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1 小野寺麻里奈が異世界にやってきた

 悪の組織「創作料理研究会」を率いる小野寺麻里奈が、部活動中に突然根城としている千葉県立北総高校通称北高の第二調理実習室から異世界に飛ばされた。


 ごく一部にはもう少し好意的な意見もあったものの、関係者の多くは、これはこれまで各方面に多くの迷惑をかけた麻里奈の悪行に対する天罰に違いないと考えた。


 だが、それをおこなった者が誰かはわからぬが、麻里奈を異世界に飛ばして恨みを晴らす、またはお灸をすえて反省を促すことが、その目的であったのであれば、その思惑は完全に外れてしまったといえるだろう。


 なぜか。


 たしかに麻里奈は異世界転移されたことに対して、いつものように盛大に文句を言っていた。


 だが、ただそれだけのことであり、麻里奈は、後悔も、もちろん反省もしてもおらず、異世界に来ても、いつもと変わらぬ小野寺麻里奈だったからである。


 あれから十日。


「なんだ。そろそろ目が覚めたら元の世界に戻っているかと思ったら、また昨日と同じと所じゃない。なんで戻れないのだろうね」


「麻里奈よ、それはもちろんお前たちの日頃のおこないが悪いからに決まっているだろう。悪逆非道なお前たちだけならともかく、品行方正で誰からも後ろ指を指されることのない伝統ある北高生徒にふさわしい爽やかで常識ある立派な男子高校生であるこの俺まで巻き添えを食うなどまちがっているだろう。お前ら、俺に謝れ」


「何を言う。橘が小学生の妹のスカートの中を覗いただけでなく、交番の前で全裸になって妹のパンツを被るなどという変態行為をおこなったから、こうなったに決まっているだろう。迷惑を被ったのは私たちの方だ。反省してこの場で切腹しろ」


「そんなことなどをこの俺がするわけないだろう!それから春香、お前とヒロリンはなにかと言うとすぐ俺を全裸にしたがるが、それをセクハラというのだ。よく覚えておグェ……」


「どっちにしても、悪いのはあなたたちでしょう。それなのに顧問だったばかりに、私まで異世界に飛ばされるなんて理不尽すぎるわよ」


「いいじゃないですか。先生、ここにいればお金を使わなくて済みますから、お金が貯まりますよ」


「それはそうだけどヒロリン。たしかにお金を使わないのはいいことだけど、貯まったお金はどうするのよ。それにこんなところにいたら、給料がちゃんと振り込まれているかを確かめられないじゃないの。時間外手当と危険手当だけでなく、高額の僻地手当もきちんと加算されているかが心配よ」


 そう、たしかに天下の大悪党小野寺麻里奈は異世界に島流しになったのだが、島流しにあったのは彼女だけでなく、たまたま部活中だったために、一緒にいた創作料理研究会関係者全員も巻き添えを食った形で異世界に飛ばされてきたのである。


 とりあえず麻里奈の副官としてこれまで麻里奈が起こしたさまざまな悪事に積極的に加担していた立花博子や、麻里奈の下僕見習い候補として日々こき使われている幼なじみの橘恭平が、麻里奈とともに島流しに遭うのは当然だと言えるだろうし、この悪の組織を財政面で支えている馬場春香や、どのような時でも私利私欲だけで行動し、その結果名門料理研究会を廃部の危機にまで追い込んだ創作料理研究会の顧問である上村恵理子が島流しになったのもやむをえないことだと言っておこう。


 だが、他の五人と違い常識人であり、北高どころかこの周辺で一番かわいいという評判である「北高の至宝」モテモテ女子高校生松本まみまで異世界に送ってしまったのは、やはりこの行為をおこなった者の大きな誤りだったと言わざるを得ないだろう。


 もっとも、まみ本人は別の意見を持っていた。


 彼女はこう断言する。


「私は、まりんさんと一緒なら、異世界でも宇宙の果てでも、ぜんぜん構いません」


 中学一年生の春に、同じ一年生の片山恭を中心とした四人の男子に「身体検査」をされそうになっていたところを麻里奈に助けられて以来「麻里奈ラブ」であるまみにとっては、麻里奈と一緒にいられことがすべてであり、そこがどこであるかなどどうでもいいことなのである。


