実機訓練2
実機演習当日。ガドルは騎士科の生徒たちを格納庫に集めていた。
彼曰く、ヘクスイェーガーについていくら座学で学ぼうとも、実際に機体をみないとわからないものがある。だからこそ一度は実機を見ておくべきだとわざわざ連れてきたのだが、ここで問題を起こすのが三人いた。
無論、アディン、トリア、ヴィールの三人だ。
「これ右腕の関節ガタ来てるぞ。ちゃんと整備したのか」
「こっちは首の稼働域に問題がある。パーツの交換が必要」
「おーい。こいつの装甲、罅入ってるぞ。交換しとけよー」
と、整備していた鍛冶科の生徒に対して言うものだから、鍛冶科の生徒たちがざわつきだす。
「誰かあの三人をつまみだせぇぇぇ!!」
そんな様子を見ていた高等部鍛冶科二年の生徒、エリマ・ヴェイフの怒鳴り声が格納庫全体に響く。
無理もないだろう。自分たちの庭同然の格納庫で、自分たちの仕事の粗探しをされているのだから、気分のいいものではない。
あの三人、というのは言うまでもなく騎士科中等部の第十二班の問題児トリオである。
まとめ役であるアルは申し訳なさそうに頭を下げるばかりだ。
「なんなんだあの三人は!! 本当に中等部の騎士科か!?」
一緒にこの場を訪れていたガドルに噛みつく。
文字通り噛みつかれそうな勢いに気圧されるガドルだが、エリマを宥める。
「それは自分が聞きたいくらいだ。あの問題児トリオは多才過ぎる」
「多才だぁ? どこに見ただけで関節の具合が解る学生がいる。どこに見ただけで首の稼働域がおかしいと見抜ける学生がいる。どこに装甲の内側にある罅を指摘できる学生がいる。それを多才の一言で片付けんじゃねえ!!」
手にしたハンンマーを今にも放り投げそうなほど興奮しているエリマをほかの鍛冶科の生徒たちが取り押さえる。
流石に騎士であるガドルに怪我でも負わせたら退学で済めばいいほうで、最悪裁判なしの極刑なんて事もあり得る。
だが一方で、ガドルは誰かに当たりたくなる気持ちも解るのでエリマの行動をとがめる気はないのだが。流石に危害を加えられたら話は変わるが。
「姐さん、なんなんすかこいつら!」
「整備の粗探しばっかしてくるんですけど!!」
「五月蠅せぇ!! アンタ達の整備が甘いから荒探しされてんだろうが!!」
尤もである。鍛冶科でもない人間に指摘されるのは癪に障るが、そうさせるのは自分たち鍛冶科の人間の整備が甘かったせいでもある。それをしっかりと受け止めているからこそ、余計にエリマは苛立っていた。
文字で表すならば、がるるる、といった感じに周囲を威嚇しているがその効果があるのは普段から彼女がキレた時の恐ろしさを知っている鍛冶科の生徒や例外を除いた騎士科の生徒だけで、その例外――肝心の問題児トリオには一切通じていない。
「あーうん。なんか、すまんな」
「うっさいオッサン! キシだかガケだかどうでもいいが、あたし等の庭で好き勝手すんじゃねえ!」
「うーむ。まあそうだな。とりあずここがヘクスイェーガーの格納庫。そして鍛冶科が機体の修理や整備を行う場所だ。基本、実機演習の際はここから機体を直接起動させて出発する事になる。覚えておいてくれ」
「無視すんなゴルァ!!」
ガドルが引きつれてきた騎士科の生徒たちにそういうが、生徒たちはエリマの剣幕に委縮してしまっていた。
「そして、今こっちを睨んでるのが鍛冶科高等部二年のエリマ・ヴェイフだ。ここの主任といってもいいな。諸君はあの三人のような粗相をしないように」
「すいません、うちのメンバーがすいません」
アルは胃の痛みを感じたが、気のせいであると思いこむことにした。
「さて、と。満足した」
アディン達に粗探しされ、整備の不備が発覚したヘスティオン三機に慌てて駆けよっていく鍛冶科の生徒をよそに、粗を発見した三人が戻ってくる。
何事もなかったかのように戻ってきた三人に気付いた猛獣――もといエリマが向き返り牙をむく。
「お前等! なんでんな細かいところまで指摘できた。中等部の……いや、騎士科の生徒が見つけられるもんじゃねえぞ。そんなのは」
「俺は高等部の騎士科が行う模擬戦を何度も見ていた。だからヘスティオンの可動範囲やその動きは把握している。さっき稼動テストしていたあの機体の右腕は正常動作に比べてやや反応が遅かった。だからそう判断したまでだ」
