虚島からの宣戦布告
ウーノが一時的とは言え戦力に加わったことで、十機ものヘスティオンを一度に失い、三機のアルトエミスは修理中。かつアディンとアストライアを欠いたバトルコスモスの戦力はむしろ向上した。
これならば今、どんな任務を言い渡されても対応できるだろう。
「問題は……」
どう国王に報告すべきか。それがガドルを悩ませた。
何せあのウーノ・アハットである。報告せねばならないのは間違いない。
そもそも自分が今こうしてクルーが学生ばかりの新造艦の艦長を任されているのも、ウーノ・ミデンの息子を自由に行動させたいレヴァンダと、危険人物としてクエルチア騎士学園在籍時同様に監視を続けたい大臣達の意見を折衷したからである。
アディンですら危険人物として扱うような大臣達がウーノの存在――むしろ彼女がバトルコスモスに持ち込んだ機体の事を知ればどうなるか。
「……」
あまり考えたくはなかった。
艦長室のテーブルに待機するモフモフを掴んで撫で回し、気を落ち着かせる。
ウーノの件を差し引いても、報告せねばならない事は多い。
アゲートの出現と逃亡。アストライアを含めた艦載機の大半が現在使用できない現状。バトルコスモス自身もメインのエーテルリバウンダー周辺を破壊され修理が必要である事。
それら以上に魔神が実在した事実と、その魔神の一体であるシオウルによってアディンが拐われた件については絶対に国王の耳に入れておくべきだろう。
「……よし」
ガドルは覚悟を決めて、レヴァンダの持つモフモフと連絡を取るのであった。
ガドルが艦長室で頭を抱えていたのと同時刻。
アルツ・エナムはベッドに寝かされたままのエリマ見舞いにきていた。
本人としてはブリッジにてマナ出力の調整を全うしようとしたが、ムビリによって追い出された。
「ま、無理もないか」
エリマが意識不明になったと聞いてから、平常心を保てていない自覚はある。
パステークに到着するまでは人手不足もあり自分が担当したが、正直着陸できた今となっては気が抜けてしまったのか、仕事に集中出来そうにない。
「エリマ……まさかこのままってのはねえよな」
嫌な想像ばかりしてしまう。
確かに今目の前で寝かされているエリマは生きている。生きてはいるが、このままの状態でいる事は本当に生きていると言えるのだろうか。
ならばいっそ――などと考え出した直後、脳天に強い衝撃を受けて膝をついた。
「っ……?! ……っぁ」
痛すぎて声がでない。
誰にやられたのか、と振り返ると鞘に収まったままのカタナを此方に向けているエルアが鬼のような形相で立っていた。
「……はっきり言っておく。この場に僅かでもそういう考えを持った人間はいらない。この場所は生きる意識しか必要ない」
喉元を鞘で突かれる。もし鞘から抜かれていればアルツは喉を貫かれていたことから、エルアの怒りのほどが判る。
「……悪かった。それと助かった。あー、くそっ。本格的に駄目だな、俺」
「……ん」
満足したのか、それ以上は何も言わず、エルアは医務室の奥へと向かう。
その先にいるのは重症患者――骨折したクルー達が寝かされている。
たかが骨折。命に別状はない。だがそれでも痛みはある。
時折聞こえる痛み悶える声。
その度に医療班が慌ただしくなり、処置を済ましてはまた別の患者の元へ向かう。
時折、経験したことのない痛みに耐えかねて死を望む声すら上がるが、その度にエルアの叱責が飛ぶ。
「その程度では死なない。死ねません。何より私が死なせません」
普段は滅多に言葉を発することのないエルアの強い意思の籠った言葉。
必ず治す。アルツにはその信念が言葉に籠っているように思えた。
(なのにオレは……)
一瞬でもそんな考えを持ったことを恥、両頬を叩いて渇を入れる。
「こんな所で何サボってんだ。間違いなくお前ならそう言うだろうな」
