予感
訓練生達が帰艦すると、早速機体の洗浄作業が始まる。
もちろん自分の機体は自分で担当することになる……と訓練生達は考えていたが、ここでアルが笑顔で一言。
「脱落が早かった順番により多く汚れた機体を洗うこと」
そこへトリアの追撃となる一言。
「かつ早かった三名はそれぞれ追加でもう一機も洗うこと」
地獄のような条件を突きつけられ、脱落してしまった五人は絶叫する。
勿論、ある程度したら作業員達も手伝ってくれるようにあらかじめ手配はしてあるが、このくらいはしないとサボる人間が出かねない。
早めに一撃退場したから汚れが少ない。だから後始末も楽だ、とはいかない。
(とはいえ……)
近い年齢のアルとトリアにここまでやられるのを快く思わない者もいるだろう。
実際、訓練生の中にはアル達よりも歳上の者もいる。彼等ならばその傾向はより強いだろう。
おまけにアルもトリアも試作機のテスターであり、専用機持ち。羨望が嫉妬にならないとも限らない。
「難しいですね……」
「難しく考える必要はない。私達の実力を見せればいいだけ」
確かにその通りだ。なんて単純な事だろう。
「まあその事に関しては追々。今日は流石にもう無理でしょうし」
直前まで医務室で寝ていた人間ばかりなのだ。これ以上疲れさせては明日にまで差し支えかねない。
「へぇーい。そこな騎士アンド訓練生――とウーノ・アハット。いい知らせと悪い知らせがあるのである」
「シュデムさん? どうしたんですか。随分慌てた様子ですが」
格納庫から後部デッキまで走ってきたシュデムは派手にすっころんだ。
「実はアルトエミス二号機の改造が終わったのである! 以前の機能を改良して搭載しつつ、ついでに完成したアルブス搭載。動作自体はできるからその点は問題ないのである。これで戦力アップ間違い無しである!」
「それだけ聞けば良いことだけの気がするんですが」
「うん。こっからは悪いニュースである。まず、一人では動かせなくなってるのである。いや、動くのであるがフルスペックは出せないのである。腕増設したし」
「今なんて?」
「まあ操縦人数についてはアトロフォスの操縦席を小改造して取り付けたから問題ないのである」
「え、今なんて?」
「まあ問題はやったこと全部艦長にバレたのである。我輩だけがやったわけではないのにっ!」
「いや、あんた責任者だし」
その責任者が率先して問題行動を起こすのだから、最高責任者であるガドルがそれを咎めるのは当然であろう。
「……で、シュデムさん。もう一度話してください」
「うん? だからアルトエミス二号機の改造が……ってあれ。アル・イスナイン?」
アルの様子がおかしい。それに気づいた瞬間、トリアの顔はひきつり三歩ほど下がった。
シュデムもそれを見て悟る。これはまずい、と。
だがすでに時遅し。がっと両肩に手を置かれ、徐々に力が加えられていく。
「私は今、冷静さを欠こうとしています」
「いや、十分欠いているのであだだだだだだ! 忘れてた、こやつとんでもねぇ怪力の持ち主だったのである! ちょ、駄目。これ以上は折れるほうじゃなくて砕ける方の骨折になるである! や、やめっ、あっ……アーッ!」
自身の骨が軋む音にシュデムが絶叫したところでアルが手を離した。
「た、助かったのである……」
「シュデムさんの腕を折ったら仕事にならないじゃないですか、やるなら脚をやりますよ」
「怖っ!? それ掴んだのが脚ならやってたってことであるか?! いや、まあ。それについては置いておくとして、機体説明のために格納庫に来てほしいのである。ディウフ・エルドブレ、ラミター・パラヴィーナも来るのである」
「……は?」
「アタシ達ッスか?」
二人の訓練生の名前が呼ばれ、困惑しながらシュデムのもとにやってくる。
男のほうがディウフ・エルドブレ。先程の模擬戦においてルールの穴を突いて腕で攻撃を防ぎきった訓練生である。
女のほうがラミター・パラヴィーナで、弾丸を弾丸で撃ち落とした訓練生だ。
また、両者ともに他の訓練生がダウンしたウーノの訓練を耐えきっている。
「見込みのある貴様達にはやってもらい事があるのである。ついてくるがいい!」
訳もわからないまま、二人はシュデムやアル達について格納庫へと向かうのであった。
で、格納庫につくなりシュデムは待ち構えていたガドルにより正座させられていた。
「言い訳はあとで聞こう。で、これはなんだ」
