実機訓練3
格納庫から少し離れた場所にある演習場。騎士科の生徒達は実機演習を行うために格納庫からこの場所へとやってきていた。
理由は、何となく想像がつく。
格納庫で慣れていない人間がエーテルリバウンダーを起動して暴走させた時、他の機体や格納庫そのものを破損させる可能性があるからだろう。
というか、そんなところでやったらまず間違いなくそうなる。
そうなった場合、建築科にはいい実習の機会になるが、鍛冶科と機械工学科から過労による死者が出る事になるだろう。特に、主任とまで言われているエリマへの負荷は凄まじい事になるだろう。
「諸君。格納庫を見学した後だから直接格納庫から出撃する事になると思っただろうが、そんな無謀な事はさせない。そんな事をしたらただでさえ厳しい学園の財政が更に傾くからな」
その財政に痛手を与えているのは、間違いなくアディン達の破壊行為によるものなのだが当の本人たちは聞かないフリをしていた。
自覚があるならぜひとも自重してもらいたいものだ、とガドルは三人の様子を見て思うのだが、多分彼等に言ったところでどうにもならない。
彼等は普通にしていて、その結果がトラブルを起こすだけなのだから。
「諸君らの機体は既に搬入されている。まずは各自機体に搭乗し、指示を待て」
ガドルの指示に従い、生徒たちが一斉に自分の班の番号が書かれた待機状態のヘスティオンに乗り込んでいく。
中にはハッチの開き方がわからずもたつく生徒もいるが、それも数分もしないうちに全員が自分の機体に乗り込んだ。
それを確認してからガドルも教官用の機体に乗り込む。
「あれは……」
ヘスティオンとは形状がやや異なる。
一番の違いは頭部の形状だろう。目の部分を覆うようにバイザーが備え付けられている他、頭部左側面にアンテナが一本生えている。
逆に言えば、その他の部位はヘスティオンと大した差はない。
「あれはラキシス。ヘスティオンのコンセプトを受け継いだ後継機」
「説明ありがとう。トリア」
班ごとのグループ通信だから他の班には聞こえていないが、もしサギールなんかに今の会話を聞かれていたら鬼の首でも取ったかのように威張り散らしてくるに違いない。想像するだけでも鬱陶しい。
『各班。聞こえているか。流石に全員一斉にやるとパニックになる事間違いなしだ。だから第一班から機体を起動。ある一定の高度まで浮遊した後、エーテルリバウンダーを起動させろ』
『ガドル教官。質問が』
『なんだ。ラルゴ・シローキー』
『一定高度まで浮遊とおっしゃいましたが、どうやって?』
『む? 座学で習わなかったか。ヘクスイェーガーのフレームおよび装甲に使用されているエアリウムはマナと反応することで浮力を生み出す。高度を出すために反応させるマナを多くすればいい。それだけのことだ。これは特別難しい事ではない。実際、浮くだけだからな』
逆に言えばエーテルリバウンダーがなければヘクスイェーガーはただ浮くだけで空中では全く動けないと言う事になる。
『では、第一班から開始だ』
ガドルの指示に従い、第一班のヘスティオンが次々と浮き上がる。
そのタイミングでアディンに向けプライベート通信が入る。
嫌な予感しかしないが、無視するのも面倒なので対応してやる。
『見てろ、アディン・アハット! 俺はこの試験をこなし――――』
鬱陶しくなったのですぐ切った。
続けてまたプライベート通信が入るものの、今度は完全に無視した。
「お前も災難だな」
「言ってくれるな。二年以上あれに付き合わされてるんだ。いい加減滅入ってくる」
ゆっくりとした速度で上昇していく第一班のヘスティオン。四機がそろって浮上していく――という訳ではなく、一機だけ上昇速度が速い。
恐らくあれがサギールの機体だ。浮き上がるだけならば誰にでもできると言っていたが、それでも上昇速度はなかなかなものだ。
『隊列を乱したのはともかく、いい上昇速度だった。ではサギール・カタン。エーテルリバウンダーを起動させてみろ』
『了解っ。さあて、と……ってうわああっ!?』
サギールの機体がさっそくとんでもない速度で飛び出していく。
