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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第三章 卒業編
67/315

卒業、対話、そして……

 水の大陸パステーク。大陸の大半を塩湖で覆われた、惑星エアリアでも珍しい大陸である。

 開拓団を前身とする多国籍連合組織がこの巨大塩湖大陸の管理を行っており、この大陸は一種の中立地帯である。

 何より。この塩湖は空では希少な海生生物の生息地でありその産地である。ここで事を荒立てれば、その国の食糧事情は一変するといってもいい。

 港に到着したバトルコスモスはその巨大さゆえに港の大部分を占領してしまっているが、事前に通達していた為かすんなり迎え入れられた。

 飛燕小隊の面々も迎えに来たオウカの駐屯部隊と合流し、バトルコスモスの初任務はここに完了した。

 それから一週間。

 補給を行い、かつ艦全体のチェックと破損した機体の修理や、武器の製造など、様々な要因もあってバトルコスモスは未だに港に停泊していた。

 もっとも、出航できない理由は別にあるのだが。

「……頭が痛いな」

 港側から突きつけられた土地使用料の請求書に目を通しながら、ガドルはため息を付く。

 巨大過ぎる船体というのも考えもので、通常の戦闘艦の二倍以上の大きさは当然ながらそれ相応の面積を占有し、一日あたりでも通常の艦船の二倍近い金額を請求される。それが一週間ともなれば頭痛のしてくる金額にもなってくる。

 おまけに艦載機の修理や、シュデムやエリマの申請した追加資材。不足していた食料や調味料。何よりも重要な飲料水など、購入すべきものはいくらでもある。

 何よりも痛いのが、この艦の改造も並行して行っている為、そのための資材や作業機器類の購入資金。

 羽根が生えて金が飛んでいく、という表現があるがまさにそれだ。

「これも国費で賄えるとはいえ、ちょっと大規模に消費しすぎではないか?」

 ガドルが意見できる地位にいる人間ならば、ここまで滅茶苦茶に金を食うような艦の運用はやめる。

 というかそもそもこんなバカでかい艦を建造しようとした時点で止める。

「仕方ないニャー。開発費が物凄く大きくて、次いでヘクスイェーガーの修理や武器の製造なんかもすっごくお金がかかるのニャー」

「せめて港から離れられれば、な」

 が、それもできない。

 ただ単に動かすだけならば今いる人数だけでもできるが、戦闘するとなると人数が圧倒的に足りない。

 砲座も数が足りないし、ヘクスイェーガーに至っては全機使用不能状態。こんな状態で、バカでかい図体のバトルコスモスが単独行動していれば再び襲撃を受けるのは避けられないだろうし、受けたら対処ができない。

「あいつ等が戻ってくるまで全く動けないでしょ。その間にシュデムの奴はいろいろと張り切って作業してましたけどね」

「大丈夫なんだろうな。それは」

「なんか、制限の中で最大限に魔改造する、って言ってましたよ」

「大丈夫なんだろうな!」

 モノクル眼帯の青年の不敵な笑みが容易に想像できた。

「それはそうと、あいつ等式に間に合ったんだろうな」

「間に合ってると思うニャ。まああれだけの人数をピストン輸送してたらその心配も解るニャ。ところでアルツくん。君等はいいのかニャ?」

「ああ。オレ達高等部組はいいんですよ。卒業したって希望した職に付ける訳でもないし、今みたいに自由な訳でもないですからね。今頃、エリマの持っていった全員分の退学届が受理されてますよ」

 高等部の大多数の生徒が一斉に自主退学。それはそれで学園の名に傷がつきそうなものであるが。

「お前等な……自由とはいうが、それは自分が見逃しているからであって、他の部隊ではここまで好き勝手にできないぞ」

「解ってますって。だからオレ達は、ここに居る事を選んだんですから」



 クエルチア騎士学園の卒業式は滞りなく行われ、今年度の卒業生全員参加で例年通り盛大に行われた。

 授業への出席日数が問題視されかねない第十二班の面々も無事に卒業できた。

 これに関しては彼等があらゆる授業を独学で教師以上の知識を得ており、今更勉学の必要がなかったという事と、国王レヴァンダによる勅令で学生ながらにして特殊な任務に就いているという理由もあった

 尤も、超のつく問題児として認識されていたアディンに限ってはそういう理由がなくとも学園側は何が何でも卒業させるつもりだっただろうが。

「ついに終わったな」

「高等部への進学……は無理そうですね」

 彼等四人には既に仕事がある。当初の約束では高等部卒業まで、という話であったがその予定は三年も繰り上がってしまった。

 これからはバトルコスモスに乗り、国から与えられる指示に従って任務を行う事になる。

「まあ。仕方ないだろ。アルトエミスは俺たち以外じゃまともに扱えないんだから」

「その件だけど、陛下が一部技術を流用してアルトエミスの簡易版のような機体を工廠が開発したって言ってた。ヘスティオンに次ぐ主力量産機の先行量産でいくらか作るって」

「マジか。でも流石にあのスピードは出ないだろ」

 リミッターがかけられた状態ですら歯を食いしばって耐えなければならないほどの速度が出る機体だ。それを誰もが使える量産機にそのまま搭載するとは考えにくい。

 彼等は実物(アトロフォス)を見た訳ではないが、その性能がアルトエミスに比べると控えめなのは想像できる。

「そういえばアディンさんは?」

「サギールと話してくる、って言ってた」

「えっ、それ大丈夫ですか? 絶対揉めると思うんですけど」

「大丈夫さ。多分、な」




 サギール・カタンは自力で四肢を動かすことができない身体になってしまった。

 運が悪かった、と言って切り捨てるには残酷な仕打ちだろう。

 同級生に車椅子を押され、式に参加する姿は痛々しくも見えた。

「……何の用だ」

「別に」

 自分をこんな身体にした張本人であるアディンと二人きりになれば、当然その場の空気は張りつめたものになる。

 少しでも刺激を与えれば砕ける薄氷かのような空気。そしてその薄氷が砕けた時は、何が起こるか分からない。

「情けない姿だと思うだろ、アディン・アハット」

(いや)

