絶望より出る希望
戦場は混迷の中にあった。
パステークの目と鼻の先でアディン達が二体の魔女と交戦中。
本土でもオウカ国の飛燕小隊がバトルコスモスの艦載機を借りて内陸の遺跡から出現した異形と交戦状態にある。
その両者の間には当初の標的であった特殊な魔女であるバンデットアゲートと接触。その際に消して小さくはない傷を付けられ立ち往生。
最悪なのがすでに彼らの目的とする、魔女と遺跡から出現した異形と合流を阻害する、という事が不可能になっただけでなく、未だ避難が完全には終わっていないということだ。
この戦いにおいて、人類の行動は悉く打ち破られている。
いつものように奇襲を受け、パニック状態で迎え撃つのではなく、真っ正面から向き合い、対抗できるであろう装備を整えてなお魔女には勝てない。
――諦めよう。
未だ避難船にすら乗れていないパステークにいた誰かがそう呟いた。
彼なのか彼女なのか、詳しい状況が判っている訳ではない。
だが黙視できるほどの距離に魔女の影を見れば、誰だって心が折れる。
抗う術のないちっぽけな人間はただ魔女に蹂躙されて死ぬだけだ。
――嫌だ。
そんな叫びが聞こえた。
誰だってそうだ。死にたくなんてない。本当は諦めたくなんてない。
でも抗う手段がない。だから諦める。
せめて苦しまないように。そう祈るように天を仰ぐ。
『…………――――』
魔女の叫びが聞こえる。
遂に終わりの瞬間が近付いたのだ。
そう確信した人々は親しい人間と身を寄せあい、抱き締めあって目を閉じる。
『――――――!!??』
だが、その時は訪れることはなかった。
『オオオオオオオオォォォ!!』
雄叫びと共に、白い流星が真っ直ぐに駆け抜けた。
あまりの速さでそれが通りすぎた跡は突風で周囲のあらゆるものがなぎ倒され、その付近にいた人々も身を寄せて姿勢が低くなっていなければその突風で吹き飛ばされていたに違いない。
「なんだったんだ、今の……」
そして気付くのだ。
流星が飛び去った跡には、魔女の姿すら残っていないと言う事に。
◆
少しばかり時間は遡る。
被害状況の確認と怪我人の応急手当を終え、十全とまではいかないものの動けるようにはなったバトルコスモスに朗報が届く。
「前方から強力なマナの奔流を確認。マナバーストとはまた違うみたいだが……。む。反応確認。これはシアニートとアストライアだと?! 急速接近! 直撃はないにしろ近くは通るぞ、衝撃に備えろ!」
人手が足りずセンサーを担当していたガドルが叫んでからものの数秒後にそれはブリッジの真横を超速で通りすぎた。
衝撃波でブリッジが激しく揺れる。
否。艦そのものが大きく揺れたのだ。
「やべぇニャ! ふんにゅぅぅぅぅ!」
ムビリは慌てて艦体を立て直す。
かなり無理な起こし方をしたのか水平に戻るときにも大きな揺れが起きてしまう。
「アストライアが、なんで……?」
「アルトエミス三機の反応確認! マルジャーンと交戦……いや、撃破!」
『こちらアルトエミス二番機。三人とも無事ですが、機体は限界です。帰艦します』
ブリッジに転がるモフモフから聞こえるアルの声が無事を伝えてくる。
それに一時安堵したものの、直ぐ違和感を覚えて聞き返す。
「アル・イスナイン。今、何と言った」
『アディンさんは、こうしたほうが手っ取り早い、とシアニートを連れて飛び去っていってしまって……』
「やはりか……」
落ち着いて考えれば確認するほどでもない、判りきった事ではある。
アストライアを操れる人間などそうそういない。
そのアストライアが魔女と共に飛び去ったのだから、アルからすれば安否を確実に確認できるのは自身を含めて三人となるのは当然だ。
「…………待てよ」
アルツが何かに気付き、ぼそりと呟く。
「あんな速度、今までのアストライアの性能じゃ単独で出すのは不可能なはずだ。あの時みたく魔法で無理やり押し出した訳でもなさそうだし……まさか?!」
「まだ頭がくらくらする。すまんが気付いたことがあれば教えてくれないか」
「……多分ですが、今までのアディンは常に本気を出しきってなかったんだと思います。そりゃあそうだ。どれだけの出力を出せば機体が壊れるか。アルトエミスの開発に関わったあいつ自身が一番解ってる。だから今まで力をセーブして機体を起動させてきたんでしょう」
「アストライアのエーテルコンバーターは確か……」
操縦する人間が起動時に注ぎ込むマナの量に比例してその出力が変動する、現代においては失われた技術で造られた特別製。
少なければ指先一本動かず、多ければ多いほど機体性能は向上していく。
アディンは並外れたマナを起動時にアストライアの起動に使用していたのは、ガドルもアルツも――なんならバトルコスモスのクルー全員が理解している。
それ故に、アストライアは負けないのだ。そう考えてすらいる。
