ヴィールの一声
バトルコスモスの問題点は、その大きさに対して人手が圧倒的に不足している事。
これに関してはどうやっても覆らない。
増員の申請をしようにも、無駄に大きいこの艦が実際に戦場に赴けば的になる事がわかりきっている艦に志願して乗ってくるような酔狂者はいない。
またこの艦のクルーが持つ強過ぎる結束力と親しすぎる空気感というのも、人員増加の妨げに繋がっている。
強い結束力は、緊急時において必ず有益な効果をもたらす。だが強すぎるが故に、そこに他者が割り込む予知はあまりない。
また既にコミュニティーとして完成されていると言ってもいいクルーに新しい人員を入れれば、新規クルーとの間に大なり小なりの軋轢を産む事は避けられない。
かつ、この艦のクルーは学生あがりばかり。そこに正規軍人が入ってくるのは間違いなく悪影響を及ぼす。
そう考えると、ガドル・ストールは艦長という役目をよくこなしていると言えるだろう。尤も、最近は胃薬と仲良くしている事が多いようだが。
では足りない人手はどうする。
「と、言うわけでアルとトリアに意見を聞きたいと思って呼んだ次第だ」
「ヘクスイェーガーの完全自動稼動ですか」
「不可能ではない、とは思う。けど、術式のほうは?」
「なんとかしてやる。術式解析用のヘスティオンを用意させているから、準備ができたらお前達に実際に動かしてもらってある程度データを取る。が、俺が目指したのはその先だ」
「その先?」
アルツの言葉にアルとトリアは首をかしげる。
確かにシュデムの立案したヘクスイェーガーの自立稼動が実用化されれば、艦載戦闘力の乏しいこの艦の守りは強固なものになるだろう。
むしろ現状の、四機で全長1キロメートルもの巨大艦を守りきるというのは、いくらアルトエミスが既存機の性能を大きく量がする機体であったとしても無謀すぎる。
それゆえの無人化の研究なのだろう。が、その発展という言葉にいまいちピンとこない。
「まず、だ。自動化するのは何もヘクスイェーガーが最初じゃなくてもいいだろ」
「えっと、話がよく見えないんですが」
「ヘクスイェーガーより先に対空砲を自動化する。現状、人間が銃座に座って狙う必要があるが、これをブリッジからの指示とターゲッティングだけで自動で目標を追尾できるようにする」
「ああ、なるほど。確かに複雑な動きをするヘクスイェーガーよりも簡単かも」
「でもそれじゃあ発展というより」
「まあ聞けって。第一、何事にも実験が必要だろ? シュデムは確かに天才――奴風にいうと大天才だが、過程をすっ飛ばして結論だけを追求するきらいがある。あくまではまずはこの艦の対空砲の半自動化。その次はヘクスイェーガーの自動化。そして……設備管理者の自動化だ」
「えっ、今なんて?」
思わずアルが聞き返す。
「設備管理者の自動化……?」
トリアも目を丸くし、先ほど聞いた言葉をオウム返ししていた。
「この艦、でかい割に人間の手がいる場所が多すぎる。だから、普段の管理を自動化させて、必要な時だけ人間が手を出すようにしないと、そのうち俺たちが倒れる。違うか?」
「確かに、そう、ですけど……」
「今もシルキーを使って効率化させているけど……」
「確かにな。だがそれもシュデムみたいに何十機も同時に操作できる人間ばかりじゃない。せいぜい三機が限界だろう? 頭数は増えるが、それでも足りない。だからシルキーを操作する中枢ユニット……あるいはこの艦全体の状態を把握できるようなユニットを作れたら、と思っている」
そう告げたアルツの眼は強い意思があった。
絶対に実現させる。そう言っているかのようである。
「一応、シュデムには話を通した。あいつは再出発の準備があって手伝ってはくれないが、いくつかのアイデアはくれたよ。そのアイデアを参考にお前達の案を聞きたい。プレスガンやスクロール弾の考案者であるお前達の案を、な」
アルツがテーブルの上に広げたアイデアスケッチといくつものアイデアが書きこまれたメモ。
荒々しく走った文字は間違いなくシュデムのものであった。
「そのうちシュデム先輩過労死しませんか?」
「あーうん。俺もそう思った」
