3 小野寺麻里奈は異世界でもやっぱり残念な人だった ④
他人にはとても聞かせられないような実に恥ずかしい話を町中に宣伝するかのような大声で話しながら城門を出ると、魔王軍はすでに布陣し攻撃準備を整えていた。
「やっと出てきたな。我が名はハジカンディール。魔王様より侯爵の爵位をいただいている王国第三軍司令官で……」
いかにも本物の魔王軍幹部というような異形の姿の魔族は、その禍々しい見た目とはまったく違い実に礼儀正しかった。
麻里奈たちは知らなかったのだが、こちらの世界では、魔族と言っても、その大部分はこの世界のルールに従って平和に暮らしていた。
麻里奈たちが正義の味方気取りで痛めつけた魔族たちも実はそこに含まれ、麻里奈たちの胃袋に収まった「見た目は悪いが、その肉は非常においしかった」魔物とは、彼らにとっては貴重な外貨収入源となる家畜でもあり、麻里奈たちが口にしたものは、その中でも最高級品である王への献上品とされるものだった。
ここまで説明すれば想像はつくと思うが、ハジカンディール率いる魔王軍は名誉ある「魔王軍」を騙る異様な格好をした六人組の武装強盗団、すなわち麻里奈たちを追討するためにダハシュールまで派遣されてきたのである。
その司令官で、侯爵でもあるハジカンディールは魔族の中でもエリート中のエリートであり、当然のようにこの世界の貴族の作法に乗っ取り敵に対してもこのように堂々と名乗りをあげているわけなのだが、一方の麻里奈たちがどうかといえば、いつもどおりである。
「橘、早く突撃しろ。そして死ね」
「なぜ俺だけが突撃しなければならない?」
「それはもちろん面白いからに決まっているだろう。突撃が嫌なら悶絶パフォーマンスでもいいぞ。魔族の女から白い眼で見られながらおこなう悶絶パフォーマンス。どうだ、やる気になったか」
「なるか」
と、どうでもいい話に夢中でまったく聞いていない。
これは少し前まで麻里奈たちと同じ世界に生きていた者にとっては、ちょっと、いや、かなり恥ずかしく、魔王軍と麻里奈たち、そのどちらが敵役かと問われた現世の人間の百人中百一人がこちらと答えるくらいに悪役臭匂い立つ麻里奈たちであった。
そのような無礼極まる相手に、我慢に我慢を重ねて、自己紹介に続き罪状を述べ始めたハジカンディールに対して、麻里奈は面倒くさそうに両手を腰に当ててこう言い放った。
「ごちゃごちゃうるさいな。あんたたち、私たちと戦いたいのでしょう。だったら、そう言いなさいよ。すぐに戦ってあげるから」
これである。
これには、さすがの貴族も堪忍袋の緒が切れた。
「無礼者。お前たちは礼儀を知らないらしい。わかった。要するにお前たちは自分たちのおこないに対して反省することもなければ、被害者に謝罪する気はないということだな」
だが、自分が常に正しく、日頃からすべてのことが自分の思い通りになるべきだと心の底から思っている麻里奈が自らの非を認めるはずはない。
しかも、この世界の魔族についての認識が根本的に間違っている。
だから当然こうなる。
「あるわけないでしょう。それになんであんたたち悪の手先に謝罪しなければならないのよ?悪いこともしていないのに情けなく悪の手先に土下座して泣いて謝ったら恭平と同じになるでしょうが」
「キョウヘイ?」
「……俺」
「そうよ。この恭平は、世界一のヘタレで、宇宙で一番人間としての器の小さく小心者で疑い深く臆病で卑怯で意気地なしのポンコツな小物なのよ。それだけじゃないわよ。聞いて驚きなさい。こいつは小学生の妹のパンツを見るために全裸になって床に転がり妹に顔を踏まれて喜ぶ変態なのよ。あんたはこの私にそんな変態のヘタレ恭平と同じ恥ずかしい真似をしろというの?バカにするのも程があるわよ。温厚で忍耐強い常識人でかわいくておりこうさんの私でももう我慢できない。戦闘開始よ。ヒロリン、防御魔法展開、そして最大魔力で攻撃」
「ハイハイ、了解しました……すいません、魔族のみなさん。そういうことになりました」
ということで、麻里奈の一方的な宣言により戦闘開始となった。
「おい、戦いには戦いの作法と手順というものがあるだろう」
「そんなものはないわよ」
「麻里奈。さっきの言いぐさはさすがに酷すぎるだろう。もう少し良い言い方というものがあるのではないか」
「それもないわよ。というか、それはあいつが言う『戦いの作法』とやらよりもないわよ」
なおも伝統的戦いの作法に則ってことを進めようとするハジカンディールを切り捨て、返す刀で味方である恭平もバッサリと麻里奈が切り捨てると、仲間たちが次々とそれに続く。
「うむ。そのとおり。まったくないな」
「全然ないよね」
「これっぽっちもないです。そのようなものはこの世界のどこにも存在しません」
「……お前ら」
春香や恵理子はこれまでもそうだったのだから、ここまではある意味で平常運転と言えるのだが、実はまみも例の人質の一件以降は恭平に対して厳しく接するように方針転換をしていた。
そして、こうなる。
「橘さん、すいません。私もまったくないと思います」
「……まみまでそんなことを言うのか」
「橘、まみたんにまでキッパリ断言された。これは笑える」
「本当に笑える。でも、もしかして、こういう冷たい言葉は、橘君にとってはご褒美じゃないの?ほら橘君が涙を流して喜んでいる」
「橘よ。最高のご褒美をくれたまみたんに感謝しろ」
「うっ……ひどすぎるぞ。こういうのをイジメというのだろう。セクハラに集団でのイジメ」
「……そこの人間。私が言うことでもないが、お前は仲間に随分ひどい扱いをされているようだな。敵ながら哀れみを感じるぞ」
最後には敵方の大将にも同情され、そう声を掛けられてしまうほど恭平の境遇は悲しいものであった。
さて、肝心の戦いのほうだが、いつもの恭平の恥ずかしい死も、お楽しみの恒例まみと春香のパンツ開陳も、お約束のおばさん教師のスクール水着消滅と見栄えのしない裸体披露もないというまったく見どころのない実につまらない結末となる。
「ではいきます。最大魔法で攻撃。ただし『死なない程度』で」
元エセ文学少女ヒロリンこと立花博子の言葉が終わった瞬間、完璧な密集体形をとっていた魔王軍に轟音とともに大きな雷が落ちた。
それだけである。
「今回は全然遊び足りなかったから、今度戦うときには、あんたたちの親分も連れてきなさいよ」
生きているのが不思議なくらいの黒焦げ状態で泣きながら潰走する敗軍の将ハジカンディールほか魔王軍に対して、実に悪党らしい暴言を投げつける麻里奈であった。