雲海に散らす1
オウカ国の周辺は雲海と呼ばれる特殊な空域となっている。
分厚い雲の層は視界を奪い、雲に隠れた大小様々な浮遊鉱石が行く手を阻む超広域のエアリウムベルト。天然の城壁である。
そんな雲の中に何かが潜んでいる。これを怪しまない訳がない。
だが天然の城壁とも言える場所に潜む相手に攻撃を仕掛けるにはリスクが伴う。
雲海の雲は分厚く、中に隠したものを外側からは困難だ。
相手が雲の中にいる以上、相手の保有戦力がわからない。
どうにかして相手の戦力がわかると、動きやすいのであるが……彼等の場合は違った。
「トリアさん、見えます?」
「……何度やっても駄目。雲海の中はエーテルの流れが激しすぎて何も見えないし、見る度に変わるから疲れる」
「トリア嬢の目で駄目となると、やっぱ強行突破しかないか」
「ちょ、マジッスか?! オウカの雲海ったら世界最大規模のエアリウムベルトッスよ? しかも雲のせいで視界最悪。自殺行為ッスよぉ!」
多少の無茶はいつもやっている三人は全く躊躇う事なく強行突破を選択したが、ラミターはそうではない。
何せこれが初陣なのだ。誰だってその初陣でわざわざ自殺行為に走りたくはない。
それにラミターの指摘する通り、至るところに岩石の浮かぶ場所に目隠し状態で飛び込むのは危険極まる。
何より彼女が危惧するのはアルトエミスの速度。ヘスティオンをはるかに上回る速度で飛行するこの機体が、最高速度で浮遊石の密集地帯に突っ込んだらどうなるか。
「大丈夫ですよ、ラミターさん」
「でも……」
「レーザーセンサー起動。正常稼働確認。……うん、これなら処理しきれる。大型化しただけあって演算機能もあがったのかな」
以前は表示される情報が多すぎたが、今は大分すっきりとしている。ただ外見が変わっただけではなかったようだ。
「二人とも、付いてきてください。突っ込みます」
「了解」
「ラミター。覚悟はできた?」
「出来てないッス! ていうかセンパイ方、割りきるの早すぎッスよぉ!」
ラミターが叫ぶが、無情にもヴァナディスは加速し雲の中へ突っ込んでいく。
その後ろをヴィール機とトリア機が続く。
「おかしい、この人たち絶対なんかおかしいッス!」
その叫びが聞き届けられる事はなく、彼女を乗せたヴァナディスは先陣を切って雲の中を突き進んでいくのであった。
◆
雲の中に潜んで攻め入る時を待ち、戦力を集めて一気に制圧する。
それがアドルミデラがオウカ国制圧に選んだ手段であった。
オウカ国の雲海は世界的に見ても珍しいほどの密度を持つエアリウムベルトであり、雲海の中を安全に進む航路はオウカ国の一部の人間しか把握していない。
つまり部外者からすればこの雲海は侵入者を拒む天然の城壁という訳である。
故に監視の目は雲海より下にはない。
まさかそこに、自国の裏切り者から流れた航路の情報を利用した敵が入り込んでいるとは思いもしないのだろう。
強襲型母艦エンゲラーブ。それがこの雲海に潜むアドルミデラの艦の名前である。
同陣営のヘクスイェーガーであるベイルを大型化させたような外観をしたその艦ひとつで運用できるヘクスイェーガーは六十。
国を攻め落とすならば少ない数であるが、同時に動くのはこの艦だけではない。
「素晴らしい隠密性だな、エンゲラーブは」
「雲海がエーテルセンサーからも守ってくれますからね。そう簡単には見つかりませんよ」
極小のマナ消費で滞空できるエンゲラーブは、浮いているだけならばまずエーテルセンサーには映らない。故に今回の制圧作戦に選ばれた。
おまけに雲海の中はエーテルの流れが常時激しく変動。渦巻いているような状態であり、並みのエーテルセンサーでは役に立たない。
つまり、どうやっても発見される訳がないのである。
もし発見されていたとしても周囲のエアリウムベルトが盾となってくれるという過信があった。
「アンバジオン二隻、所定の位置につきました」
「よし。浮上と同時にアンバジオンによる魔導砲撃。発射と同時に全機発艦させろ」
最初に強烈な一撃で警備隊の出撃ハッチや格納庫を破壊。相手の反撃を許さず、一方的に蹂躙する。
エンゲラーブ型強襲母艦一隻とアンバジオン型戦艦二隻。その少ない戦力で確実に攻略するために考え出された作戦である。
だがこの作戦。実際には穴がある。
一見効果的に見えるが、まず雲海の影響を自分達も受けているという事を全く考慮できていない。
外から観測する際に雲海内のエーテル流がセンサーを阻害するのに、雲海内部にいる自分達が外側の観測を出来るわけがないのだ。
これは随伴艦が至近距離に居り、距離が近いが故にエーテルセンサーで感知できているのを、そのまま外部もできていると誤認しているからである。
