表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

爆殺する彼女と爆発する僕

作者: 幌雨

少しの間お付き合いいただければさいわいです。

*序



「ふんふーん、ふふふーん、ふんふふふーん♪」


 春先の温かい日差しの中、幼馴染の女の子が機嫌よく鼻歌を歌いながら部屋の掃除をしている。

 それを聞きながら、自分も棚のホコリを叩いていた。


 寒い間掃除をサボっていたせいか、棚の隅で塊になっているホコリを掻き出していると、ふいに鼻がムズムズしてきた。


 あ、危ない。

 そう思ったときには手遅れで。


「はーーーっくしょん!!」


 盛大にくしゃみをカマした次の瞬間、突然巻き起こった吹雪で部屋がバキバキに凍って、驚いた幼馴染が駆け寄ってくるのを尻目に部屋の主であるスレイは意識を手放していた。



*起



 ばちん、と頬に強い衝撃を感じてスレイは目を覚ます。右手を振り抜いた姿勢のまま自分を膝枕している幼馴染、マリーベルと目があった。


「もう、スレイったら気をつけてよね?今回は吹雪だったから良かったけど、これが炎だったらせっかく掃除したのに家が焼失するとこだったんだからね?」

「面目ないです」


 失敗したのと膝枕されているのがごちゃ混ぜになった気恥ずかしさを小さく笑ってごまかしながら立ち上がって周りを確認する。さっきまで掃除していた部屋の一角がバキバキに凍っていた。


「溶けるまで待つしかないか」

「そうだねえ。ちょっと早いけどお昼にしましょう」


 椅子もテーブルも氷漬けだ。二人は倉庫から取りだした敷物を外に広げて、マリーベルが家から持ってきた昼食をそこに並べていく。


「スレイの体質、全然良くならないね」

「むしろ悪化している気さえするよ」


 スレイは他に聞いたことのない特殊な体質の持ち主だった。その体質のせいで、スレイはうまく『魔法』を使えない。


 魔法を使うには普通、体の中に溜まっている魔法の因子を絞り出すようにして放出する。スレイはその調節機能が生まれつきぶっ壊れていて、それこそくしゃみが出るみたいなちょっとした刺激で体中の魔法の因子が漏れ出して、適当な魔法が勝手に発動してしまうのだ。

 しかも全く加減ができないので、生命の維持に必要な分まで全部使ってその場で意識を失ってしまうというおまけ付きで。


「…また首輪触ってる」

「はは。もうクセになっちゃってるかな?」

「その首輪のせいでどこにも行けないからね。早く外せるようになったらいいな。そしたら一緒に旅行に行けるよね」

「そうだねえ」


 スレイの首には囚人が嵌める首輪が嵌められていた。魔法を封じるための首輪だった。

 それをつけているということはスレイが囚人であるということを意味する。実際には魔法の暴発を防ぐためにつけているのだけど、事情を知らない他人にはそんなことは関係ない。

 ちなみに、外してしまうと魔法を使った瞬間に全部の因子を放出してスレイは死んでしまう可能性が高い。実際、生まれたばかりのときに死にかけて、それからずっとつけっぱなしなのだ。


 そんな「いつもの」話をしながら食べ終わった昼食を片付けていると、森の方から紺色のローブを纏った老人が歩いてくるのに気がついた。


「お客さんなんて珍しいな」

「そだね。村のみんなも暴発に巻き込まれるのが怖くて私以外この辺には近寄らないのにね」

「物好きも居たもんだ」

「それ私に言ってる?」

「とんでもない。マリーベルにはとっても感謝しているよ」

「ならいいんだけど」


 二人のそばにたどり着いた老人は、安堵のため息をつくと腰に下げた水筒から水をひとなめしてから口を開く。


「私の名はファウスト。街では大賢者と呼ばれておる」

「大賢者だって。知ってる?」

「このあたりから出たことないのにマリーベルが知らないことを知ってるわけないだろう」

「そっか」


 スレイとマリーベルのやり取りで少しプライドが傷ついた大賢者ファウストであったが、そこはさすがの大賢者、グッと飲み込んで本来の目的を切り出した。


「ここに因子注入魔法の使い手が居ると村で聞いてやって来たのじゃが、お嬢ちゃんがそうかな?」


 ファウストは明らかにマリーベルを見ているが、当のマリーベルはなんのことだかわかっていない様子で、困った視線をスレイに飛ばして少し隠れるようにしている。


「なんです?その『因子注入魔法』というのは?」


 二人の疑問を代表して口に出したスレイを一瞥して、大賢者ファウストは少し考える。


「その風貌からして、お主が村人たちが言っていた『白髪鬼』スレイじゃな?鬼と言うには貧相な成りじゃが、魔法の調整ができんでしょっちゅうぶっ倒れるんじゃろう?で、その度にお嬢ちゃんが因子注入して介護していると言うておったが?」


 その言葉にマリーベルは納得がいったようで、「ああ、あれがそうなんですね」と返す。


「因子注入は凄まじく高度な魔法じゃ。世界に何人も使い手はおらぬからな。本当ならばこんな田舎に埋もれさせてはおけぬ。どうじゃ、試しに私に因子注入魔法をかけてみてくれんか?」