だが、アルツはさっきの光景を見てある考えが頭に浮かんだ。
「アル、確認するがあのアストライアの速度はお前たちが魔法で弾き飛ばした訳じゃないんだな」
『はい』
「なら、あれは……」
「自前の速度、ってこてになるニャ」
「待て。待て待て。あんな速度、今まで出したことがなかった……いや出せないはずだろう?」
「何度かやった超高速飛行で機体よりも先に乗ってる人間がその加速に耐えきれない事は判ってた。だから保護術式で操縦者を守るようにしていた。が、あの速度は想定以上。術式でも保護しきれない……」
そう呟くようにアルツは告げた。
それは――あくまでも可能性ではあるが、かなり高い確率でアディンが操縦席で命を落としていると言っているようなものである。
アディン・アハットが死ぬ。
それは信じがたく、そして想像もできない事ではある。
推測を口にしたアルツ自身もそうである。
だがアルツには判ってしまう。彼もまた、アルトエミスの開発とアストライアの改造に携わった人間であるから。
「仮に生きていても意識は失っている可能性が高い。それにあの速度は機体そのものの負荷も尋常じゃない。あんなのを続けていれば、いつ機体が空中分解する……」
「アストライアがか? そんな訳がないだろう、アルツ・エナム。あの機体の頑丈さは……」
そこまで言って、ガドルは言葉に詰まってしまう。
気付いたからだ。
「……今のアストライアは、コンバーターとガワだけ交換したアルトエミスですよ」
◆
そして、現在――飛燕小隊の交戦地点。
魔法剣による連続攻撃により着実にダメージを重ねてきていたが、流石に各自の疲労は限界であった。
何せ再生をさせないために間髪入れない近接連携攻撃を行うのだ。
誰か一人でもタイミングを間違えればそこから全てが瓦解してしまう。
少し前なら多少タイミングがずれても他の誰かがフォローに回れたが、その余裕すらなくなっている。
細かなミスが増え始めるタイミングでそのカバーができないのは痛い。
失敗できないというプレッシャーがミスを誘発し、そうはしまいと気を張れば別のミスに繋がる悪循環。
それでも、なんとかの戦えているのはここまで連携を大きくは乱さず、疲労を最小限に止めてこれたからという部分が大きい。
だがそれも流石に限界。
「ちっ……」
それはエクウスの舌打ちであり、自身のミスに対する苛立ち――エクウス機が必要以上の旋回をして出遅れた事に対してのものであった。
結果、シオ機だけが敵に向かっていく形となり敵の注意を一身に受けてしまう。
迎撃の為に異形が尾を振るう。
それだけならば避けられる。はずだった。
「ぐっ、ぅぅ……」
機体が軋むのを感じながらもシオは回避運動をとる。
だが、その尾が急に軌道を変えた。
否、異形そのものが動きだし、シオ機に迫ったのだ。
当初の予測とは全く違う動きを取らざるを得なくなり、再び機体を無理な動きを取らせようとするが、機体が軋むような動きからさらに無理のある動きへ移るのには流石に機体が追随できなかった。
故に、異形の太い尾は長い戦いの末にヘスティオンを捉えてしまった。
ぐしゃり。
「――――!!」
直撃は受けはした。だが壊れたのは両脚でありまだシオ本人は無事である。
しかし、両脚を同時に叩き折られた激痛で怯んだ瞬間を異形は見逃さず巨大な顎を開く。
回避は――もはや間に合わない。
「させるか!」
レンナが《メタルピアサー》で妨害しようと放ったものの、それはまるで別の生き物のように動いた尾によって弾かれる。
続けざまにゴウトが己の魔法剣で斬りかかるが、それすらも尾で払い除けてしまう。
エクウス機は――間に合う距離ではない。
「シオ!」
誰も間に合わない。
そう諦めた瞬間に、それは降ってきた。
空気を裂く音がしたと思えば、その直後には凄まじい衝突音。
「なっ……?!」
何かが異形と衝突。それにより異形が弾かれ転がる。
やや遅れてシオ機が地面へ落下。それを遅れてきたエクウス機が回収し、距離をとる。
「何が起きた?! それにこの反応は……」
魔女の反応が二つ。
一つはシアニート。そしてもう一つはバンデットアゲートだ。
だがシアニートは半身を失い、バンデットアゲートも身体のあらゆる箇所が崩れ始めるており、両者ともに満身創痍である。
そして、その魔女の前に立つのは――アストライアだ。
「……」
「…………」
だがしかし、アストライアの登場は沈黙をもって迎えられた。
あの異形に衝突し、弾き飛ばしたのは十中八九アストライアだというのは状況からすれば明らかだろう。
だがゴウトの魔法剣ですら弾くことの出来なかった異形を吹っ飛ばす程の衝撃を受け、機体が耐えられる訳がない。仮に二体の魔女を盾にしていたとしても、だ。
事実、アストライアはその場に立っているだけで動こうとしない。
「……違う」
レンナがぽつりと呟く。