だから、自分のやるべき事をやる。
「まずは、あそこだな」
ブリッジでは依然として被害状況の整理し、優先度の高い順に処理していく。
尤も、現状で出来る事など限られている。
「医薬品が不足気味ニャ。主に痛み止めが。小型艇使っていいからリストにあるのを調達してくるのニャ。え、メンバー? そこまでこっちに振られたらこっちが回らないのニャー!」
艦長は国王への報告のため不在。アルツも気が抜けて仕事が手につかずブリッジから追い出した結果、最年長者であるムビリに負担が集中していた。
「食器類が割れて数が足りない、ってそれ早く言うニャ! ヘイ、医療品調達チームまだ出てない? 食器の調達もしてきて欲しいのニャ!」
こうなる原因を作ったのは自分にあるため仕方ないといえば仕方ないのだが、まさに目が回るような忙しさ。
「ムビリさん!」
「ニャ!? なんニャ、このくっそ忙しい時に……」
「オープンチャンネルの通信を受信したんですが……」
「それがどうしたのニャ?」
「それが、その」
「歯切れが悪い。ちゃっちゃと報告するニャ!」
「明らかに怪しいので逆探知をかけたんですが、大本はここから探知できない場所にあるらしいんです」
「……ニャッ? ニャー?!」
あり得ない。
惑星エアリアにおいて通信とは極めて限定的な狭い範囲でしか行われない。
モフモフによるタイムラグのない長距離通信は例外中の例外で、国同士の対話は長期間に渡り文書で行われるほど。
戦闘時も例外ではなく、母艦から離れすぎると通信ができなくなる。
原因は通信に使用するマナの波長が大気中に存在するエーテルと干渉するためで、通信可能距離は通信装備の出力次第ではある。
当然、通信が届く距離ということは逆探知した時にこちらから発信源が確認できなければならない。
それが確認できないという事はまさにあり得ない事態だと言える。
「回線を開くのニャ! あと艦長室にもこの通信を回すのニャ!」
何かがある。そう確信し、ムビリは指示を出す。
何者かがなんらかの意図があり行う通信。
怪しいものだから艦長の指示を仰ぐ。ムビリとしてはその程度の認識であり、まさか操作ミスで全艦放送になっているとは思いもせず、これが人類同士で行われる新たな戦乱の始まりを告げるものであるとも、この時は誰も考えていなかった。
◆
少ない照明が見台を照らしていた。
この場所でこれから始まるのは、世界を揺るがしうる演説。
見台に設置されたマイクを通した言葉は、世界各地に配置した中継点を介して一言一句違えることなく伝えられる。
あくまでこれは声明。声でしか世界に拡散することはない。
故に、この場には華美な装飾は必要とされない。だが、この場に集められた者達の士気を高めるためには派手である方がいい。
翼のついた剣が描かれた旗が見台の両側に並び、会場の両端には槍を構えたヘクスイェーガーが直立して整列していた。
すでに会場は人で満ち、今か今かとその時が来るのを待ちわびている。
そして、その時はやってくる。
カツン、カツンと足音が響く。
足音の主である男は見台にたどり着くなり、ゆっくりと肺の中の空気を全て吐き出した。
「五千年だ」
第一声は、そんな短い言葉であった。
「我等が知る歴史によれば、再び表舞台へ舞い戻るのにそれだけかかった。既に直接虐げられた先達の魂は空に融け、多くの憎悪と怨嗟を受け継いた幾世代の英霊たちも今日この日を見ることなく、何も成し得ぬまま死んだのだ」
明らかなオーバーアクション。
派手に手を振り、まるで訴えかけるように言葉を紡ぐ。