「あ、ええっ!?」


 老人の申し出に狼狽えるマリーベル。スレイはその様子が可笑しくてつい笑ってしまった。


「ちょ、笑わないでよスレイ…あの、本当にいいんですか?結構痛いと思うんですけど」

「ふむ?痛いのか?よくわからんが、まあいいぞ」


 背負っていた荷物を降ろして手を広げ、いつでもいいぞ、とファウストは言った。マリーベルはといえば、困惑した視線をチラチラとスレイに送るばかり。


「やってあげればいいんじゃない?」

「…スレイがそう言うなら」


 実のところ、スレイもこれから何が起るのか理解していない。ぶっ倒れるたびにマリーベルが介抱してくれているのは知っていたが、何しろ気絶しているので何をされているのは知らないのだ。わかっていることといえば、事後には確かに彼女が言うとおりほっぺたが結構痛いと言うことだけだ。


「じゃあ、やります」

「いつでもよいぞ!」


 手を広げて立つ大賢者の傍まで歩いていくと、マリーベルは大きく深呼吸する。


「行くぞぉぉぉぁぁあああ!!闘・魂・注・入!!ハイッ!!」


 突然の叫び声にビクッとする大賢者ファウストとスレイ。そして勢いよく振り抜かれるマリーベルの右腕。


 バチン、とものすごい音がして、頬に全力のビンタを食らったファウストが白目を向いてぶっ倒れた。


「え、えええっっっ!!?」


 これがスレイの素直な感想だ。インパクトの瞬間大賢者がちょっと浮き上がって回転したようにすら見えた。今は地面でピクピクしている。


「ちょ、ちょっと強すぎたんじゃない?」

「これくらいやらないと駄目なのよ…こう、衝撃で上手く意識を飛ばさないとキレイに入らないの!」

「なんてことだ…気絶してたから知らなかったけど僕は毎回なんて恐ろしい攻撃を受けていたんだ…」


 思わず自分の体を抱いて震えてしまう。


「攻撃って言わないでよ。それに、スレイは気絶してるときだからここまで強烈なやつじゃないわ!」

「そ、そうなの?なら、安心、かな?」


 何が安心なのか自分でもよくわからないが。乾いた笑いしか出ない。


 しばらくすると、ビクン、と大きく大賢者の体が跳ね上がって、カッと目を見開いた。

 ヨタヨタと立ち上がった大賢者ファウストが口の中に入っていたものを吐き捨てる。飛んでいったものを認識したスレイは腹の底から冷たいモノがこみ上げてくるものを感じた。


「奥歯がやられちゃってるじゃないか…ヤバイ…ヤバすぎる…」


 震えるスレイの横でファウストは調子を確かめるように肩を回したり拳を握ったりしていたが、やがてマリーベルを見ると、サムズアップ。


「張られた頬は痛いが、確かに因子は注入されたようじゃ。長旅の疲れが取れて頭もスッキリじゃ」

「ひっぱたかれて喜ぶなんてお爺さんツワモノだね?」

「マリーベル、言い方考えよう?大賢者さま奥歯やっちゃってるんだよ」


 しかし当のファウストはカラカラと笑って、

「なに、心配無用じゃ。奥歯くらい私の魔法ですぐに生やせるからな」

と、鞄から巻かれた紙を取り出しながら言った。


「これはスクロールと言って、簡単に魔法を発動させるための道具じゃ。この紙に書かれた紋様に因子を充填することで魔法が使える。これは身体回復の魔法が記されたものじゃ」


 ファウストが広げた紙に書かれた紋様に手を添えると、それがうっすらと輝き出す。


「これで小一時間もすれば元通りじゃろう」


 初めて見たまともな「魔法」に二人が目を輝かせているのに気付いて、ファウストはある種の懐かしさを感じた。遠い昔、自分にもこんな時期があったことを思い出していた。


「私達が知ってる魔法って、スレイが暴発させる無茶苦茶なやつだけだもんね」

「そうだねえ」


 遥か昔、子供の頃にスレイの両親は彼の体質をなんとかしようと高価なスクロールを幾つか買い求めていたらしい、と聞いたことはあったが、実際に目にしたのはこれが初めてだ。実家の中を探せば出てくるだろうが、もう五年以上帰っていなかった。


「僕も小さい頃にスクロールを巻き付けて生活してたからいつくか魔法は使えるけど、どっちかというと使ったというより出ちゃったって感じだからね」


 スクロールで魔法を使い続けると、そのうちスクロールなしでも魔法が使えるようになる。家にあったスクロールは全部不要になったから、今はもうスクロールを体に巻きつけての生活ではない。


「お主のその白い髪、間違いなく因子欠乏症の症状じゃな。因子出力の調節ができんお主のために、せめて爆発しないように被害が少なそうな魔法のスクロールを巻き付けておったのじゃろ」