シュデムの残した参考資料。それにあるのは興味本位などではなく、この艦を守る為の真剣な考察の痕跡。
文字こそ乱雑で読み辛いものの、描かれたアイデアスケッチは既に綿密な設計図そのものであった。
「わかりました。ちょっと考えてみます」
「……私も。思いついた事を纏めてくる」
「頼む。少しでも案や意見が欲しいんだ」
「ついでにヴィール連れてくる」
「あ、ああ。そうだな! あいつの意見も是非聞きたい!」
エリマ・ヴェイフはここ数日ほど、ずっとかかりっきりになっている新兵器のせいでまともに眠れていなかった。
もちろんそれを周囲に気取らせはしない。気取られて変な心配をさせたくはない。
とはいえアルブス開発班のリーダー的存在であるエリマが倒れるのもよろしくない事なのだが。
だがなぜそうなったか、といえばすべてはそのアルブス開発が原因である。何せ、浮かした時からまったく進歩がない。
同時進行しているベイオネットに関してはどうにかなりそうな気配がある。だが、アルブスのほうはだめだ。
アルツに意見を求めようともしたが、彼は彼でブリッジから離れた今でしか出来ない仕事をしている。
「どうすっかなあ」
工廠エリアに用意された各主任用の事務所にある自分用の机に突っ伏して呟く。
周囲の人間――とくにアルブスの開発に携わっている人間には絶対見せる事ができない弱気な姿であった、
そして口から出るのは弱音だ。
この部屋から出ればいつも通りの強気な自分の姿に戻る。戻らねばならないというのも頭の痛い話である。
自分の周囲の人間がエリマに求めるのは、いつも強気で自信にあふれた姿。
だが慢性的な寝不足と、一向に進む気配のないアルブス開発のストレスはエリマを今まで以上に疲弊させていた。
プライドが邪魔しているからシュデムに意見を求められない、というわけでもない。
事実、シュデムやアルツと共に生み出した新型機アルトエミスは意見をぶつけ合って出来たものであり、ここからも続く人生において五本の指に入るくらいの傑作であると自負している。
嫌いな人間だろうと、なんだろうと、対等の立場で意見をぶつけ合い、良い結果が出るのならばいくらでもぶつかろう。
プライドを捨てる事で前に進むのならば、そんなプライドなどそこらの犬に食わしてしまおう。
事実、シュデムから提供されたシルキー数機を技術解析のために解体しているのだし。
だがこれはそういう問題ではない。
浮かすことそのものはシルキーの技術流用で可能だった。
問題はどうやって飛ばすか、だ。
大前提として、アルブスは攻撃用の装備である。故に使用者の意図した動きをしなければ意味がない。使えない武器は意味などない。
現状浮いているだけのアルブスはデコイ程度にしか使えない。エリマの目指しているのはそこではないのだ。
「すいませーん、エリマ先輩。います?」
「おぅ!? ああ、アディンか。どうした」
「いえ。何やら新兵器の進捗がよくないと聞いたので引っ掻き廻してこいと艦長から言われまして」
余計な事を、と一瞬は頭を過ったが、いい機会かもしれないとすぐさま頭を切り替える。
「なあアディン。アルブスは見たか?」
「あの浮かぶブーメラン型キャストブレードですか?」
「ああ。今はアルブスと呼んでる。だがあれは……」
「浮いただけ、ですよね」
「ああ。それ以上進めず解決策を探して睡眠時間が減った」
「だから眠そうなんですね」
「まあな。んで、単刀直入に聞くが、あれを見てどう思った」
「うーん。あれエーテルリバウンダーで推力確保できてないですよね」
「ああ。携行装備としてはあの大きさが限界だ。エーテルリバウンダーも浮かせるだけの出力が出ただけでも一歩前進、って感じだったんだが……」
そこから先に一切進めていない。
とはいえ、従来の兵器開発に比べたらまだまだ序の口。長いものでは年単位で問題が解決しない事だってある。
たった数日で欠点や問題点がなくなるなんて、そんなレアケースが頻発する訳がない。
だが今までの開発が順調過ぎた為か、エリマにはそういった感覚が欠如あるいは麻痺してしまっていた。
常に誰かが、ぶち当たった壁をすぐさま壊してくれていた。だが今回はそれがない。
