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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第三章 卒業編
59/315

二つの影、動く

 彼等は、彼等自身が所属する組織の掲げる理念や理想を知らない。

 経験のない憎しみが、具体性のない怒りだけが、若い世代である彼等を突き動かしている。

 幼い頃からそう教えられ、自分たちを日陰へと追いやった者達への復讐者として彼等は育った。

 我々は屈辱を受けた。ならその屈辱の報いを。膨れ上がった憎悪の清算を。

 それだけを教えられ、まるで自分が体験したことであったかのように、それらを怨んだ。憎んだ。

 ――それを彼等に教えた人間すら、当事者でないにも関わらず。

「隊長」

「どうした」

「大規模なマナバーストを確認しました。規模は……」

「……なるほどな。これは魔導砲だ」

 戦闘艦のブリッジで、この隊の隊長であるギル・ブランキア。

 彼はエーテルセンサーが感知したエーテルの異常を数値化したものを一目見ただけで、そう断言した。

「判るものですか?」

「経験を重ねれば解るものさ。この規模、起こそうったってヘクスイェーガー一機や二機のマナバーストじゃ起きやしない」

「なら、出ますか?」

「ああ。アターカ各機、三機編隊で出撃。俺もヴァンクールで出る」

 にやり、と笑う。

「これだけの火力だ。既存の艦のはずがない。これは、食い破り甲斐のある獲物になりそうだ」




 出撃が決まり、格納庫では慌しく操縦者達が自身の乗機の最終チェックをしていた。

 つい最近の出撃で頭部を吹き飛ばされたり、腕を融解させられた機体などもあるが、それらも突貫ではあるが予備パーツと交換する事で対応している最中だ。

「交換したばかりのパーツじゃやっぱり調子が違うな」

「個人用の調整ができてませんからね。修理もすぐ動ける機体を優先させてましたし」

「台所事情が厳しいな、流石に」

「もう何ヶ月も戻ってませんからね。もっと潤沢な補給物資を得られればいいんですが」

 実際、修理や整備に使える部品の数は不足している。

 それだけならまだいいかもしれないが、食料や飲料水なども不足し始めている。

 このまま戦い続けるのは不可能だろう。

 故に誰もが感じていた。この出撃のあと、この隊はこの空域から撤退するのだと。

「各員。ご苦労」

「隊長!」

 ギルが格納庫に顔を出すと、その場い居る全員がギルの方を向いて敬礼する。

「敬礼はいい。整備班は作業をしたまま聞いてくれ。ライダーもだ」

 隊長の指示通り、各自が己の作業に戻って行く。

「いいか。諸君も痛感していると思うが、我が隊は物資不足だ。機体の整備もままならず、食料も限界に近い。だが獲物の尻尾が見えた。でかい獲物だ。ここで噛みつかずして、何がイェーガーライダーか。だが気負う必要はないぞ。これは威力偵察だ。相手のデータを持ちかえればそれでいい。落とせればなおいいが、欲をかいて命を粗末にするなよ。ある程度情報を集める事が出来たら撤退。そのあとは、短いが休みを取らせる。何、心配するな。上官をブン殴ってでも全員分掴み取って見せる」

