試射
パステークを目指し空を往くバトルコスモスは至って平和であった。
エーテルセンサーに反応がなく、魔女や使い魔との遭遇もないのだから当然といえば当然である。
休みがない人間は艦長であるガドルくらいなもので、非戦闘時の今は操舵や出力管理などは立候補してきた人員が交代で担当している。
一方、常に暇を持て余している騎士候補性の四人はというと、暇を持て余し過ぎて暴走をしかけていた。
アルは魔法研究施設に入り浸りスクロールの活用法についての研究を。
残りの三人はそれぞれの目的のために工廠施設を訪れている。
そのような光景は、部外者であるレンナ達には特異な光景に見えて仕方がない。
カルチャーショック、というやつだがそのショックがあまりにも凄過ぎて眩暈を起こしかけていた。
「なんなんですか、あの人たちは。本当に騎士科の学生なのですか」
「レンナさんの気持ちは解ります。わたくしもちょっと、付いていけないというか」
普通、騎士――ヘクスイェーガーの操縦者はその技術を磨くため、己の身体を鍛えるものである。そうレンナを始め、飛燕小隊の面々の共通認識である。
だがその候補生である第十二班の面々はどうだ。
おのれの肉体を鍛えるようなトレーニングよりも、むしろ技術屋の分野にまで足を踏み入れている。
「しかもあのなんでしたっけ。アルトエミス? アレの元になる機体を作ったのってあのアディン・アハットとかいう学生なんでしょう」
「疑うのは解りますよ、エクウス。ですが事実です。あの機体は学生が作った機体なのです。正規の騎士であるガドルさんが死んだ目をしながら言っていたので本当の事でしょう」
「あの旦那、艦長まで任されて今頃胃が痛いだろうなあ」
冗談のように言うゴウトではあるが、規模こそ違えど同じような立場のガドルの心境は察して余りある。
「第十二班。底が知れません。ですが、今の状態ではいけないと思うのです。私は」
「おっと。お嬢。ちょいと待とうか」
「まだ何も言ってませんよ、ゴウトさん」
「いいや。大体こういうときのレンナさんの言いだす事は決まってるね」
「はい。どうせ、私が鍛えなければ、とか言いだすのでしょう」
「ぐっ……」
それなりの付き合いがある彼等には、レンナの考えなどお見通しだ。
この少女、小隊を任されるだけの技量と実力を持ちながら、年相応に青臭い部分を多く残している。
任務に対して真っ直ぐな姿勢は評価に値するが、どうにもそれを他者にまで求めようとする所がある。
よく言えば完璧主義者なのだろうが、相手の主義主張を聞き入れない干渉をされる側は堪ったものではない。
「しかし、弛んでるように思えるのです。実際、つい先日ヴァイハ港が使用不能になるほどの被害を受けたばかりなんですよ。なのに、なんで危機感なく、自分の責務を放棄して……」
状況に慣れ始めて冷静さを取り戻したが故に、レンナは本来の生真面目さが暴走を始めていた。
「なあ、お嬢。そりゃあちぃと違うんじゃねえか」
だが、そんなレンナをゴウトがたしなめる。
「別に口止めされてねえし、あちらさんから話してくれた事だから言うがな。その現場にアディン・アハットって学生がいたんだと」
「え?」
「それだけじゃねえ。そもそも、事は学園の格納庫に置いてあったアルトエミスが盗まれたってとこから始まる。ほら、格納庫の天井に直した跡があったろ。魔法でドーンとぶっ壊したらしい。その現場にアル・イスナインとトリア・サラーサが居た」
「良く生きてましたね、彼女達」
「ヘクスイェーガーの魔法の余波を受けたら、普通は死んでもおかしくないもんな」
「そして盗まれたアルトエミスを追ったのがアストライア。つまり――」
「……アディン・アハット」
「お嬢は危機感がない、なんて言ったがな。事件の当事者だったあいつ等が危機感を持ってないはずがねえだろ」
反論は、できなかった。できるはずがない。
そしてこの艦に現存するすべてのアルトエミスが配備されている理由も察することができた。
「他人に完璧を求めるなよ。お嬢。それは余計な軋轢を生むだけで、良くねえ」
「そう、ですね。すいません。ちょっと熱くなってたみたいです」
「ま、ボク達はもうそういうのにも慣れてますけどね」
「えっ? 私自覚ないんですけど」