アルツは自分の仕事に専念し、シュデムは遺跡調査の準備がある。
他に頼れるような人間というのが思いつかない。
担当者達を集めて会議をしたがこれこそ、という妙案もなかった。
「それって単純に大きさを変えればいいのでは?」
「……は?」
「確かに、兵器ですから携帯性というのは重要だと思います。だからあのサイズなんでしょうけど、それで使えないよりも大型化しても搭載して使えるほうがよくないですか?」
「いや、そりゃあそうだが……」
そんな単純な事でいいのだろうか。
そう思いもしたが、何故アルブスを作ろうと思ったかを思い出す。
シュデムの作ったシルキーに刺激を受けたから。確かにそうだ。
だがもっと大きい理由があっただろう。あの敵のエイ型のヘクスイェーガーを見て、既存概念にとらわれるのが馬鹿らしくなったからだろう。
「……そうか。別にサイズにこだわる必要はないのか」
「小型化は今後の課題、と言う事で保留しましょう」
「だな。よし、アディン。ちょっと付き合え。設計しなおす。機械工学の分野になるが、お前少しならいけるだろ」
「シュデム先輩には劣りますけどね。付き合いますよ」
「だが推進力があったところでどうやって操る……?」
「そうですね。うーん……」
しばらくアディンが考え込む。
「ヴィールに意見を求めましょう」
そして出した答えがそれである。
だがそれエリマも同意する。
ヴィールは技術開発に積極的に関わる事はほとんどないが、その一言が思わぬ打開策になる事が少なくない。
選択問題の答えを鉛筆を転がして決めるようなものであるが、ヴィールの言葉はなぜか最適解であることが多い。
「さっそく聞いてみるか。今どこにいる」
「多分、生簀で釣りしてるかと。結構暇な時やってるみたいですよ」
「アイツ何やってんだ……いや、いい。連れてくるか」
こうしてエリマは立ち上がり、アディンと共にヴィールを探しに向かうのだった。
異なる思惑があった。異なる内容の技術開発が同時に進もうとしていた。
だがその両者は異なる理由で同じ答えへと行きついた。
――ヴィール・アルバアに意見を求めよう。
アルツ・エナムはあくまでも参考として。次第に視野が狭くなってしまうのを避けるための打開策としてヴィールの言葉を求めた。
一方、エリマ・ヴェイフは根本的な問題解決のために違う視点からの意見を求めた。技術分野にも足を突っ込んでいるアディンよりも、全くの素人に近いヴィールの意見のほうが意外性と刺激があるからだ。
だがこれには問題が合った。
ヴィール・アルバアという少年の肉体は一つしかなく、門外漢の事を二つも同時に処理するだけの能力はないということだ。
「……」
「あー」
当然、必要とする人間が二人で、必要とされる人間が一人なら取り合いになる。
これはある意味必然的に起きた事故だったのだろう。
アルツにはアルとトリアが、エリマにはアディンが――つまり、ヴィールを信頼し、この艦においては彼に最も近しい人間が意見を出したのだから、こうなるのはある意味当然だったと言える。
「おい、こっちが先に目をつけてたんだ」
「関係あるか。あたし達は新兵器の開発に行き詰ってんだ。まだ取りかかってもいないなら譲れ」
「あ、あの。ちょっと。二人とも……」
次第にヒートアップしていく。
あーだのこーだの。下らない言い合い。だが決して互いの仕事に関する直接的な批判をしないのが彼等らしいといえばらしい。
「頑固な女だな、お前!」
「レディーファーストって知ってるか、あぁ?」
「お前それ弾よけにされてるだけだからな!」
「ちょ、ちょーっと待って!」
流石に当事者でありながら一度の発言も許されてなかったヴィールが割って入る。
「あ?」
「どっちに就くんだ!」
「いや。ちょっと冷静になってくださいよ。アルツ先輩のやろうとしてる事、そのままエリマ先輩のやってる事に応用できますよね?」
「……」
長い沈黙。
そしてエリマの全身から力が抜け、その場にへたりこんだ。
「あ、ああ……」
答えは、出た。
まさにこの時、この瞬間。エリマが数日悩み抜いた問題が解決してしまったのだ。