と語るアディン。続いてトリアが自分が整備不備を指摘した機体を指差して語る。
「さっき首を動かした時他の機体より1度ほど可動範囲が小さかった。よって何らかのパーツに不備があると判断した」
「んで、俺は稼動時に出る装甲の擦れる音に異音があったから罅割れてるんだろうなと思っただけですよ。エリマ先輩」
と、ヴィールが締め括る。
「…………」
エリマが沈黙し、ガドルのほうを見つめる。
こいつら何を言ってるんだ。そう言いたげな目をしていた。
ガドルは目をそらした。
続いてアルのほうを見る。アルは笑って誤魔化した。
「うわ、マジだ。この右腕の関節傷んでる。これ整備した奴だれだよ」
「こっちもだ。確かに首の稼動部パーツが欠けてる。交換が必要だ」
「マジかよ。装甲の裏側に罅入ってやがる……」
そして次々とあがる指摘通りの異常発見の知らせ。
エリナから怒気が消えると同時に、彼女はふっと力が抜けてその場にへたり込んだ。
「ちょ、姐さん。大丈夫っすか?」
差し出された手を払いのけてゆっくりと立ち上がったエリナはものすごくいい笑顔をしていた。
さっきまでの殺気に満ちた雰囲気とは正反対で、いや制反対すぎて逆に怖い。
「あー。悪い。あたし、頭痛くなってきたから仮眠してくる。あとは好きにしてくれ」
「ちょ、姐さん!」
「まだ三十二機も残ってんすよ!! 姐さんがいないと明日までに間に合わないですって」
「うるせぇ。マジで頭痛してんだよ」
そう言い残し、ふらふらとした足取りでエリマは格納庫の奥にある防音扉の向こうへ消えていった。
どうやらアディン達の発現が彼女のキャパシティを越えてしまったようだ。
そりゃそうだ。機体の動きを正確に記憶しているような人間がどこにいるのか。また稼動時に擦れた装甲の音で破損を見極めるなどと言われては流石に自分の耳を疑いたくなる。
しかも間違ったことどころか、本当に整備不良個所を発見していたのだからなおのこと性質が悪い。
主任にあたる人物を欠いた現場は半ばパニックになりながらも作業を着々と進めている。
「あーそうだ。おっさん。なんでここに来たんだっけ?」
「ヴィール……お前今は講義中だ。せめて教官とでも……いや、いい。お前に期待するだけ無駄だ。では気を改めて、説明しよう。さっきも言ったがここはヘクスイェーガーの格納庫だ。実機演習を行うに従い、諸君らの機体も搬入されている。左肩に赤色で班の番号が書いてあるヘスティオンがお前たちの機体だ」
ガドルが格納庫の奥の方を指差すと、生徒達が一気にそちらへ視線を向ける。
そこには何かごちゃごちゃした機械がいくつも並んでいた。
正方形に近い形になっているそれを見た騎士科の生徒たちはただ茫然としていた。
当然だろう。先ほどこっちにあると言われたのはヘクスイェーガーだと言われたのだ。なのに、あるのはこのような謎の機械の塊。
「何これ」
誰かがそう言った。この場にいる中等部騎士科生徒の総意でもあった。
確かにそれを見ただけではそのような感想を抱いても仕方ない。
「あー。そうか。お前たちは格納状態のヘクスイェーガーを見た事がないのか。あれがヘクスイェーガー、ヘスティオンだ」
流石に生徒たちがざわつく。
鍛冶科の生徒は、というとニヤニヤとした顔をして騎士科の生徒達を見つめながら作業を続けていた。
どうやら毎年このような反応になるらしく、高等部の生徒にもなると何かを納得するかのいうに頷いている。
しかし、よくよく見ていれば指のようなパーツが見える他、頭部も俯くようになっているがしっかりと形がわかり、見れば見るほどそれが人型兵器であるヘクスイェーガー以外の何物でもないのだと判る。
どのような状態かと一言でいうならば体育座り。なんともシュールな姿である。
「これがどうやったらあれになるんだ……」
「実際に見せた方がいいか。整備完了したヘスティオンを一機借りていいか」
「どうぞ」
鍛冶科の生徒が整備の終わったヘスティオンのほうへガドルを案内する。
ガドルが案内された先にあるヘスティオンも生徒たちの機体と同様に体育座りになっているが、迷うことなくその機体の胸の上にあたる部分にあるハッチを開き、そこに滑り込む。
それからしばらくして、マナの輝きと共にヘスティオンの機体が動きだした。