「いえいえ。わたくし達はしっかりと覚えてますよ。最初はこの人には人の心がない、とまで思いましたもの」
あんまりな言い方だが、エクウスはおろかゴウトまでも頷く。どうやら無自覚だったらしい。
「あ、ああっ! 思い返せば心当たりがいくつも出てくるぅ!」
「さて、悶絶しているお嬢は置いておいて、今後の話をするぞ」
隊長であるレンナが今使いものにならない為、ゴウトがこの場を仕切りだした。
「了解。でもこのままなら問題なく到着しそうですけどね」
「そう、だといいですね」
「ちょ、シオさん。不安になるような事言わないでくださいよ」
「いや。嬢ちゃんが言う事は尤もだ。よくよく考えてみろ。こんなクソでかい戦艦。ただの学生だけで運用しきれると思うか?」
深く考えなくてもわかる。無理だ。
艦が大きくなればなるほど移動の手間というものがある。その点では全長1キロメートルもあるこのバトルコスモスは移動に難があると言わざるを得ない。
何せ直線距離で1キロメートルもあるのだ。その内部には当然様々な設備が点在し、通路があり、道は真っ直ぐではない。実際にこの艦の端から端まで移動するのは、相当な時間を要する事だろう。
とはいえ縦方向への移動は昇降機があるだけまだマシだろうが。
「対空砲を備えてるたって、銃座につく人間はそこに間に合うのか。いや、もっと言えば今持ち場を離れて好き勝手してる騎士見習いが、今この時襲撃を受けたらすぐ出撃できるのか」
「いわ、言葉にされると不安が増しますね」
「ゴウトさんもキツいっすよ」
「だが実際に問題だらけだ。最悪の場合、俺達だけでも逃げるくらいのつもりで居ないと対処できないかもしれないぞ」
バトルコスモスのブリッジではエーテルセンサーの観測員以外はかなり暇を持て余していた。
操舵も目的地まではほぼ直線である為必要はなく、戦闘時でもないのでマナの供給量は過不足なく平常運転で注視していなければならない状態ではない。
「ご苦労さん。交代の時間だ」
「アルツさん。了解です。あとはお願いします」
休憩を終えたアルツがブリッジに戻り、マナ調整員を交代する。
席に座る前にブリッジ員に食堂で手に入れた軽食を配り、艦長席に座るガドルにもそれを渡す。
「すまない。ところでこれは何だ?」
「チキンカツサンドです」
「……豚じゃないのか」
「なんでも夕食にピタカにするから避けたらしいです」
「ピタカなら牛肉じゃないのか?」
「オウカでは豚らしいですよ。今はオウカの人がいるから、と担当が言ってました」
国が違えば食文化も違う。そういうものか、とガドルはアルツから受け取ったサンドイッチをさっそく口にする。
「……美味いな。だが、自分には夕食前のこれは少々重たいな」
「あ、それゴウトさんも言いそうですね」
「若さが羨ましい」
ガドルが艦長となって唯一良かったと思えるのが、ブリッジクルーとは他のクルーと異なり常識的な人間が多いと言うことだ。
どこの誰とは言わないが、ふと思いつきで新型のヘクスイェーガーを作りましょう、などと言いだす人間はいない。
できたからやりました、とスクロールの新たな価値を見出す人間も、できるんじゃないか、とヘクスイェーガー用携行射撃武器の基礎設計をする人間も、それらに付き合っていけるような特異な精神性を持つ人間でもない。
彼等に比べれば、いくらかはガドルに近い感覚を持ち合わせている人間ばかりだ。
実際に何か起きればガドルに全部圧し掛かってくるのだろうが、平時は非常に気楽に艦長業務を出来ている。
「このまま順調に目的地までたどり着ければ御の字ですね」
「ああ。そうだな。だが……」
「艦長、センサーに感あり!」
「何!? 距離は」
「えっと、三時方向。に、200キロ先、です」
その言葉に、ガドルは耳を疑った。
「冗談だろう。そんな距離を捉えられるとは……」
「感知したエーテルのパターンから魔女と断定。該当する魔女はマルジャーン、と出てます」
超長距離での敵の察知。それだけでこの艦の持つオーバースペックさを痛感する。
テントウムシ装備のヘスティオンで数キロメートル。大型の艦艇でもせいぜい50キロメートル。それらに比べると桁違いのセンサー半径である。
