魔神の目覚め
地響きと共に大地が割れ、巨影が現れる。
「魔神……?」
その光景を目の当たりにしたレンナ達は言葉を失い、やっと出た言葉がこれである。
魔神。それは惑星エアリアの伝説に登場する古の巨人を指す言葉である。
伝説の内容は国や地域によって差異はあるが大筋は共通しており、登場する魔神は全部で四体。
アルテリア、シルディス、ケレブルム。そして――シオウル。
それぞれが神と称されるほどの力を持ち、古代の戦いにおいて人類の勝利に貢献したとされている。
惑星エアリアで生きる人間なら老若男女問わずそのあらすじを知っている伝説に登場するもの。
だからこそ今の今まで誰もその存在が実在しているなどとは考えもしなかった。
いや、実在したという証拠くらいは残っていた。飛燕小隊とシュデム達がここパステークの遺跡で見つけたものがまさにそれだ。
そして遺跡で見つけたアストライアに酷似した稼働可能な状態の人型機械。
それらの情報を繋ぎ合わせれば、この光景は信じられないもの、あり得ないものではなく、ある程度は予測しえたあり得るものになる。
少なくともレンナ達にとってはそうだ。
「いや、待って下さいレンナさん。あれがヘクスイェーガー……はないにしても、新手の魔女って可能性は……」
「ねぇ、だろうなぁ」
突然現れた巨人を、今この瞬間まで見たことがなかったはずの魔神だと、レンナが思ったのには理由がある。
魔女ならば無機物的な部分が多く、ヘクスイェーガーとするならばあり得ない有機的な部位を多く持っている。
ヘクスイェーガーでも魔女でもない。そんな印象を受ける存在など、まず居ない。
何より、現れた巨人は明らかに目の前にいるアゲートと敵対している。アゲートもまた、巨人を強く敵視し先程まで戦闘していた黒いアストライアの事など忘れているように見える。
いや。忘れているのではなく、意識を向けるだけの余裕などなくなっていると言うべきだろう。
「あの、皆さん。よろしいですか?」
「ん? なんだ嬢ちゃん」
「早く逃げないと、本格的にまずいのでは?」
黒いアストライアとアゲートの戦いを、レンナは怪獣同士の戦いを見ているようだ、と評した。
だがそこに、本物の怪獣が加わった。
と、なればここはさらに危険な場所になる。
「もっと離れましょう。全員、生きて帰りますよ」
怪獣達の戦いに生身の人間が介在できる余地などない。
あとはただ、流れ弾に当たらぬように祈るだけだ。
魔神シオウルが大地を割って現れてからまず行ったのは、大地に転がっているアストライアの胴体を拾い上げる事であった。
胸の装甲に手をかけると一息でひっぺがすと、操縦席を露にする。
「何をしている……?」
その行動の意図が理解できず、ウーノは様子を伺うしかなかった。
相手が相手だ。下手に刺激して無意味に敵対したくはない。
(だが……)
もどかしい。
目の前にアディンがいるのに駆け寄ることができない。助ける事も、だ。
故に静観するしかない。
それは魔女とて同様。
何をするのか理解できない。それは本能的ものであり、自身の身に刻まれた太古の記憶。
人間的な言い方をするならば、萎縮。怯え。そして恐怖。
これは静観というよりは警戒だろう。
それぞれがそれぞれの存在を認知しつつ、時が止まったかのように三者ともに動かない。
ややあって、シオウルは自身の胸を開きアストライアの操縦席と密着させた。
「いや、本当に何をして……まさか」
ウーノがその考えに至る直前。シオウルはアストライアの胴体を放り投げた。
「冗談じゃない!」
予想が外れている事を祈りつつ、シオウルが投げたアストライアの胴体を空中で捕まえ、装甲が剥がされて露になっている操縦席を確認する。
「っ……」
シートの至るところにある赤いなにか。
決して浅くはない傷を負ったとしか思えないほど壊れた操縦席。
これだけでも、ウーノにとっては耐え難いものであった。
だが、現実は追い討ちをかける。
何故なら、そこにいるべき者が――息子が居なかったのだ。
即座にシオウルを睨む。
理性が叫ぶ。落ち着け、それとは戦うな、と。
だがそれ以上に自身の中にある激情が燃え上がる。
「何をしたあぁぁぁぁぁぁあああ!!」
振り向き様に閃光をシオウルに向けて放つ。
手加減などない。感情に任せた一撃。
アゲートに対して行ったものよりもより強力な一撃。
だというのに、シオウルは直撃を受けてなお僅かに後退りしただけで全く効果が見られない。
効かないのならば、と接近して斬りかかろうとしたが、それよりも早くシオウルが動いた。
「?!」
反応できなかった。
黒いアストライアは既に剣を振りかぶっており、その僅かな隙を見事に突かれた。
並みの相手ならば問題にすらならないはずのほんの僅かな隙。
そこを狙われては対処などしようがない。
(ここまでか?)