脚部のほうから順番に折りたたまれていた身体が起き上がり、やがてしっかりと直立した人型になる。
「うん……?」
「どうした、アディン」
「いや。よくよく見れば脚が変だな、と」
アディンが指摘したのはヘスティオンの脚部。
だがそれにヴィールは首をかしげる。
「何言ってんだ。ヘスティオンの脚部はもともとああいう形だろう」
「そうなんだが、そのアストライアとは大分違うな、と」
アディンの記憶が確かならば、アストライアの脚部はしっかりとした人間の模倣といったいかにも脚といった形だった。
一方ヘスティオンの脚部は、大まかには人体の模倣といった感じであるが、接地面が極めて少ない。事実脚だけでは直立できないのか、脚の横からランディングギアが飛び出し、それによって自重を支えている。
「そりゃあ、お前。ヘスティオンは空戦が主な役割だからな。跳んだり跳ねたりは想定してないからだろ」
「というかアディン。アストライアを見た事が?」
「あ、いや。まあな」
見たなんてものじゃない。母が操縦するのを間近で見ていた。
そんな事を言ったところで信じてもらえないだろうが、一応母ウーノからは口外しないようにと釘を刺されている。
何よりあの一件は、理由はどうあれ民間人によるヘクスイェーガーの奪取という形に見える。それの当事者などと宣言したら、面倒な事になるのは間違いない。
ただでさえ普段から監視の目を感じているのだから、アディンとしてはこれ以上の面倒事を抱え込みたくない。
「アストライアか。噂程度にしか知らないけど、あれのスペック。ヘスティオンより上なんだろ」
「たしか新技術のテスト用の機体だったはず。ロールアウトされた全九機と十二機分の予備パーツが製造されてる」
「詳しいな、トリア嬢」
「アストライアはこの国の戦乱を終わらせた英雄的な機体だから。興味があるのは当然」
「そうだったのか」
「ちょ、アディンさん。歴史の授業でもやりましたよ?」
「記憶にない」
腕を組んで真顔でそう言い切るアディンにアルどころかヴィールまでもが苦笑いする。
「そいやこいつ、目を開けたまま寝れる上に返答もするっていう化け物じみた特技もってたな」
「え、何それ怖い」
普段はポーカーフェイスで感情を表に出してこないトリアが明らかに引いた。
「母さんの説教を逃げ切る為に編み出した特技だからな」
「寝れるくらい長い説教ってどれだけだよ……」
正直、思いだしたくもないくらい長かった記憶しかない。それをアディンは遠い目をすることでヴィール達に伝えた。
――この件は詮索しないでくれ。
そう、無言で語りかけた。
『さて、と。すまない。外部スピーカーへの接続は滅多にやらないもので手間取った』
ガドルの声が先ほど変形して立ち上がったヘスティオンのほうから聞こえてくる。
それだけで生徒たちからは歓声が上がる。
『ヘスティオンは見ての通り接地はできるが歩けない。移動するには機体を浮かばせて移動させなければならない。つまり、どういう事かわかるか』
「ああ、エーテルリバウンダー」
ヘクスイェーガーの推進力はエーテルリバウンダーという装置を使用する。
これはマナをエーテルと反発する物質――いわばアンチエーテルとも言える物質を生成。それを噴射する事で空気中のエーテルと反発。機体を弾かせて前進させるというものだ。
ただしこの力は決して大きいものではない。少なくとも重力の影響を受けている状態では物一つ動かすことはできない。
だが、ヘクスイェーガーは基礎フレームや装甲がエアリウムでできている。それにマナを反応させる事で機体を浮かせる。重力の枷を振りはらう事が出来る。
つまるところ、エーテルリバウンダーというものはヘクスイェーガー専用に生み出された推進装置である。
だがこのエーテルリバウンダーというものが曲者で、出力の調整が難しい。
素人がやると十中八九明後日の方向へと全速力で飛び出してしまう。
この欠点故に輸送機をはじめとする飛行艦艇は浮力を得るのにエアリウムを使用したとしても、エアリウムに供給するマナ確保のためにエーテルコンバーターを使用していたとしても、エーテルリバウンダーは搭載せず代用の推進力を使用しているくらいだ。
