飛翔
少し考えればわかりそうなものだった。
情報の共有ができていなかったが故に無駄な苦労をしていたのだ。
それに気付かされたエリマは、まるで燃え尽きたかのように椅子に体重を預けている。
「姐さんどうしたんですか」
「今までやっていたことのほとんどが徒労になった事でしばらく何もやりたくないんだってさ」
そりゃあそうだろう。
今までどうやっても解決できなかったアルブスの操作術式の問題をアルツがすべて解決してしまったのだ。
またアルブスそのものを当初より大型化させることにより運動性の強化、プレスガンを内蔵し射撃も可能となった。
この再設計したアルブスはそれなりの重量があり、ヘクスイェーガーに搭載するにはやや大きい。せいぜい四基同時装備が限界だろう。
「問題は。実際の戦闘中にこんなものを使う余裕がないってことだが」
「それをこれからオレ達が造る。アルブスの操作を手動で行い、その動きを徹底的に術式に書き起こす。それを統括する制御術式は……まあ時間がかかるな」
アルツこれからが本番だ、と気合を入れ直す。
何せ今やろうとしている事は誰もやろうとした事がない事だ。
人類が初めて踏み込む領域。そう考えるだけでワクワクしてくる。
アルブスの稼動データはシルキーのコントローラーを流用し、アルブス同士の模擬戦を行いその回避運動や攻撃パターンに使われる術式を調べ上げ、それをまとめ上げる。
これはアディン等の力を借りずとも、シルキーを使える人間によって行える。
むしろ整備班の中にストレス発散として積極的にテストを行っている人間が一定数居るため、アルツも想定していない速度でデータが集まっている故、アディン達の協力が必要ないという状態である。
問題は本命のヘクスイェーガーの自立操作用術式だ。これに関しては、全く手が付けられていない。
その理由は単純明快。
ここがパステークであるからだ。
自国の領空や、どこの領空でもない場所ではない。
パステークと言う、多国籍の団体が管理する場所だ。そんなところでヘクスイェーガーのテストなどやった日には間違いなく批難される。
輸送機で離れた場所まで運んでやればいいようなものだが、万が一に備えて戦力の分散は避けなければならない。
何よりつい先日魔女に襲われたばかり。しかも倒したことを確認できたわけではない。
万が一、あの後回復して再度襲撃を仕掛けてくるという可能性もないわけじゃない。
むしろ回復していたとするならば、バトルコスモスの痕跡を追ってきた相手なのだから、確実に追ってくるだろう。
その際に輸送機程度では間違いなく落とされる。
自立機動するシステムの構築。その完成はまだ先になるだろう。
「それはそうと、アルツさんはどの機体にアルブスを装備させるつもりなんです?」
「それなんだがな。アディンにテストしてもらおうと思っている」
「アディンに?」
「あいつの処理能力なら、機体を動かしながらアルブスも動かせるはずだ。だから、それ専用の四肢に換装させる」
換装、と言う通り今のアストライアはアルトエミスと基本仕様が同じになった為、整備性も向上している。
なにせアルトエミスのパーツさえあればそれと交換することで整備ができるのだから。
そしてそのアルトエミスは部位ごとに取り外して交換する事ができる。
この構造を利用してアストライアの四肢を取り外し、アルブスのテストが出来る専用の四肢に変更することは可能である。
問題はそれ専用の四肢を今から作らなければならないということだけだ。
当然ながら、それが出来る人間は――居ない。
既に荷物をまとめて出発してしまった。
一応はほかの人間にも声をかけてみるが、シュデムほどの完成度は期待できない。
個人の能力に頼り切っているというのはわかっているが、それに匹敵する能力を持つ人間が現れない以上求める水準のものを生み出すには、どうしても個人の技量にゆだねるしかない。