「無念であっただろう。我らの祖等が何をしたと言うのか。そう、何もしていないのだ。大国が鉱物資源採掘の為に集めた労働者。そう言えば聞こえはいい。だがその実態は非合法に集められた奴隷に他ならない。国の勝手な都合で幼子から親が引き剥がされ、また親から子が引き剥がされたのである。しかもエアリウムに価値を見出だすなり我々の祖等を切り捨て、存在そのものを不都合なものであるとこの島そのものを抹消した。我等が祖もろともに! これを許せようか!」
『否! 否! 否!』
「そして今に至るまで、我等はそこに居ながら存在しない虚構となった。その事実を我ら以外の人類は皆覚えていない。それは屈辱以外の何物でもない。違うか!?」
『然り! 然り! 然り!』
「ならばッ! 今こそ立ち上がる時。これは我等を虐げてきた総てに対する逆襲である。各地に散り、今日まで耐え忍んだ同士同胞よ、永らく待たせてすまない。我らの審判を始めよう」
『オオオオォォォォ!』
会場中に雄叫びが響く。
それを聞いた男は笑みを浮かべ、後戻りできなくなる決定的な言葉を告げる。
「アドルミデラが指導者、デファンス・クルイークがこれを聞く全ての者に対して宣言する。我等はこの惑星全ての国家に対し宣戦を布告する! 立てよ我が同胞。魔神アルテリアと我等青き血族が描く、青く浄化された世界の為に!」
デファンス・クルイーク。
この男の演説であり宣戦布告は世界を大きく揺るがすことになる。
それを理解し、肌で感じながらも、ただ一人冷ややかな目でデファンスを見つめる者――ギル・ブランキアは静かに呟く。
「言葉ではなんとでも言える。だが。あんたが言うその憎悪と怨嗟は、誰のものなんだ?」
◆
アドルミデラ。
大陸ほどではないにしろ大きな島であり、鉱物資源が豊富な採掘場として数多の国の経済を支えていた、今は無き島。
ある日突然、採掘作業に当たっていた作業員ごと姿を消し、行方不明となっていた島の名前だ。
「……アドルミデラ、か」
「まさかその名前を再び聞く事になるとは」
オウカ国女王ルーの私室にて、デファンスの宣戦布告を聞いていたレヴァンダは自身を落ち着かすように緑茶の入った湯飲みに口をつけた。
「ガドル、まだ聞いているな」
『はい……』
演説が始まる少し前からテーブルに置かれたモフモフを介してバトルコスモスの報告を受けていたのはなんの偶然なのだろうか。
丁度ガドルからの報告にもデファンスの演説の中にも共通する単語が登場した。
「魔神が実在した。この情報はまだ外部には知られていないだろうな?」
『これを知っているのは我々の他にオウカ国の飛燕小隊と……ウーノ・アハットだけです』
「ぶふぉっァ?!」
レヴァンダは飲もうと口に含んだ緑茶を噴き出した。
幸い噴き出す前に横を向いたためルーに浴びせる事はなかったが、彼女を驚かせるには十分であった。
「だ、大丈夫か?」
心配するルーに対して頷きで答え、何度か咳き込んで
「な、なんでその名前が出てくるんだ!」
『要約しますと、息子のピンチに駆けつけた、って事らしいです。自分もよく解ってませんが』
「そうか、うん。あの女ならあり得るか。で、彼女は?」
『魔神シオウルに拐われたアディン・アハット捜索を条件に一時的ですがバトルコスモス所属の騎士として活動してもらいます』
「了解した。だがまず君達はオウカに来てくれ。やって貰いたい仕事がある」
『オウカ、ですか? 了解しました。では失礼します』
通話を終え、レヴァンダは大きなため息をついた。
「ルー。お前はどう見る」
「アドルミデラについて判っている事などどの国も大したものではなかろう。だが奇妙な事を言っていたな」
「五千年、か。確かにな。我々の認識ではアドルミデラが文字通り地図から消えたのは二十年前だというのに」
それについての考察は必要だろうが、今のレヴァンダとルーにとっては別件のほうが優先度が高かった。
「では話を詰めようか」
「ええ。二か国合同の技術検証部隊。コスモス隊について。あと、彼女の処遇についても、ね」