「動くのは首から上だけ。卒業は出来たが、こんな身体じゃあ何もできない」

「サギール。それは違う」

「何が違う。俺はもう、立てないんだぞ。歩けない。指一本すら動かせない。他人の手を借りなければ何もできない人間が、何かを出来る訳ないだろう」

「……サギール。卑屈になるな」

「どの口が言う」

 その通りだろう。そして無責任この上ない。

 サギールをこんな身体にしたのはアディン自身。それが解っていない訳がない。

「強化外骨格を作ったんだよ」

「? 何の話だ」

「戦闘用の強化外骨格だ。それは一応完成したよ。エリマ先輩が王都工廠に持って行ってる。それともう一つ、脳からの信号を直接読みとって身体の動きを補助するタイプのものも造ってるんだ」

「だから何の話だ」

「お前の身体も、それを使えば動くんだよ。脚も、腕も! 今はまだ、使用できるような段階じゃあないけど、いつかは必ず造り上げて見せる」

「アディン、お前まさか……!」

 この時、サギールはアディンも苦しんでいたのだと初めて理解できた。

 見舞いに来たヴィールから聞かされてはいたが、それでもこうして生の感情を垣間見ることで初めて実感することができた。

 それが罪滅ぼし。あるいは責任からの逃避であるとしても。アディン自身のエゴであり、自己満足であるとしても。アディンはサギールの事を悔んでいた。

 そして、それ故に可能性を生み出した。

「サギール。お前はお前が思っている以上に強い。だから、可能性がある限り諦めないでくれ」

「……弱さに付け込まれて、暴れた揚句にこの様だ。無様だと、他ならぬお前が笑ってくれたら、それはそれで楽だったのにな」

 その時のサギールが何を思っていたのかは、アディンには解らない。

 だが、一つだけ解った事がある。

「今のお前は期待させたんだ。その期待を裏切るなよ。俺は、それまで苦しみながら待ってるよ」

 そう、サギールは笑って見せた。

 これが出会ってから初めてサギールがアディンへ見せた笑顔だった。




 気持ちの整理は出来ていない。

 過ぎ去っていく、かつて憎悪した相手の背中を見ても、何の感情も湧いてこない。

 憎悪はない。憤怒も、怨讐もない。

 一度暴れてすっきりしたからだろうか、などと自嘲気味に笑う。

 不自由な身体になってからいろいろと考えた。こんな身体にしたアディンに対して強い憎悪を向けた事もあった。

 だが、違うのだ。

 この結果は自身の不始末で、事故の結果こうなった。ただそれだけの事。

 うっすらと覚えている。身を焦がすような殺意で、視界を焼きつくすほどの憎悪の炎でアストライアに襲いかかった事を。

 そして戦って倒された事も。

 もし自分が逆の立場だったらどうだろう。本気で殺そうとしてくるような相手に手加減など出来るだろうか。

 無理だ。自分なら、確実に攻撃の通る胴体――もっと言えば操縦席を直接攻撃して手早く済まそうとしたはずだ。

「何が、お前が思っている以上に強い、だ。お前のほうがもっと強いじゃないか」

 迎えが来るまでの少しの間、サギールは過ぎ去る友人の背を見つめ、いつか必ず彼の生み出すであろう可能性をモノにすると誓った。




 この日。アディン・アハット達はクエルチア騎士学園中等部を卒業。同時に特殊部隊に編入され、正規の騎士となった。

 同様に、同学園高等部の鍛冶科、機械工学科、魔法科に所属する多くの生徒が自主退学し、アディン達同様特殊部隊へと配属される。

 これが、後に世界そのものを大きく揺れ動かす戦いの序章となる。



 赤い魔女は、徐々に動きが鈍くなっていく青い魔女の身体を抱いたまま、目の前に迫る滅びの時を待っていた。

 どうする事もできず、嘆くしかなく、また自身の身体も滅びはじめている。

 このまま終わるのか。このまま滅びるのか。

 否。否否否否!

 このまま滅びてなるものか。

 このまま消えてなるものか。

 同胞を滅ぼしたモノを許してなるものか。

 憎い、憎い、憎い。

 あれを壊す。滅ぼす。そのためならばなんだってする。

 今、何もせず滅びを待つのならば、何もせず消えるのならば。

 こいつを摂り込んしまおう(・・・・・・・・)

 自身の砕けた身体へ、青い魔女の身体を押しつけてその身体を蝕んでいく。

 それは、赤い魔女にとっても予想外の結果をもたらす事になる。

 混ざり合っていく二つの意思。それはある一つの共通の目的のために、完全に混ざり合い、新たな意思として生まれ変わる。

 赤と青の魔女。対となる魔女は今一つとなり、産声を上げる。

『――――――――――!!』

 空を震わす産声は、憎悪と凶器に満たされた、黒い絶叫でもあった。

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