 さて、小野寺麻里奈率いる悪の組織「創作料理研究会」が消えたことにより、北高だけでなく現世全体が平和な日常を取り戻せたわけなのだが、逆に麻里奈たちがやってきたこの世界がどうなるのかといえば、これまで現世で起こっていた悲惨な出来事が次々に起こることは想像に難くないであろう。


 しかも、これまで現世で起こった各種迷惑行為の大部分は、「ねごしえーしょん」と呼ばれるよからぬ話し合いによるものだったため、被害範囲もその規模も限定的だったのだが、この世界にやってきた麻里奈たちには、どういうわけか、それにふさわしい力が与えられてしまったので、その被害は範囲も規模も飛躍的に拡大した。


 すでに、不運にも麻里奈たちと出くわしてしまった魔族や魔獣は、一方的に叩きのめされ、一部は夕食の食材にされて麻里奈たちの胃袋に収まっていたほか、この世界の平和に貢献していた、いわば正義の味方である冒険者グループ七つが麻里奈たちに戦いを挑んだために不幸な結末を迎えていた。


 もちろん、冒険者たちにとっては、「オノデラマリナ」という名の女リーダーの傲慢すぎる言動と、どうみてもその怪しいいで立ち、さらに食料の無料提供を一方的に要求する態度から、最低でも盗賊の類であると判断して戦闘に入ったわけなのだが、なにしろ相手が悪かった。


 ……色々な意味で。


 結果はもちろん麻里奈たちの完勝だったのだが、麻里奈たちは彼女たちのいつもの合言葉である「死なない程度」に痛めつけた彼らから当初要求していた食料だけでなく金品、武具、はては魔法まで奪い取った。


 もちろんそれだけでない。


 まさしく身ぐるみを剥がれた瀕死の彼らを、お仕置きと称して現場に放置してきたのである。


 実は不幸な彼らの中には、この世界では有名な勇者率いる最強冒険者グループもふたつ含まれていたのだが、彼らの消息はこの後聞くことはなく、おそらく動けなくなった無防備の彼らを発見した魔獣か、異様な姿をした六人組の人間に運搬中の献上品を奪われ人間への復讐に燃える魔族に襲われて、不本意な最期を遂げたと思われる。


 だが、少なくても麻里奈は、あくまで自分たちは被害者であることを主張したいらしい。


「どこだか知らないけれど、ここはコンビニひとつもないとは不便なところだよね。それに間違いなくここの人間は野蛮だよ。なにかって言うと剣を振り回すし、わけのわからない魔法で攻撃してくるし」


 さすがはこの悪の組織創作料理研究会の中心人物小野寺麻里奈である。


 彼女のどこに向けられているかもわからぬクレームはさらに続く。


 それは、彼女が纏う衣服に関するものだった。


「だいたい、これから異世界で大活躍する私たちが、なぜこれを着なければならないよ。異世界なら異世界らしい格好というものがあるでしょう。自分がイマジネーション貧困で私たちにふさわしい服が思い浮かばなかったのなら、私に土下座して泣きながらお伺いを立てるのが、私たちを異世界に飛ばした者の義務というものでしょう。まったく気が利かない」


 麻里奈が言うこれとは、自分たちの着る北高の制服である野暮ったいセーラー服のことだったのだが、麻里奈が考える異世界で活躍するときにふさわしい服装とやらがどういうものかは今もって不明である。


 だが、ある種の本では常識となっている異世界の女性剣士が身に着ける露出度の高い甲冑などが用意された日には、世の理すべてを無視して天界まで駆け上り、神に「セクハラ神」、「変態」などと盛大にクレームをつけ叩きのめすのが、小野寺麻里奈という人物ではある。


 それはそれとして、こちらに関しては、すぐさま異論を唱える人物もいた。


「まりんたちは、まだいいじゃないの。そんなにセーラー服が嫌なら、私のものと取り換えてあげるわよ」


「それは遠慮しておく。いや、それだけは遠慮しておく」


「わざわざ言い直さなくていいわよ」


 麻里奈に服装の交換を持ち掛け、即座に断られたのは、今となっては「元」という漢字が必要となった創作料理研究会顧問で、現世では強欲守銭奴教師だった上村恵理子二十四歳である。


