第3話 栄光を手にした勇者の帰還
昼休憩中。食事も終わり、ちょっとコーヒーでも飲もうと道夫が外にある自動販売機のラインナップから豆挽きたてが売りのブレンドコーヒーを選んで硬貨を投入している時だった。
「はあ~っ、そうかここ自販機あるんだ、懐かしい!」
そんな声を掛けられて振り返ると、そこには剣を背中に引っ提げた、いかにも勇者然とした若い男がこっちを見て快活に笑っていた。
「異世界転生で勇者やってたんだけど、ようやく現代に帰れることになってな!」
頼んでもいないのに自己紹介をしてくれる。
「それは……お疲れ様です」
「ああ、ありがと。本当よかったわ。一件落着って感じ。あ~あ、明日からはごくごく普通の高校生に逆戻りかあ」
道夫はあまり気にしないでできあがったコーヒーを取り出し、ごくりと飲み始める。
「いや、よく考えたら、すごい冒険だったよ。とても信じられない一か月間だった。俺、自分で仲間を集めて、世界を救ったんだぜ?」
自動販売機に感動して話しかけてきた割には、飲み物には目もくれずしゃべっている。誰かに話を聞いてもらいたいらしい。
「よくあるやつですね」
ついそんなことを言ってしまう。
「はあ? まあ、そうそう! それでさ、死にかけたりとかしながらも、結局、能力があるのは俺だけだし、俺がやるしかなくて……」
勇者はあまり気にもせず、続ける。
チート能力があったらしい。ちょっと聞いてみよう。
「それじゃ、美少女ハーレム状態だったんじゃないですか?」
「おお! よくわかるな! そうなんだよ」
異世界チーレムですか。
「ま、こんな立場じゃなきゃあんな風にはならなかったと思うけど。まさか、平凡な日常を送っていた俺が、こんな目に遭うなんて誰が予想できる?」
生き生きと、心底楽しそうだ。
その気持ちは分からなくもない。というか、分かりやすいほどに分かるよ。
「あーあ、戻ったら退屈だろうな。いや、そろそろ平和が恋しいし……いいんだ!」
「おまえも、あの現代から来たんだろ?」
「はい」
「転移するんだな?」
「転生するみたいでした」
「死んで生まれ変わる途中ってこと?」
「はい」
「じゃあ何でここにいるんだ? 神には会ったんだろ」
「はい」
「行かないの?」
「まあ、そのうち……どこかには行くと思います」
「ふーん」
「大冒険がお前を待ってるぜ」
「……そうですよね」
わかってはいる。わかってはいるのだ。
わかってるから、なんだか疲れる。
「別に冒険しなくてもさ、特殊能力でのんびり暮らすのもいいじゃん」
「特に苦労することもなく、異世界の役に立ちながらのんびり、ってな感じにですか」
「そうそう。能力チートだよ」
「たしかにいいと思います、そんな立場で人生を送るのも」
ほんのちょっとの頑張りで、相対的に物凄いリターンがあるんだろう。
「だけど、それって言ってみれば発展途上国に移住するようなものですよね」
道夫が言うと、勇者はちょっと首をかしげる。
「生きていたころ、文明の進んだ日本に生まれた人でわざわざそんなとこに移住する人ってあんまりいなかったし……理由はわかります。発展途上国で暮らすのはそれなりにキツイんだろうなって。田舎暮らしも、自然豊かで物価も安いけど、とにかく不便じゃないですか」
「それはそうだろうなあ。でも勝手に飛ばされて仕方なく受け入れる場合は、案外楽しいと思うけどな」
たしかにそうかもしれない。
「自分は今、そういう状況でもないので……」
「でも、ここよりいいだろ?!」
「はあ……まあ、そうですね……。今はここに一時的に身を置いてるわけですけど……」
どうしたらいいのか誰かが決めてくれればいいのにとさえ思う。
つまり今はモラトリアムだ。無限の可能性を一応持ちながら、なんら意思決定を下さない状態。
「まだ、いいかな」
神は、気が向いたらいつでも声をかけなさいと言ってくれた。別に期限があるわけでもないそうだ。
「ふーん。お前変わってんな」
「せっかくなので、みなさんをよく見てから決めますよ」
「ああそれがいいと思うぜ。まちがってもミルヴェーデウス平原には行くんじゃねぇぞ! あそこの魔王は不滅で、石化が解けたらまた暗黒帝国に逆戻りだからな!」
「わかりました」
平成の年号も変わる21番ゲートに向かう勇者を見送る。
これから彼は普通の高校生として残りの人生を送るのだろうか。はたまた、魔王の石化が解けてそのミルヴェーデウス平原とやらに喚び戻され、今後何度も往復するなんて未来もあるかもしれない。
「楽しそうな人生だな……波乱万丈で」
悔しいが、イキイキとして眩しかった。
自分もそんな人生を送ってみたかったな。
でも、実際に魔王と戦うなんてのはちょっとしんどい。
国を背負うとかもキツイ。
チートな人生ならありかもしれない。ただ、はいチート人生ですよ、存分に楽しんでねと言われてそれをなぞるようにして生きるのはなんか釈というか、冷めた気持ちがあるのも事実だった。
オタサーの姫という言葉がひと昔前に流行ったが、周りを下げることで相対的に手っ取り早く姫扱いされるということで冷めた目を向けられたものだ。いや、でもオタク相手でもいいから囲まれてチヤホヤされたい女の子の気持ちも分からんでもないし、それを冷めた目で見る激戦区の努力家美女達の気持ちも分からんでもない。それはそうなんだが、かといって、最強の魔王を倒しに行ってきてくださいとか言われたら自分は全力で断るのだ。そんなのはあまりに疲れるし、やりたい人がやってください俺は嫌です、という気持ちだ。
「結局何がしたいんだ俺……」
生きるのがつらい。
死にたいわけでもないけど。
休憩時間終わりだ。戻らなきゃ。