3 小野寺麻里奈は異世界でもやっぱり残念な人だった ②
この時麻里奈はもちろん、博子もとりあえずは釘を刺したもののそれが現実になるとは本気で思っていなかったのだが、「起こるはずがないと、高を括っていたことにかぎって起こる」という世の理どおり、この夜本物の魔王軍がダハシュール城にやってくることになるのだが、その前に、麻里奈が魔王軍襲来より怖いという町中の少女たちが麻里奈の部屋に押し寄せることになったいきさつについて少し説明しておこう。
あの日、頼りの七人の魔法騎士が春香に叩きのめされてしまったうえに、城主たちも逃げてしまった市民たちは、「魔王軍幹部のオノデラマリナは無類の女好き。とくに十代前半の女の子が大好き」という噂に一途の望みに賭け、厳選した美少女五人を生け贄として送り込み、住人の皆殺しだけは免除してもらおうと考えた。
城内に住む全員の未来を背負った少女たちも、当然それ相応の覚悟をもっており、家族との涙の別れのあとに麻里奈の部屋に入っていった。
だが……。
恐れていた皆殺しは免れたうえに彼女たちも数時間後に無事帰宅できたのだから、とりあえず結果だけみれば、大成功であるといえなくもなかったのだが、その後家族が頭を抱える困ったことが彼女たちに起こっていた。
「それにしても、まりんさんって素敵だよね」
「本当に」
「まりんさんに見つめられただけでキュンとなった」
「なった、なった」
「それにまりんさんは優しいよね。私たちにも貴重な飲み物『コーラ』もわけてくれて」
「あのシュワシュワは飲んだらキュンとなったよね。それにあれが入っていた魔法の入れ物……『ペットボトル』とかいう。あれもすごいよね」
「本当だよね。それから『コンビニおにぎり』というご馳走を包んでいた透明な紙もすごかった。どうやってあのようなものをつくることができるのだろうね」
「とにかく、まりんさんは素敵です」
「それに比べてこの町の男どもは本当に幼稚だよね。松本まみとかいうあんな小娘のパンツひとつで大騒ぎして。本当に恥ずかしい」
「低俗。下品。幼稚。バカのフルコースが揃っている。まりんさんの気高さを少しは見習ってほしいよね」
「無理よ。なにしろ男だから」
「そうだよね。嫌だね。男って」
「本当に男というのは下品で下等な生き物だよね」
彼女たちの会話の中にこの世界にあってはならないオーパーツ的な単語も含まれていたのだが、それはそれとして、そう、これは間違いなく麻里奈が通っていた中学校が最初の発症地とされ、現在女子中高生限定で千葉県中に急速に拡大しつつあるあの熱病の典型的な症状である。
その熱病であるが、現世でも感染力が強いことで知られていたのだが、とくにこの手のことに免疫がなかったこの城塞都市では わずか三日でここに住むほぼすべての少女たちに感染してしまったのである。
……さて、その恐ろしい熱病であるが、現世ではこう呼ばれていた。
麻里奈教。
ご本尊であるものの、自分自身は女子を恋愛対象としていない麻里奈が「麻里奈教」の布教などおこなうはずがないのだが、彼女にとっては非常に残念なことに、この後に続く現象も現世とまったく同じである。
「僕の彼女は、その日から突然『男は下等な生き物』などと言って、僕を蔑んだ目で見るようになった。これも全部『オノデラマリナ』のせいだ」
「『オノデラマリナ』の館から帰ってきてから娘が一日中『オノデラマリナ』を称える言葉を呟いている。これは『オノデラマリナ』が娘にいかがわしい洗脳を施した結果に違いない」
「『オノデラマリナ』が……」
「『オノデラマリナ』が……」
結局「やはり『オノデラマリナ』は少女をかどわかすためにやってきた悪魔に仕える邪悪なものに違いない」ということになり、この世界では「全校男子の敵」から数段スケールアップした存在となった麻里奈であった。