再出航に向けて
シュデムが調査を終え、バトルコスモスに帰還するなり即座にブリーフィングルームに人が集められ、情報共有と今後についての話し合いの場が設けられた。
まず真っ先に告げられたのはアドルミデラによる全世界に対する宣戦布告。
これについては未だどのような動きがあるのか判っておらず、つい数分前の時点ではモフモフを所有するレヴァンダが滞在し通信できていたオウカ国は無事である事以外全く不明。
とはいえ通信範囲に制限があるのだから、モフモフでもない限り迅速な他国の情報収集は不可能だろう。
幸いパステークにはまだそれらしい軍勢が乗り込んできてはいないが、直近ではヴィールがアドルミデラ製であると判明しているヘクスイェーガー・アターカと遭遇している。油断はできない。
「――これについては我々だけで動く話ではない。判断は上に丸投げする。相手の居場所も特定出来ない以上、動けないというやつだ」
「魔神を所有しているらしき事を言っていたと聞きますが」
「それも含めて丸投げって事だエクウス。末端の俺達がどうこう言える事じゃあねぇんだよ」
デファンス・クルイークの言葉は、魔神が実在すると知っている人間からすれば無視できるものではない。
特にその力を垣間見たレンナ達飛燕小隊は魔神の危険性を知っている。
何せウィスタリア王国最強と言われていたウーノ・アハットが全くダメージを与えられなかったのだ。
しかも自分達が手も足も出なかった最強の魔女アゲートを圧倒する。
そんなものが明確に敵意を持った存在の手の内にある。それはとても恐ろしい事である。
「話を続けてくださいな、旦那」
「ああ。まずはシュデム・セイツェマン。調査結果の報告を」
「うむ。詳細のレポートは後で艦長に提出するとして、この場では結論だけを伝えるであるな。勿論、疑問質問がれば考察ではあるが答えるのである」
シュデムの行った調査。
それは魔神または魔女アゲートの能力の判定である。
直接目にしてはいなくとも、戦場にのこされた痕跡と目撃した者の証言を合わせることである程度は推測する事は出来る。
「まず魔神シオウルとアゲートの光線が衝突したと言われる場所周辺を調べたのであるが、窪んだ場所でこれを見つけたのである」
それは水晶のような破片。
小さな破片であり、角度によってはキラキラと光って見える。
「これ何なのニャ?」
「ガラスである」
「ニャ!?」
ムビリのリアクションの意味が理解できず、大多数が首をかしげる中、レンナは理解したのか頷いていた。
「成る程。だからあの時、当たるより前に燃えたんですね」
「うむ」
「いや、うむ、じゃないぞシュデム・セイツェマン。我々にも理解できるように説明してくれ」
「失礼。現場の状況から、このガラスは珪砂が主成分とみて間違いないであろう。そこで、だ。ヴィール・アルバア。ガラスの基本的な製造法を答えてみるである」
「えっ? そりゃあ、材料を加熱してドロドロになったものを冷やして……」
「そう。その通り。だがあらゆる物質には形状変化するのに必要な温度というものがある。珪砂の場合その温度は1700度を越えるのである。しかもこれ、爆心地からかなり離れた場所で採取されたもので、爆心地には何も残ってなかったのである。つまり……」
「光線同士がぶつかった余波だけでも砂をガラスにするような高熱を発する攻撃だった、と?」
「はっはっは!」
ゴウトが豪快に笑い飛ばす。
「んな生易しいもんじゃあねぇな。直撃したら一瞬で蒸発。かすったら良くて致命傷だ。それに、んな高温が飛び散るんだ。生身の人間が近くに居たら焼け死ぬな。ったく。よく生きてたもんだ。笑えてくるな」
「いや、笑い事じゃないでしょ。わたくし達、もしかしたら死んでたかもしれないんですよ?」
「まあ、落ち着くのであるシオ・シラギク。恐らくであるが熱は指向性を持っていると思われるのである。でなければ、もっと広範囲が焼け野原になっているはずである。事実、焼けた木々は散らばっているように見えるが、中心から放射状かつ直線上に並んでいたのである。まあ、それをどうやったのかなどさっぱり検討がつかんであるが」
