黒いアストライア
空を裂いて雷と共に現れた機体は、ゆっくりと降下しはじめる。
間違いなくそれはアストライアだ。だが、細部の形状が異なる。
何より漆黒に塗られた機体と背中に増設された装備が一際目を引く。
『………………』
アゲートが新たに現れた敵を見つめ、その直後に黒いアストライアの表面で何かが弾けた。
『……?』
思ったような結果にならなかったのを不思議がるように首をかしげながら、アゲートは降りてくるアストライアに向かって手を伸ばす。
再びアストライアの表面で何かが弾ける。
二度、三度と同じように見えない何かがアストライアの表面を覆う見えない何かに阻まれ弾けて消える。
ほんの一瞬。見えない何か同士が衝突して弾ける時にだけ、目映い閃光が迸り、確かにそこに攻防があるのだと知らしめている。
だが、レンナ達にとってその攻防は異次元過ぎた。
一方はただ降りてくるだけ、もう一方はただ手を向けるだけ。
なのに、激しい応酬が繰り返されている。
当初は魔女側からの一方的に行われていた攻撃が、今度は黒いアストライアからもなんらかの攻撃が行われ、互いの表面にぶつかる度に炸裂音が響き閃光が散る。
黒いアストライアが着地してもなおその応酬は終わらない。
「何、あれ……」
レンナはその光景を受け止めきれず、そう言葉を漏らした。
混乱しながらも《エアロスラスター》で減速し、落下の衝撃を殺す。だが着地には失敗し尻餅をついてしまう。
「お嬢、無事かい?」
「ゴウトさん、シオ、エクウス……」
「各自機体はバラバラ。よくあの激痛でみんな発狂しなかったもんだと思いますよ」
まだ幻痛が残るのか、エクウスは足を引きずるようにしておりシオに支えられながら歩いてきていた。
無理もない。レンナもまだ腕の感覚が怪しい。そこにある事は間違いなく感じられるのに、実感がもてない。
エクウスもレンナと同じような状態だから上手く歩けないのだろう。
生身ならば四肢を失ったり死んでそれまでになるような攻撃でも、ヘクスイェーガーの場合は生身の人間の肉体に直接ダメージが有るわけではない。
あくまでも幻痛。だから四肢を失ったり、生身ならば死んでいてもおかしくない程の損傷をした時、痛みの記憶と実際の身体の状態の差異からこういった症状が出ることがあるのだ。
「アストライア、のようですが」
「だよ、なあ」
自分達の知るアストライアは今目の前で大破した機体である。
それにその一機以外に現存しているアストライアなど聞いたことがない。
では目の前の機体はアストライアを模倣した機体なのか。
それは否である。
何故ならば空を裂いて現れる、つまりは空間転移ができる機体大規模出力を確保できるエーテルコンバーターを搭載した機体でなければ――それこそアストライアのような機体でなければ不可能。ただの模倣機体ならばそんな事ができる訳がない。
何より、魔女の攻撃を真っ正面から受けてなおかつ弾くような真似を、ただのヘクスイェーガーに出来るとは到底思えない。
いや。だからと言ってヘクスイェーガーを簡単に切断するような攻撃が直撃しているのに微動だにしない、というのは信じがたい光景である。
「考えるのは後にしましょう。今はこの場から離れないと……」
「だな。二人とも。急ぐぞ」
全員機体を失った以上、この場に留まる理由はない。
それに黒いアストライアが気を引いている今を逃せばいつ逃げられるかわかったものではない。
四人が撤退の準備を始めたのとほぼタイミングを同じくして、黒いアストライアとアゲートが衝突した。
まるで金属同士のぶつかるような音が響き、互いの額を密着させた状態で至近距離での見えない攻撃の応酬が始まる。
「……まるで怪獣同士の戦いを見ているようだわ」
◆
意識が朦朧とする。身体は重たく指先すら動かせない。
視界が半分赤いし、身体の節々が痛む。
痛い、熱い、気だるい。そんな感覚も消えていくのを感じ、自分が今どんな状態になるのかを朧気ながらに、そしてひとく冷静に理解しはじめていた。
(俺は、死ぬのか……?)
