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第2話 ドラゴン給餌所の補充・清掃業務

 米田道夫はパーキングエリアの脇にある給餌所に干し草を補充しにやってきた。ここは竜を繋ぐ場所らしい。その時はちょうど誰もいなかった。


 まずはあちこちに転がっていた糞を片付ける。糞は乾燥していて臭くはない。竜だからなのかなと、少しだけ神々しさを感じる。


 その後、道夫は大きなフォークのような農具で干し草を積み上げていった。


 死んでまで働くなんて面倒だともちろん思っている。思っていながらも働いた。そうするしかない。現実問題、ここにいたって腹がへるんだから仕方がないのだ。飢えの苦しみから逃れるためには、働いて対価を得て食事をするしかない。どこも同じだ。


 二時間ほどかかってようやく掃除と餌の補充が完了した。ふう、と一息つく。管理人に報告に行く前に、少しくらい休んだっていいだろう。


 異世界間をつなぐパーキングエリアなだけあって、時代錯誤にもなんと自動販売機も設置されていた。投入する貨幣は円でいいらしい。こんなことじゃ時代観が改変されるのではと思うが、自動販売機が存在しない時代の者たちはまったく気が付かずにスルーするか、指定された硬貨が入れられず諦めている。ドリンクを入手する方法は他にもコンビニ、露店やバー、それに湧き水など色々と用意されていた。道夫は雇い主である管理人の神から給料を日当で支払われている。財布から百円玉を投入し、アイスコーヒーを購入。紙カップに黒い液体が注がれ、戸口が開く。カップを取り出すと、びゅっと肌寒い風が吹いた。もうすぐ冬になるのだろうか。四季、あるのかな。迷ったけど、やっぱりホットコーヒーにすればよかったと少し後悔する。

 ゴクリと一口。なんの変哲もないコーヒーの味だ。死ぬ前の世界と同じ味だった。


 本当に生きるのが厭なら消滅することも可能らしい。

 でも生きる価値が分からないってのは、死ぬ価値も分からないってことだ。苦しむ価値なんてもっとわからない。だったら手近に用意された回避手段を選ぶしかない。明日の弁当が買えないのは嫌だ。


 その時、さっきとは比べ物にならないくらいの突風が吹いた。体が宙に浮くような感覚に、反射的に重心を低くする。頭の上に大きな影がよぎるのを感じた。なんだ!? 心臓がどきんと痛いほど高鳴る。


「ギャアア」


 ビリビリと鼓膜が叩かれるような破裂音と共に、ヘリコプターか何か着陸する。違う、竜だ。そして人が――首に捕まっていた細身の人間が慣れたような動作で降り立つ。カウボーイハットをかぶってへそを出した革の服の、ショートヘアの女性だ。彼女が乗っていたのは、翼を持ったそこそこ巨大なドラゴンだった。こちらに背を向けていたドラゴンは長い首をゆっくりとねじって、赤い目でギロりとこちらを見下ろす。固そうなオレンジ色の鱗が西陽に煌めいた。


「ねえあなた、ここの人?」

 女が尋ねる。

「あ、はい……」

「ここ、鍛冶屋ある?」

 チャ、と手を置いた刀が音を立てる。

「はい……えーと、そこの建物の向こう側です」

 一週間で得た知識の中から引っ張り出して答える。鍛冶屋。たしかそんな店もあった。

「ありがと。あーよかった。飛んでるときゲート見つけてさ、やっぱ不安だからね。戦闘の前に寄ってみて正解だった! ちょっと割高なんだけどねー」

 伸びをしながら快活に微笑む女性。

「それは……よかったです」

 女は屋舎にドラゴンを入れると首輪をかけ、鍵を持って一人出ていく。


 自分の知らない異世界では、魔法で空間を移動するのが常識らしい。その際に通るところもこうしたゲートで、一本道だという。神が作ったそうだ。道中にはここの他にもパーキングエリアが存在している。