それを合図としたかのようにぐらり、とアストライアが揺らいだかと思うと、その左膝が粉々に砕けて機体が傾き出す。
やがて両肩が引きちぎれ、転倒した衝撃で外れた胴体がバウンドしながら転がり、遂には頭部は原型すら留めないほど変形し、無惨にも垂れ下がる。
その光景は、解りやすい死のイメージであり、絶望の具現化でもあった。
時が止まったような静寂。
戦闘中であるとは思えない静けさに、思わず動くことすら忘れてただ呆然と砕け散ったアストライアを見つめる四人。
『――――――――――――』
その静寂を破ったのは、あの異形であった。
異形は周囲を見渡すと、バンデットアゲートを見つけ、首を伸ばす。
身体のどこに納められていたのかというほど拡大し、伸長した巨大な頭。
大口を開くとバンデットアゲートを丸ごと飲み込んだ。
「やばいぞ、お嬢!」
ゴウトが吠えた。
少しでも妨害しようと《メタルピアサー》を放ってはみたが、それをものともせず、異形は咀嚼を繰り返す。
ごくん、と口の中のものを飲み込んだ異形の全身が醜く膨らみだし、周囲の物体を飲み込みながら姿を変えてゆく。
本能的に危険だと察したのかシアニートは逃げようともがくが、半身を失っていては逃げることは叶わず、絶叫しながら肥大化する異形に飲み込まれていった。
「うぇ……」
エクウスがあまりのおぞましさに嘔吐く。
レンナとシオも同様だがなんとか堪え、最年長者であるゴウトすら眉をひそめる。
「何がおきてやがんだ、こりゃあ」
――これが当初から危惧していた事の答えなのだろうか。
不快感を感じながらもゴウトの脳裏にはそんな疑問が浮かんだ。
そして瞬時にその疑問に答えがでる。
そんなわけがないのだ。
膨れ上がった異形の身体が突如ひび割れだし、本体から剥がれた欠片は粒子となって消えて行く。
そして、中から巨人の姿をした死が現れる。
異形の身体を貫いて腕が飛び出す。その瞬間、ヘスティオンの操縦席のセンサー類がエラーを起こし、一斉にアラートを鳴り響かせる。
「な、なんだ!?」
「エーテルセンサーが異常な数値を弾き出してる?!」
腕一本。たったそれだけの部位が外に出ただけでこの反応である。
もし全身が出て来たら。そう考えると背筋が凍りそうになる。
故に、レンナは直ぐに選択した。
「撤退!」
逃げなければ死ぬ。
ここで逃げなければ逃げられなくなる。
その確信があった。
「でも、アディンが……」
「馬鹿野郎! 今助けに行ったらお前も死ぬぞ!」
大破したアストライアの操縦席から脱出した気配のないアディンを助けに向かおうとしたエクウス機をゴウト機が引っ張ってゆく。
遊軍機を見捨てる。それはあってはならないことだろう。
だが、状況が状況だ。
(私は……無力だッ!)
仲間を見捨てて逃げるという選択をした悔しさに、レンナは操縦席の側壁に拳を叩きつける。
直後だった。
異形から死神が産まれたのは。
漆黒の身体は光を反射し、有機的でありながらもまるで工芸品のような印象すら抱かせるそれは、空に向かって叫ぶ。
その死神の名はアゲート。
現時点で確認されている魔女では最強最悪の魔女である。
『…………』
ぐりん、と首が動いてレンナ達のほうを見つめる。
目にあたる器官が見当たらないにも関わらず、確実に視線だけは感じられる不気味な感触に戦慄するのと同時に、レンナの左腕の感覚が消えた。
「え……?」
思わず自分の左腕を確認した。
しっかりついている。では、と機体の腕を確認した瞬間に激痛がレンナを襲う。
「……ッぁあああッ?!」
斬られていた。
相手は一歩どころか、最初に首を動かした以外ろくに動きもせずに距離の空いた状態でこちらの機体に攻撃してきたのだ。
「冗談だろ……!」
「だったら、よかったんだろうがなぁ」
もう逃げられない。
戦わなければ。でもどうやって勝てばいい。
思考が巡り、活路を見出だそうとするも、付きまとう濃厚な死のイメージがいつも同じ結果を導きだす。
死である。
『…………』
アゲートが嗤った。口もないのに、嗤ったように見えた。
今度はゴウト機の右脚が斬り落とされた。
(どうすれば、どうすればいいの……)
答えが出せない僅かな間に、自分達の機体はバラバラに刻まれていく。
操縦席を直撃していないだけまだ運がいい。だが見方を変えれば死ねずに恐怖を味わい続ける地獄のような時間であるとも言える。
と、遂にレンナにその時が訪れる。
「お嬢!」
ゴウトの叫びを最後に、レンナ機の機能が停止し、落下を始めた。
頭部が破壊されたのだ。
「ちっ……!」
ハッチを魔法で強引に吹き飛ばし、操縦席から飛び出す。
だが、すぐに不気味な視線に気付き、それを追う。
「…………」
魔女が、見ていた。
さすがにもう駄目だ。そう諦めて目を閉じた瞬間だった。
空がひび割れ、雷とともにもうひとつのアストライアが現れたのは。