「そのとおりです。本当は生活の役に立つようなのが良かったんですけど、そういうのは高くてうちでは手に入らなかったみたいです」

「なるほどのう」


 ちなみに、先程ファウストが使った身体回復のスクロールは、買えば都会の一等地に大豪邸が立つ。


「そんな状態でよく生きとったな」

「全部マリーベルのおかげですよ」

「えへへ、私のおかげです」

「仲の良い夫婦だの。結構結構」


 ファウストはなんの気なしに素直な感想を述べただけなのだが、それを聞いたスレイは

「そんな、夫婦だなんて。僕が一方的に迷惑かけてるだけですよ!!」

と、慌てて否定する。


 その言葉に衝撃を受けたのがマリーベルだ。目を白黒させて、

「えっ!?私達結婚してなかったの!?」

 と慌てている。


「え!あれ?いつからそんな話に?」

「…この家に引っ越してきたときくらい?」

「五年前?」

「私はそのつもりだけど?もちろんうちの両親も、スレイの両親も」


 衝撃の事実に呆然とするスレイであったが、すぐに納得したのか、「僕たち夫婦だったみたいです」と、急にニヤつき出した顔が少し気持ち悪い。


「わしは一体何を見せられたんじゃ…」


 大賢者の力を持ってしても理解できない寸劇を見せられては、困惑するしかなかったのだった。



*承



 昼食の片付けも終わり、いつまでもこんなところで立ち話も何だから、と場所を二人の家の中に移す。


 スレイの魔法が暴発してバキバキに凍っていたところもすっかり溶けている。水浸しだがそれは拭いておけばいい。


「大賢者さまはそちらへ掛けてください」

「すまんの」


 唯一被害を免れていた椅子に客人を座らせて、自分たちはちょっと湿った椅子に腰掛ける。


「大賢者様は私に用事があって来たの?」

マリーベルが言った。


「ちょっと違うのう。わしは大賢者などと呼ばれておるが、本職はポーション職人なんじゃ。新しく素材になるものがないかと旅をしていたとき、村でお前さんたち夫婦の話を聞いての。二人に興味があったから来た。それだけじゃ。特に用事らしい用事はない」

「なんだ。じゃあもうすぐ帰っちゃう?」

「そうだの。道すがらここいらの草を調べてみたが、ここらの草は因子含有量が少なくてポーションの素材には向かん。土地柄なのか何なのか、みんなお前さんほどじゃないが因子欠乏状態じゃよ。こんな土地では畑も上手く作れまい」

「そうなんですか?確かに僕もここで五年頑張っているんですが、年々とれる作物は減ってて…このまま減ったら僕は餓死かな?ははは」


 今までスレイはそこまで真剣に悩んでいるわけではなかった。生育状況が良くないのは、素人同然の自分のやり方に問題があるせいだと考えていたからだ。しかしまさかこの環境に根本的な問題があったとは。


「魔法を使う因子がないと作物がうまく育たないの?」


 マリーベルは、いや、村の人たちもそんなことは気にしたことがなかった。堆肥を混ぜてよく耕して種を植え、ちゃんと管理すれば作物は育つ。そう思っていた。


「一般的にはな。魔法の因子というのは、生命力そのものなのじゃ。だから青年のように因子欠乏症になると命に関わる」


 その言葉にしばしマリーベルは考え込んだ。やがて真剣な顔を上げると、スレイに向かって神妙なまなざしを向けた。


「ごめん、スレイ。畑の作物の育ちが悪いの、私のせいかも」

「それは、どういう意味だい?」

「スレイに闘魂注入するとき、けっこうこのあたりに浮いてる力を集めて使っちゃってるの、私」


「は?」


 マリーベルの言葉に、大賢者は目玉が飛び出るほど驚いた。スレイはあまりピンときていなかったが、それくらいマリーベルが行ったことは魔法の常識から外れていたのだ。


「ちょっといいかな、お嬢ちゃん。そのへんに浮いている因子を集める?どうやって?」

「どうやって、と言うほどのこともないですけど、こう、拳を握って気合で?」


 こんな感じです、と実際にやってみせるが、スレイにはただマリーベルが拳を突き上げているようにしか見えない。


「う、うむ…確かに、因子が集まってきておるような感覚があるな…俄には信じられぬが…因子の直接操作で他人への注入ができるのであればそういうこともできるのか…?」


 そういう現象がある、という前提に立つと、大賢者ファウストの頭にいくつもの仮説が浮かんできた。

 そこで大賢者はその仮説を検証しようと、ある実験を思いつく。


「ここに、ポーションを作るときの基剤になる水がある」


 スレイに鍋を持ってこさせて、水筒の中身をそこにぶちまけていく。そこそこ大きな鍋に一杯の水を入れてから外に出た大賢者は、両手で抱えるほどの草を持って戻ってきた。


「ま、ただの水と蒸留した酒を混ぜただけのものじゃが、本来はここに因子を多く含んだ材料を溶かしてポーションを作るのじゃ。今回はここらに生えている草を入れる。ここらの草には因子がほとんど含まれておらんから、カスみたいなポーション、いわゆるカスポができるわけじゃな」


 突然すりつぶした草を炊くという雑な料理をしながら早口で喋り始めた大賢者に、残された二人はついていけない。


「ある文献にカスポを普通の、並ポに替える技術がかつて存在したと書いてあったのを思い出した。大賢者たるわしの力を持ってしても再現には至らんかったが、因子注入ができるお嬢ちゃんにならできるのではないだろうか」


 草を溶かした汁を布で越して、残った水をマリーベルの方へ。


「つまり、どういうこと?」

「ここに因子を注入すれば、ポーションがレベルアップするだろう、と言うことじゃ。普通は体内の因子を消耗するから安全に使える量はそれほど多くはないが、空気中から集めることができるのであればかなりの量を使えるかもしれん」