 瞬間、歓声が上がる。

 数ヶ月もの間、ほぼ無補給で戦い続けた者たちにとってはそれは朗報である。

「それと。出撃にはベイルも使う。装着作業急げよ。出来次第、さっき言った通り三機編成で出撃だ」

「了解!!」

 この時、彼等は知らなかった。

 自らが獲物と定めた物を狙っているのが自分たちだけではないと言う事を。



 仲間が炎に包まれた。それを察知した時、既に事は終わっていた。

 どうにもならない。故に、慟哭した。

 嘆きの声をあげた。

 叫び、周囲に当たり散らし、小島を叩きつぶす。

 人間のような心などない。人間のように深く考える思考力もない。

 だが、確かにその時仲間の滅びを感じ取り、それを憐れみ、悼んだ。

 怒り。憎しみ。悲しみ。

 この叫びをそう表現するのが適切なのであろう。だが、それらはそれを感情だとは認めない。

 もし言葉が通じたとして、それらは感情を認めない。認められない。

 ――これは、我々の持つ本能である。

 己に刻まれた使命に従い、ただ只管に蹂躙する。

 だが、今だけはその使命を破棄する。

 報復を。同胞(はらから)を奪った者達への報復を。

 吼える。吼える。吼える。

 だが、対となる者が窘める。

 それでは駄目だ、と。

 知っているはずだ。

 かつての人間とは違い、今の人間は抵抗する手段を持っている。

 落ち着いて、確実に倒す為には、今抱いている激情は邪魔になるのだ、と自身の半身を窘める。

 冷静に。確実に。

「ばけ、ものどもめ……」

 人間が何かを言っている。

 鎧の巨人の中で、何かを言っている。

 だが聞いてやる必要はない。その言葉を理解する必要はない。

 掴んだまま、手の平の穴から突き出したパイルでその胸を貫いた。

 経験上知っている。

 奴等は胸のあたりを潰せば動きを止める。それだけで動くのを止める。

 なんと脆いのだろう。

 何故これほどまでに脆いのだろう。

 何故――こんな奴等に脅かされているのだろう。

 今までどれだけの同胞(はらから)がこんな脆弱な連中に滅ぼされた。

 何故こんな脆弱な連中に。

 再び燃え上がるような感覚が、身を焦がす。

 そんな激情を、半身が抑える。

「近くを飛んでいる友軍……いや、同盟国でもいい。救援を――」

 だが、人間(羽虫)の声は不快極まり、手に持った金属の塊を声のするほうへと投げつける。

 そこめがけて、半身が閃光を放つ。

 眩い閃光は二つの巨人を穿ち、四肢を散り散りに吹き飛ばす。

 痛快である。

 赤と青の魔女は、声をあげる。

 敵を滅ぼした歓喜と、仲間への追悼の意を込めて。

 感情がないはずの魔女たちが歓喜に震えていた。その矛盾に、魔女たち自身は気付いていない。



 バトルコスモスの格納庫では強化外骨格の稼動テストが行われていた。

 その場で準備体操を繰り返し、普通ではない動きかつ人間の筋肉をまんべんなく動かす動きで各部への負荷を確認する為だ。

 以前の無茶苦茶な動きでも十分なような気もするが、あれは稼動による負荷よりも一時的な出力過剰供給による負荷の確認という意味合いが強かった。

 ただ負荷をかけるためのポージングがまた各機バラバラであり、変な体操教室のような趣を出していた。

「おー、やってるなあ」

「今日はエルアさんは居ないんだな」

 そんな奇妙な光景の見物にきたアディンとヴィールであるが、絵面のインパクトが強烈なのか笑いをこらえていた。

「ていうか何時の間にこんなに」

「さあ? でもおかげで手の空いてる人にも手伝ってもらって、開発速度が少し上がったらしい」

 同型仕様の機体が複数あれば、同時稼動させることで複数の試験を同時にこなせる。当然それは開発期間の短縮にもなる。

 だからと手の空いている人間に任せたら、その当人たちが運動不足。強化外骨格を着てテストをしているのはいいが、体幹が鍛えられておらずふらついてしまい、現在のような奇妙なポーズの乱立を招いたのだが。

「アディンはやらないのか」

「いや、あんなの着てて出撃になったら駄目だろ。まだ一人で脱げる仕様じゃないんだし」

「そりゃそうか。でも予想外だったのが……」

「鍛冶科、機械工学科の人たちに需要があったこと、だな」

 今ここで開発されている強化外骨格は元々強獣との戦闘用に、マナが使えない人間であっても使用できるものとして開発してきた。

 コンセプトは単純に人間の身体機能の純粋な拡張。つまりそれは戦闘に限らず、人間が可能な動作全てが可能であるということだ。

 重量物を持ちあげるのにもこの強化外骨格あれば随分と楽になるだろう。各種工具の機能を持たせた拡張装備もありだろう。

 その汎用性に、開発していた当事者である鍛冶科や機械工学科が、これに気付かないはずがない。

 アディンは最初の一機を作ったあとはある程度の試験をしてからイスナイン家へと実機と開発資料を送り、国へは開発資料の提出だけで済まそうとしていた。だが、アディンが言いだすよりも前に機械工学科が追加で数機分のフレームを組み上げ、鍛冶科もそれに合わせて装甲を用意していた。