「調査は以上か?」
「あとは、そうさな。あの大穴を調べたかったのであるが、流石に深すぎて断念したのである。それ以外ではまったく目を引くものはなかったであるな。強いて言うなら地面が陥没するほどの衝撃が何度もあった、という事くらいである」
「了解だ。では、今後の我々の方針についてだが、取り敢えずはオウカへ向かう事になった。詳細は自分も聞かされていないが、勅命だ。詳細は向こうについてから、レヴァンダ国王から聞かされる事になるだろう」
「では、レンナさん達もそれまでは同行するんですね?」
「ああ。この混乱では高速艇を確保する事など出来ないだろう。それに我々と共に行動したほうが安全だろう」
「確かに今はズワウルすらありませんからね。でもいいんですか?」
「何言ってるんですか。私たちは貴女方を目的地に連れていく事が任務なんです! 気にしないでください」
アルがレンナの手を握りながらそう口にした。
「それに、レンナさんには部隊のまとめ方のコツとか色々聞きたいですし……」
「ええ。私もアルさんとはもっとお話したいと思ってました」
「では、主要連絡事項は以上。最低限の修復と物資の補給が済み次第、本艦はオウカへ向かう」
次の目的地が決まり、各々が持ち場へ戻っていく。
「ん? ねーねーヴィールくん。トリアちゃんとウーノさんはどこ行ったのかニャ?」
「そう言えばトリアはあの声明を聞いてから見てないな。アルは知らないか?」
「私もさっぱり。まあ艦を降りてはいないと思いますが……」
格納庫でトリアは自身の機体の整備をしていた。
理由はいろいろあるが、今はただ頭を整理して落ち着きたかったというのがある。
立て続けに色々な事が起こりすぎて、処理しきれていない。
「……」
だからこうしてヘカティアの整備をし、思考を一本化。雑念を振り払おうとしている。
それに整備班にも負傷者が多いため手が足りないという理由もある。
艦載機で比較的に損傷が少ない機体はヘカティアを含めたアルトエミス三機。
予備機としてのヘスティオンは新たに組み立て作業が始まったばかり。
全パーツ回収されたとはいえ完全にバラバラになってしまったアストライアまでは手が回らず、一ヶ所に集められて放置されている。
無傷な機体は――ウーノの持ってきたエグザストライアのみ。
いくらウーノの能力が優れているとは言えど、まともに戦える機体が現状その一機だけであるというのはいい状況ではない。
「自分の機体を整備するのは結構。でも、ブリーフィングくらい顔出したら?」
「ウーノ・アハット……」
意外な人物から話しかけられた事に驚きながら、声のする法を向いたが、すぐに目線を反らした。
直視できない。ウーノに流れ込むエーテルは、嵐や洪水のように荒々しいもので、見つめているだけでも眩暈がする。
「あれ、やっぱり嫌われてる?」
「いえ、そんな事は……」
「じゃあ、その眼のせいかしら。本物よりも強い紛い物の貴女」
「ッ!」
思わず手が止まる。
「何、を……?」
「あら怖い。冷静を装っているのに、怖い眼。人でも殺しそう」
「……そっちこそ、何を考えている」
「おや。敵意を隠しもしなくなった。歳上相手にはもっと言葉を選ぶべきだと思うのよね。私は」
「……」
無視を決め込み、ヘカティアの整備に戻ろうとしたトリアに、ウーノは追い討ちをかけるかのように言葉を投げ付ける。
「貴女、隠してるでしょう? 抑えてるっていう方が正しいかしら。だからその眼を使いこなせない」
直後、ウーノの頬から一筋の血が流れる。
トリアの放った《メタルバレット》が掠めた痕だ。
「逆鱗に触れた、ってところかしら?」
「これは私の問題。貴女に何か言われる筋合いはない」
「あるのよ。だって貴女にとってウチの子はご馳走に見えるでしょうから」
次の瞬間に、トリアはウーノに掴みかかる。
それを気にした様子もなく、ウーノは手首を掴んで引き剥がす。
「人間がご馳走? まるで人を食う化け物みたいに言ってくれる!」
「クールぶってた割りに激情的じゃないの。嫌いじゃない。むしろ好感すら抱ける」
「答えろ。ウーノ・アハット。お前は、どこまで知っている?!」