「よくわからないけどこのお鍋に闘魂注入すればいいのね?」

「そういうことじゃ」


 マリーベルは考えることを放棄していた。


「ポーションがあれば、私がいないときにスレイが危なくなっても助かりますよね?できたポーションをいただけるなら、私やります」

「ありがとう」


 ともかく、契約は成立した。

 とはいえスレイの家の近くはあまりにも因子が少なすぎるので、少し離れたヤブの中に三人で移動する。


「では、まいります」


 鍋を地面において、手を突っ込む。


「あ、思ったより簡単かも。なんかどんどん入っていくみたい」

「カスポはすっからかんの状態じゃからな。とりあえず、入るところまで入れてみてくれんか。限界を知りたい」

「はーい」


 変化はすぐに訪れた。鍋の中の水がぼんやりと光り始めたのだ。


「へえ、ポーションって光るんですね」

「そうじゃな、並ポでも暗い部屋の中でなんとなく光ってるかな?という程度には光るな」


 しかし正直なところ、大賢者を持ってしても理解し難い状況ができつつあった。


「並でなんとなくなら、これ結構いいやつなのでは?」

「金持ちには特上ポをインテリアとして使うモノ好きもおる。キラキラと輝いて見えるからな」

「へえ…」


 マリーベルは気のない返事をするが、


「でもこれ、キラキラっていうよりギラギラ、って感じじゃないですか?」


スレイの言葉に大賢者は何も言い返せない。


「…ちょっと一旦止めとこうか」

「まだまだ入りそうだけど、いいの?」

「うむ。正直なところ、ちょっと怖くなってきた」

「綺麗なのに…」

「しかしなあ…」


 あまりにも自分が知るものとはかけ離れたものができてしまったため、実験の中止を決めた。

 鍋は今や煌々と光を放っている。眩しくて直視できないくらいだ。


「白髪鬼、ちょっとこれ、飲んでみてくれないか?」

「え、ええっ、嫌ですよこんな得体のしれない液体…」

「なに、物理的には水と酒と草の汁が混ざっただけのもんじゃ…煮沸もされておるし、死にはせんだろう」

「大賢者さま、そこは言い切ってくださいよ!!」

「……」

「大賢者さま!?」


 一流の科学者たる大賢者ファウストは、光り輝くポーションなどという得体のしれない物体を飲んでも絶対安全とは口が裂けても言えないのだ。


「まあまあ、そんなこと言わずに。私の愛情だっぷりだよ?」


 マリーベルとしては、自分でなくてもぶっ倒れたスレイを介抱できるようになるこのポーションはありがたい。作り方も材料さえあれば簡単だったし、スレイには抵抗なく飲んでほしい。


「その通りじゃ。お嬢ちゃんの汁がたっぷり含まれておるぞ」

「汁とか言うなし…」


 大賢者の気持ち悪い言動はさておき、マリーベルの熱意はスレイに伝わった。鍋をかき混ぜていた小さな匙ですくって、舐めるようにして飲んでみる。


「…どうじゃ?」

「うーん、なんとなく頭がスッキリしたような?」

「ふむ…今のひとなめで並ポ数本分は因子を取り込めたと思うんじゃが、それで少しとはお主一体どれだけ因子が不足しておるのだ?」

「爆発したとき危ないから、普段はあんまりたくさん闘魂注入してないからね」

「そうなの?でもこれで闘魂注入されるたびに奥歯がなくなる心配をしなくていいんだよね?」

「良かったね、スレイ」


 二人して涙目で抱き合っているのを眺めながら、このポーション鍋を売ったらもう死ぬまで働かなくてもいいな、などとゲスな事をファウストは考えていた。


「あ、でも生え際のところ、髪の毛がちょっと黒くなってるよ!ほら、鏡貸してあげる」

「おお、僕ってこんな髪の色だったんだね」

「リア充爆発しろ」


 大賢者ファウスト六十七歳、未だ独り身なのであった。


「さて、いい研究材料も手に入ったし、わしは宿に戻ってこのポーションを調べてくるとするかな」

「あ、じゃあ私が村まで送っていくよ。猛獣とか出てきて死ぬかもだから!」

「死ぬ!?」

「基本、ほとんど人が来ない山奥だからね。それに何だからさっきから森がざわついてる気がする」

「ふむ、よくわからんが地元民の勘は馬鹿にできんからな。しかしいいのか?わしを送ってもお嬢ちゃんはまたここに戻るんじゃろ?」

「いいのいいの。めったにないけど寝ている間に暴発したら危ないから私も夜は村に帰ってるのよ」

「なるほど、それであれば遠慮なく。よろしく頼むぞ」


 スレイに見送られて、二人は村へと続くほとんど獣道のような道を歩いていく。


「お嬢ちゃんは毎日一人でこの道を?」

「毎日、ってわけじゃないけど、だいたいそうだね」

「大変じゃろう」

「五年やってるしもう慣れたかな?」


 道すがら、マリーベルはスレイとの思い出を延々と喋り続けていた。ファウストはそれを聞き流しながら適当に相槌を打っているだけだ。


「でね、そしたらスレイが…」


 ふいに言葉が途切れる。見ると、マリーベルは真剣な顔で後ろの茂みを睨み付けていた。


「大賢者様、熊鍋好き?」

「好きじゃぞ」

「じゃあ今夜は熊鍋だね!!」


 そう宣言したのと同時に、茂みが大きく揺られて黒い塊が飛び出してきた。身の丈二メートルはある大きな熊だ。


「で、出た!!」


 咄嗟のことで腰を抜かしそうになる大賢者だったが、すぐに我に返ってポーチから攻撃用のスクロールを取り出す。護身用のもので大した威力は期待できないが、熊を驚かせて追い払う程度の威力はある。しかし。