この問題に関しては武器製造、機体基礎設計、魔法研究の三分野おいて抱える問題である。
エリマ、シュデム、アルツの能力がそれだけ優れている、と言う事でもある。
魔法研究に関してはアルツがブリッジにいる事が多いため、少しずつは技術水準が上がってきてはいるがそれでもアルツには及ばない。
「……もしかするとオレ達が手を出さない方が、全体の技術としては水準が上がるのか?」
アルツはそんな事を呟くのだった。
艦長室で身体を休めていたガドルに、ブリッジからの報告が届く。
「救難信号?」
『はいニャ。でも、出た直後に信号が途絶したのニャ』
ムビリからの報告は、穏やかなものではなかった。
まあ休息中の艦長に飛び込む連絡など穏やかなものであるはずがないのだが。
「気になるな。詳細を」
『まずエーテルセンサーの範囲を最大の状態にして常に目を光らせてたのニャ』
「うん? 救難信号ならエーテルセンサーは関係ないだろう」
エアリアにおける救難信号で最も多いのは発光パターンと音によるもの。
音はともかく、発光信号はかなり遠くまで届く光の信号を使う為、恐らくそれを拾ったのだろう。
が、それとエーテルセンサーは全くの無関係だ。
『まあまあ。で、救難信号をキャッチしたから報告してから動かないといけないニャーと思って連絡の準備をしていたのニャ。でも』
「信号が途切れた、と」
付近を通りがかった艦船に救助されたのだろうか。それならば信号の発信をやめるというのは理解できるが、それならばわざわざ艦長であるガドルに報告するほどのことではない。
それに、エーテルセンサーの範囲を最大にしていた、とわざわざ言っていたと言う事から察するに、何かがあったのだ。
『信号が途切れた時、エーテルセンサーに反応があったのニャ。しかもかなり大きい反応が』
「……魔女か?」
『その可能性が高い、というのがその時いたブリッジクルーの総意ニャ』
「ふむ……」
少し考える。
バトルコスモスのエーテルセンサーの有効半径は200キロメートル。
そのセンサー範囲にひっかかる範囲に、大規模のエーテル消費を行った何かがいた。それは間違いないのだろう。
状況からみてその何者かが救難信号を発信した者を攻撃した、と見るべきだ。
ではなぜだ。いや、それを考えるのは無意味だろう。特に、最も可能性が高い存在――魔女の仕業であるのならば、人を襲う事に理由などない。
ならばもう一つの可能性は、あの所属不明集団。あれらならあり得るかもしれない。
とはいえ同じ人間だ。救難信号を放っている相手を攻撃するだろうか。
可能性はゼロではないが、同じ人間なのだ。相手の事を信用はできずとも、そんな事をするとは思いたくはない。
どっちにしろ、答えを得るためには調べる必要がある。
攻撃したのは誰なのか。攻撃した相手の規模はどのようなものなのか。
もしそれが魔女だった場合、ここパステークも危ない。
「トンボは使えるか?」
『誰を出すニャ?』
「アルトエミスの速度に慣らすためだ。ヴィールを行かせろ。アルとトリアは引き続き待機。自機のチェックが終わったら技術部の支援をやらせてくれ」
『ニャ? アディンくんは?』
「最悪の場合を想定して待機だ。ただし、機体はいつでも出せるようスタンバっておくように」
『伝えておくニャ』
ガドルの指示を受け、格納庫では慌しくヘスティオンに追加装備の取り付け作業が行われていた。
その名も高機動エーテルブースターユニット。通称、トンボである。
背部に取りつけられた細い棒状の基軸に×の字になるように配置された大型の姿勢制御用ウイング。
胸を覆うよう追加された操縦者保護用の術式展開用ユニット。
これらを装備した機体を上から見た際、その姿がトンボのように見える、という理由でそんなあだ名で呼ばれるようになった。
実際に、設計通りならばトンボのような動きも再現できる。かつその名の通りに機体の機動力を向上させる装備である。