 ちなみに、彼女の服装は……スクール水着。


 しかも、「かみむら えりこ にじゅうよんさい ばすとななじゅうよんせんち えーかっぷ」と胸に張られた白い布に大きく書かれている。


「おかしいでしょう。立派なおとなである私が小学生用のスク水というのは。しかもなんで年齢と胸の大きさがなぜ書かれているのよ?現在はこういう個人情報は保護されるということを神様なのに知らないの?だいたいこれは間違っているし」


「どこが間違っているのですか?」


 泣きそうな顔で必死に不平を並べ立てる恵理子に不思議そうな顔でそう訊ねたのは、黒縁メガネをかけた地味顔というその容姿のために、この世界に来てもなぜか田舎臭いセーラー服姿が似合ってしまう現世ではエセ文学少女だったヒロリンこと立花博子である。


「もちろん、胸のサイズに決まっているでしょう。なにが『ななじゅうよんせんち』よ。これは計測方法に大きな誤りがあるのよ。正しい測り方をすれば最低でも八十センチはあるわよ」


「先生、それは大本営発表というものです」


「妄想かもしれない。それとも希望数値かも」


「まったくだ。私に言わせれば、『ななじゅうよんせんち』だって怪しいものだぞ。そんなゴミ情報は当然保護される個人情報から除外だ」


「春香、あなたにだけは言われたくないわよ。個人情報から除外される『ななじゅうよんせんち』もないゴミ情報とは、あなたのものじゃないの?」


「ムカっ。なんたる侮辱。ザ・お仕置き!」


「いたッ」


 胸の大きさ、実際には胸の小ささで恵理子と醜い争いをしているのは、自称お嬢様で元「創作料理研究会の歩く銀行」こと馬場春香である。


 ちなみに、彼女馬場春香はこちらでは錬金術師ということになっており、たった今、恵理子のお仕置きに使用した紙製ハリセンは、現世でも同様な使われ方をしていたのだが、こちらではなんと最高レベルの打撃系武器とされ、この世界にひとつしかないレアアイテムという扱いになっているらしい。


 どうみてもどこにでも売っているものにしか見えないこの安っぽい紙製品に、そのような威力があるなど信じられないことなのだが、実際に春香はこのハリセンを使用して、すでに多くの敵を叩きのめしており、この世界におけるその凄まじい破壊力は実証済である。


「春香、こちらではそれは武器だから、恭平以外の味方に使ってはダメだよ」


「そうです。そのおかげで先生の『魔法のスクール水着』がまた大変なことになってしまいました」


 外見は小学生用の紺色のスクール水着そのままである博子命名「魔法のスクール水着」なるものは、着用者が受けたダメージをすべて引き受ける防御アイテムなのだが、攻撃を受けるとダメージに応じて布が消えて元女教師の肌が露出するという悲しい欠点、一部の偏った趣味のある男性にとっては、うれしいご褒美となる特徴があった。


 今回はクリティカル・ヒットだったらしく、恵理子が先ほど個人情報保護法違反なうえに「計測方法に重大な誤りがある」とクレームをつけていた「かみむら えりこ にじゅうよんさい ばすとななじゅうよんせんち えーかっぷ」と書かれた胸の部分を含む腰から上の水着が消え、恵理子は慣れた手つきで手際よく自分の隠すべき場所を押さえていた。


「まみたん、誰かが来ないうちに早く直してよ。それにしても、なんで私が毎日こういうことにならなければならないの?もしかして、あなたたちはわざと私を裸にしていない?そんなに私のナイスバデイを見たいのなら、ちゃんと鑑賞料金を払ってよね」