さて。少し前にガドルが言っていた実機演習を行う前の試験というのは、つまりエーテルリバウンダーの操作を上手く扱えるかどうかのぶっつけ本番ということ。
エーテルリバウンダーがヘクスイェーガー以外に装備されていない装置である以上、実機を使用してのぶっつけ本番以外練習方法がないので、無茶苦茶でもやるしかないのだ。
「上手くできるでしょうか」
そうアルが不安そうに呟く。その不安も無理はない。
実際この場にいる誰もが経験したことのない事をやれと言われているのだ。緊張もする。不安になって当然だ。
「今は出来なくても問題ないと思うぞ。イスナイン嬢」
「ヴィールの言う通り。練習もなしに出来るほうが珍しい」
(そういう二人は苦もなく使いこなしてしまいそうなんですが)
あともう一人。アディンも苦戦しなさそうだと、アルは思いながらアディンのほうを見ると何やら難しい顔をしていた。
「どうしたんですか」
「いや、ちょっとな」
腕を組んでなにやら考え込んでいるアディンが珍しく、トリアとヴィールもそれに気付くなり顔を見合わせて首を傾げた。
その時のアディンは、いろいろな事を考えていた。
アストライアとの違い。頭ではわかっていても実際に見るとやはり気になる。
基本構造は同じでも、設計思想が違えばそれは機体そのものの外見にも現れるというのはわかる。
だがまさか完全に歩行機能を失っているとは思っていなかった。
(市街地での戦闘になったらどうするつもりなんだろうか)
ヘスティオンの構造では当然歩行は出来ず、エーテルリバウンダーを使った推進方法では市街地のように障害物の多い場所での移動そのものが困難。
となれば、市街地に魔女や使い魔の侵入を許してしまうとある一定の高度以下には降下して戦う事が出来ないと言う事だ。それは大きなディスアドバンテージだ。
(ヘスティオンでの空対地戦闘戦術を確立させる? いや、それでは駄目だ。時間がかかり過ぎる)
何より訓練をするにしても、地上を移動する的などを用意する手間もあるし、より実戦に近づけるなら的も攻撃を仕掛けてくるようなものでなければならない。いわばアグレッサー部隊のようなものが必要になる。
だがそのアグレッサー部隊を育成する時間というものが必要になるし、何より魔女との戦闘は空戦が基本となる以上陸戦の必要性というものを軍が理解してくれるとは思わえない。
ならばもっと現実的な事を考えるしかない。
(ああ、そうか。作ればいいんだ)
難しい顔がやがて不敵な笑みに変わって行くのを見て、アルは嫌な予感がしていた。
(まずは実機のデータが必要だ。そこらへんはここにあるヘスティオンをバラしてでも……)
何やら物騒な事を考え出している。が、現時点でそれを知る者は当然おらず、誰も彼の思考の暴走を止める事はできなかった。
一方その頃。防音扉の向こうにある仮眠室のベッドでエリマはうなされていた。
「動きが小さいだけで見切るとかあり得ない。稼動範囲が数度違うだけで異常があるとかわかるわけがないぃ。稼動時の装甲同士の干渉する音で破損が判るとかなんなのさ……」
ぶつぶつと同じ事を何度も繰り返し、毛布の中で丸まって頭を抱えている。
「姐さん、どうしたんすか?」
「あり得ない、あり得ない。あり得ないッ!!」
先にこの仮眠室に居て、格納庫で起きたとんでもな事件を知らず、エリマがどうしてこうなったかという事情を知らない鍛冶科の男子生徒の目には、自分が姐さんと慕う女子生徒が突然情緒不安定になり錯乱したとしか見えないのであった。
とりあえず錯乱したエリマを見た男子生徒は、彼女のために精神安定剤と胃薬を持ってくる。
なんでそんなものが、と鍛冶科の事情を知らない人間は思うかもしれない。
だが格納庫で活動する鍛冶科や機械工学科の生徒はその作業量のストレスから奇行に走る人間が多い。特に、中等部騎士科三年の実機演習が始まるとその傾向は強くなる。
毎年毎年エーテルリバウンダーを初めて起動させた騎士科生徒が機体をスクラップ寸前までぶっ壊すのだから、それを修復する彼等の作業量を考えれば致し方ない事だろう。
「姐さん。とりあえず寝てください」
「うぅぅ……」
エリマは唸りだしてさらに丸くなる。
これはしばらく駄目かもしれない。そう思った男子生徒はそっとしておくことにして休憩室を後にした。