「ここは任せて!」


 大賢者と熊の間にマリーベルは陣取ると、腰を落として拳を握る。


「闘・魂・注・入!!ハイッ!!」


 鋭く振り抜かれた右フックが熊の顔面を捉えた。メシっ、と音が聞こえて来るような一撃だったがそこは女性の細腕、二メートルを超える熊をどうにかできるものではない、と考えていた時期が大賢者にもありました。


 熊の頭が爆発した。


 それが全てだ。しかし目の当たりにすると大賢者の頭脳は状況を完全に理解していた。


「一瞬で大量の因子を送り込むことで肉体が保持できる因子量を超えて一種の暴走状態にするのだな…この娘恐ろしすぎる」


 昼間張られた頬が今更痛むような気がする大賢者だった。


「でね、スレイがね」

「この状況で普通に話し続けんでくれ…怖いから」


 熊の返り血でベトベトになった顔を拭いながら、大賢者は心からそう思った。



 ちなみに、熊は大きすぎて二人では持って帰れなかったので村から人を呼んで持ち帰り、村人総出の熊鍋パーティーで美味しくいただきました。



*転



 熊鍋パーティーのあと、大賢者は宿で光るポーション、命名:光ポに含まれる因子を測定して頭を抱えていた。


「並ポの三千倍、上ポの千倍、と言ったところか…こんなもの世に出せん」


 何事にも限度と言うものがある。このポーションはその限界を悉く振り切っている。こんなものが出回れば戦争になるのは想像に難くない、そんな代物だった。


 それはそれとして、知的な好奇心もある。この量の因子があれば、国造りや不老不死など伝説上のスクロールも発動させることができるかもしれない。


「興味といえばあの白髪鬼の体もどうなっておるのか」


 因子欠乏症というのは、普通は魔法の使い過ぎが原因で一時的になる症状である。

 そのまま死んでしまうこともある危険な状態だが、彼は生まれてから今まで、二十年以上その状態なのだ。筋肉を鍛えるように欠乏状態まで魔法を使うことで取り込める上限を増やすというトレーニングがないわけではないが、危険すぎて誰もやらない。それを二十年続けてきたのだ。上限がどうなっているのかはぜひ調べてみたい。


 一旦は考えるだけにして床に着いたのだが、やはりどうしても気になってしまう。


 と言うわけで、ありったけの光ポを水筒に入れて担ぐと、大賢者は宿を飛び出した。

 熊がまた出るかも、という恐怖は好奇心の前に無力だった。


 何事もなくスレイの家にたどり着いた大賢者は、カギのかかっていない玄関から普通に侵入して枕元に立つ。


 ポーチから小さい針を取り出して、ゴムチューブや注射器にセット。針の反対側チューブは光ポ入りの水筒へ。これで点滴の準備が完了した。

 寝ているスレイを起こさないよう慎重に腕を取り、針を刺す。一瞬眉にシワが寄ったがスレイは眠ったままだ。

 ポーション水筒を持って立ち、点滴を始める。光ポは決して透明とは言えないゴムチューブ越しでもその輝きが見て取れる。


 点滴の効果はすぐに出てきた。スレイの髪が黒くなってきたのだ。


「すごいのう!上ポ千本分ほどの因子を受け入れてまだまだ余裕がある。髪が半分も黒くなっておらんから、このまま行くと上ポ三千本、並の人間の三千人以上の因子許容量がありそうじゃ!」


 興奮のあまり、つい大声を上げてしまった。


 あっ、と思ってすぐに口を塞ぐが手遅れだったようだ。声に気付いたスレイがうっすらと目を開ける。


 その時の心境をスレイは後に「死神が迎えに来たのかと思った」と語っている。

 夜中見を覚ますと、枕元に怪しく光る老人の顔があって、ニタニタと笑いながら自分の腕に刺した針を眺めているのだ。しかも、その針には光るチューブが繋がれている。これでパニックになるなというのか無理だ。


「わ、わああああああああああ!!?」


 スレイの叫びが聞こえた瞬間、因子が活動を始めたのを察知して大賢者は死を覚悟した。好奇心は猫を殺す。そんな言葉が走馬灯と一緒に浮かんでは消えた。


 しかし、結論から言えば大賢者もスレイも無事だった。代わりに、大爆発によって家どころかあたり一帯の森まで消し飛び、広い範囲が更地になってしまっていたが。スレイ(ばくしんち)に近すぎたために、爆発の範囲外だったようで、ベッドと僅かの床、そしてスレイと大賢者だけが無事だった。


 そしてスレイは再び髪を真っ白にしてぶっ倒れている。


「ははは、凄まじいな!!たった一人の魔法でこの威力!!」


 あまり反省していない大賢者は、飛び散った点滴の道具を回収してから光ポを数滴スレイの口に流し込む。それだけで彼はすぐに目を覚ました。


「あ、あれ?僕は何を?大賢者さま、ここは一体?」

「まず、ここはお主の家じゃ、もとい、お主の家の跡地じゃ。好奇心に負けてちょっとお主に光ポを注射したら魔法が暴発してあたり一面吹き飛んだ。今は反省している」

「大賢者さまはバカなんですか?」

「返す言葉もない」


 やってしまったものは仕方ない。正気に戻った大賢者とこれからどうしようかと途方にくれていると、村の方からたくさんの人がやってくるのが見えた。先頭は寝間着にカーディガンを羽織っただけのマリーベルだった。