つまりは感情バイアス。自分に都合のいい解釈をしてしまい、誤りに気付いていないのだ。
次に、敵地に潜んでいるにも関わらず背後からの攻撃を全く想定していないこと。
いくらエーテルセンサーで発見されない状態だからと言っても、雲海の上では普通にオウカ国の艦船や哨戒機などが飛び交っている。
そんな状況であるにも関わらずセンサーが役に立たないこともあり、もし目視で位置が特定され背後で待ち構えられていても、雲の中からはわからない。
そして最後は――。
「か、艦長! アンバジオンが攻撃を受けてます!」
「何ぃ?!」
この雲海を突き進んでくるような人間がいると想像できなかった事だ。
◆
雲の中を突き進むヴァナディスとそれに続くアルトエミスとヘカティア。
危なげなく進んでいるように見えるが、実際にはかなりギリギリの飛行である。
ヴァナディスは全身に装備されたレーザーセンサーにより瞬時に周囲の状況できる。
前身となるアルトエミス二号機の改造機は人間に処理しきれないほどの情報を提示していたが、本機は大型化したことで機体側に演算装置を搭載できた事で状況に合わせた情報のみを瞬時に提示できるようになっている。
しかし、だ。どれだけ機体側で情報を選別して処理しやすくしたとしても、高速飛行しながら一瞬ごとに更新される周辺状況を人間が処理できるか、となると別である。
「死ぬ! 死んじゃうッス! ああっ、何かかすったぁ!」
ラミター側にも表示される周辺の障害物配置。それが目まぐるしく変化し続け、かつスピードメーターはヘスティオンでは絶対に出せないような速度を示している事がより恐怖を煽っていた。
事実、その速度で密集地帯に突っ込めば機体は穴だらけになり彼女の言うとおり死んでしまう。
「せめてもうちょっとスピード落として欲しいッス!」
「これでも遅いくらいだぞ」
「いつもはもっと速い」
「マジッスか?! やっぱこの人達おかしいッス!」
ヴィールとトリアは余裕を見せながら、ぴったりと後ろに続く。
一方でアルは余裕など全くなかった。
当然だ。彼女は随時更新される周辺情報を瞬時に処理し、それを操縦に反映させる。
ミスをすれば大惨事。失敗は許されない上に思考する時間が殆んどない。
もっと速度を落とせばいい話ではあるが、相手が動いてからでは遅い。
これは奇襲だ。気付かれる前に相手を補足し、叩く。
「……! 止まります」
三機が速度を落とし、横に並ぶ。
「見つけたのか?」
「数は三。大きいですね。多分戦闘用の艦艇かと」
それを聞いてトリアがプレスナイパーライフルのマガジンをチェックして構える。
「十一時半方向、ほぼ水平」
「了解」
視界もなく、トリアの能力でエーテルの流れを読んで位置を特定することもできない。
だが、アルに言われた向きへ銃口を向ける。
「ヴィールさん、一時方向。障害物はほぼありません」
「了解。行ってくる」
ヴィールもまたアルの指示に従い飛び出し、あっと言う間に見えなくなった。
「トリアさん、スクロール弾使用許可。撃ってください」
「……よし」
ヘカティアが発砲。放たれた弾丸は岩石群を抜け、雲の向こうで炸裂した。
爆発により、一瞬ではあるが対象のシルエットが浮かび上がり、それを確認したトリアは立て続けに発砲する。
「マガジン一つ撃ち尽くしたら上昇して上空から引き続き攻撃を。私は、もう一隻を攻めます」
「ちょ、待つッス! この機体の装備で戦闘用の艦とやりあえる訳ないっすよ!」
「プレスライフルとキャストブレードが一つずつ。それにアルブス。確かに少ないと言えば少ない装備ですね」
「だったら!」
「でも不可能じゃない。でしょ?」
「思い切りがよすぎるッス!」
この時、ラミターは初めて気付いた。アルの笑顔には圧力があるのだ、と。
◆
攻撃を受けたアンバジオンの艦内はパニック状態に陥っていた。
それもその筈で、彼等は攻撃されるなどとは露ほども考えていなかったのだから。
おまけに攻撃を受けた場所がまずかった。
最初の一撃が命中した後、何度も右舷エーテルリバウンダーの噴射口周辺に攻撃を受け、ついには艦内で大規模な爆発を起こした。
その結果、右舷側のエーテルリバウンダーそのものが破壊され浮力が不足。バランスも崩れたことで艦はゆっくりと右に傾きながら高度を落とし始め、墜落を待つのみの状態となっていた。
当然、脱出用の小型艇にクルーが殺到。艦載機のアターカは轟沈寸前にも関わらずなおも攻撃を加える正体不明機の迎撃のため一斉に出撃する。
「どこから撃ってきてる!」
「上からです!」
「まさかっ、見つかっていたのか?! しかも外から」
「だとすれば味方もやられかねない。潰すぞ!」
