2 ヘタレ勇者は異世界でもやっぱりヘタレだった ⑥
その声とともに満を持して現れたのは、白い鎧を身に着けた七人の騎士である。
「魔法騎士様」
「魔法騎士様」
一瞬の静寂後、悲鳴が歓喜の声に変わる。
魔法騎士とは、この世界で最高ランクに属する戦士であり、剣技はもちろん魔術も熟達しなければ与えられない称号であり、ひとりで兵士千人に匹敵するともいわれ、王都を除けば通常大きな城でも一名しか配置されていないものである。
その貴重な戦力である魔法騎士が七人もこの城に集められていたのは、もちろん悪逆非道な魔王軍幹部、すなわち麻里奈たちであるが、この地方を荒らしまわっているその魔王幹部たちを討伐するためである。
一方の討伐される側であるが、こちらは相変わらず低レベルの会話が続いていた。
「魔法騎士?なにそれ」
「なんだか知らないけど、またお約束の人たちが登場したみたいだよ」
「まったくです。そんなにまみたんのパンツが見たいのでしょうか」
「そうだね。全員がまみたんのパンツを見たそうな顔をしているし」
「そういえば、どことなく橘に似ているよね。変態は万国共通の顔になるということか。いや、異世界だから万国ではないか。もしかしたらあいつら全員名前が恭平というのかもしれないな」
「ふざけるな。俺は断じて変態ではない」
「とりあえず、まみたんがパンツを見せたら許してくれるかもよ。試しに騎士さんにパンツ見せたら?」
「嫌です」
「それよりも先生がスクール水着を脱いだらどうですか?」
「そのとおり。先生の裸は目つぶしになるよ」
「ちょっと、なによ、目つぶしって」
「いや、言葉通りだけど」
「見たくないものを見せられて全員目をつぶる。みたいな」
「笑える」
「うん、笑える」
「笑えます」
「私はちっとも笑えないのだけど」
「さてと。こちらもお約束をやっておこうかな」
身内での低レベルの醜い言い争いが一段落したところで、麻里奈が一歩前に出て、戦士たちにこう宣言した。
「あんたたちが私たちを戦いたいのはわかった。戦ってあげるけど、その前に一言言っておくね。私たちには風系魔法は通じません。それから炎系魔法を通じません」
この瞬間、相手からは失笑が漏れ、味方のうち三人ほどが頭を抱えた。
まず敵方。
「魔王軍幹部とやらは、相当なアホだな」
「我々がそう言われて魔法を使わないとでも思ったのか」
「まったくだ。まるで自分たちの弱点を披露しているようなものではないか」
「こんな頭の悪いやつらに勇者カルや大魔導士フヤが本当にやられたのか」
続いて、味方。
「またですか。まりんさん」
「そうだよ。わざわざそういうことを教える必要があるのか」
「本当だよ」
「私はちゃんとその魔法は通じないと言ったよ。それをどう受け取るかは相手次第だよ。私の責任ではないから。ついでに」
麻里奈はそう言うと、再び口を開き騎士たちに呼びかけた。
「それから、そこの黒いフルプレートの騎士はどんな魔法も通じないうえに、動きも俊敏だからね。攻撃しないほうがいいよ」
当然先ほどの恭平の醜態を見ていた相手は爆笑し、味方ではそれに該当するある人物が頭を抱えた。
「それは俺を狙い撃ちにしろと言っているのと同じではないか。ヒロリン、今度こそ忘れずに防御魔法をかけろよ」
「わかりました。すぐに最高の防御魔法と最高の攻撃補助魔法をかけますから、恭平君は重い甲冑を脱いで突撃してください。これぞ名誉『返上』、汚名『挽回』のチャンスです。もちろん、まみたんに恭平君の凛々しい姿を見せられるチャンスです。敵に強力パンチがお見舞いできますから、重い剣も必要ありません。……さて防御魔法の準備完了しました。恭平君。突撃してください」
「サンキュー、ヒロリン。恩に着る。まみ、目に焼き付けてくれ。俺の雄姿」
そう言って重い甲冑を脱いだ恭平は……パンツのみ。
「橘さん、それはだめです」
「橘、貴様、はっ恥を知れ。本当にやるバカがどこにいる。この変態」
「う~ん、久々に見る若い男の子の裸体。これは目の保養」
やはりというか当然というか、女性陣からの評判は非常に悪く、まみは顔を真っ赤にして手で顔を覆い、普段は恭平に全裸になれなどと罵声を飛ばしている春香の声も上ずる。
強欲守銭奴教師だけは別の感想を述べているところは、さすがおばさんというところか。
「私は立派なおとなだけど絶対おばさんじゃないから。それから幼児体形でもないから間違いはすぐに謝罪して訂正してよ」
このNGワードだけは天の声でも聞き逃さないおばさん教師上村恵理子の訂正要求はさておき、防具をなにひとつ身につけず、手ぶらで向かってくる敵に、騎士たちが遠慮しなければならない理由などまったく存在しない。
一斉に矢を射かける。
「痛っ。おい、ヒロリン、矢が刺さって痛いぞ。防御魔法が全然利いていないぞ」
「あっ、恭平君の雄姿に見とれて、準備はしましたが魔法を唱えるのを忘れていました」
当然これも嘘である。
「お前、それはないぞ。痛っ、死ぬ……死んだ」
「……橘さん」
哀れ恭平、パンツ一丁という実に恥ずかしい姿で、恥ずかしい死を迎え、またもまみの評価が下がることになる。
まさに、名誉「返上」、汚名「挽回」である。
もちろんそれだけにとどまらない。
「愚かだ。あまりにも愚かだ。ヤツは北高の生きる恥だ」
「本当だよね……今は生きていないけれど」
「おい、橘は本当に入試に合格して北高に入ったのか。裏口入学だろう。絶対に」
「恭平君にそのような強力なコネはありません。それに北高は公立だから裏口は存在しません」
「と言うことは驚くべき奇跡の結果ということになるな」
「そういえば、恭平君は私が北高に合格したのはバチカンに報告するくらいの奇跡だと言っていたそうです」
「そうそう言っていたよ。ヒロリンたちがいないことを念入りに確認してから大声で」
「それはバカな貴様が北高に合格したことだと言ってやれ」
最終的には、北高の不正入学疑惑に発展するまでの案件となった恭平の恥ずかしい死であった。
「とりあえず恭平は邪魔だから戦闘が終わるまで放置しておこう」
「そうですね。あのままにしておきましょう」
そして、早々に麻里奈に戦力外通告を受けた恭平はこのままパンツ一丁の恥ずかしい姿を晒し続けることになり、戦闘が終わったあとに復活した彼を待ち受けたものは老若男女を問わない「変態」「露出狂」という罵声と変質者を見る冷たい視線となる。