無茶をした自覚はある。
戦闘中にアストライアのエーテルコンバーターを停止させ、自分の持てる最大の力を叩き込んで再起動。
自分達を包囲していた使い魔は再起動直後に機体から溢れたマナの奔流に耐えられず消滅。
二体の魔女のうち単体ではマルジャーンよりも危険度の高いシアニートをキャストブレードで串刺しにし、ついでにバンデットアゲートもまとめて怪物にぶつかった。
そこまでは何となくで覚えている。
だが、何となくなのだ。
要所要所は覚えていても、自分がどうやって機体を動かしていたかすらわからない。
「……こひゅ」
声は出ず、代わりに嫌な暖かさを持った液体が喉をかけ上がり口から漏れた。
(内蔵がやられた、かな……)
それが嘔吐ではなく吐血であることはすぐにでも理解した。
だからどうなるという訳でもなく、ただ状況を受け入れる。
自分は今から死ぬ。
助かるような状態じゃないというのはわかる。
ほとんど四肢の感覚はない上に首はおろか眼球すら動かない為、どんな状態なのかはわからないが、少なくとも内蔵は無視できないダメージを負っているだろう。
母を越える。それまでは死ねないと思っていたのに、このザマだ。
(流石に母さんより先に死ねない、と思ってたんだが……人間、死ぬときはあっさりだな)
トリアとの約束を守らず、サギールの身体の動きを助ける機器の開発も続けられない。
後悔と無念が今更になって湧いて出てくる。
『……見つけた』
ふと、声が聞こえた。聞き覚えのない声だ。
『死にゆく貴方に問います。まだ生きたいですか?』
(当たり前だ)
聞かれるまでもない、答えの決まりきった問答。
それになんの意味があるのか。
『生きたい貴方に問います。人間をやめても、生きていたいですか?』
その質問に対する答えは、しばらく時間が必要だった。
尤も、現実の時間にしてみれば一秒にも満たないほどの僅かな時間ではある。
(例えヒトでなくたって、その在り方がヒトであるのなら……)
自分は人間ではない。その事で悩んでいた少女を知っている。
彼女は周囲の人間に受け入れられた。自分もその一人だ。
そんな自分がいまさらヒトかどうかなどと悩むのは、何かが違う。
(俺はまだ死ねない。どんな手段を使ってでも生きてやる)
『ならば、私は貴方を助けましょう。これは契約です』
(契約?)
『私を解き放って欲しい。名前を呼んで欲しい』
(名前……?)
そう言われても、相手は名乗っていないのだから判るわけがない。
『もう知ってるはず。私の名前は――』
「……シ、オ…………ウ……ル」
動かないはずの唇が、わずかに動いた。
◆
黒い二つの巨影が何度もぶつかる。
ヘクスイェーガーと魔女。
アストライアが剣を抜きそれを振り下ろせば、アゲートはそれを掌で受け止め相手の顔面めがけて光線を放つ。
光線はアストライアの顔面を直撃するも、決して装甲を貫く事も表面を溶かす事もなく機体表面で霧散していく。
だが光線の勢いには耐えきれず弾き飛ばされる。
瞬時に体勢を立て直してキャストブレードをアゲートに向ける。
その瞬間。アゲートの周囲を無数の《フレアジャベリン》が出現。一斉にアゲートに殺到する。
一発一発が並みの魔女なら致命傷になるような攻撃の豪雨。しかも回避する隙間がないほどの密度での一斉射。
これで倒せない魔女などそうそう居ない。
尤も。今この場にいる魔女はそのそうそう居ない魔女の一体なのだが。
『…………!』
アゲートの肘と膝から突起物が現れ、それが発光するなり直撃する寸前で《フレアジャベリン》が消失した。
カルブンクスルの見せた魔法無効化能力。それを取り込んでいるアゲートがその能力を使えない訳がない。
魔法が効かないとなると、ただの騎士ならば成す術がなく諦めるしかないのだが、このアストライアを操る騎士はただの騎士ではない。
「やっぱり使ってきたか」
ウーノ・アハット。旧姓はミデン。
かつてウィスタリア王国において最強と謳われた元女騎士である。
彼女が最強とされる由縁はその反応速度と圧倒的なマナ生成能力。そして何より多彩な攻撃手段にある。