雲海の外からの攻撃。しかも正確にアンバジオンに攻撃を命中させ続けるような相手が自分達の艦以外の位置も把握していたら、驚異以外の何物でもない。
十二機のアターカが加速し、雲を裂きながら急上昇。攻撃が飛んでくる方向へと向かう。
「もうすぐ雲をぬけ――」
そう言った直後。先頭のアターカは右脚を砕かれ失速。バランスを崩し後続機を数機巻き込んで落下していった。
「何が起きた……?」
突然右脚の膝から下が爆ぜたようにしか見えなかった。
それと同時にアンバジオンへの攻撃が止まっている。
「……まさか、な」
想像したくはない想像を確かめるため、手に持っていたシールドを上に向かって投げる。
それが雲を抜けた瞬間に金属音と共に弾き返された。
強烈な一撃により上半分を失った状態で。
「……どうなっている」
シールドが雲の外に飛び出した瞬間に弾かれ破壊された。
アターカも頭を出した段階で脚を破壊された。
出た瞬間に攻撃される。ある程度の推測は出来たとしても、出た瞬間に的確に攻撃を当てる事など普通は出来ない。
「単機で出たらやられる。散開して同時に仕掛けるぞ」
「よし。では散開した五秒後に仕掛ける。いいな?」
損傷した一機とそれを支える一機を除いた計十機が散らばっていく。
エーテル流により超近距離でしか通信が出来ず、少し離れればハンドサインすら見えなくなる為、そうやって先に仕掛けるタイミングを伝達する必要があったのだが、実際そう上手くタイミングが一致するか、というとそんな事はない。
散開しはじめて五秒。そのタイミングで雲海を飛び出す。
逸った一機が頭を撃ち抜かれ墜落した。
その後続四機は無事に抜けられたが、六機目と九機目は操縦席に直撃。七機目と八機目はそれぞれ右肘から下にはと左腕丸ごとを吹き飛ばされた。
当然、最後尾になった機体は腰を撃ち抜かれ上下に分断された。
雲海を抜けられたのは全部で六機。うち五体満足で抜けられたのはたった四機。
一機は右肘を撃ち抜かれた際に武器も失い、左肩を破壊されたもう一機はシールドを失った。
その左腕を失った機体は、直後に胸部を貫かれて雲の中へ落ちていった。
「なんだ、あれは」
彼等の眼前にいるのは一機のヘクスイェーガー。
それが自分達を攻撃していた者である事は疑う余地はない。
だがそれはアドルミデラの機体ばかりを見てきた彼等にとって、その機体は異常な姿であった。
何せ彼等の記憶にはない機体であったからだ。
左肩にシールドを装備し、まるでスカートを履いたような腰回り。
何よりも異様なのは、肩のシールドが稼働し、胸部を保護しているという点だ。
あり得ない。四肢以外の部位が動くなど、彼等にとっては信じがたい事であった。
そして、そのスカート付きが筒状のものを向けてくる。
「シールド構え! 突撃ッ」
それが武器であることは瞬時に理解できた。そして一撃でアターカのシールドを破壊的るほどの威力を持っている事は把握している。
逆に言えば一発は耐える。
五機のアターカが一斉に突撃をかける。
それぞれに一発ずつ攻撃が命中し、シールドが弾け飛ぶ。
怯む事なくなおもスカート付きに向け、加速していく。
「その長物。近付けば使えまい!」
確かにその通りである。彼等が相手しているその機体が使っている武器――プレスガンは弾の発射口が相手に向いていなければ攻撃できない。
だからこそ接近すれば使えないはずなのだ。
それに速度の乗ったアターカの一撃。それを避けられるとは思えない。
そして、槍の切っ先が敵に接触する寸前に四つのシールドによって受け止められた。
「どう言うことだ……」
「動くのは肩のだけじゃないのかよォ!」
肩、腰部サイドアーマー、そしてフロントアーマーがそれぞれ展開し、四機の攻撃を防ぎきっている。
そして最後の一機は、槍が届く前にスカート付きの得物が下腹部にめり込み、行動不能になっていた。
『……何のためにお前たちが戦うのかは知らない』
「女?! しかも子供の声だと」
『けど、私はお前たちが気に入らない。アドルミデラを認めない』
「何、を!」
肩のシールドで抑えられていたアターカが後退しようと脚を動かした瞬間。左手に握られた小型のプレスガンが無数の弾丸を放ち、機体を穴だらけにしていく。
続いて自由になった肩シールドが左のサイドアーマーに防がれた機体の頭を切断。反対側の機体は振り下ろされた大型のプレスガンによって叩き潰され、雲の中へと落ちて行く。
「お、おい嘘だろぉ?!」
残されたアターカは叩き潰される仲間を見て、即座に逃げる事を選択した。
が、逃げればどうなるか。それは言うまでもない。
武器を捨て、背を向けたアターカに対し、スカート付きは彼の仲間を突き刺したままのプレスガンを向け、発砲した。