「何、と言われてもアルトエミス二号機の改造機と、アトロフォスの改修機であるが」
「別物ではないか! 特にアルトエミス。なんであんな姿になった?!」
アルブスを搭載した以上、ある程度形状が変化することは最初から判っていた。
それはいい。だが背中にも腕のようなものがあるのは何故なのか。
「アルブスを運用するのはシルキー以上に難易度が高いのである。故に使用中は足が止まりかねず、自衛手段にも乏しい。ならば、操縦席を増設してメインとは別の操作系統を用意してそちらでアルブスを担当。戦闘力の低下を最低限に抑えたのである」
「その為に新型機を解体するやつがあるか!」
「代わりにアルトエミスの操縦席を取り付けたから問題ないはずである」
「そういう問題ではない! せめて申請をしろと言っている!」
「以後気を付けるかもしれないのである!」
全く反省した様子がなく、ガドルは諦めたかのようにため息をついて去っていった。
その背が見えなくなったのを見計らい、シュデムは足を崩した。
「さて、早速であるが機体の説明を始めるのである。が、ちょっと待って足痺れた」
足を擦りながら床に這いつくばりながらも、シュデムは説明を始める。
「アルトエミス二号機であるが、見ての通り操縦席周りをアトロフォスのものに変更。ついでに背部に一対の腕を装備。さらにエーテルリバウンダー内蔵の脚部を一対増設し、重量増加に対応しているのである」
背部に増設された腕ばかりに意識がいってあまり目立っていなかったが、よくよく見ると脚のようなものも取り付けられている。
「これが一人では動かせない理由ですか?」
「いや、動くことは動くのである。むしろエーテルコンバーターは三個に増設しているから出力だけは既存の機体の追随を許さず、増加した重量をものともしない機動力と運動性能を発揮するのである」
「じゃあ何故複座に?」
「さっきも言ったが、戦闘中に一人でヘクスイェーガーとアルブスの同時操作は困難を極めるのである。なので、機体の主操作とアルブスの操作を別の人間が担当するという形にしたのである。背部の増設腕はサブアームではあるが、アルブスのコントロールユニットでもあるのであーる。で、そのアルブスの操作を担当する役目を、ラミター・パラヴィーナ。貴様を指名する」
「えぇっ?! アタシッスか?!」
完全に気を抜いていたラミターはやや上ずった声をあげた。
「貴様ほどの集中力と技量があればアル・イスナインのパートナーとしてこの機体を扱うに相応しい。そう、ウーノ・アハットの報告書を見て判断した」
「で、でもアタシまだ学生ッスよ? 正規軍の機体に乗っていいんスか?」
「それを言い出したらウチには学生なのに国の機体を借りパクした男がいるのである」
アディン・アハット。アルはすぐにその名を思い浮かべる。
同時に、今は行方知れずの人間ではあるアディンを、シュデムが過去の人間として彼を扱っていない事を嬉しいと感じた。
「ぶっちゃけこの部隊の規律はゆるっゆるである故な。誰かが死ぬようなことをやらなければ大抵は許されるのである」
ふふん、と床を這いながら鼻息荒くいうシュデムに向かい、静かにディウフが手を上げる。
「……あの、俺はなんでよばれたんスか?」
「うん? ああ。ディウフ・エルドブレ。貴様にはアトロフォスの操縦をやってもらう。なにせウチは人手不足でな。人数に対してテスト待ちの機体や装備が山のようにある。故にテスターがいなかったこの機体を預けるのである」
「……え、俺なんかでいいんスか? さっきの訓練でもアホほど食らってたッスけど」
自信なさげにそう呟くディウフの肩をトリアが叩く。
「でも最後まで残った。そして的確に防御ができていた。それは誇れる事」
「そうである。いくら疲労が蓄積していたとはいえ、貴様のやったことは他の訓練生ではできなかった事である。選ばれた事は誇っていいのである」
「そう、スか……」
ディウフは照れ臭そうに頭をかいた。
どうも自己評価があまり高くなく、褒められる事にもあまり慣れていないようだ。
「でもシュデムさん。艦長に許可は……?」
「ん? 完成した機体や装備のテスター選抜は一任されているので事後報告で問題ないのである。今回はたまたま新型機を勝手に改造したからまずかっただけである」
「懲りませんね」
「うむ。規則に縛られていい発明はできんのである。それに、アディン・アハットのアイデアを実現させたかったというのもあるな」