「スレイ、何があったの?」

「大賢者さまが寝ている僕にこっそり輝くポーションを飲ませた。目を覚ました僕の魔法が暴発してこの有様です」

「大賢者様は馬鹿なの?」

「返す言葉もない」


 やがて他の人たちも集まってくる。


「私がやりました」


 大賢者は先回りして土下座していた。幸い、村の方では大した被害がなかったこともあって、大賢者への追求はとりあえず脇においておくことになった。


「ここらの森は私とスレイが入るくらいだったから、こんな時間だし誰かが巻き込まれたっていうことはないと思うんだけど、流石にこれどけの面積が吹き飛ぶのはまずいよねえ」


 何しろ見渡す限り更地になっいるのだ。森は村の食糧庫でもある。影響がないわけがない。


「気休めにしかならんが、成長促進のスクロールを持ってきておる。苗を植えてそれを使えば生態系への影響は最小限に抑えられるはずじゃ」


 そこへ、話を聞いていた村の男衆が口を挟んできた。


「セイタイケイってのはわかんねーけどよ、じいさん。このあたりの更地全部畑になんねえかな?」


 村としては、邪魔な木が根こそぎなくなった今の状態は畑を広げる千載一遇のチャンスだ。雨が豊富なこの地域では、濃すぎる森がその邪魔をしていたのだ。


「ふむ…このあたりは因子が薄くて作物の生育には不向きじゃが、原因がわかった今となっては対処の方法もあるか。確かにここまで森が破壊されたとあっては、畑にするほうがよいかもしれん。村の皆様がそれで良いのであれば、わしは協力を惜しまんぞ」


 おお、と声が上がる。誰も反対するものはいなかった。


 男衆はさっそく水路や区画の計画を始める。何人かは村に伝令に走った。村の方では夜中の突然の爆音で叩き起こされ、不安にしている人も多いのだ。


 日が昇る頃、伝令は馬車にいくらかの種子や苗、農具を積んで、作業を手伝ってくれる人手とともに戻ってきた。その中にはスレイの両親の姿もあった。


「…久しぶり、父さん、母さん。少し痩せた?」

「そっちこそ。ちゃんと食べてるの?」

「マリーベルがいてくれるからね」

「ベルちゃんにはどれだけ感謝しても足りないわね」

「えへへ」


 感極まって涙を浮かべる両親に釣られて泣きそうになるのをぐっと我慢する。


 なんとなくしんみりしていると、大賢者に呼び出された。まずは実験としてもともとスレイが畑を作っていたあたりに種を蒔いて魔法を使うらしい。


「このあたりが一番因子がスカスカじゃからの。ここで成功すれば、他のどこでも成功するじゃろう」


 畑の広さは、手が空いた者で夜から邪魔な石などをどけて馬で簡単に耕した一反ほど。そこそこ広いが今回更地になった範囲からすると極々一部に過ぎない。


「まずは豆じゃな。因子を取り込んで地面に固定する力が強く、痩せた土地にも肥沃な土地にも合う。何より美味い」


 手分けして種と水を蒔き終わったところで、大賢者がスクロールを取り出して畑の真ん中に無造作に置いた。


「これはわしがポーションの材料を作るために自作した特別なスクロールじゃ。売ればそこそこいい家が建つ代物じゃぞ」

「へえ、すごいんだね」


 さり気ない自慢をさり気なく受け流されて意気消沈しながらも、大賢者の作業は続く。とはいえ、内容自体は難しいものではない。


「スクロールの使い方はいろいろあるが、今回はここにポーションをかける。これで勝手に魔法が発動する」


 どばどばどば、と、水筒に入っているポーションをかけてやると、スクロールから光が畑一面に広がって、やがて地面に染み込むように消えた。


「へー、こんな使い方もあるんだね」

「普通はこんな使い方はせんが、お嬢ちゃんがおれば無限に作れるからのう。大盤振る舞いじゃ。あとはこれで少し待てば芽吹くはず」

「あ、ほんとだ。芽が出てきたよ」

「いや、いくらなんでもそこまで早くはならんわい。半日は様子を見んと、って確かに芽吹いておるな」


 そんな話をしている間にも、芽吹いた豆はすくすくと成長し、慌てて立てた支柱に巻き付きながら一時間も経った頃にはすっかり立派な豆畑になっていた。


「大賢者様の魔法ってすごいね!」

「じゃろう?」


 などと余裕を見せているが、内心は穏やかではない。

 明らかに異常だ。この手の魔法を初めて見る村人たちは驚きや関心こそすれ納得はしているが、魔法使いからすれば異常すぎる結果だった。

 そしてよく考えなくてもその原因は一つだった。

 村の中である意味最も魔法に詳しく、そしてポーションについて知っているスレイだけが、大賢者以外にその答えにたどり着いていた。


「あの、大賢者さま、」

「みなまで言うな。その通りじゃ。ついいつもの調子でドバドバとポーションをかけてしまったが、本来は並ポを使うんじゃ。うっかり光ポを使ってしもうた。光ポならば数滴で足りたはず。異常な生育はそのせいに違いない。いやはや、変なことにならなくて良かった。最悪、暴走で大爆発もあったぞい」

