移動時間は有効に
消耗品の補給が終わりパステークを離れたバトルコスモスはオウカ国へ向けてその舵を切っていた。
目的地であるオウカ国はウィスタリア王国から見て東にある国であり、レンナ達飛燕小隊の出身国でもある。
だがそのまま直行するには機体やその装備などが心許ない為、一旦ウィスタリア王国に寄港し、艦の破損箇所の本格的な修理と補給物資を受け取った後に再出発。現在は丁度両国の中間地点にあたる空域を移動中である。
ただ、ガドルとしては再出発する前に負傷者を艦から降ろしたいとこりろであったし、本来ならばウィスタリア王国に寄港したタイミングで負傷者を降ろすべきだったのだろう。
だが勅命を受けている以上あまり待たせる訳にもいかず、また交代要員の補充を申請したが流石に数が多すぎたのか上層部に却下された為、多少なりとも艦の運用ノウハウのある人間を下ろせなくなった。
幸いなことに負傷者は大半が現場復帰。重傷者も落ち着き始めている。ただ一人を除いて。
「ニャー? ニャんかこちらの要求に対して搬入が少ない気がするニャ」
「ウチの艦の機体の損耗率や武器損失率、物資の消費速度は異常だからな。上の人間からすれば納得のいく数字ではないだろう」
補充されたも物品も満足のいくものではなかった。
これに関してはバトルコスモス側の要求が大きすぎるというのも理由であるし、もっと言えばレヴァンダが国外にいるのを良いことにバトルコスモスをよく思っていない上層部が嫌がらせをしてきた、というのもあるだろう。
とはいえ、普通の部隊にしては多めの補給があり、つい先日の戦闘と同規模のものをもう一度くらいはできるだろう。当然、誰やりたいとは微塵も思ってはいないが。
直接的な戦力と言えるのは八機のヘスティオンとそれらの関連装備一式。そして一機の試作機――簡易版アルトエミスとも言える性能を持ったアトロフォスである。
直近の戦闘だけで十機。その前のアドルミデラの部隊との交戦でも失っていることもあり、補充としては不足もいいところだ。
だが、補充されたものもある。
その最たるものがヘクスイェーガーの操縦者達である。
「操縦者が増えたのは大きいな」
ブリッジでリストを確認しながら、ガドルはそう呟く。
「でも学生ですよ?」
それに出力調整を行っているアルツが噛みついた。
クエルチア騎士学園から二個小隊分の操縦者がバトルコスモスに配属される事になったのだ。
名目は、実働部隊に出向し実戦の空気に慣れさせる、という事であり指令書も正規に発行されたものであった。
しかも出向する部隊は志願制。卒業と同時にその部隊の所属となる、とまで書かれていたのだから、ガドルは一度頭を抱えた。
これも学園で行われていた実機訓練の延長であるといえばその通りで、死亡リスクがあるのも変わらないのだが、現役の学生を使い魔どころか魔女と直接戦闘する部隊に配属する事に抵抗があったのだ。
それは話を聞いたアルツも同様で、一応は整理のついたガドルにやや八つ当たりぎみに言葉を投げてしまったのだが、ガドルは苦笑しながら言葉を返す。
「その学生が妙に戦果をあげたからこうなったんだろう」
ガドルとしては頭の痛い話であるが、間違いなく第十二班ことアディン・アハット達の華々しい活躍が学生達への期待を大きくさせすぎたというのが理由のひとつにあるだろう。
学生でも戦える。戦いを知らない政治家や学生にそう思わせてしまったのかもしれない。
「お偉方を抑えているあの方はよくやっていると思うがな」
「落としどころ、ってやつですか」
「国王ひとりが国を動かす訳ではないという話さ。押さえつけても無用な反発を招く。ただでさえ我々を抱え込んでるんだ。論理立てができて否定する要素が少ない要求は飲まざるを得ないのだろう」
「それが政治ってことですか?」
「さあな。それよりも今は新入りの教育だ」
「あ、その件にゃんだけど、医務室から苦情が入ってるニャ」
「苦情? しかも医務室から」
訓練に関しての苦情なら、訓練生から直接艦長に上がってきそうなものである。
だが何故医務室から苦情が、しかもガドルではなくムビリに届いたのだろうか。
