ?どうすっかなー。』
「最終的に決めるのは康太だけどね。」
『わかってるって。』
「……ねえ、来週のクリスマスイブって予定空いてる?」
『なんだよ、急に。』
「慰めてあげるから教えてよ。」
『なんじゃそりゃ。まぁ、昼間なら大丈夫。』
「サンキュー!じゃ、おやすみ!」
『おやすみ。』
メッセージを確認しベッドに横たわる。
少しくらい夢見たっていいよね?
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クリスマスイブの夕方。
母親に夕飯までには帰ると言い残し集合場所の公園へ向かう。
高校生にもなってパーティなんてあまり喜ばないよ。
どちらかというならお年玉が貰える正月になってほしかったり。
そんなことを考えている間に目的地に着く。
康太はベンチに座りながら寒そうに両腕を摩っていた。
隣に座り声をかける。
「ゴメン。待った?」
「んや、大丈夫。俺が早く来ただけだから。」
LINE送りあって一緒に歩いてもよかったかも……なんて思いを巡らせても後の祭りである。
「で?話って?」
いきなり本題から入るのか……。心の準備が……。でも仕方ない。
「その前にこれ!開けてみて!」
私は康太に紙袋を差し出した。
不思議そうに眺めるが、素直に受け取り中身を取り出す。
「これって……。」
目を丸くしている。
無理もない。ここ1週間内緒にしていたのだから。
口の軽い家族に口止めをするのは大変だったけどちゃんと渡せて良かった。
空色の手編みマフラー。
空が好きなのは知っていた。
特に夏の夕焼け空。
ずっと室内にいるので部活帰り外に出る度に感動するらしい。
オレンジだけでなく雲の白、夜になりかけを表現した薄紫、まだ青空の部分の水色を数段ずつ棒編みしたのだ。
「どう?」
「すげぇよ。編み物だけが取り柄だったもんな。」
ひとこと多いけれど嬉しかった。いつもの元気な康太だ。
今なら言える。
「あのね、私ね……。康太のことが好きなの……。」
言った。言ってしまった。
一生分の勇気をここで使った気がする。
真冬なのに全身が暑い。
康太は黙っている。
「ねぇ、返事は?」
ついつい急かしてしまう。
少しの間のあと口を開いた。
「ゴメン。」
……『付き合おう。』じゃないの?
嘘だと言ってよ。
でも真剣そのものの目は本当のことを言っている。
私は目線を外せずにいた。
「正直まだ納得できないんだ。彼女の元カレとは遠距離恋愛で自然消滅したらしい。俺と付き合ったのもその寂しさを忘れるためなんだそうだ。でもちゃんと答えを聞くまでは寄り添ってあげたいと思っている。それに……。」
目を下に向ける。
「里莉はどうしても恋愛感情で見れないんだ。」
夢が崩れていく。これが現実……。
「そっか……。わかった。」
「だからこれも彼女に何を言われるかわからないから巻けないんだ。本当にゴメンな。」
マフラーを私の首に巻く。
暖かいのに心は寒い。
好きになってほしくないんだったら優しくしないでよ。
康太は吹っ切れたようにベンチから立ち上がり私の方へ向いた。
「これから彼女のところに行ってちゃんと話してくる!後悔のないようにしたいからな!」
その目はキラキラと輝いていた。
フラれてもこの人のことが好きなんだと自分を笑ってしまう。
「……ひとつだけ約束してくれる?」
「ん?」
「もしまた付き合うことになったらどの恋人より幸せになるって!応援してるからな!」
「……おう!当たり前だ!」
「じゃ、行ってこい!」
「里莉、ありがとな!」
康太はそう言って公園を後にした。
いつの間にか雪がはらはらと降り始めてきた。
「ホワイトクリスマスかぁ……。」
曇天の空を見上げそうつぶやく。
16年の人生で最も悲しいクリスマス。
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「……はい、できました!採点お願いします!」
「どれどれ……?ふんふん。」
小テストの丸付けの作業。この瞬間が緊張する。
「うん!完璧、満点だよ!」
「よかった。」
ほっと胸を撫で下ろす。
あれから2日経ち、家庭教師を家に招き入れ勉強をしていた。