だが咄嗟にエーテルリバウンダーを切ったのか、徐々に減速して空中に静止する。
『いい判断だ。操縦不能だと思った時はエーテルリバウンダーを切れ。そうすれば慣性移動の後静止できる。しばらく飛行してみて、自分が合格だと判断した者のみこの後の飛行訓練へと連れて行く』
第一班の面々はサギールの失敗を見た後だからなのか、何度か危うい動きを見せながらも全員ある程度の制御に成功した。
一方、続く第二班以後の機体はエーテルリバウンダーを起動させるなり機体がとんでもない速度で飛び出し、ある者は操作を誤って明後日の方向へと飛んでいき、ある者は地面のほうへと突き進み激突寸前でガドルの操縦するラキシスが放った捕縛用ワイヤーに捕まえられて何とか大惨事は回避されたり。とにかく散々な出来だった。
無理もない話である。皆初めて触るのだからそんなものだ。
「さて、次は俺たちの出番かな。トリア嬢、イスナイン嬢。準備はいいかい」
「勿論」
「き、緊張してきた……」
などと言っているアルの通信機からはミシミシと聞こえるはずのない音が聞こえている。
そこでアディンははっとした。
「おい、アル。力を抜け。操縦桿が壊れる」
今の今まで目立った事がなかったので完全に気を抜いていたアディンだが、アルの持つ力は同年代の女子のそれではない事を忘れた訳ではない。実際初対面の時に肩を掴まれて指の跡が残るくらい力を入れられたのは忘れていない。
ヘクスイェーガーの操縦には操縦桿の存在は不要とはいえ、それがないと疑似神経接続の難易度が上昇する。
「こ、壊れませんよ!! 多分」
「俺の肩砕きかけたの、忘れてないぞ」
「砕いてないです!」
「イスナイン嬢……」
「ドン引き……」
「二人とも!」
恥ずかしそうにするアルだが、おかげで緊張はほぐれたようだ。
『よし、第十二班。始め』
アディン達の機体一斉に浮上し始める。
最初はゆっくり。そしてだんだんと速く。
『ほう』
そんな声がガドルから漏れる。
何せ、四機ともほぼ同じ速度で上昇し、綺麗にそろって静止するのだ。
誰がどう合わせたのかはわからないが自然とそういう動きをしていた。
「アディン、お前。ちょっと手ぇ抜いたか?」
「まさか。操縦なんて初めてやるんだ。慎重にやったまでだ」
「供給するマナの量を増やし過ぎると上昇速度が出過ぎる」
「このくらいの高さでいいんですか」
『ああ。それでは各機、エーテルリバウンダーを起動させろ』
ガドルの指示に従いまずアルが起動させた。
慎重な動作で、ゆっくりと機体が動きだす。だが少しずつ加速し、やがて安定した速度を出しはじめる。
機体は真っ直ぐ飛ぶだけでなく、大きく旋回して反転。見た目の上では難なく操作しているように見えた。
「やるな。イスナイン嬢」
「負けてられない」
続くトリア、ヴィールも同様にエーテルリバウンダーを動かして、各々が思い描く軌道を描いていく。
文句のつけようなどない綺麗な動き。当然、ガドルが操作に失敗したヘスティオンを救助する際に見せた動きに比べればまだまだ粗削りだ。
だが、それでも初めての操縦にしては上出来だと言える。むしろ本当に初めて操縦するのかと疑いたくなるほどだ。
『全く、とんでもないな十二班は』
「そうですか」
操縦桿を握る手に力を入れるアディン。
ヘクスイェーガーの操縦には操縦桿など本来は必要とせず、マナを介した疑似的な神経接続によって思考をダイレクトに伝える事で稼動する。操縦桿はいわば雰囲気作りだ。
故に、考えた事はダイレクトに機体に反映される。
アディンが思い浮かべたはのあの日の母の姿。突如現れた魔女に立ち向かい、エーテルリバウンダーをフルドライブさせて一気に飛び出すあの姿だ。
「いっ!?」
アディンの機体のエーテルリバウンダーが最大出力で起動する。瞬間、まるで弾丸のような速度で機体が飛び出した。
あまりのことでガドルは勿論、既に試験を終えた生徒たちも唖然としている。
そしてそれを操縦するアディンも思った以上の加速に驚いている。が、それを何とか操作してみせている。
(加速性はいい。けれどその分動きづらくなる……!)