それを可能とするのが、棒状の本体ユニット。これにはエーテルコンバーターを内蔵し、本体の分とあわせてかなりのマナ供給量を誇る。
そして供給されたマナはヘクスイェーガー本体に必要な最低限のマナ以外はすべて操縦者保護術式の展開とウイング部にあるエーテルリバウンダーによって推進力として使用される。
このような装備が造られた背景には、アルトエミスの出現により戦闘が高速化したからである。
元々魔女の速度は既存のヘクスイェーガーを上回るものが多く、速度で攻める相手をなんとか受け流している間に数で押し切るというのが従来の対魔女戦の基本的な戦い方である。
が、アルトエミスという単独でも魔女の速度に追従し、それを撃破可能な戦闘力を持った機体が登場した以上、これまでの戦い方というのは古いものとなっていく。
そうなると問題なのは、既存機との性能差である。
一番の問題は展開速度。編隊を組んだ際にアルトエミスないしそれをベースとした新型機の速度と、ヘスティオンやラキシスの速度では差がありすぎる。
それを埋めるために、このトンボが造られた、と言うわけである。
尤も。バトルコスモス内で開発・生産されたばかりの新装備。まだ王都工廠に提出する為のものと、今ヘスティオンに装備しているもの以外はこの世に存在していない。
単独での起動テストは行っているが、実際にヘクスイェーガーに装備させての使用は今回が初。つまり今回の出撃は偵察任務というだけでなく、この装備のテストも兼ねるというわけだ。
「ヴィール! 久々のヘスティオンだが、着艦の時の操作を間違えるなよ」
「解ってますって。それで、エリマ先輩からは何か注意点とかあります?」
「あ? ああ。本体部にもエーテルリバウンダーは装備されているから、直線への加速性は抜群だ。一応は操縦席のメーターに表示はされるが、レッドゾーンで急制動をかけると装備が空中分解する可能性があるから気をつけろ」
「えっ、それってヤバくないですか?」
「ああ。やばいな。装備が空中分解したらその速度のまま姿勢制御もままならないヘスティオンが放りだされる事になる。まあさっき言ったような事をしなけりゃ大丈夫だ」
心なしかエリマの反応が悪い。
どうやらまだ立ち直れてはいないらしい。
「あとは、バカでかいから被弾注意、だな」
「あ、はい。それは見た時点で」
なにせウイング一枚がヘスティオンの頭頂高よりも長い。本体となる基軸はもっと長い。
とはいえこの巨大なウイングユニットはそれそのものがエーテルリバウンダーであり、その基軸ユニットにも大小様々なエーテルリバウンダーの噴射口があるため、エリマの言う通りこの機体の加速性は良好どころか、生死に関わる一歩手前という速度まで出せる。
――あくまでも数値上は、であるが。
「でもなんでヘスティオンなんですかね」
「アルトエミスの整備は終わってるが、そいつはあくまでもヘスティオンにアルトエミスについていけるだけの速度を持たせるための装備だ。アルトエミスに装備したってテストにならんだろ」
「ああ、なるほど」
納得したところで、トンボの取り付け作業が完了する。
翼は後方に折りたたまれ、クレーンに吊られた機体が発艦位置へとで運ばれていく。
流石に大きなウイングは発艦の妨げになる。
専用のカタパルトに固定され、ヴィールは姿勢を低くした発艦の準備姿勢をとらせた。
「よし、こちらヴィール。準備できた」
『了解ニャ。タイミングはそちらに譲渡。好きなタイミングで発進どうぞニャ!』
「それじゃあ。ヴィール・アルバア。偵察任務に出る!」
ヘスティオンを乗せたカタパルトが動きだし、あっという間に加速する。
そして上体が起き上がらないよう、エーテルリバウンダーの出力を上げ、加速させ、速度が最大になった瞬間にカタパルトの接続を解除。そのまま大空へと羽を広げて舞い上がった。