真黒明莉先生は3つ年上の大学生で名前の通り太陽のように明るい笑顔が特徴的なお姉さんだ。
ただ苗字が暗くて嫌!と嘆いているけれど。
また私と同い年の弟がいるらしい。
「よし、ちょっと休憩しよっか。」
「はい。」
ちょうどタイミングよく母が温かいミルクティーと軽いお菓子をもってきたのでありがたくいただく。
ふと……2日前のことを相談したくなった。
今日を逃すと来年の5日まで会えない。
ずっとモヤモヤするよりここで吐き出した方が良いに決まってる。
迷惑そうな顔を少しでもしたらやめればいい。
私は恐る恐る切り出した。
「あの……ちょっと良いですか?」
先生は朗らかな様子から真剣な顔つきになり、私と真正面になるようにデスクチェアの向きを変えた。
「どうしたの?」
「手短に済ませますので。聞いてほしいことがあるんです。」
「実は今日家にお邪魔したときから受け答えはちゃんとするんだけど、どこか上の空というか、ずっと元気がなさそうだったから心配してたんだ。相当深刻そうだしもう授業は終わりにしてとことん聞くよ。」
「すみません……。ありがとうございます。」
「あと本棚の端っこに解いた毛糸が見えたんだ。ぬいぐるみで隠してあるけどすぐわかったよ。それを片付けないってことはそれなりの事情があるんじゃないかなって。」
お見通しってわけか。恥ずかしい。
でもこれで包み隠さず話せそうだ。
康太のことは何度も話題にしていたから好きでいるのもバレバレだったらしい。
告白のあとLINEが来ていたが既読スルーし、悔しくて情けなくてマフラーを全て解いてしまった。
彼女との関係をやり直すとあったがどうでもいい。
ほとんどご飯も睡眠も摂らないまま今日を迎えた。
せっかくのクリスマスの料理を食べなくてお母さん心配していたな。
「康太の気持ちは尊重したいんです。生まれてからずっと成長を共にしていて、ある意味家族よりも大事ですから。」
「私だったら彼女を押しのけてでも付き合いたいって思うけどエラいね。」
「そこまでガツガツしませんって。」
まさかの返答に吹き出してしまった。
久しぶりに笑った気がする。
「さて、この塊をちゃちゃっとまとめちゃいますか。ずっとこのままあっても邪魔でしょ?」
「そうですね。本当にすみません。」
「謝らなくていいって。それよりせっかくいい色の毛糸なのにもったいないね。」
「でも作る相手がもういないので処分に迷っているんです。」
「じゃあ、こんなのはどう?」
先生はメモ用紙にあるものを書き始めた。
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1月1日の朝7時。
早朝だというのに神社には人でごった返している。
康太と行く初詣は毎年恒例になっていて、去年は高校受験でお世話になった場所だ。
今回も入口で待ち合わせをしている。
ただいつもと違うのは彼女さんがいること。
「おはようございます!あけましておめでとうございます!」
「おめでとう!」
実は彼女さんと面と向かってに話すのは初めてだったりする。
当たり前だけどね。
でももう大丈夫。
「里莉ちゃんのそのマフラーかわいいね!手作り?」
「はい。そうなんです。」
康太がちょっと複雑そうな顔をしたが見ないフリをする。
「コイツ、ガサツなのに編み物だけは得意なんだよ。」
「だけとは何よ!もっと魅力あるもん!」
反撃にとダウンジャケットのフードを思い切り 引っ張る。
その様子を見た彼女さんはクスクスと笑った。
「本当に仲が良いんだね。」
「幼なじみですから!なんだったら小さいころの話しましょうか?」
「言うなっつったろ!?ほら、行くぞ!」
「はいはい。」
私たち3人は参拝の列に並んだ。
大晦日の夜まで頑張って作ったマフラーを褒められて本当に嬉しい。
明莉先生からモチーフを教わった。
四角く編んだパーツを組み合わせ1つの作品にするのだ。
先生も編み物をするなんて初めて知ったし、ネット上で販売もしているほどの器用さだ。
4色の毛糸を1段1段変えそれはそれは素晴らしいものになった。
前回と違い今度は身も心も暖かい。
今年は良い年になるといいな。