「いやいやいや。それはない」


「ないです」


「ない、ない、ない、ない、ナイスバデイ」


「なによ。春香、誤解を招くような変な歌をでっち上げないでよ」


 本人の申告どおり、実は恵理子のスクール水着は戦闘の有無にかかわらず、多くの関係者の希望等諸々のおとなと子供の事情により、多種多様なアクシデントによって一日数回は消滅して、このサービスシーンを各方面に提供していたのであるが、この元女教師のあまり魅力的はない裸体ご披露イベントは毎回ふたりの被害者を出していた。


 もちろん、第一の被害者とは、不本意にも無料で肌を晒す恵理子本人であるが、もうひとりについては、実際にその被害が発生したときに改めて紹介することにしょう。


「先生、ところで、どこを隠しているの?」


「見ればわかるでしょう。胸。バスト」


「先生のは、どこがそのバストとやらかがかわからないよ。おへそを隠した方がいいかもよ。雷系魔法を食らったらおへそを取られるから」


「失礼ね。いくら私でもあなたのどこまでも平らな胸にだけは負けな、いや勝てないわよ」


「ん?それは嫌味?先生、この場でやってみる?異世界の青空の下で披露する二十四歳おばさん教師のオールヌード」


 恵理子の正しくはあるが、この状況ではあまりにも危険な一言に、ハリセンを手で叩きながら不敵な笑みを浮かべてそう応じる元創作料理研究会の歩く銀行だった。


 もちろんそうなっては、色々な意味でまずいことになる元守銭奴教師は某ウェブ小説投稿サイトのルールを持ち出して必死に抵抗する。


「そんなことになったら、某所でのR十五指定では収まらなくなるじゃないの」


「はあ?なにそれ」


「こっちの話よ。それよりもまみたん、とにかく早くしてよ」


「はいはい」


 一部の男性にとって余計なことだが、涙目の恵理子の要請によりおこなわれたまみの唱える魔法によって、みるみるうちに水着は元通りになっていく。


「……ふ~今回はなんとか最悪のサービスシーンだけは免れた。無料で全裸披露なんてとんでもない話よ」


 現在のところは、もっぱら恵理子のスクール水着修復がその仕事となっているが、この世界では回復魔法が使える癒し系美少女という現世から引き継いだような設定らしい松本まみの魔法により、完璧に修復されたスクール水着の入念なチェックが終わると、恵理子はこのパーティで唯一の男子である橘恭平を指さした。


「それから橘君、今日は特別にオマケしてセミヌード料金で五万円……ではなく金貨五枚だからね」


「……またかよ。見たくないものを見せられて金貨五枚とはひどいよな。まみのセミヌードならともかく先生のなんか金貨五枚どころか、見せられたこっちが金貨百枚払ってもらいたいくらいだ」


 ということで、もうひとりの被害者とは、本人曰く「見たくもないものを見せられて」高額の料金を請求される恭平のことである。


 毎日のようにやってくる恵理子からの理不尽な請求の結果、こちらに来てわずかの間に、創作料理研究に入部して以来の天敵である馬場春香に、膨大な借金をすることになった恭平の恨みが籠った小さくはない声での独り言は、関係者各位の耳にも届き、当然のように元守銭奴教師からは追加料金の請求が届く。


「ん。今失礼なことを言ったよね。追加で金貨五枚。春香、どうせ橘君はお金がないからまた貸してやってね。利子はいくら取ってもいいから」


「ラジャー。橘、毎度ありだな。ちなみに今回の利子は橘特別設定で一日一割だ」


「くそっ。この悪徳高利貸」


「口の利き方に注意しろ。今すぐ貴様が私に借りている金貨三千枚を払ってもらってもいいのだぞ」


 こちらに来てもやはり悲しい役割らしい恭平だが、四人はセーラー服でもうひとりはスクール水着というまったく場違いな姿で異世界を徘徊しているこの怪しげなパーティのなかで、唯一それらしい凛々しい姿であるといえるのが彼であった。


 だが、設定は暗黒剣を持つ漆黒のフルプレートアーマーという外見だけであり、中身は現世のままのヘタレであるので、せっかくの立派な剣も杖替わりにしか使えず、たしかに防御力はあるものの、かなりの重量である黒い鎧も、ひ弱な恭平にとっては実は迷惑この上ない代物だった。