その疑問に対する答えにたどり着いた瞬間、ガドルは頭が痛くなってきた。
「……一応聞くぞムビリ・イスナイン。教官はあの女だな」
「ご名答ニャ。やり過ぎて学生組は今ほとんどが医務室のベッドで寝てるニャ」
「何をしてくれるんだウーノ・アハットは……!」
「ん? いま殆んどって言いました? じゃあ耐えきった子もいるんですか」
「まあ、それがシュデムくんの狙いだったみたいだニャー」
その名前を聞いて、今度はアルツが頭痛を訴えるのであった。
そのシュデムは格納庫にて搬入されたばかりのアトロフォスをパーツごとに分解。
操縦席のある胴体部分の装甲を外し、内装やマナ供給パイプなどをアルトエミスのものと入れ換えていく。
「ぶぇっくしょい! 誰か噂でもしてるであるか。まあいいが」
「あの、シュデムさん。いいんですかこんな事して。艦長に許可取りました?」
「んなもん申請したらつっぱねられるのが解ってるからやってるやきゃねーのである」
「まずいですよ、それ! 第一、こういうのが配備されるってことは……」
「稼働データの収集であろう? だから交換するだけである」
その言葉の通り、操縦席周りを外されたアトロフォスは代わりの胴体としてアルトエミスのものを取り付けられて格納庫の片隅で調整を受けていた。
「でも、それじゃあ外す意味はなんなんですか」
「複座の操縦席が必要だった。それだけである」
そう不適に笑いながら答える。
「それよかさっさと手を動かすのである! やってしまえば文句は言われぬが、半端をすると今更元に戻すように言われるのがオチ。この数時間をパァにしたくないなら貴様も作業に戻るのである!」
艦長に報告すべきだ、と進言してきた作業員を仕事に戻しながら、自身はウーノから受け取ったレポートに目を通す。
「あの地獄のシゴキに耐えきったのは二人。実に良い結果であるな。ククク、ハーッハッハッ!」
一頻り笑った後、大きなため息をつく。
「ツッコミがいないとしまらないであるな。さて、我輩もちょーっち本気出してやるのである!」
『只今より、プレスガンの射撃訓練を行います。訓練生は後部デッキに集合してください』
アルの声による訓練開始を知らせる全艦放送。
この艦にやってきてからロクな休みも与えられずにウーノのシゴキを受け続けて医務室で寝ていた訓練生にとっては地獄のような知らせである。
ただしアルはウーノほど理不尽ではないし、無理難題を押し付けたりはしない。それだけが彼等にとっては救いになるだろう、とシュデムが考えていた時だった。
『なお、到着が最も遅かった者はトリアさん特製栄養ドリンクを訓練後に飲んで貰います』
「……こっちもこっちで鬼であるな」
◆
実機訓練の指導にあたるのはアルとトリアの二人。
訓練生――つまりクエルチア騎士学園から出向してきた学生達はプレスガンを装備したヘスティオンに搭乗し、四機ずつに分かれて向き合っている。
「ルールは単純。ペイント弾を装填したプレスガンで撃ち合い最後の一人になるか、制限時間三十分を生き延びれば訓練は終了」
「魔法は使用禁止。予備のマガジンは二つ。頭部または胸部に命中した場合は撃墜判定として即帰艦。また腕部への被弾は片手のみならば戦闘続行。両腕を被弾した時点で戦闘続行不能として帰艦」
「説明は以上。では訓練開始」
「なお時間切れ時に五機以上残っていたら全員機体清掃後再度訓練を行うのでそのつもりで頑張ってくださいね」
歳も大して変わらない相手から言い渡される地獄のような条件。
プレスガンについてはまだまだ配備数が足りず、学生ので訓練用に回ってくる事は殆んどない。つまり、今日この時プレスガンを初めて扱うようなもの。
しかも仲間同士で撃ち合って潰し合えと言われる。
動揺は隠せないようであるが、これも今後は必要になってくる。
今はもう、魔女だけが敵ではないのだから。
「……厳しい条件にしすぎたでしょうか」
訓練生たちの模擬戦を離れた位置から眺めながら、アルはそんな事を呟いた。
「そんな事はない。むしろ私達みたいな叩き上げからすれば生温い」
「あはは。確かに」
初めてヘスティオンに乗ったその日に魔女と遭遇し交戦。