「で、ですよねー」


 このことは二人だけの秘密にすることにした。何しろ村人たちは目を瞠る成果にボルテージが上がりまくっている。


「よーしみんな!準備はいいな!!サボってる暇はねえぞ!」

「おうともさ!!」


 男たちは声を張り上げ、各々の担当区域に散っていく。女たちはできたばかりの豆を収穫して料理した。できあがったのは単純に豆を煮ただけのものだが、それがまた食べたことのないほどの味で村人のボルテージをあげる。


 そんなこんなで、昼過ぎまでは順調に作業が進んでいた。

 ちょうど地面に座り込んで休んでいたマリーベルが小さな異変に気付いた。


「なんか揺れてる?」


 瞬間、ドン、と突き上げるような大きな揺れがあった。慣れているマリーベルはすぐさまスレイの姿を探す。いた。豆畑の前で呆然と「何か」を見上げている。


「ミ、ミミズだ!!」

「デカい!!デカすぎる!!」

「きゃああああ、グロテスク!!」


 マリーベル含め、少し離れていた村人たちからはその異形がよく見えた。畑の真ん中から巨大なミミズが生えている。地面の上に出ている部分だけで三メートル以上ある。スレイは近すぎて逆に何が起こっているのかわかっていない様子だった。


「スレイ!危ない!!」


 立ち上がったミミズがゆっくりとスレイの方へ倒れ込んで来るのが見えて、マリーベルは慌てて駆け寄った。体を滑り込ませて右腕を振り抜く。


「ハアッ!!」


 ばんっ、と因子が爆ぜてミミズの頭部(?)を吹き飛ばした。しかし気色悪い汁を飛ばしながらもミミズは暴れ続けていて、マリーベルはスレイごとふっ飛ばされて気絶してしまった。