 ドラゴンという幻想的なものを至近距離で見てしまったせいで、心臓の鼓動がまだ鳴り止まない。風圧がすごかった。


 ちょっと、見に行ってみよう。


 手狭な屋舎に入ると、出口に近い位置のスペースに羽を畳んだ竜が繋がれていた。赤いルビーのような目がまたこちらを見る。

「すごい、本物だ」

 オレンジ色の翼の甲にはへこんだように一本傷がついているが、すでに風化したようにその身に馴染んでいる。はるか昔に戦闘で負ったのだろうか。

 美しいな。と思った。

 自分の知っている中で一番似ているのは図鑑の中の恐竜だ。爬虫類のような、鳥のような、その中間といった感じだろうか。


 あの女の人はこれから長旅に出るらしい。

 そこはどんな世界なんだろう。

 道夫はしばらく無言でそこに立ち尽くしていた。

 

「あれ、まだいたんだ」

 その声でふと我に返る。さっきの女性がいつの間にか戻ってきた。

「あ、すみません」

「そんなに珍しい? いいけど」

 姿勢を正す道夫に、気分を害した風もなく、女はにっこり微笑む。

「ゲートができて、だいぶ楽にはなったけど、それでも長旅だからね。まだしばらく飛ばなくちゃならないから」

 そう言いながらドラゴンの顎を愛おしげに撫でる。ドラゴンもうっとりと女性に鼻を寄せる。女性は空いている手で首輪の鍵を開けると、反射的に飛び出そうとするドラゴンを諌めながら、よっ、と飛び乗る。竜は待ってたとばかりにすぐに屋外に出るので道夫も追いかけた。


「行っくわよー!」


 掛け声とともにごうっと風が吹き、巨体がふわりと宙に舞い上がる。

 真っ赤な夕日が射し込む。

 その夕日に向かって飛んでいった。

 壮観だ。

 道夫は見送った。

 遠く遠く、小さくなるまで見ていた。


 どこかにあんな世界も存在しているんだ。陶然とした気持ちになった。自分も、旅に出てみたい、なんて思った。出ればいいじゃないか。そう言われている気がした。転生させてくださいと、神にお願いすればいい。そうしてみようか……? 道夫は空になった紙コップをゴミ箱に片付けると、売店へと戻る。


「遅いぞ。掃除と補充に何時間かけてんだ!」

「あっ……ご、ごめんなさい」

 土産売り場に戻ると、 ここで共に働く仲間の長、ゴンザレスにどやされた。色黒のいかつい中年だ。道夫はぺこっと頭を下げる。

「そんなに責めたらかわいそうよ。ごめんね、この人若い人が入ったから嬉しいのよ」

「ハンナは黙っとれぃ!」

 商品を補充していた娘のハンナが笑いながらとりなしてくれる。

「あなた21番ゲートから来たんでしょ、そりゃ慣れるには時間かかるわ」

「いえ……すみません、あ、替わります」

 申し訳ないとばかりにレジ打ちに入る。バーコードリーダーをリンゴにピッと直接当てて表示された価格を伝え、客から受け取った銅貨を機械に入れれば自動的に精算してくれる。神様システム、便利。

「あの、さっきドラゴンを連れた人がいて」

 客足が途絶えたところで、なんとなく世間話をする。道夫から話し始めるのは珍しく、ハンナが少し興味深そうに耳を傾けてくれる。

「俺、ちょっとまだドキドキしてて、その、なんていうか、ああいうのっていいなって」

 行ってみたい世界。

 誰かに話したくなるような、そっと胸にしまっておきたくなるような。

 だが、

「お代は?」

「え?」

 ゴンザレスが間髪入れずに割り込んできた。

「えじゃねーだろ、金もらったろ?」

「もらってませんけど」

「何ィ!?」

 眉を吊り上げてゴンザレスの凧頭がぐにゃりと歪む。

「あンのやろー! ちょろまかしやがったな」

「えっ?」

「竜は特別料金だから手渡しなんだよ! 仕方ねえ、次から頼むぞ」

「はい……すみません」

 

 なるほど。どこの世界でもきっと大変だ。

 ドラゴンを繋ぐ場所を借りるのにも、貨幣が必要で、単位はよくわからないが、結構かかるらしい。ドラゴンを所持するのにもお金がかかるのだ。大型車みたいなものだろうか。


「あっ、くそ、レシートが切れやがった」

 客が並び始め、レジ台の前でゴンザレスがパニクっている。

「僕、替えますよ」

「おう」

 これくらいならお安い御用。

「やっぱおまえ、しばらくレジ打ち係な」

「わかりました」

 コンビニバイト歴も長いし、ここが一番役に立っているのを感じる。


 やっぱ、まだここにいよう。

 

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