その後も事あるごとに魔女と戦って、ボロボロになりながらも生き抜いてきた。
アル達が年齢不相応の経験をしているといえばその通りだが、今後彼等も同様の経験を重ねていく事になる。
「なんの備えもないまま戦場に放り出されるよりはマシ、ですか」
そこへ近付いてきたのはエグザストライア。
この訓練が始まる直前に訓練生を疲労で医務室送りにしたウーノである。
「……」
それに対し、ヘカティアがプレスナイパーライフルを構えるも、アルのヘスティオンが制止する。
「何があったかは知りませんが、勝てる相手でもありません」
「……わかった」
大人しくプレスナイパーライフルを下ろし、訓練生達のほうに向き直る。
「随分嫌われたこと。まあ、いいけど。さっきまで医務室で寝てたのによくやるわね」
「私からすれば、医務室に運ばれるような訓練って何やったんですか」
「うん? 生身での試合を総当たり、バッテリー切れの強化外骨格を装備して五歩歩く、格納庫を五往復ダッシュ、移動する的に当てるまで魔法を撃ち続ける。最後の以外を三セット」
「……」
絶句した。そりゃあ疲労困憊で倒れもする。
「やっぱ息子基準で考えたら駄目だわ。反省反省。でも頼んできたのはあの子達なんだから私悪くない悪くない」
「むしろアディンさんがそれをこなせるらしいと聞いて引いてるんですが。それで、どうしたんですか」
「うん? いやアグレッサーでもやろうかと……」
「絶対にやめてください」
これ以上ウーノに任せると再起不能になる可能性がある。
尤も、いろんな意味で名高い元女騎士であるウーノがいると聞いて舞い上がり、自ら指導を頼み込んだ訓練生達の自業自得でもある。
それでもウーノは最初断っていたらしいが、シュデムがウーノに働きかけた事で引き受けたとの事だが、彼が何を考えて動いたのかアル達には全く見当がつかない。
「……それで。見所のある訓練生はいた?」
「二人ほど。ていうか嫌われてるのは解ってるけど、質問の時くらい敵意を隠したら?」
「お前にそんな配慮は必要ない」
「もう少し仲良くしてください。お願いですから」
「こいつとは無理」
やや食いぎみに、トリアにしては珍しく強い口調の拒否であった。
ふと模擬戦の様子に目をやると、頭部に命中した機体がバトルコスモスに戻っていくところであった。
他の機体も至る箇所にべっとり塗料が付着しており、そろそろ次の脱落者が出る頃だろう。
「うん……?」
よく見ると、二機のヘスティオンだけ他の機体と様子が異なる。
一機は被弾しているものの、被弾箇所は左腕に集中。他の部位への被弾もあるが、それも左側面に片寄っている。
もう一機は飛沫状に塗料が付着しているもの。ペイント弾は着弾時の衝撃で炸裂し塗料が飛び散る仕組みであるため、着弾地点を中心としてべったりと塗料が付着するはずだがそれがない。
「まさか、あの機体。すでに被弾した左腕で防御してる?」
「あっちのは自分に当たりそうな弾を撃ち落としてる」
前者は完全にこちらの提示したルールの穴をついてきた。確かにアルもトリアも、被弾したあとの部位を使ってはいけない、などとは一言も言っていない。
だがそれを評価するよりも、左半身――特に左腕に被弾が集中しているという点にアル達は驚愕した。
何せそれは攻撃がどこに当たるかを理解した上で左腕で防いでいると言うことであり、左半身に集中していると言うことは常に攻撃を受ける際は半身で被弾面積を減らしていると言うことである。
模擬戦とはいえ、実際の戦闘に近い状態でありながらルールの穴を突き、かつ冷静な判断ができている。これは評価に値するだろう。
一方後者も冷静さで言うなら勝るとも劣らない。
でなければ飛んでくる弾丸をピンポイントで撃ち落とすなどという芸当が出来るわけがない。
いや。それだけではない。注目すべきは弾丸を同じサイズの弾丸で撃ち落とせるだけの集中力と技量。そして実行に踏み切る胆力。とても現役学生のものではない。
「あの二人だよ。私の訓練を耐えきったのは」
その後模擬戦は合計五機の脱落者を出して時間切れを迎えた。
残った三機のうち二機は、言うまでもなくアル達が気にかけた二機であった。