ありとあらゆる魔法を詠唱もなく、瞬時に、複数同時展開するなど朝飯前。
種類や属性の異なる魔法、複合属性ですらそれが可能なのだ。
当然ながら常人が真似などできない。
仮に出来ても同一魔法の複数同時使用止まり。詠唱もなく発動する事も出来ないだろう。
「まあ、魔法は効かないだろうなとは思ってたさ」
着地と同時にキャストブレードを逆手に構え振り上げる。
その軌跡をなぞるかのように水柱が噴き上がった。
続けて左手をアゲートに向け、掌から光線を放つ。
これらの攻撃は魔法であることは間違いないが、これらには名前がない。
何せウーノのオリジナルであり、その場限りの思い付きの魔法だからである。
『……!』
まず水柱であるが、それは突撃してくるアゲートを牽制し、極僅かな隙を生み出した。
そこへ左手から放たれた閃光がアゲートの胸を捉え、激しい閃光を散らしながら押し戻す。
あくまでも押し戻すだけ。その身体を貫くことはできなかった。
「加減しすぎたか。久々の実戦で感覚が鈍ってるな」
などと呟いているが、マルジャーンやシアニートといった並みの魔女ならあの光線が直撃しただけで致命傷になるくらいのマナを使った攻撃である。
尤も、本格的に戦闘が始まってから両者の攻撃は常に並みの相手ならば必殺の一撃と成りうるようなものばかり。
アストライアの機体表面に数種類の防御用魔法を常時積層展開していなければ出会い頭の一撃でとっくにやられている。
「けどまあ、大分感覚も戻ってきた」
体勢を立て直しきれていないアゲートに向かって飛ぶ。
同時にアストライアの背後に光の球体が八つ出現し、そこから光の矢が連射される。
光の矢はアゲートに殺到し、その全身を穿つ。
否。当たっているだけだ。だが足を止めるにはそれで十分だ。
八つの光球のうち六つが機体前方に集まり合体。巨大な光球となる。
『――――!!』
アゲートもその光球に気付き、四肢の突起物を発光させて殺到している光の矢をかき消しながら向かってくるアストライア目掛け頭部から光線を放つ。
それに呼応するように光球からも光線が放たれた。ただしこちらは相手を包囲するかのように弧を描く軌道のものの複数同時発射である。
勿論、アゲートは魔法の無効化能力を使用。アストライアの放った光線を無効化する。
一方でアゲートの放った光線は光球を穿ち、それを撃ち破った。
だが、その先にアストライアの姿はなかった。
『?!』
「遅い」
アゲートの背後からアストライアが斬りかかる。
その刃は残された二つの光球を纏うことで煌々と輝き、放たれた一閃は光の軌跡を空に描いた。
『――――――!!』
この時。初めてアゲートがダメージを受けた。
強烈な一撃を受け、アゲートは墜落。地面へと叩きつけられる。
だが、ウーノはその落下地点を確認した時――否。落下地点が予測できたその時に血の気が引いた。
何故ならば、アゲートの堕ちた場所から目と鼻の先には大破したアストライアの胴体が、アディンが転がっているのだから。
アゲートがゆっくりと立ち上がる。
そして目の前に転がるものに気付き、手を伸ばす。
(間に合わないか……!)
魔法で妨害しようにも守るべきものと倒すべきものの距離が近すぎてそれもできない。
何か打開策はないかと思考を巡らせようとした時、異変は起きた。
『?!』
アゲートが急に手を引いた。
手を伸ばした先にあるものが無抵抗なのに手を引いた。
それは明らかに異変である。
この時ウーノは空中に居たため感じることはなかったのだが、大地は揺れ、その震源はアゲートの真下へと移動していたのだ。
地震などあり得ない空の大陸。かつ移動する震源。
あり得ない。あり得ないのだ。
だがあり得ないからこそ、それには当然原因となる何かがある。
たとえば、そう。今まさに大地を突き破って現れた人型の何かのように。
「なっ?! あれは―――」
ウーノは現れた何かを知っていた。
知っていたからこそ、尚更驚いた。
それは、永い眠りにいるはずのもの。
ウーノの見た未来予測には存在しなかったイレギュラー。
「魔神、シオウル……」