十年ほど前の事を思い出し、母の真似をする。
旋回する為に左腕を振って反作用を利用。くるりと反転して見せ、来た道をそのまま戻る。
「おい、アディン。大丈夫かそんなスピード出して」
「正直すっげー焦った」
『アディン・アハット。大丈夫か?』
「あ、はい。なんとか」
母親の動きを思い出せたからなんとかなった。過去にたった一度見ただけの動きではあるし、実際に上手くいくとは思えなかったがなんとかなった。
だが、おかげで左腕の関節が大分危ない音を出している。ヘスティオンが出せる最高速度に近いスピードの状態で腕を振って無理やり方向転換したのだから仕方ないと言えば仕方ない。
むしろ制動をかけずに反転したせいで全身のいたる場所が痛い。
(あ、そうか。そりゃ痛いよな)
そう。痛いのだ。今のアディンはヘスティオンと疑似的に神経接続をしている。そのため無茶な動きはそのまま自身への痛みとなって返ってくる。
全身が軋むように痛い。ということは、機体のフレームそのものが傷んでいるということ。
「あー。どうしよこれ」
「アディン。どうしたの」
「機体フレームがいかれた。特に左腕」
『はあっ!?』
流石にガドルもこれには声を上げる。
ちょっと動かしただけで機体のフレームに異常を出すような動きをさせたアディンもアディンであるが、ガドルの頭にはもう一つの可能性が過っていた。
――ひょっとして、ヘスティオンの性能がアディン・アハットという少年の能力についていけていないのではないか?
だとしたら、とんでもない逸材だ。それこそ学生などという身分にしておくのは惜しいほどの。
だが一方で量産機であるヘスティオンの性能では彼の能力を活かしきれないとなると、アディンを乗せる機体が現状存在しない。
ヘスティオンの後継機であるラキシスですら、カタログスペックではヘスティオンをやや上回る程度。恐らくその程度では性能不足だ。
そこでふと冷静になる。
アディンが突出しすぎていて目立たないが、トリアやヴィールも十分に優れた制御技術を持っていた。確かに粗削りであるがこの先の成長を考えると、やはり学生にしておくには惜しい人材だ。
そしてアル。彼等三人と比較するとやはり劣る。だが、それでも安定した操縦をしている。
初めて操縦するヘクスイェーガーを浮かせるだけでなく飛行させるだけでも大したものだというのに、アディン達ほどではないにしろサギールのようにしっかりと操縦できる生徒が多い。
飛行させることに失敗した生徒は例年通り多いが、それでも有望株は例年以上。
『当たり年、ってやつかもな』
などとオープンチャンネルであるのを忘れてガドルは呟いた。
「アディン。機体がいかれたって言ってたけど、このまま飛行訓練いけるか?」
「エーテルリバウンダーには異常がない。マナ供給も安定している。まあよっぽど無理な事をしない限りは大丈夫だと思う。それに……」
ちょっと動かしたらフレームが壊れました、などと報告した日にはエリマの咆哮を聞く事になりそうだ。
あとはアディン自身がエーテルリバウンダーの出力調整を間違えなければ問題はないだろう。
『とにかく第十二班は全員合格だ。これより合格判定を出した者達は自分と共に飛行訓練だ。ルートは学園からビルケ島までの往復。行きは自分より前に行かない事。帰りは各自自由な速度で帰還していいが、無茶はするな。あと格納庫に戻せよ。それでは出発――の前に十五分の休憩をはさむ。しっかり休んでおけよ』
『あの、不合格の人は?』
『代理の教官と鍛冶科を呼ぶ。まずは低空で使いこなせるように練習をしておけ』
それはつまり、好きなだけぶつけろと言っているようなものだった。
鍛冶科の生徒が悲鳴をあげる姿が目に浮かぶ。
「十五分の休憩だってさ。どうするよ」
「私はこのまま操縦席で待機する」
トリアはそう言いながら機体を着地させ、エーテルコンバーターを停止させた。
それに続いてアルとヴィールも着地。待機状態に変形させてエーテルコンバーターを停止させる。
魔法の操作を間違えた時同様に、供給されたマナが消耗されずに一定量が活性化状態で存在する時。マナバーストは派生する。
ヘクスイェーガーに関しても同様であり、機体にマナが供給され続けた状態で消費されないと大爆発を起こす。
