2 ヘタレ勇者は異世界でもやっぱりヘタレだった ④
実は恭平が仲間ではなくただの荷物持ちであるという悲しい現実が明らかになったところで、麻里奈が別の提案をする。
「しかたがないな。では私たちが城を出るまでの間は誰かを人質を差し出しておくか?」
麻里奈にしてはしごくまともな意見だったのだが、ここで鎧の重さため、剣を杖替わりに使用してやっと歩いていた恭平がその言葉を口にした。
「麻里奈よ、殊勝にも自ら人質になるのか。お前にしては珍しいな。お前が他人のために犠牲になるなど今までなかったことだ。俺は今すごく感激しているぞ」
「なんで私が人質ならなければならないのよ」
「さっきは提案者がどうのとあったから、今度当然もそうなるだろイダっ」
ちなみに、この麻里奈による恭平への拳による制裁が、先ほど場内の兵士が恐怖していた魔王幹部による暗黒騎士への暴力シーンとなる。
「そんなわけないでしょう。人質といえば、やっぱり、まみたんか恭平だよね」
「私ですか……」
「なんでそうなる。俺だってそんなものなりたくないぞ」
麻里奈から理由もなく一方的に人質候補に指名されたまみと恭平は当然のごとく抗議の声を上げる。
しかし、ふたりの抗議などどこ吹く風とばかりに、元エセ文学少女が話に加わり計画はどんどん進む。
「そうですね。では、もっとも民主的な方法で決めましょう」
「そうだな。多数決だ。では、まみたんが人質になるのがいいと思う人」
当然賛成は恭平ひとりである。
「おい、こういう時は美少女が人質になるというのが定番だろう。ここは絶対にまみが人質になるべきだ」
「橘さん、ひどいです」
日頃愛しているだの好きだのと言っていながらの恭平のこの発言である。
言葉の端々から滲み出る器の小さい小物感丸出しの恭平に、まみはじっとりした軽蔑の視線を浴びせたものの、ここは恭平も必死である。
彼には十分予測できる。
もし、自分が人質になれば、面倒になった麻里奈や、そもそも助ける気などない春香の意見によって誰も救援にはやってこないことを。
その後は……どう考えても明るくない未来しか想像できない。
そういうことで、自分が助かるためには、なんとしてもまみに人質になってもらわねばならない恭平は、最近読んだ某小説の筋書きをそのまま引用したできの悪い言い訳を語り始めた。
「だいじょうぶだ。その後に漆黒の鎧を身にまとった勇者であるこの俺が華麗に登場して、拷問官にあんなことやこんなことをされそうになっているまみを危機一髪で救出する。というのが、このような世界での定番だ。そして、ふたりは愛によぅって結ばれっ○▼※△☆▲※◎★●」
「バカなの。あんたみたいなヘタレに、そんなことができるわけがないでしょうが。あんたがもたもたしている間に、まみたんになにかあったらどうするのよ」
「ありがとうございます。まりんさん」
脳天直撃する拳を見舞った麻里奈でなくても、恭平のできもしない妄想に付き合う者などいるはずもなく、当然のように批判の声が恭平に向けて山のようにやって来る。
「まりんの言う通りだよ。橘君、そういうのをマッチポンプというのよ。そういうことなら、あなたが最初から牢屋に入ればいいでしょう。ひとりで」
「まったくだ。橘であれば、ほかに用があれば助けにいかなくてもいいからな。さすがにまみたんであればそうはいかない」
「そうだね」
「では、次にこのクズ恭平君が人質になって全裸で牢屋に入れられるのがいいと思う人」
こちらも当然残り五名が挙手をする。
「おい、さっきの話を聞いていなかったのか。俺なんかを人質として差し出されても相手は喜ばんぞ」
「いやいや相手は知らないが、こちらは非常にめでたい。なにしろ邪魔者を堂々と厄介払いできるのだからな。これを一石二鳥という」
「それに食費も浮くし。でも心配しないで。橘君にもちゃんと無料の囚人食が出るはずだから」
「それに、これは民主的な方法で決まった神聖なものですから、民主主義国家の空気を吸っていた者として、これは絶対に従わなければならないものなのです」
「そのとおりだ。それに悪いことばかりではない。橘、お前の大好きな暗くじめじめとした狭い牢屋で、お前がさらに大好きな鞭打ちの刑が待っているだから。お前にとって鞭打ちは最高のご褒美だろう。相手に予定がなければ、こちらか厳しい鞭打ちをお願いしてやってもいいぞ。もちろん傷口に塩を塗り込むスペシャルオプションも頼んでおいてやる」
「もしかしたら蝋燭責めとかもあるかもしれないよ。人質になるのが楽しみになったでしょう」
「先生まで、ひどいですよ。俺はそんなものちっとも望んでいないから。そもそもそれは人質じゃなくて罪人だから」
「その割には随分楽しみにしていそうな顔をしているじゃないの、橘君」
「そういうことは絶対にないから!ちなみに麻里奈よ。俺が人質になった場合でも、ちゃんと助けに来てくれるという確約が欲しい」
「……う~ん。それは難しいよ。町でいろいろやりたいことがあるし、忘れることだってあるし。暇があって忘れていなければ行ってあげる」
「ということで恭平君。救援はないものと諦めてください」
「お別れだな、橘。あの世で達者に暮らせ」
「そうそう」
「ふざけるな。助けに来るという確約がなければ俺は人質にはならん」
この場に及んでなおも見苦しく駄々をこねる恭平を冷ややかに眺めていた暗黒魔導士ヒロリンこと立花博子だったが、ため息をひとつつくと実に現実的な妥協案を麻里奈に提示した。
「仕方がないですね。まりんさん、いいではないですか。恭平君が欲しいという確約とやらだけを出してあげれば」
もちろん麻里奈も博子の意図をすぐに察した。
「なるほどそうだね。確約を出すだけ出して、騙された恭平が人質として牢屋に入ってしまえば、あとはこっちのものということか」
「そういうことです」
「決まりだね。では確約してあげるから、恭平、安心して人質になってよ」
だが、大きな声で話すふたりのこの会話の内容をすぐ隣で聞かされていた恭平が納得するはずはない。
「おい、そういう話はコッソリやれ。ではなく、それでは助けるという確約にはならないではないか。先生からもこの外道ふたりになにか言ってください」
恭平の言は正しい。
ただし言った相手が悪かった。
「助けるかどうかはお金次第だね。橘君、助かりたいなら仲介料として私にいくら払う?」
「味方に身代金を払うなど聞いたことがないですよ。先生」