「いてて…マリーベル、大丈夫!!?」


 庇われる形になったスレイは奇跡的に無傷だ。意識もはっきりしている。

 更に悪いことに、ミミズは次々と地面から現れ、好き勝手に土を食い荒らし始めた。

 村人たちもクワで応戦しようとするが、多少傷つけたところでミミズを止めることはできなかった。


「はあはあ、厄介じゃのう」


 そこへ、大賢者が息を切らしてやってきた。


「大賢者さま、これは…」

「間違いなく成長促進の魔法の影響じゃな。本来ならば植物にしか効果がないはずなのじゃが、光ポの濃すぎる因子が影響したか…実に興味深い!」

「言ってる場合ですか!」

「すまん、研究者の血が騒いでな」


 てへっ、と可愛くおどけて見せられても殺意しか湧かない。


「まずはあのミミズをなんとかしよう。わしは炎のスクロールで焼いていく。あとはお嬢ちゃんなら戦力になるはずじゃ」


 言いながらマリーベルの口に光ポを一滴流し込む。マリーベルはすぐさま飛び起きて、

「スレイ、無事だった!?」

「君のおかげでね」

「そう、良かった」

と、ほっと胸を撫で下ろした。


 ミミズは相変わらず暴れているが、大賢者とマリーベルの各個撃破で少しずつ現場は落ち着きを取り戻し始めていた。

 村人たちは今は集まってその様子を見守っていることしかできなかった。


「おれ、この戦いが終わったらマリーベルちゃんに謝ろ…」

「何をだよ」

「何だっていいよ…怖すぎるよ…」


 どちらかというと巨大ミミズよりは、ミミズの体液にまみれながらも次々とミミズを爆殺していくマリーベルに怯えていた。中には可愛そうな目をスレイに向ける人もいる。


 討伐は順調に見えたが、何事も慣れた頃が危ないものだ。


「地震だ!!」


 最初のよりも大きく地面が揺れる。バランスを崩して倒れた大賢者をマリーベルが回収して揺れが収まるのを待つ。

 揺れが収まったとき、目の前にあるものを見て、今度こそ全員が絶句した。


「も、モグラ、だよなぁ」

「ミミズを食べているし、多分そうだと思うけど」

「村よりデカくね?冗談抜きで」


 そう村人たちが評した通りの、巨大なモグラが生き残っていたミミズを次々と捕食し始めたのだ。


「ヤバイヤバイ!ヤバイって!!」


 そんな叫びも、モグラが移動するときの地響きでかき消されてしまう。

 土煙の向こうで大賢者とマリーベルが攻撃を試みているようであったが、相手が巨大すぎて効果がないのか、やがて諦めて戻ってきた。


「もうだめじゃ」

「だめだね」

「そ、そんな!!」


 二人の簡潔すぎる感想が全員を恐怖のどん底に容赦なく突き落とす。パニックになるのを抑えるために、大賢者は言った。


「安心せよ。あの巨体をいつまでも維持できるとは思えん。じきに力尽きて死ぬじゃろう。あとは村の方へ向かんように祈るだけじゃな」

「そ、それであれば…」


 しかし駄目なのだ。例え本当にそうであってもそんなことを言っては駄目なのだ。


「ああっ!モグラが村の方に!!」


 あらかたミミズを食い散らかしたモグラが、次の標的として村の方を見定めてしまった。目は見えていないはずなので単なる偶然だが何か作為的なものを感じないでもない。


「もうだめじゃ」

「南無」

「ああ…」


 地面を揺らしながら進んでいくモグラを成す術なく見守ることしかできない。できるのは、村に残っていた人たちが、気付いて逃げ出してくれることを祈るばかり。



「僕が、やる」



 パチリ、と首に嵌っていた首輪を外して宣言した男がいた。


「…スレイ?」


 そう呼ばれた男の手には、大賢者が残した水筒が在る。


「マリーベル!力を貸してくれ!!」


 スレイは水筒の中身を一気に煽る。喉が焼けるように熱い。その熱は腹に収まって全く衰えない。


 変化は劇的だった。真っ白だった髪の毛は瞬く間に艶めく黒髪に代わり、貧相な体つきも見違えるほど筋骨隆々に。盛り上がった筋肉が窮屈そうに服を伸ばしていた。


「スレイ…立派になって…」


 見違えた息子の姿に涙を流す母に頭を下げてから、スレイは自分が使える魔法の中から一番適していると思われるものを選択する。



「いくぞ、『ヘカトンケイル』!!」



「ヘカトンケイルじゃと!?ご禁制の戦略兵器魔法じゃぞ!?なんでそんなもんがここに!?」

「軍からの横流し品を闇市で安く手に入れまして。何でも使い方が難しく全く売れないのだとか」

「冷静に言っておるが、一時的に巨大化して戦闘能力を著しく引き上げる代わりに理性を失ったしまうために禁呪指定された魔法じゃぞ」

「大丈夫だよ、大賢者様。スレイの場合、一瞬巨大化してすぐ気絶するだけだから、爆発系とかよりよっぽど安全だよ!」

「そんなもんかな!!?」


 混乱する大賢者の横で、スレイの魔法は彼を見る間に巨大化させる。服はあっという間に弾け飛び、大量の因子を使って山よりも巨大な姿へと変貌させた。


「ぎゃああああ!白髪鬼だ!白髪鬼が出た!!」


 その姿は一部の村人のトラウマであるらしく、みっともなく喚き散らし始めるがそんなことは知らない。


「やっちゃえ!!」


 そんなマリーベルの声が聞こえたわけではないだろうが、巨大スレイがモグラに覆いかぶさるように倒れ込む。ただそれだけで、ぷちっ、と小虫を踏み潰すような気安さで、残っていたミミズを諸共にモグラは潰れた。


 それを見届けてから、スレイは意識を手放した。



*結



 目を開けると、すごく近くにマリーベルの顔があった。


「あ、起きた?」

「…うん」

「まだ寝てたほうがいいよ」


 どうやら自分は奇跡的に原型を留めていたベッドに寝かられていたらしい。全裸で。辛うじてボロボロのシーツが巻きつけられているだけだ。


 体を起こすと、村の人たちが忙しく走り回っているのが見えた。


「ありがとね、スレイ。みんなを助けてくれて」

「お礼を言われるようなことじゃないよ」

「それでも、ありがとう」


 ずっとそばでスレイを見てきたマリーベルは、彼が村の人たちのことを必ずしも良く思っていないことを知っている。だから、今回のスレイの行動がたまらなく嬉しかった。

 何となしに眺めていると、それに気づいた大賢者がフラフラと二人に近づいてくる。


「やれやれ、村の連中ときたらこんな老人を休む間なしに働かせよってからに」

「身から出た錆ではないですか」

「だからこうして頑張っておるのじゃろうが!お主も、よくやった。助かった」

「反省しているなら、今度からは無茶なことはしないでくださいね」

「善処する」


 それだけ言って、大賢者もまた作業に戻っていく。


「ミミズがね、土を耕してくれたおかげでだいぶ作業が捗ってるんだって。結果的に誰も怪我しなかったし、大賢者様が頑張って手伝う、ってことで今回は手打ちになったよ」

「そうなんだ」


 困ったな。

 会話が続かない。


「…こんなに騒がしいのは、久しぶりだ」

「そうだねえ」


 悪い気はしなかった。


「いつかスレイの体質が治ったら、いつもの光景になるよ」

「治るかな?」

「大賢者様が手伝ってくれるよ、きっと」


 マリーベルが立ち上がって、スレイの横に腰を下ろした。

 もうすっかり夕方だ。

 周りは喧しいのに、自分たちの周りだけ時間が止まったみたいに感じる。

 こつん、と肩にマリーベルの頬が触れる。


 目が合った。

 二人の顔が赤いのは夕日のせいなのか、それとも…


「ねえ、ちゅーする?ベル姉ちゃんちゅーする?」

「ばっか、二人はフーフだぞ!もっとすごいことするぞ!」


 いつの間にか、ベッドの脇から村の子どもたちの小さな顔が2つ覗いていた。


「ち、ちゅー!!?」


 恥ずかしさに耐えかねたスレイの顔がぼふっ、と小さく煙をあげる。魔法の暴発によるものだけど、魔法の因子が最小限しか残っていなかったせいでカスみたいな威力だった。それが、初めて見る子どもたちにはとても面白いものに映ったらしい。


「うわー!りあじゅうがバクハツした!!」


 子どもたちの笑い声を聞き、子供はやっぱりたくさんほしいな、なんて考えなら、スレイは愛しい人の腕に抱かれて意識を手放したのだった。





おしまい。

マリーベルちゃんは普段スレイの意識がないのをいいことにいろいろやってると思いますね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