 そして、最終的にはこうなる。


「俺も制服がよかったな。というか、これほど制服がよかったことはない。やはり高校生は高校生らしい服装であるべきだ。ということで、麻里奈よ、この重い、いや高校生にふさわしくない鎧を捨ててもいいか」


 当然であるが、それに対する麻里奈の返答と、それに続く会話もこれまで何度も繰り返されたものと変わるものではなかった。


「いいわけないでしょう。それとも弓矢の雨の中を全裸で歩きたいの?まあ、どうしてもと言うなら脱いでもいいけど、それは自分で持ちなさいよ。捨てるのは許さないから」


「それなら、俺が背負わされているお前たちの荷物を、自分たちで持つことにしないか……」


「だめ」


「バカか、貴様は。荷物持ち以外に貴様が私たちのどんな役に立つというのだ」


「まったくそのとおりです。恭平君はいったいなにを言っているのですか。そもそも男子である恭平君が、か弱い女の子の荷物も持つのが世の理です。情けないことを言わないでください」


「私は橘君の代わりに自分の荷物を持つのは構わないけれど、当然高額の運搬賃を橘君に請求するよ。そうね、一日金貨百枚くらいが相場かな」


「……か弱い女の子だと。お前たちがか弱いかも疑問があるが、まず先生が女の子に含まれているというところから異議を唱えたい。俺の知る限りどこの世界でもおばさんを女の子とは言わない。だいたい自分の荷物を自分が持つのは当たり前だろう。それでお金を要求するとは。だから金に汚いおばさんは……」


 最後に辿りついた心の声を思わずに口に出した恭平だったが、こういう時に限って届いてはいけない相手の耳にその声が届くのが世の常というものである。

 そして、その結果であるが、当然こうなる。


「橘君、今の発言はセクハラだから。絶対そうだから。それに私はまだ二十四歳だからおばさんじゃないからね。セクハラのうえに嘘までついた罰として金貨十枚」


「ひどっ。というか今のどこが嘘なのだ」


「橘君は反省が足りないから、もう金貨五枚追加」


「くそっ」


 おばさんという恵理子のNGワードを口走ったために、さらにお金を要求される恭平であった。


「まあ、セクハラ疑惑はともかく、この変態ならば、弓矢が降る中を全裸で歩きたいに違いない。なにしろこいつは自分の汚い全裸を他人に見せることを生きがいにしている変態なうえに、肉体的苦痛に喜びを覚える特殊な体質を持っているからな。常識人である私には信じられないことだが、昨日も槍で串刺しにされていた時に、こいつは涙を流して喜んでいた」


「そう言えば、三日前のドラゴンに噛みつかれた時も気持ち良さそうにいい声をあげていたよね」


「それは全部違うから。死ぬほど痛かったぞ。というか死んだし。そもそも俺はそのような奇怪な趣味も体質も持ち合わせていない」


 ちなみに、恭平には、博子によって体の一部でも残っていれば再生する魔法がかけられており、麻里奈と博子がそれぞれ恭平の毛髪を所持しているため、本体がどのような状態になろうとも、魔法を唱えさえすればすぐさま復活することになっているので、串刺しになろうが、体の半分をドラゴンに食べられようがもとの姿に戻ることができるのである。


 だからといって痛みも緩和されているわけではなく、槍に刺されればそれにふさわしい痛みはあるし、体の半分が食べられた時の痛みなど言葉には表さないものであった。


 だが、その痛みは、あくまで恭平のものであって自分のものではないため、麻里奈は当然のように恭平を最前線において罠の発見、そして囮や弾除け代わりに彼をこき使っていた。


 こちらの世界でもやはり自分の扱いは酷すぎると感じた恭平は再び抗議の声をあげる。


 だが、その矛先は麻里奈ではなく、別の人物に向いていた。


「ヒロリンよ、この世界の言語を日本語に統一するくらいの悪徳大魔法も使えるなら、俺のこのひどすぎる設定を何とするくらいは簡単だろう」


「悪徳大魔法とは心外ですけども、恭平君の初期設定はこの世界の神様が決めた理ですから私に言われても困ります。さすがの私でも初期設定は変えられませんので、初期設定に不満があれば自分でレベルアップしてください。ちなみに、先生はレベルアップすると、スクール水着からビキニになります」


