4 エピローグ
ここは、元の世界で麻里奈たちが通っていた北高近くにある洋菓子店「ファイユーム」の前である。
まだ太陽が昇らないこの時間からそこの並ぶ長い行列で、その男女は激しい口論をしていた。
まあ、いつものことではあるのだが。
「……何回も言わせるな。おい、麻里奈。せっかくこっちに帰ってきたのにこれはないだろう」
「こっちこそ何回も言わせないでよね。文句があるの?自分から立候補したくせに。それに私はちゃんと言ったわよ。ファイユームのアップルパイを買いに行くと」
そこに三人目の人物が加わる。
「そうですよ。それに恭平君が逃走したら、向こうで待っているまみたんがかわいそうです」
「でもヒロリン、器の小さい恭平だったら、自分だけよければいいとか考えて逃げ出してもおかしくないよ」
「そうですね。なにしろ器の小さい恭平君ですから、それくらいのことはやりそうです」
「そうでしょう。いかにもずるがしこいことをやりそうな器の小さそうな顔だよね。この顔は」
「まったくです。ザ・小物というお顔です」
「何を言う。これだけ男らしく立派で清く正しい北高男子の鑑であるこの俺がそんなことをするわけがないだろう。俺は有言実行の男として知られている。そのようなことは心の片隅にも考えていないぞ」
「無理しなくてもいいよ」
「そうですよ。それに恭平君がどんなにがんばっても時間が経てばちゃんと向こうに戻ることになっていますから」
「まあ、その後には春香の今まで以上に厳しいお仕置きが待っているだろうけど」
その言葉を聞いた男はその様子を想像してブルブルと体を震わせた。
「だからそんなことはしないと……ところで、ヒロリンに聞きたいことがある」
「何ですか」
「俺たちがいなくなれば家族が心配するだろう。お前や麻里奈の家族だって心配していると思うぞ」
「ほう、あんたのポンコツ脳みそでも、そういうことを考えつくとは驚きだな」
「まったくです」
「茶化すなよ。で、どうなのだ」
「心配ありません。こちらにいない間は、私たちは存在しないことになっていますから、家族を含めて記憶からも消えています。たまに勘のいい人は少しだけ覚えているみたいですけれど。だから、私たちを向こうに飛ばした人も私たちが向こうで楽しく過ごしていることを知らないわけです」
「……楽しく過ごしているのはお前たちだけで、俺はちっとも楽しくないぞ」
「ねえ、ヒロリン。ということは、今、向こうで待つまみたんたちの記憶からは私たちの存在が消えているということ?」
「普通はそうなります。ただ、私の魔法でそうならないようにしていますから、こうして私たちもまみたんたちを覚えていますし、まみたんたちも私たちを覚えているはずです」
「……なるほど」
「う~ん、ヒロリンはやっぱり最強だよね」
「ありがとうございます。さて、そろそろ開店のようです。ノロノロしていると、限定三十ホールのアップルパイをゲットせずに手ぶらで帰ることになります」
「そうなった場合は……恭平にはおそろしいお仕置きが待っている。それはそれで面白いけど」
「ふざけるな。まかせておけ。かならず持ち帰る……俺の明るい明日のために」
……それから半日ほど経った麻里奈たちが飛ばされたあの異世界。
「みんなアップルパイをおいしそうに食べていました」
「さすがファイユームのアップルパイだな」
「これで心置きなく皆さんの記憶をなくすことができます」
「少しだけ申しわけないな」
「でも、それをやらないと元の世界に帰りたいと言いますので、仕方がないです」
「そうだな。せっかく来た異世界だ。もう少し楽しみたいな。ところで、次はどこに行く?ヒロリン」
「そうですね。手に入れたこの地図によれば、北の方にこの辺を治めている王国の首都があるようですので、そこに行ってみましょうか。どうですか、まりんさん」
「いいね。もちろんその時はドラゴンに乗って」
「そうですね、ドラゴンに乗って」
こうして、麻里奈たちのあらたな冒険先が決まった。
それがこの異世界にどれほどの災いをもたらすことになるのか、それは誰にもわからない。