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第4話 奴隷少年少女のドナドナ夜行バス

 暗闇の中、あちこちに転がっているゴミを回収する作業を淡々と黙々とこなしていた。風が強くてゴミがよく飛ぶ。


 今日は夜勤だ。このパーキングエリアは、夜間の規模は縮小されるものの24時間営業である。


(早く終わらないかな。さっさと寮に帰って寝たい)


 パーキングエリアで働く人間には寮が与えられていて、家具も必要最低限は揃っていた。ただしテレビはないし、ネットもない。まあでも、ぶっちゃけ仕事に慣れるのに精一杯でそんなもの見る余裕はなかった。もちろんスマホもない。これはありがたいかもと道夫は思う。煩雑な連絡に悩まされずに済む。用がある時はドアをノックされるだけ。スマートフォンのない生活になって他にもよかったことは、どうでもいいはずのSNSをすっぱり気にしなくて済むようになったこととソシャゲ課金をしなくなったことと、そしてすっと寝られるようになったことだ。過激なタイトルで気を引いてくるくだらない内容のまとめサイトを夜な夜な無限に巡回することもない。


 ただ、あの小さい光を放つ長方形が、時折無性に恋しくなる。じゃあ21番ゲートから現世にもう一度転生するのを選びますかと問われれば即答でノーだけれども。なんでスマートフォン依存で転生して戻らなくちゃいけないんだ。依存ここに極まれりだ。生きていた頃は随分とスマートフォンの奴隷だった。無くなってしまえばこんなものかと思う日々である。


 風に飛ばされるゴミを追いかけて飛び出して、オンボロの車に轢かれそうになった。


「気をつけんかい!」


 鞭を持った中年にどやされ、身をすくめる。こわっ。車、というかバスは大型車のスペースに駐車すると、プスプスとエンジンが止まり、さっきの中年男が運転席から出てきた。道夫はからまれたらどうしようと思って身構えたが、男はまっすぐトイレの方へ向かっていった。


 道夫はほっとしながらも完全にやる気が萎え、帰りたさが五割増しになって箒を放り投げ、道の端にしゃがみこんだ。あーあ、やっぱり消滅しようかな。生きていてもいいことなんてあるわけないんだよ。


 誰かに叱られるまでぼうっとしていることに決め、道夫はバスを眺めていた。よく見るとそのバスは、後部は柵で囲まれているだけの簡易なものだった。動物を運んでいるのかと思って覗き込むと、中にはぼろの服を着た少年少女がすし詰め状態だった。人買いに買われたのか。おそらく倫理観も発展途上の国なんだろう。あの鞭を持った中年が悪いとも言えない。 


 仕事に戻ろうかな。

 サボったせいで神の怒りを買い、罰としてあんな国に転生させられたらたまったもんじゃない。道夫はそんな利己的な理由をバネに立ち上がる。


 その時だった。


「お兄さん、助けて!!」

「ここを開けて! お願い!」

 年端もいかぬ少年少女たちが必死に頼んできた。ガシャンガシャンと鉄製の柵が揺れて耳障りな音を立てる。命を懸けた一世一代の大勝負なのだという必死さだ。


「むりだよ……」

 道夫は力なく答える。

「ごめん……」

 関わりたくないというのが正直な気持ちだった。しかもさっきおっさんに睨まれたし。異世界の常識とかもよく知らないまま手を出したらどうなるかわからない。


「このままじゃお先真っ暗だ! 違う世界に行きたい!」

「おれもやだ! 別の世界に行くんだ!」

 目がらんとして、エネルギッシュな子どもたち。それに比べて俺は、なんてちょっと落ち込みつつ、道夫は人生の先輩として一応アドバイスする。

「じゃあ、死んでみたらいいんじゃないか?」


 子どもの目が点になる。

「な、なんでだよ!!」


「転生できるかもしれないよ。神様もいたよ」

 躊躇う子どもたち。


「だって、しんどいでしょ。君たち、骨と皮ばかりで、見るからに苦しそう。俺より苦しそうだし、死ぬことをおすすめする。なるはやでさ」

 道夫は首を突っ込んで危険な目に遭うのはごめんだったし、この子たちも逃げる途中で見つかって手痛い罰を受けるよりいいだろうと思った。


「うん。それがいいと思うよ。俺には殺すだけの気力はないから、悪いんだけど、死に方は各自で考えてね」

 親切心からのアドバイス……の、つもりだった。

 だが、子どもたちはがっくりと肩を落とし、もしくは怒らせ、口々に文句を吐き出し始める。


「なんだよ、ひどいやつだ!」

「悪魔め!」

「ああ、チャンスだったのに! よりによってこんなくそやろうかよ」

 非難轟々。

 あれ? なんか、ひどいこと言ってた? おれ。


「おい、ウチの子どもたちが世話になったようだな」

 野太い声が聞こえたと思ったら、

「げっ」

 さっきの鞭を持ったおっさんが闇に紛れて立っていた。


「すいません。けど、俺別に逃がしてないですし、セーフですよね……。まだ、特に誰も死んでもないようですし」


「ああ、そうだけどよ。こいつら勝手に殺すんじゃねぇよ、クズが。てめえだけ死んでろや」

 ヘイトな目で睨まれる。道夫は萎縮した。


 そして、

「こらぁ!」

 男は鍵を開け中に乗り込み、ビュンビュンと鞭の音が響く。

「ぎゃああ」


 言わんこっちゃない。鋭い音と共に赤い筋が入る。見るに堪えない。


 だが、

「あっ、クソ、逃げやがったおい待て!!」

 鍵が開いた隙を突いて一人どこかへ走り去った。

「チッ、おいお前ら!! 一人も逃がすんじゃねえ! 今度誰か逃げやがったら、全員こうだぞ!!」


 また鞭の音。


 打たれながらも子どもたちは虎視眈々と逃げ出す隙を狙っている。


 ああ、目の前の光景は、なんて元気なんだろう。くらくらするほどだ。


 元気があればなんでもできる、とプロレスラーが言っていた。あの意味を、年を重ねるごとに痛感する。元気があればなんでもできるけど、元気がなければなんにもできない。そのことを伝えてくれていたのだ。


 道夫は最後に独り言のようにこぼした。


「ごめん、余計なアドバイスだったね。代われるものなら代わってあげたいよ。だってそしたら、さすがの俺も今すぐ死を選べると思うから。君たちは元気があるようだから、羨ましい。羨ましい同士、おあいこってことで……さようなら」


 生まれつきの金持ちってこんな気分なんだろうか。

 金持ちに、「平民の喜びや苦しみが羨ましいからおあいこ」だとか言われたら、殺したくなる。


 あの子たちもまさにそんな目をしていた。

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