「青き血族。アドルミデラで産まれた特異な能力を持つ人間とその総称。これ以上は……やめておきましょうか」
睨み合ったまま暫くの沈黙が続き、トリアが力を抜いたのを確かめたウーノも手を離す。
「貴女は仲間を見くびりすぎよ。化け物さん?」
一瞥しヘカティアの整備に戻りながら、トリアは吐き捨てるように呟く。
「どっちが化け物だ……」
ウーノに捕まれた手首。そこにはくっきりと握られていた痕跡が残されていた。
エリマが抜けたことで停滞していた新装備開発は、ある男の登場により一気に進みだした。
アルツ・エナム。現在はバトルコスモスの出力調整を請け負う事が多く、滅多に工廠へ顔を出す事はなかった。
だが今はまるでエリマが抜けた穴を埋めるかのように、未完成の新装備アルブスに手を加えていく。
「駄目だ。まだ簡略化できる。術式はもっと単純に……」
「ヘスティオンの遠隔稼働中の術式ログもってきました」
「そこに置いておいてくれ。参考にする」
アルブス本体の術式調整をしつつ、テーブルに置かれたログを読み取り、それを即座に応用し完成度を高めていく。
「アルツさん。それそろ休まないと……」
「いや。まだ駄目だ。腑抜けていた分を取り戻さないといけない。じゃなきゃ寝てるあいつに申し訳がたたない」
「でも……」
集中力の必要となる作業を長時間続けているにも関わらず、休もうとしないアルツを見かねて作業員たちが休むように促すも、聞く耳をもたない。
そこへ白衣の男がやってきて、アルツの脳天目掛けて脚を振り下ろした。
「ってぇ!? 何しやがる!」
「ちょ、待っ、待つのである。今立たれたらお股裂けちゃう! らめぇ!」
「シュデム? なんでお前が……」
「と、取り敢えず誰か助けろくださいマジでお股ブレイクしちゃうぅ!」
一頻り騒いだのち、シュデムは周囲の助けを借りてアルツの頭から脚をどかし、股を擦る。
「で、何なんだ。オレはまだやることがあるんだよ」
「ふん。なぁにがやることがある、であるか。ブリッジを追い出されてメソメソ泣いていないだけマシであるが、だからといって今の今までぶっ通しで作業するバカが何処にいるこのバカ」
「はぁ!? てめぇにだけは言われたくねぇんだよこの大馬鹿!」
「バカという方がバカであるな!」
「テメェが先に言ったんだろうが!」
「我輩はいいのである。何せ我輩ったら大・天・才なのであるからな。我輩の頭脳に比べれば万人の頭脳など取るに足らん」
「……はあ」
何か、相手するだけ無駄な気がしてきた途端、身体が急に重たくなってきた。
「ほれ見たことか。ノリにノってハイテンションで作業するのは非常に良いことではある。だがなアルツ・エナム。貴様のその作業は神経を磨り減らす。脳への負担を考えれば、休むべきである」
「しかし……」
なおも渋るアルツにしびれを切らしたシュデムは鳩尾目掛けて拳を放った。
シュデムが本気で人を殴った。その衝撃は工廠の作業が一時的に全て止まるほどであった。
「ってぇ! 殴り方ミスったである! だが初めて殴ったにしては効いたであろう」
「かっ、ごほっ」
事実、シュデムは慣れておらず手首を痛めたようであるが、人的急所への攻撃がクリーンヒットしたアルツは踞ってむせる。
「貴様が休まんと下の人間が休めないと言うのが解らんであるか! 第一、これからオウカへ向かう途中で戦闘になった時、この艦の出力調整をそんな疲労困憊の状態でやるつもりであるか?」
「あ……」
そこまで言われ、やっと気付かされた。
今度は気負いすぎていたのだと。
「そうか。すまん」
「わかったならさっさと休むのである」
しっしっ、とシュデムに手を払われアルツは立ち上がる。
「ありがとうな」
そう言い残して工廠をあとにした。
残ったシュデムは息を吸い込み、指示を出す。
「作業は続行! ただし、あのバカに付き合って長時間ぶっ続けた者は引き継ぎの後順次交代。その他のものシフトの時間は守るように! 我輩は医務室にいくのである。これマジ痛い」
その後、シュデムは医務室へ向かい負傷した理由をエルアに話したところ、呆れた顔をしながら説教されたという。