故にエーテルを吸ってマナに変換するエーテルコンバーターは、機体を動かさない時には停止させておかなくてはならない。
非効率的かもしれないが、マナの特性上これは仕方のないことだ。ただし活性化さえしていなければマナは保存可能である。
「アディン? どうした」
「いや。ちょっとな」
生身の状態で使用できる魔法は当然ヘクスイェーガーに対しても使用できる。
しかも機体そのものが魔法の効力を増幅させるだけでなく、使えるマナもエーテルコンバーターが生み出す膨大なマナを使える為にほぼ無尽蔵。
それを使えば、補助魔法や強化魔法すらも強化される。
アディンは≪ホークアイ≫を使い、自分の生まれた島の方を見る。
なんとなく懐かしくなったから、何となくやってみたくなっただけなのだが、ある意味では実験でもある。
生身の状態で≪ホークアイ≫を使ったところで王都から自分の育った島なんてものは見ることができないが、魔法の効果が増幅されるヘクスイェーガーでならば見えるのでは、と思ったのだ。
効果のほどはすぐに出た。
結論から言えば、アディンが生まれ育った島はぼんやりとしか見えなかった。
(まあ、そんなものか)
最初から期待はしてなかったといえば嘘だ。少しは見えるんじゃないかと期待していた。
今自分がいる場所が、幼い頃憧れた空の向こうなのだ。せめてあの丘だけでも、と思ったがそれも叶わなかった。
「降りないの?」
「ああ、今行くよ。トリア」
機体を降下させ、他の三機の横に並べて待機状態に変形させ、ハッチを開く。
操縦席から這い出し、胸部装甲の上に座って空を見る。
幼い頃から何度も見ていたもの。なのに今日はいつもと違って見えた。
「空に近づいたからか」
ぼそりと誰に聞かせる訳でもなくそう呟き、空に向かって手を伸ばす。
「おい、アディン・アハット! どっちが先にビルケ島に到着できるか勝負だ!」
「……」
少し物思いに耽ろうとしていたタイミングで、耳触りなサギールの声が聞こえてきた。
しかも自分を名指しして喧嘩を売ってきている。
――その喧嘩。買った。
珍しくアディンがやる気になった。だが喧嘩をするにしても相手の提示した条件ではやらない。
「≪サンダーシュート≫」
「どわっはぁあっ!?」
警告もなにもなしにサギールの足元めがけて雷を放つ。
「なっ、てめっ! 何しやがる!!」
「いい加減うるさい。黙ってろ三下」
怒気を含んだ声と射殺さんばかりの視線でサギールを威嚇する。
「ひっ」
小心者なのは二年前と変わらず。ちょっと睨むだけでサギールは顔を青くして逃げて行った。
「おうおう、本当災難だねえ」
「からかうなよ、ヴィール。こっちは迷惑してるんだ」
にしし、と笑うヴィールに毒気を抜かれ、大きなため息をつく。
いつになればサギールから解放されるのだろうかと割と本気で考えているが、卒業までになんとかなる気配がなさそうなのでもう諦めている。
だが一方で何度アディンに追い払われようとも繰り返し挑んでくるその図太さというか執念深さというか、殺意まで向けられてなお挑んでくる根性は評価に値する。
あとは挑む相手を選ぶことと、落ち着きを覚える事さえできれば言うことはないのだが、そこは彼自身が変わらなければどうしようもない。
「んで、どうよ。あいつ」
「誰のことだ」
「サギール」
「あー。操縦の事でいうならいい感じなんじゃないか。俺に対する対抗心が結果的にアイツの成長に繋がってる……とでも言えばいいか?」
「にしし。まあ、そうだな。あいつはあいつなりに頑張ってんだよ」
「やけに奴の肩を持つな」
そう言うとヴィールは誤魔化すように笑う。
「俺ぁ、どんな形であれ諦めない奴が好きなのサ。まあ、アイツはちょっとばかし矯正が必要だとは思うがね、そこはおっさんの努力次第ってことで」
ヴィールが自分の機体の足元までやってきていたガドルのほうを向いて手を振る。
ガドルはため息をつきながら手を上げてそれに応えた。
「んじゃ、飛行訓練頑張ろうぜ」
「ああ」
そう応えて、操縦席に座り直す。
この後。この機体で近くの無人島まで飛ぶ。憧れた空を自由に。
そう思うと、ワクワクしてくる。アディンはそんな子供っぽい衝動に思わずにやりと笑うのだった。