「アディンの? じゃあアルトエミスのあの姿は……」
「あやつの描いたイラストと設計図を元に作った機体である。奴はこの機体にヴァナディスと名付けていたようだな」
「ヴァナディス……」
アルは新しい自分の愛機の名前を噛み締めるように呟く。
「あの、アルセンパイ。なんて言えばいいかわからないんスけど、よろしくお願いします!」
「え、あ。うん。こちらこそよろしくね」
勢いよく、ほぼ直角に腰を曲げ手を出してきたラミターに戸惑いながらもその手をに軽く触れる。
その途端にがっと両手で捕まれ、きらきらとやる気に満ちた目で見つめてくるラミターに戸惑いながらも、アルは笑顔で応えた。
一方でディウフはため息をついてアトロフォスを見上げていた。
「……やっぱ自信ねぇッスよ、俺」
「問題ない。最初はそんなもの」
あちらはラミターとは真逆のようで放っておくとどんどんマイナス思考を突き進んでいってしまうようだ。
「アル」
「何ですか」
「こいつすっごい面倒臭い」
歯に衣着せぬトリアの一言がディウフにとどめを刺した。
力なく膝から崩れ落ち、両手を床に付けた後に丸まってしまった。
「大丈夫ッスかー? どこか痛いんスかー?」
「……今はほっといて欲しいッス。その優しさすら痛いんス」
前途多難。アルの脳裏にはその言葉が浮かんだ。
だが同時に、これまでもそうだったのだから何とかなるだろう、とも思えた。
一方ブリッジでは周囲の状況を注視しつつも、比較的落ち着いた状態であった。
一時は使い物にならないほどの状態になっていたアルツが復活した、というのも大きいだろう。
だがそれ以上に、いままでのウィスタリア王国からオウカ国までの道中、魔女と遭遇していないという精神的な安心感が強い。
事実、バトルコスモスが学園を発った時から移動中には何かが起きていた。
もうすぐオウカ国に到着する。このまま何もなければ、と誰もが思っていた。
「オウカは見えますか?」
母国が近付いている事を知ったレンナがブリッジへとやって来た。
本来ならばもう少し早く戻れていたはずの母国だ。待ち遠しいというのはあるのだろう。
ただパステークでの調査という当初の目的は一応は達成できたが、それをどこまで報告すべきかはまだ迷っていた。
「最大望遠ならもう見える距離ですよ。見ますか」
「是非」
映像をモニターにまわしてもらい、それを見たレンナは眉をひそめた。
「どうかしましたか?」
「いや、なにか今見えたような。ちょっと右によせて貰えます? ちょい左。そう、そこ」
目を凝らし、リアルタイムの映像を眺める。
広がる雲海。そこに違和感を覚えた。
「やっぱり。この場所に何か居ます。これ以上拡大できないんてますよね?」
「あとは近付かないと無理ですね。センサー、使いますか? まだ範囲広げられますし、ギリギリ届く距離かと」
「いいんですか?」
レンナはこの艦にとっては部外者である。本来ならばブリッジに居るべきではない人間である。
そんな彼女の我が儘で艦の機能を使っていいのか、と訪ねるのは当然だ。
「艦長がいないからムビリさん。最年長のあなたが決めてください。オレは調整で余裕ないですし」
「ニャ? やっておくべきじゃないかニャ? レンナちゃんが気になるなら調べるべきニャ」
「では、最大出力で使いますね」
エーテルセンサーを最大範囲で使用し、返ってきた反応は――該当する反応の記録なし、であった。
瞬間。その一瞬でブリッジの空気が張り詰めたものに変わる。
「間違いないニャ? 民間の艦艇や輸送機の可能性は?」
「ウチにはあの艦艇マニアがいるんですよ。既存の艦艇や輸送機は全部登録済みです」
「アルツくん、艦長のモフモフと繋いで状況説明。それと、騎士達には出撃の準備をさせるニャ」
『こちらガドル。何があった?』
「不審な艦艇を確認しました。おそらくアドルミデラのオウカ攻撃部隊かと」
『アルトエミスを出せ。訓練生も艦の護衛として出撃。ただし、通信可能圏内から出ないように厳命する。飛燕小隊はすまんが待機だ。訓練生達の手前、機体は貸せない』
「了解。伝えます」
仕方ないことだ。この艦にあるのはあくまでもウィスタリア王国の機体。部外者の自分が本来は扱ってはならないもの。
先日の戦いが特例であっただけなのだ。
それは解っている。だが、それでも母国の危機に何もできない歯痒さは耐え難く、レンナは血が滲むほど強く拳を握りしめた。