「いいわね。スクール水着より百倍おとなの女らしくて。それでそうなったときには私はどのような特典が受けられるの?」


「もちろん、ダメージを受けたら今まで以上におとなの魅力を披露する機会が増えます」


「……うっ。なにか非常に嫌な予感がする。聞きたくないけど、とりあえず聞くね。それはどういうことよ」


「もちろん布が少なくなった分、あっという間に特殊な趣味を持つ一部男子だけが喜ぶ幼児体形が自慢の二十四歳おばさん教師の全裸開陳。みたいな」


「ちょっと待ってよ。それは本当にレベルアップっていうの?特典でもないし。とにかく私は絶対にレベルアップしないから。宣言したから。そもそも私はおばさんじゃないし」


「それで俺はどうなる?できれば、この剣と鎧にふさわしい無敵勇者が希望だが」


「いいえ。恭平君はレベルアップするたびに鎧の重量が倍になります。ですから、どこまでいっても恭平君のヘタレ矯正の修行の日々は続きます」


「くそっ」


 恭平のささやかな願いをきっぱりと拒絶する元エセ文学少女だが、実は彼女自身は最高レベルの無敵暗黒魔導士などというチート設定になっていた。


 もちろん、チート設定は元エセ文学少女だけでなく、諸悪の根源小野寺麻里奈にも施されていた。


 当然これについてはもっともな苦情は出る。


「どう考えてもおかしいだろう。なんかここの神はおまえたちにだけ忖度していないか」


「そのようなことはありません。これは偶然の産物です。恭平君、神様がお決めになられたことに対してそのような無礼な発言をしていると、またお仕置きの隕石が降ってきますよ」


「そうだよ、恭平。偶然でなければ……そうだ、きっと日頃のおこないの差というものだよ。恭平もこれから精進すればちょっとくらいはレベルアップするよ。地道な精進に励むがヨロシ」


 ……これは怪しい。特に麻里奈以上に性格が悪いヒロリンが偶然だの神様だのとあいつに不似合なことを言ってお茶を濁すときは、必ず裏には他人には言えない自分と麻里奈だけが得をするなにかろくでもない秘密が隠されている。これはこれまで俺が経験した数多くの悲しい出来事から間違いない。では、それがなにか。そして、誰との取り決めだ?神か?それとも創造主?まさかヒロリン自身が創造主などということはないだろうな? 


 この時の恭平の心によぎったその思いは、実は真実の目の前にあるものだったのだが、人間としての器が小さく疑い深いが、基本は単純な生き物である彼は物事を深く考えることが非常に苦手であり、なにより目の前にはそれよりも重要な案件が控えていたため、結局せっかく迷路の出口までやってきながら再び入口まで引き返すような彼にふさわしい愚かな選択をするのであった。


 さて、元の世界に戻る足掛かりとなる真実に辿りつくよりも重要という彼の案件であるが、これである。


「お前たちだけが無敵とかずるいだろう。俺も無敵にしてほしい」


 彼の人として小さい器には相応しいが、大局的にみれば非常に小さな希望である恭平の心からの叫びに、珍しく春香も同意した。


「まあ、その点については私もこの変態に同意するぞ。それに私の弱点が風系魔法というのはどうも納得できん」


 まみもそれに同意する。


「私も同意見です。本当に余計な設定だと思います」


「まあ異世界ではそういうことがお約束らしいので、きっとこの世界の神様もそのような設定を入れたのではないですか。いわばお色気担当みたいな」


「お色気担当など、恥ずかしいスクール水着姿で人目を憚らず闊歩するそこの露出狂おばさん教師ひとりで十分だろう」


「私はおばさんでも露出狂ではないわよ。そもそも私だって好きでこれを着ているわけではないから。これを着ないで太陽光線に当たると黒焦げになって死ぬ設定になっているとヒロリンが言うから仕方なく……」