 彼等は、この強化外骨格に作業用重機としての役割を見出していたのだ。

 なお追加生産についてはバトルコスモスに搭乗後行われた事で、完全事後承諾。ガドルの胃に少なくないダメージを与えたのは言うまでもない。

「まあ現存してるのは博物館展示の代物ばっかだし、現行稼動してるのも少数。生産もされてない……というかそもそも好き好んで強化外骨格なんて作ろうっていう酔狂な国はいないわな」

「対魔女ならばヘクスイェーガー。強獣を相手にするなら生身でも十分に対応可能だったからな。わざわざこんな中途半端な物を、って事なんだろ」

 次々とポーズを変えて負荷実験を繰り返す姿は非常にシュールだ。

 それぞれが異なったポーズを取るので奇妙なポーズばかりが並ぶ。

「本来、ヘクスイェーガーでもこのくらいの動きをさせなきゃ駄目だったんだろうがなあ」

「ぶっつけ本番で動かしちゃったもんな。アルトエミス」

「アディンさん、ヴィールさん。お疲れ様です」

「アルか。研究はいいのか?」

「魔導砲の試射をしたんです。エーテルの乱れからして、近くに例の部隊に連なる者がいるなら射線から割り出された可能性がありますからね」

 事実。ブリッジでは今もなおエーテルセンサーからは目が離せない状況が続いている。

 有効半径200キロメートルは伊達ではなく、ほぼ間違いなく敵がこちらを捉える前に補足できるだろう。

 それだけではない。魔女の存在というのも無視できない。

 エーテルそのものを利用する魔女が、大きなエーテルの乱れを察知できないはずがない。それらに察知され、複数の魔女に同時攻撃を仕掛けられる可能性も全くないわけではない。

 要するに、魔導砲を使ったが故にバトルコスモスはあらゆる外敵と接触する可能性を自ら上げてしまったのだ。

 いずれは必要だった事だろう。だが、今ここでやるべき事だったのか、と言われるとそれはどうだったのか。

 やってしまった以上はもう何を言っても仕方がない。

「でもよイスナイン嬢。機体はどうするんだ。二号機、あれはまだ調整中だろ」

「増設されたセンサーの機能をオフにすれば通常仕様のアルトエミスとして使えますよ。それより問題なのは……」

「ヘカティア、だな」

 稼動する予定の稼動部が稼動しない。故に追加されたスカートアーマーや肩のシールドなどがただのデッドウェイトになってしまっている。

 ヘクスイェーガーの仕様上、人間が想像できない追加部位の動作はどうしても難しい。

 現状は無駄な装備である肩のシールドとスカートアーマーは取り外してしまい、代りの装甲を取りつける作業中だ。この作業が終わるまで、ヘカティアは動けない。

「……あっ」

「どうしたんです、ヴィールさん」

「いや、ヘクスイェーガーの操縦って基本思考でいいじゃん」

「そうだな」

「だったら、本人ができるできないはおいといて、普通に手動で操作できるんじゃ……?」

 そうヴィールが呟いた瞬間、格納庫で作業中の機械工学科一同に電撃が走った。

「いや、うん。ヴィールの発想にはすごく助けられてるな、って今痛感した」

「そうか? 俺はお前の発想力のほうが凄いと思うけどな」

 ヴィールの発言を受け、技術屋達がテーブルに紙を広げて何やら話しはじめた。

 どうやら改修案を思いついたらしい。ここにシュデムがいれば真っ先にノっていたのだろうが、やることがある、と言って自室兼研究室に籠ってしまった。

 シュデム不在の中、どのような方法を使って問題を解決するのか、という話し合いが続く中、突如として警報が鳴り響いた。

『未確認機確認。数は九。六時方向から接近。恐らくヘクスイェーガーと思われる。識別は不明。総員、第二戦闘配置、急げ。繰り返す。第二戦闘配置、急げ』

『第十二班は相手が識別可能距離に入るまで機体で待機。後部ハッチ解放準備、急げ』

「やっぱり見つかってたか。トリアは?」

「今付いた。おかげで賭けがチャラになったけど」

「賭け?」

「アルツ先輩がエリマ先輩に告白するかどうか。いいところまで行ってたのにこの警報で空気ぶち壊し」

「うん。人の恋路を賭けにするなよ。トリア嬢」

「何やってるお前等! さっさと機体に乗れ!」

 エリマにどやされ、四人は各々の機体の許へと走った。

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