2 ヘタレ勇者は異世界でもやっぱりヘタレだった ①
「来ました」
「間違いないのか。俺は魔族というものを初めて見るが、おかしな格好をした人間の女にしか見えないぞ」
「しかし斥候たちの報告とも、旅人たちからの話とも一致しているので間違いありません。この周辺で冒険者を虐殺し、略奪行為を繰り返している極悪非道な魔王軍幹部とその子分どもです」
「わかった。城主様へ連絡しろ。噂の魔王軍幹部が襲来したと」
ここは、この辺一帯を支配するミニヤ王国の城塞都市のひとつであるダハシュールである。
その城壁の上から兵士たちが監視している相手というのは、異様な服装をしている六人組である。
「フルプレートの暗黒騎士を荷物持ちに使役するとは、噂通りだと考えた方がいいだろうな。あっ、また暗黒騎士が殴打されているぞ。なんと恐ろしい光景だ」
「勇者カルや最高位魔導士フヤをなぶり殺しにするくらいの力を持ったその凶悪な魔王軍の幹部がなぜこんな辺境の地に現れたのだ。今までそんな魔族現れたことがなかったのに」
「もちろん目的は我々を皆殺しだろう。なにしろ『オノデラマリナ』とかいう魔王軍幹部は勇者カルを笑いながら拷問した挙句、八つ裂きにしたそうだから、暇つぶしに俺たちを殺しに来たのだろう」
「いや、俺は『ババハルカ』なる恐ろしい名前を持った一番凶暴な魔族が勇者カルを叩き殺したと聞いたぞ」
「どっちにしても、もう終わりだ。皆殺しにされる」
「だが、若い女を差し出せば皆殺しだけは勘弁してくれるというぞ。なにしろ『オノデラマリナ』はたいそうな女好きらしいからな」
「お前、娘たちをあいつらに差し出して自分だけ助かろうというのか」
噂というものは怖いものである。
たしかに、春香の凶暴性など真実に近いものもあるのだが、もし「オノデラマリナ」が女好きなどという話を、中学生時代から自分はまったくそのようなことがないにも関わらず年下の女子生徒にまで迫られていた暗い過去を持つ麻里奈本人の前でするようなことがあれば、それこそ「私にはそのような趣味はない」という一言とともに瞬殺される憂き目に遭うのは確実である。
ということで、近づくだけで早くも兵士たちの内部崩壊を引き起こしている魔王軍幹部一行とは、いうまでもなく麻里奈たちのことである。
もちろん麻里奈たちは魔王軍ではなく、そもそも自分たちはそのように名乗ったこともなかったので、本人たちはそのような自覚などないのだが、噂と憶測に数々の実績が加わって短期間の間にそのようなことになっていたのである。