そしてその状態からでもエーテルの波長の乱れから相手を判別する。
これも既存の艦艇には備わっていなかったものである。
「伊達に巨大ではないということか……」
「艦長、提言します」
「……聞こう。アルツ・エナム」
「この距離ならば魔女には気付かれていないはずです。ここで魔導砲の試射をしましょう。目標は――」
「魔女、と言うわけか。いけるか? シビアな調整だぞ」
「距離が判ってるんです。やって見せますよ」
「よし。第二戦闘配置だ。どの道いつかはやらなきゃならないことだ。ここで魔導砲の試射を行う」
「了解です」
ブリッジが一気に張りつめた空気になっていく。
当然だ。クルーの大
半が戦場に赴いた事がないずぶの素人同然。自信がないのだ。
それだけではない。艦長を務めるガドルも、本職は騎士――ヘクスイェーガーを操縦する人間だ。戦闘艦の艦長など畑違いもいいところで、経験がない。
クルー全員に艦を運用する為の経験が足りていない。
だからこそ、今ここで少しでも経験を増やしておく必要がある。それは自信へと繋がる。
「第十二班、準備は!」
『こちらデッキ。アルが遅れてる。他の三人はいつでも』
「エリマか。アルはどうして?」
『魔法研究設備、デッキから結構遠いんだよ……』
こう言う時、距離の問題はどうしようもない。
艦体の中央部にデッキがあるとはいえ、それでも全長1キロメートルもある艦の中を移動するのは時間がかかる。
今回は敵襲を受けた訳ではないから良いようなものだが、強襲された時はどうなるのか。
「まあいい。今回は万が一に備えてだ。撃ち漏らした時は出てもらう」
『了解です。艦長』
「……むずがゆいな。その呼ばれ方は。魔導砲、一番と二番用意。方位と角度合わせ」
「了解。方位と角度合わせます」
ここにきて一気にブリッジが騒がしくなる。
何せ魔導砲は扱いの難しい兵器である。
使う為には戦艦級の大きさが必要不可欠なほどのマナ供給が必要である、という出力的な問題以上に、マナバースト寸前のマナを投射するという都合上、着弾地点ではマナバーストによる大爆発が起きる。
出力次第では小島一つ吹き飛ばす事もあるほどの威力を持ったマナを撃ちだす以上、そのマナの調整をして射程や威力を制御する必要があるのだ。
もし目標の位置よりも遠い位置まで届くような攻撃をして、想定外の場所で大規模なマナバーストを起こせば、当然想定外の被害が生まれる可能性が高い。
かといって短すぎては意味はないだけでなく、マナバーストも起きて周囲を焼きつくしてしまう。
遠くまで飛ばしても、短すぎても駄目。確実に当てるか、外した際の限定的な被害は許容しなければならない。そんな威力はあっても使い勝手の悪い兵器が魔導砲なのだ。
「出力調整は……よし。算出完了。いつでもどうぞ」
「射線クリア。目標を捉えてます」
「よし、一番二番撃てッ!」
ガドルの声と共に、二連装の魔導砲が二つ。計四つの閃光が放たれる。
「着弾まであと三、二、一……」
直後、強烈な閃光が視界を埋め尽くした。
四つのマナバーストが同時に起こった事による閃光である。
「目標の反応、エーテルが乱れ過ぎて感知できません!」
「慌てるな! マナバーストで荒れたエーテルは直ぐ戻る!」
慌てる観測員をアルツが一喝する。
「それに距離もある。感知してからでも対応は間に合う。デッキ、スタンバイは?」
『アルも到着しました。いつでも出れます。いきますか?』
「いや、いい。反応は?」
「目標の反応……完全にロストしました。撃破できてます!」
その報告を聞いた途端、歓声があがる。
一撃で魔女を消滅させることのできる魔導砲の凄まじさに歓喜している、というよりは自分たちの手で操作した艦が魔女を倒したという事実に歓喜しているようだ。
ガドルからすれば、気を抜くな、と言いたくもなる光景である。
だが戦闘経験がない、学生上がりの彼等の士気をわざわざ下げるような事を言う必要もない。
「第二戦闘配置解除。さっきの試射の記録、とってるよな」
「はい。できてます」
「ならよし。進路このまま。警戒だけは怠るなよ。さっきので、余計なのに気付かれた可能性もない訳じゃないからな」
その時はガドルの勘のようなものであった。だが、その勘は的中してしまう。