死を覚悟する。
だがシオウルはウーノには見向きもせず、アゲート目掛けて跳ぶ。
迫る魔神にアゲートが狼狽した様子を見せる。
お構いなしにシオウルはアゲートの頭を鷲掴みにして地面に叩き付けた。
叩き付けられた状態でシオウルの腕を掴んで引き剥がそうとするが、一度頭を持ち上げて再度地面へと叩きつける
さらにもう一度叩きつけようとした時、アゲートの左手からパイルが突き出てシオウルの頭を直撃した。
この一撃によりシオウルは手を離し、アゲートは即座にシオウルの下腹部を蹴って距離をとるとともに胸部から光線を放った。
それに応じるように放たれた光線目掛けてシオウルも下腹部から光線を放つ。
互いの光線が真っ正面から衝突し、飛び散ったエネルギーが周囲の木々を焼き尽くす。
拮抗しているように見えたそれは徐々にバランスが崩れ始める。
撃ち負けたのは――シオウルであった。
閃光が押し戻され、その姿が光の奔流に飲み込まれる。
確実に仕留めた。そう確信したのかアゲートは光線を放つことを止めた。
事実、光の消えた後には何もなかった。
「……なんて速さだ」
だが、その応酬の一部始終を俯瞰した視点で見ることの出来ていたウーノは、何が起きていたのかを理解していた。
まずアゲートの光線であるが、あれはシオウルに命中していない。
肉眼では確かに命中したようなタイミングでの回避。
そんな生易しいものではない。まるでそこだけ時間の流れが違うかのように見えた。
信じがたい事であるが、そうであるか、そんな錯覚を起こすような速度での行動ができるなら、ウーノも自身が反応できなかった理由にも納得がいく。
そして、攻撃を回避した後のシオウルは即座に次の行動を起こしていた。
『……? ……!!』
アゲートも違和感に気付いたのかはっとして上を見る。
直後、シオウルはアゲートの両肩に膝蹴りを直撃させ、両肩の装甲が砕ける。
直撃の直後に距離をとり、シオウルは再び下腹部から光線を放つ。
咄嗟に魔法の無効化で防御しようとアゲートの四肢にある突起物が発光するが、放たれた光線はそのまま打ち付ける。
『――――――――!!』
絶叫しながら、アゲートは空へと逃げる。
全身が高熱で赤くなりながらも、なお破損らしい破損のないアゲートがシオウルと黒いアストライアを見下ろしながら、天に手を掲げて空を割る。
「逃げるつもりか……!」
ウーノは最大出力で光線を放つ。
それに合わせるようにシオウルも下腹部からの光線をアゲート目掛けて照射する。
たがわずか数秒の差でアゲートは割れた空へと飛び込み、去っていった。
地上から放たれた二つの光の筋は、魔女が去って元通りの姿になった空に真っ直ぐ伸びていった。
「ちっ。あとは……」
逃げたものは仕方ない。そう思考を切り替えて次の問題に立ち向かう。
魔神シオウル。それが真っ正面に立っている。
しかも向き合っている状態だ。
この状態から何ができるのだろう。スピードでは間違いなく勝てないし、こちらの攻撃はダメージにならない。
(勝てる気がしないな)
本気で戦うのならば、間違いなく勝てない。
だが、どうやら相手は戦うつもりがないらしく、ただじっとウーノを見つめている。
と、しばらくしてシオウルの胸部装甲が跳ね上がった。
そしてそこに居たのは――カプセルのようなものに入ったアディンであった。
「何、を?」
その行動の意図がまるでわからない。
だがシオウルはなにも語らず、装甲を閉じるとふわりと浮き上がり、空の彼方へと消えていった。
「何がなんだか、くそっ!」
目の前で息子が拐われるのを止めることが出来なかった。
後悔してもしきれないが、直ぐに次の行動へと移る。
先程までこの場で戦闘していた騎士達が脱出して撤退していったのを見ていた。
そして彼等がどこへ向かうのかも知っている。
「さて、そこの四人。君達の母艦に連れていってくれないか。私的な用があるんだ。連絡をとる手段くらいあるんだろう?」
機体の指を突き立てて行く手を阻みつつ、そうお願いした。
◆
バトルコスモスは応急修理を終え、パステーク目指し移動し始めていた。
未だ緊張状態にあるとはいえ、攻撃を受けてからしばらく時間があった為かある程度の平静を取り戻し始めていた。
それと同時に各部署から被害報告が次々と上がり始めた。
「細々とした物が多いな……。優先度が高いものだけピックアップしてくれ」
ガドル達のもとに集められた報告書の山。
これら全てに対応する余裕はなく、当然の判断である。
「破損箇所のマナ伝達パイプが裂けたことで循環効率も落ちてますね。まあ、本格的な戦闘にならなければ問題ないかと」
「あとは格納庫で予備パーツやら武器やらが落下して破損したらしいニャ。幸い死人は無しニャ」
「稼働する分には問題ない、か」
「艦長。アルトエミス三機着艦します」
「丁度いい。あの三人に格納庫の整理を手伝わせろ。強化外骨格だけじゃあ手が足らんだろう」
「伝えます」
艦のことはいい。それよりも重要な事がある。
負傷者の確認である。
「医務室はどうか」
「今のところ死者無しニャ。悪くても骨折程度だそうニャんだけど……」
「エリマ・ヴェイフが頭を打って意識不明、か」
気が気でないのか、アルツはブリッジにいるにも関わらず、エリマが負傷したと知ってからというもの、一言も喋らずに自分の仕事に注力していた。
無理をしている、という風には見えないが、それでも自分の想い人がそんな状態だと知らされれば心穏やかではないだろう。
「か、艦長! シアニートとバンデットアゲートの反応消失! 同時にアゲートの反応が増大。さらに異常な反応を二つ確認。一つは空間転移です!」
「空間転移だと?」
「ああっ、アストライアと飛燕小隊の反応停止。確認できませ……え、アストライアの反応復活? いや、違う。これは……もう一機のアストライア?」
その言葉を聞くなり、ガドルは直感した。彼女だと。
そして彼女が動いたと言うことは、それだけアディンが切迫した状況であるという事である。
「速度上げ! 可能な限り迅速に飛燕小隊と合流する!」
嫌な予感がしていた。
だが彼女ならば何とかしてしまうのではないか。そういう期待も多少はあった。
だがガドルが実際に目にしたのは――――壮絶としか言い表せない戦闘の痕跡であった。