「そのとおりです。それに露出狂といえば、やはり全裸大好き恭平君です」


「失礼なことを言うな。俺だって露出狂ではないぞ。もちろん人前で全裸になる趣味などない」


「いやいや橘は露出狂だ」


「露出狂だろう」


「全裸大好き恭平君は正真正銘の露出狂です」


 ということで、本人の意思に関係なくめでたく露出狂と確定した恭平であった。


 ちなみに、春香の言うその弱点とは、あるレベル以上の風系魔法の攻撃がヒットすると、春香とまみのスカートが捲れパンツが見えるというものだった。


「体にダメージがあるわけではないのだから、それくらいは大目に見てもいいと思うよ。男どももふたりのパンツを見てあれだけ喜んでいたわけだし」


 いつものように自分に被害がないときの麻里奈は、こういうことに非常に寛容である。


 もちろんそれに納得できないパンツを見られる当事者である春香とまみは麻里奈に食い下がる。


「そういう問題ではない。今時スカート捲りなど流行りもしないし、そもそもセクハラ行為で訴えられる案件だぞ」


「そうです。まりんさん。この前戦った魔法使いさんが風系魔法ばかり何度も使ったから、私は合計十二回もみんなにパンツを見られてしまいました。幼稚園のときだって小学生のときだって一日に十二回もパンツを見られたことはありません」


「そういえば、そうですね。あのお爺さん、最後まで効果なしの風魔法一本でした。まあ、北高で一番人気のまみたんのパンツを十二回も見られたのですから、ハルピにハリセンで吹き飛ばされても思い残すことはなかったのではないでしょうか」


「そういえば、あのエロ魔法使いは、本人の言葉が正しければ国家魔導士とかいう最高位の魔法使いだったな。最高位の魔法使いがあれでは程度が知れる」


「まったくです。ちなみに、私が魔法で調べた結果では、まみたんたちのスカートは風系魔法で捲れ、炎系魔法だと燃えることになっているようです」


「先生のスク水は?」


「当然それ以上によく燃えるだろう」


「そうだ。先生のスクール水着は私たちのスカートよりもよく燃えなければならないぞ」


「まあそうでしょうね。そうなっていなかったら、そうなるようにしておきます」


「いらないわよ。そんな後付け設定。あれ?」


「何ですか?」


「いや、今ちょっとヒロリンの発言におかしな部分があったような気がしたのだけど……」


「気のせいでしょう。それよりも、ちょっと考えたのですが、もしかしたら、私とまりんさんは、高校の校則どおりのスカート丈で、まみたんたちは校則に違反しているから、そのような設定になったのではないですか……ということは」


「ということは?」


「私たちを異世界に飛ばしたのは校長先生かもしれません」


「なるほど」


「ありえるな」


 麻里奈を除く一同それに納得する理由がある。


 それをおこなうだけの能力があるかどうかはともかく、動機という点でいえば、これまで麻里奈に散々ひどい目に遭わされている校長が、彼女と創作料理研究会関係者に深い恨みを抱いているというのは十分考えられることだった。


 もっとも、麻里奈にひどい目に遭わされ恨みを持つということならば、候補者になり得る人物の数は、創作料理研究会関係者全員の指を使って数えても足りないことは間違いない。


「よし。とにかく現世に戻ったら、まずは校長が罪を認めるまでたっぷり懲らしめてやろう」


「もちろんだ。何度もスカート捲りをしたセクハラ行為にふさわしい罰を与えてやるぞ。まずは校長を橘と一緒に全裸で校庭を走らせてやる」


「ちょっと待て。なぜ被害者である俺も全裸で走るのだ」


「それのほうが面白いからな。それに変態であるお前にとっては、全校生徒の目の前全裸で走らされる辱めは最高のご褒美だろう。このすばらしい特典を考えた私に大いに感謝しろ」


「するか!」


「私はそれ以外にも色々特別手当を請求しなければいけないよね。ん?ということは、私のこのスクール水着も、過小評価された胸のサイズも校長先生の陰謀ということ?おのれ、セクハラ校長。ただでは済まさん」


 被告人不在のまま厳しく罰せられることが確定した哀れな校長は、なんとしてでも麻里奈たちに帰還を阻止しなければならないことになった。


 彼が本当にこの世界の神ならば、ではあるが。

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